印刷ECのリーディングカンパニー「ラクスル」にて新規事業・サービス開発を担ってきた高城雄大さん(執行役員)。それまで印刷ECのボトルネックだった「入稿データチェック」を完全自動化するなどコスト減・売上増のインパクトを創出してきた。その活躍の裏には、コンサル出身である故にぶつかった壁があった。
「外部のコンサルとして事業を支援することと、事業会社のBizDevとして事業を作ることは、似て非なるものだと思います」
こう語ってくれたのは、ネット印刷のリーディングカンパニー「ラクスル」にて新規事業・サービス開発を担ってきた高城雄大さん(BizDev/執行役員)
新卒で入社したNTTコミュニケーションズでは、インド現地法人にて事業開発を担当。その後、PwCにてコンサルタントを経験するなど輝かしいキャリアを歩んできた。しかし、2015年に入社したラクスルでは約2年間にわたり、思うようにパフォーマンスが発揮できなかったという。
「コンサルとBizDevは一見すると延長線上にありますが、全く別物。私自身、コンサル的な思考を持ったままやってしまっていたため、壁にぶつかりました。入社まもなく複数のサービスをつくったのですが、軒並みクローズさせてしまいました」
失敗の主な原因を「スピードを優先したこと」と振り返る高城さん。一見するとベンチャーとしては正しい戦い方に見えるが…。
「“1ヶ月後には、印刷物をさまざまな拠点で受け取れるサービスをリリースする” “3ヶ月後には、翌日印刷物が届くサービスをリリース“など縛りを設け、次々と立ち上げたのですが、完全に間違った進め方でした。私自身、プロダクト側もやってきたので、その進め方を踏襲したのですが、“選ばれ続けるための仕組み”に目が向けられていませんでしたね」
じつは、2016年当時クローズした、先の「指定日配達・翌日配達サービス」などは、2021年に実装し直され、主力サービスとして事業をドライブさせている。
「“注文翌日に印刷物がほしい”というお客様のニーズは確実にあり、課題設定も間違っていませんでした。ですが、当時のサービスでは、発注時に本当にその場所に届くのか不安感が残り、プライシングも高すぎました。翌日に届くと謳って、もし仮に届かなければ必ずお客様に迷惑がかかるわけですが、スピーディーに小さく始めることを優先させたため、サービスとして不完全。また「4半期の目標売上◯円を達成するために、サービスを◯月にリリースする」などと逆算して設計した結果、お客様に向き合えていなかったのです。アセットが少なく、真に顧客に選ばれなきゃいけない、価値を作らなきゃいけない事業フェーズにおいて、そういった縛りは逆に落とし穴になる。ここは、自分の中で大きな気づきでしたね」
「toBビジネスの立ち上げにとって重要なことは、短期での成果を求め過ぎず、選ばれ続ける顧客価値を生み出すことだと思います」
こう語ってくれた高城さん。そこには「toBビジネス」ならではの難しさも感じたという。
「当時は、あまり大きな変化が起こっていない状況に耐えられず、暴走気味に動いてしまったと思います。ただ、経営陣が見守るスタンスを貫いてくれたおかげもあり、自身で気づくことができました」
「とくにtoBビジネスの場合、どれだけMVP(Minimum Viable Product)が重要だと言っても、最低限担保すべきサービス品質はあって。当然、お客様だけではなく、リアルが絡むサービスなので、印刷会社さん、物流会社さんと「もの」を作り、届けてくれるパートナー企業に協力してもらえなければ、お客様の求めるものが作り切れないわけです。全員に対して価値が提供できているか。簡単に「売ってみてダメだったからクローズする」「短期で売上が立っていればいい」と、自分たちよがりでは持続せず、“選ばれ続ける”ことはありません。提供すべき価値を見定め、磨き込みを続けていく。そのためには数年というリードタイムを許容し、投資し続けなければいけない。さらに投資したからには耐えて続けていく。当事者として長期思考で挑みつづける、そんな覚悟がBizDevには問われるのだと思います」
