2022.02.28
AdobeのGMを経て、VSCOプロダクト責任者へ。事業をスケールさせるパートナーシップ戦略

AdobeのGMを経て、VSCOプロダクト責任者へ。事業をスケールさせるパートナーシップ戦略

AdobeのGMとして数々の新規事業を立ち上げた後、2021年よりフィルターアプリ「VSCO」プロダクト責任者をつとめるLalit Balchandani(ラリット・バルチャンダーニ)氏。Adobeでの経験を中心に、事業を成長させるためのパートナーシップ、統合や買収のポイントについて語った。

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※2021年12月9~10日に開催された【PRODUCT LEADERS SALON 2021】より、VSCOのプロダクトとデータサイエンスの責任者をつとめるLalit Balchandani 氏のセッションをお届け。書き起こし形式で編集したものをお届けします。

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スピーカー2名の写真

【スピーカー】Lalit Balchandani VSCO Head of Product and AI (画像 右)
2021年、VSCOの製品およびデータサイエンス部門の責任者として着任。VSCO入社以前は、2012年よりAdobeのシニアディレクター兼GMとしてデジタルイメージング、オンラインビデオ、広告などの分野で、戦略や新規事業の立ち上げに携わった。

【モデレーター】Ken Wakamatsu 株式会社metroly CEO / CPO(画像 左)
⽶国カリフォルニア州オレンジカウンティ⽣まれ、カリフォルニア⼤学バークレー校出⾝。⼤学卒業後、エンジニアとしてMacromediaに⼊社。その後、Kodak、Adobe、Ciscoを経てSalesforceに⼊社。2016年、Salesforce Japanに出向し、プロダクトマネジャーの責任者として、プロダクトマネジメントチームを⽴ち上げる。 2020年、AI交通費精算サービスを提供する株式会社metrolyに参画。20年以上SaaSを中⼼としたプロダクト開発で培った知⾒を⽣かし、経営とプロダクトの責任者としてタイムマネージメントのアプリケーション、「Time Insights」の開発に向き合っている。

目次
・Adobe時代に担当したAppleとのパートナーシップ
・スタートアップが注目すべき、プラットフォーマーの動き
・EOLとパートナーシップ
・既存サービスを活用しながら構築していく。
・市場開拓やスケールのためのパートナーシップ
・VSCOで取り組んでいること
・探すべきはライバルではなく仲間

Adobe時代に担当したAppleとのパートナーシップ

ラリットさん、本日はインタビューの機会をいただきありがとうございます。最初に自己紹介からお願いします。

ラリット・バルチャンダーニです。現在、フィルターアプリ「VSCO」のプロダクトとデータサイエンスを統括しています。「VSCO」は誰もがクリエイティブになれる写真動画編集アプリです。

VSCOに入社する前はAdobeに長年在籍し、戦略や新規事業の立ち上げなど様々なプロジェクトに携わってきました。直近では約10年ほどビデオストリーミングのプロジェクトに携わり、最終的にはGMを務めました。

スピーカーの写真1

本日のテーマは「パートナーシップや統合、買収などを通してビジネスを成長させる方法」についてです。ラリットさんのご経験について、お聞かせください。

これまで様々なカタチで経験をしてきました。たとえば、Adobeで行った直近のプロジェクトである「Adobe Primetime」は、プロジェクトやプロダクトを構成する上で、パートナーシップは非常に重要でした。

その他にも、Adobeで携わったスタートアップや新規事業プロダクトの立ち上げの多くは、小規模プロジェクトの拡大が目的で、うまくいったものもあれば、やり直しが必要なものもありました。

Adobeの前は、Marcomedia(2005年にAdobeに買収)という中堅企業で、AppleやIntelとの事業開発提携の一部を担当していました。大規模パートナーとのやり取りについても経験しています。

MarcomediaとAppleの提携について、詳しく教えていただけますか。

当時のAppleは、今のAppleシリコンと同じような大きな変化の真っ只中にいました。AppleはIBMのPower PCを採用していましたが、Intelプロセッサに切り替えを発表したのです。AppleはMarcomediaのような中堅企業も含めて、全ての開発者に対して新しいハードウェアやシステムへの切り替えをサポートしようとしていました。

一般的にこうした大企業は、相手企業の規模に関わらず円滑に物事を進められるように調整してくれます。 Appleがコードベースの切り替えを行う開発会社を見つけてくれました。ただ、 Appleのパートナーが自分達のパートナーにもなり得るかは分かりません。多くの注意を払う必要があるので、MSA*を行いました。

*MSA(Master Service Agreement)…個々の契約書に共通する約束を取り交わした契約。

スタートアップが注目すべき、プラットフォーマーの動き

現在はアプリケーションやプラットフォームの構築を考える時、Google Cloud Platform、Amazon などを思い浮かべます。昔はハードウェアがプラットフォームでしたよね。

良い指摘ですね。プラットフォームを持つ企業は、開発者を引き入れようとします。 API に特化したビジネスをしている Amazon、 Google 、Azure などの標準的なプラットフォームプロバイダーやTwilioのようなAPI中心企業でもそうです。

そこでプラットフォーマーは、とくにスタートアップに向けて様々なアプローチをします。彼らをエコシステムに引き入れるために資金を設けたり。別の API グループに所属している開発者を、新しい API グループに引き入れたり。これはスタートアップが注目すべき重要な動きです。

他にも、プラットフォームのコンポーネントに、マーケティングのインキュベーションプログラムがあったり、コスト削減のため無料の開発コンサルティングを受けられるなど好都合な条件を提示することも。スタートアップはそういったプラットフォームのコンポーネントを利用して開発を促進したり、開発コストを削減する方法を模索すべきなのです。

EOLとパートナーシップ

会社として事業を成長させていくなかで、投資すべきものとそうでないものが出てくると思います。その点で、いかにパートナーシップを活用していくか。ラリットさんはどのように捉えていますか?

