2021.12.01
「Noと伝える技術」について|マクドナルド公式アプリ PM 飯沼亜紀

「Noと伝える技術」について|マクドナルド公式アプリ PM 飯沼亜紀

ステークホルダーに対して「Noを伝える」ことは意外と難しい。伝え方ひとつで関係が悪くこなることも...。そこで求められるのがサービスやプロダクトの価値を損なわず、かつ良好な関係で仕事をしていくための「Noと伝える技術」だ。『マクドナルド公式アプリ』のPM 飯沼亜紀さんが語ってくれた。

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※2021年10月26日に開催された【Product Manager Conference 2021】の日本マクドナルド飯沼亜紀氏によるセッション「Noを伝える技術」をピックアップ。書き起こし形式で編集したものをお届けします。

■ 目次
・相手が納得感を得やすい3つの要素
・曖昧な回答は、不幸を先延ばしにするだけ
・なぜ「No」を伝えなければならないのか
・信頼があれば、衝突しても敵にならない
・Noと思ったら、まずNotに分解する
・正しい課題にはポジティブなNoを

相手が納得感を得やすい3つの要素

みなさんこんにちは、本日は「Noを伝える技術」というタイトルでお話させていただきます。

まずは自己紹介をさせていただきたいと思います。わたしは現在、「マクドナルド公式アプリ」のプロダクトマネジメントを行いつつ、他のデジタルプロダクトを担当するマネージャーたちのリードや、社内のプロダクトマネジメント教育活動などを行っています。

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バックグラウンドとしては、EC領域、とくに店舗を体験の一部に巻き込むような領域での経験が前職を含めて長くあります。この世界に入ってから、IT企業にいた頃と比べて、ステークホルダーとのコミュニケーションに一層のむずかしさを感じる場面が多々ありました。その経験をもとに、本日お話ができればと考えています。

まず、お話をするにあたって、念頭に置いているのがこちらの言葉です。

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「失敗は経験を増やし、経験は失敗を減らす。失敗から学べば、他者はあなたの成功から学ぶことができる」という意味です。

わたし自身、過去に痛い目にたくさんあって、たくさん学んできた結果、最近ようやく人並以上にコミュニケーションが取れるようになってきました。ビジョンを貫く信念があるタイプなので、Noと言ってきた数にも自信があります。それに伴い、過去のコミュニケーション上の失敗の数や、生んできた不和の数にも自信があります。今回は、そんな私が失敗から学んできたことをみなさんに紹介することで、同じ失敗をする人が減ったらいいなと思っています。

それでは、本題に入っていきたいと思います。相手にとって不都合なことを伝えるときこそ、「納得感のあるコミュニケーション」が重要になってきます。では、プロダクトに関する意思決定において、「納得感を得やすい状態」とはなんでしょうか。

わたしはこの3要素が重要だと思っています。「プロダクトのブレない軸」「信頼」「伝え方」です。

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それぞれこの中にはたくさんの要素があります。たとえば、「プロダクトのブレない軸」は、判断の一貫性にもつながるので信頼性に大きく影響しますし、「信頼」ひとつとってもインテグリティ、社内政治の上手い立ち回り方、日々の信頼貯金などさまざま。

今回は「信頼」と「伝え方」、この中でも「こちらの立場を理解してもらう」という部分と「Noを分解してからNoを伝える」という部分にフォーカスしてお伝えできればと思います。

今回あまり深く触れないのですが、「プロダクトのブレない軸」もNoと伝えるために重要な要素です。ビジョンをしっかり持ち、会社やプロダクトの戦略を理解することが、Noというか言わないかの重要な判断基準になります。その点だけご認識いただけると嬉しいです。

曖昧な回答は、不幸を先延ばしにするだけ

最終的にわたしが辿り着いたのは、いかに「Noと言わずに、Noと伝えるか」ということです。

そんな話をすると「これの話だ!」と勘違いする方がいるのですが違います。ステークホルダーからの要求に対して、「バックログに入れておきますね!」と返事をすることです。このフレーズは非常に便利で、たしかにNoと断らずに済みますし、かといって「やります」とも言わずに済むわけです。