具体例を挙げましょう。私が担当したプロダクトのなかに、EOL*になったものがあります。

*EOL(End Of Life)…製品のライフサイクル終了を意味し、メーカーによる販売やサポートが終了するタイミングのこと。

プロダクトは多くの既存顧客を抱えており、EOL後の問い合わせ対応が課題でした。そこで、既存顧客のサポートを引き受けてくれる外部企業を探し、レベニューシェア型*で契約をしたのです。

*レベニューシェア...パートナーと契約して収益を分け合う提携形態のこと。

お互いにとってWin-Win の関係を築くことができました。小規模企業にとってはすぐに顧客基盤を獲得できますし、コードベースを共有しているので派生型・変化型など後続のプロダクトを作成することができます。私たちにとってはまだサービスを必要としている顧客に対してサービスを提供できる素晴らしい方法でした。

既存サービスを活用しながら構築していく。

Adobeでは多くのメディアやコンテンツを扱っています。そうした状態を構築するまでのプロセス、存続方法や戦略についてはいかがでしょうか?

スタートアップ企業としてプロダクトを作り上げるために考慮すべきは、「構築したいもの」と「既存サービスの活用」です。

私が思うに広告や動画配信の技術には、非常に健全なエコシステムがあります。たとえば、いま録画しているこの動画について考えてみましょう。最終的には動画ファイルという成果物になり、 視聴者が見る際にはコード変換され、様々なインターネットのパイプを介して配信されます。

見方によっては、その全プロセスに多くのベンダーが関わる可能性がありますよね。仮にメディア企業の場合、テクノロジー企業はあらゆる顧客に届けるために協力して機能をつくることが求められます。一連のワークフローの中には、通常時に自分たちが望まないことも含まれます。数多くあるトランスコーディングやクラウドのプロバイダーから、ベンダー1社に任せられるパートナーシップを構築しました。

スピーカーの写真2

市場開拓やスケールのためのパートナーシップ

ここまでパートナーシップ戦略とトレードオフについて、ビジネスやプロダクトマーケットフィットの観点から投資すべき箇所について話してきました。市場開拓やスケールするためのパートナーシップ活用方法についてはいかがでしょうか。

 私たちが取り組んできたのは、エコシステムに参加している多くの企業と共同作業することでした。

一般的にスタートアップは「製品市場に適合するプロダクトを早く手に入れたい」と思うでしょう。いくつかの重要顧客で試して、製品市場に適合できれば大きな選択肢が生まれます。適合性を拡大するために大規模なセールス部隊を抱えることも可能ですし、消費者向けプロダクトの場合はマーケティングへの多額の投資でユーザー獲得も目指せます。

ただ、市場を開拓する方法は自社だけに留まりません。他社市場に適合して、価値を提供する方法もあるのです。同じ市場にサービスを提供している似たような企業がいるかもしれない。またその企業のセールス力に頼ることができるかもしれない。他企業のプロダクトを把握して価値を提供し、市場開拓の動きを利用して製品市場への適合性を高めることもできます。

VSCOで取り組んでいること

2021年にはVSCOに入社し、プロダクトとデータサイエンスの責任者をされています。いまラリットさんが置かれている環境や、これまでの経験を生かしていく方法について聞かせてください。

Adobeのキャリアでも経験しましたが、スタートアップのやり方に戻るのは素晴らしいことです。VSCOは写真の加工アプリとしてスタートしましたが、現在は動画編集機能もあり、クリップやコラージュも作れます。直近の課題はこの動画編集機能を簡単に使えるようにすることです。もともと画像のエフェクトや編集はVSCO分野なので、ワークフローはスムーズに統合されています。

その他に取り組んでいる分野としては、コミュニティの大きなパワーを引き出すことです。技術に関心があり、画像を使ってクリエイティブなことをする人はたくさんいます。VSCOを利用し始めた人々が創造性を発揮し、継続的にその創造性を磨いていく様子を見ることができるのです。ユーザーの多くは自分の創造性を高めるために参加しています。

探すべきはライバルではなく仲間

これからパートナーシップや統合、買収に着手しようとする企業へのアドバイスをお願いします。

まず一つ目は、社内に労力を惜しまずに割けるリソースがどれだけあるのかを検討することです。自身が中小企業であれば取り組むべき項目や活用すべきものについてシビアに考えるべきでしょう。また、構築には先入観がある場合が多いです。経営の立場にあるなら、その先入観を確認して「コアの部分」や「差別化を生むもの」、「カンタンに構築できる」ものを見極めるべきでしょう。

また、プロダクトマーケットフィットの高いプロダクトがある場合、探すべきはライバルではなく、同じ市場内で仲間になれそうな企業です。親しくなり、協力してもらうのです。これまでの話でもスタートアップ企業が Go-To-Market のサポートを求める際に注目すべき例を話してきました。 Adobeと提携したBoltはまさにその例です。

もう一つアドバイスですが、パートナーシップ自体を目的にすべきではありません。 単に「これやろう、契約しよう」 ではダメなのです。理想についてもよく考えますが、パートナーシップへの取り組み方は形式的なものではなく、共通の顧客への関与こそが大切です。同じ顧客に対して協力できることが、形にする大きなきっかけとなります。「この事例を拡大していこう」というようにどちらにとっても励みになります。

パートナーシップには「這う」「歩く」 「走る」という段階があると思うのですが、多くの人は契約や発表するだけで、実際には何もしません。双方の努力が必要であり、双方にとって具体的な収穫がなければなりません。

(おわり)


編集 = 野村愛


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