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しかし、ステークホルダーは「バックログに入ったということは、きっと2~3カ月ぐらいで実現するんだろうな」と捉えています。よくあるのは、このステークホルダーから、たとえば別のステークホルダーに伝わり、いつのまにか「2カ月後にリリースが決まった」と伝言ゲーム的に話が勝手に進んでしまうケース。この手法は期待値のズレが発生しやすく、不幸を先延ばしにするだけです。

なぜ「No」を伝えなければならないのか

ステークホルダーからの要求に対してすべて「Yes」と言い、実現してしまうとプロダクトの一貫性は薄れていきます。

端的に表した例がこちらです。

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「できることの多さ」は、必ずしもプロダクトの価値と直結しません。むしろ価値が下がってしまうことさえあります。この商品は実際に約9,000ドルで入手できるらしいのですが、本当にこれを実用目的で買いたいと思う人はなかなかいないでしょう。

ただ、これを笑い話で終わらせられない事例が、みなさんの周りにもいくつも存在しているんじゃないかなと思います。ご自身に置き換えて一度考えてみてください。たとえば社内の偉い人や非常に影響力のあるお客様からの要求に対して、YesとNo、どちらが言いやすいでしょうか?

ステークホルダーに対してNoと言うよりもYesと言い、あとで社内の開発チームに悪者にされるほうが、PM的には数倍楽なんじゃないかと思います。

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Yesと言うのが楽な道だったとしても、プロダクトのために心を強くしてNoと言わなければなりません。選ぶ道がカンタンかどうか、自分自身がやりやすいかどうかは、プロダクトの価値には一切関係のないことです。

先ほどのナイフの話に戻りますと、「必要なツールをコンパクトにまとめる」が本来の価値だったはずが、ただの「ツールのまとまり」になってしまった。開発の過程で、ひとつひとつのツールの追加にはきっと意味があったはず。しかし、プロダクトとしてロジカルな一貫性がなくなっています。

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信頼があれば、衝突しても敵にならない

では、ここからは実際に「Noと伝える技術」についてお話できればと思います。

まず最初に「信頼」について。信頼があれば、衝突しても敵になりません。信頼関係を構築するために大切な、相手に「こちらの立場を理解してもらう」についてお伝えできればと思ます。

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ステークホルダーにNoというとき、とても悩みますよね。プロダクトの健全な成長のためにはNoと言わなければなりませんが、同時にステークホルダーと良好な関係を築くことも重要です。「Noと言ったら人間関係が壊れてしまうのでは...?」と、どうしても心配してしまいます。

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けれど、「Noと言うこと」と「良好な関係構築」は本当に対立構造なのでしょうか?

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実際に断られた側の頭の中を考えてみましょう。ステークホルダーの脳内ではこんなことが起きています。

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まず最初に「Noと言われた」ことに対する衝撃を受ける。それがだんだん、「こんな素晴らしい案なのに...」とやり取りに対してネガティブに捉える。最終的にはその人に対するネガティブなイメージになります。

「意見の否定は人格の否定ではない」とよく言われますが、言われた側の脳の中では人格を否定するところまで進んでしまうケースがあります。そのことを伝える側は念頭に置いておいたほうがよいと思います。

そうならないためにも、まず「相手にこちらの立場を理解してもらう」ことが重要です。具体的に3つのステップに分けて、ご紹介していきます。

一つ目は「相手の話をよく聞く」こと。「ちゃんと聞いてもらえた」という状況になれば、Noと言われたときの衝撃を小さくすることにつながります。

次に、「どんな価値があるのかについて共通理解を持つ」こと。相手の話をよく聞くなかで、どんな価値があるからこの提案を相手がしているのか、今なにに困っているのかを言語化していきます。数値化もできると、より相手と認識のすり合わせができるでしょう。これによって、相手に「きちんと理解しています」と示すことができますし、相手も要求の背景にある思いを言語化することで、お互いに要求に対する共通理解を持つことができます。

最後は、「これを実現するために払わなければならないコストを説明する」こと。

基本的にPMが反射的に「やります」と言えないものは、コストがバランスしない、またはバランスしない恐れのあるものです。要求を出した相手にとってはカンタンに思えることでも、そもそも実装の難易度が高かったり、この要求を叶えることで他の要望の実現時期が遅れたり。そういった見えないコストについてもきちんと説明しましょう。

この3つのステップを踏むことで、相手が自ら「要求を出していたけど、違うかも」と気づくケースがよくあります。PMがNoと言わずに済む可能性が上がります。

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Noと思ったら、まずNotに分解する

ここからはNoの「伝え方」についてお話していきます。Noを伝える前に、「Noを分解する」ことが重要です。Noと思ったら、まずNotに分解しましょう。

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じつはNoをいろんな種類のNotに分解することができます。Notに分解していくことで、なぜ自分はNoを伝えなければならないのか、より正しく理解することができます。

大きく分けて4つのNotに分解できます。このなかのどれに当てはまりそうか、考えることからスタートしてみましょう。

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より具体的にイメージいただくために、「マクドナルド公式アプリ」を例にお話したいと思います。2年ほど前にモバイルオーダーをリリースした頃、当時の社内では「ドライブスルーに対応してほしい」という声がたくさんありました。

これはまさに、スライドに書いてある一番左、「Not Now(今じゃない)」と判断した要求です。当時、店舗のPOS(レジ)は、バージョンによってドライブスルーに対応できるものとできないものがあり、ほとんどは対応不可の古いバージョンでした。なので、要望を叶えるためには新しいバージョンのPOS導入を待つ必要がありました。最近新しいバージョンのPOSの導入が進んでおり、一部のお店でモバイルオーダーの運用をスタートしています。「Not Now」の状態が徐々に解除されつつあるとも捉えられます。

スライドの右から2番目の「Not This Product(このプロダクトじゃない)」の例もご紹介できればと思います。モバイルオーダーでセットのサイドメニューの選択に関して、社内からいろいろな要望が上がってきます。けれど、メニューの選択は別のシステムが関与しているため、プロダクトチームでどうにかできる問題ではありません。その場合は、別の担当者につなぐことがよくあります。

スライドの一番右にある「Not Aligned with the Vision(ビジョンと合ってない)」については、プロダクトの価値を判断の軸としたときに「正しくない課題」と捉えられます。その他のNotについては、Noと言わなければならない事情はありつつも、本来解決しなければならない「正しい課題」であるといえます。

正しい課題にはポジティブなNoを。

NoをNotで分解できたら、あとはそれをポジティブな表現に言い換えるだけです。

・「Not Now(今じゃない)」→「●月に着手できます」
・「Not That Way(その方法じゃない)」→「●●という方法はどうですか?」
・「Not This Product(このプロダクトじゃない)」→「●●プロダクトによる解決がよさそうです」

このように否定形を使わなくても、Noを伝えることができます。ポジティブな表現に変換することで、相手の印象も大きく違うはずです。

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一方で、ビジョンと合ってない課題に関しては、はっきりNoと言ったほうが良い場合が多いです。ステークホルダーにもビジョンに沿って考える癖をつけてもらえますし、PMがなにを大切にしてプロダクト開発をしているのかについて理解してもらうきっかけになります。

はっきりNoと伝えることが不安な方もいらっしゃるかもしれませんが、ここまでのステップを丁寧に踏んできたら大丈夫です。自信を持って堂々とNoと伝えることが、最終的には重要になってきます。

それに、はっきりNoと伝えておかないと、今後の要求にも影響してきます。Noと伝えることは、ステークホルダーから要求の質を上げることにもつながり、長い目で見ればプロダクトの価値を上げる要因にもなります。自分の価値観をステークホルダーにも理解してもらうことは非常に重要です。

プロダクトの非連続な成長のためには、普段の連続的な成長が不可欠です。本日お話した「Noと伝える技術」は成長の土台となる基礎力を高めることにつながるのではないかと思います。本日のお話が全てではありません、いろんな要素があるうちの一部をお話ししました。以上です、ありがとうございました。

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(おわり)


編集 = 野村愛


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