そういった失敗を経て、高城さんが取り組んだのが、印刷ECにおける「納期」をテーマにしたプロジェクト。じつに1年という時間をかけて「自動データチェック・変換サービス」をリリースさせた。
「エンジニア、デザイナー、オペレーターまで全部門のメンバーを巻き込みながらプロダクトを内製で作り切りました。入社してから3年かけ、やっと成果と呼べるものが出た瞬間だったと思います」
単に「データチェックの自動化」と聞くと、ひとつの機能追加にも思える。だが、そのインパクトは、事業成長の起爆剤ともなるものだった。
「印刷をECで完結しようと思うと、まずはじめにデザインデータがなければ、注文できないわけですよね。印刷物はいわばカスタマイズ品。さらに修正の必要がない、完成された印刷データでなければ、印刷機を通らない。不備のない完成されたデータがどうかをチェックするのは、全て「人」が行なっていました。さらに再度お客様に最終確認いただいた上で印刷機に入れる、という印刷特有のプロセスを完全自動化することができました」
2017年当時、ネット印刷は、注文から確定まで平均24時間かかっていたそうだ。それが早いものであれば5秒、平均15秒以内に処理を終える、革新的なサービスが誕生した瞬間でもあった。
「それまで、印刷物は「すぐに欲しいものなのに、すぐには届かない」が当たり前のサービスでした。それがサイト上にデータをアップロードするだけで、すぐに届く購買体験へと変わりました。お客様は納期に間に合うので「また頼もう」となる。リピート率が上がり、離反率も下がり、事業のモメンタムが明らかに変わりました。また、事業成長に比例して拡大するチェック業務のための人件費も抑えられ、事業利益構造も変わった。売上増、コスト減というダブルでインパクトを作れたことは大きな成果でした。ここが印刷ECの転換点になったと自負しています」
データチェックの完全自動化は機能でもある。そこはBizDevではなく、プロダクト開発の領域ではないのだろうか。
「BizDevとして、事業開発するうえで大事なことは、新しい非連続な価値を生み出すこと。新たな事業をつくることが価値になるのであれば、事業をつくりますし、お客様の購買体験の向上が価値になるのであれば、そこを変える。データチェックの事例は結果として開発したのがプロダクトだった、という話かと思います。プロダクトを作る、マーケティングをする、アライアンスを組む…全て事業を成功させるための「How」ですよね。手段に囚われず、先頭でやり切れる人が事業開発ができる人。そういった人のところに優秀な人材、さらに投資も集まってくるものだと思います。あとはどれだけ“積み上げ”続けていけるか、中長期の時間軸を共有し続けられるためにも、ビジョンとカルチャーの浸透が重要になるのだと思います」
ラクスル社としても、TVCMの「ノバセル」、物流の「ハコベル」など印刷以外の新規事業、プラットフォームが注目されて、その領域を拡張させている。同時に、高城さんが担う主力「ラクスル」においても、その可能性を広げている。
「目指すのは、紙の印刷を超えたBtoBにおける「ものづくりのカスタマイゼーション」のプラットフォームです。ラクスルが対象としている、いわゆる「商業印刷」は約3兆円の市場規模。さらにノベルティ、ダンボールといった新しい新規事業の対象市場を含めると、10兆円近い市場にアクセスしている。さらに「印刷EC」市場で見れば、約5~10%の成長率で伸長しており、お客様の裾野も大きく広がり、大企業の皆様にも使っていただけるようになってきました。大企業のお客様でいえば、これまで各拠点、各部署でバラバラに注文していたところを、統制しようという動きもある。大企業におけるDXは何も「ペーパーレス」だけを指すわけではありません。デジタル技術やサービスを活用しながら、販促や印刷業務を管理、統制していくこと。さらにコストを抑えつつ、各拠点が実行し、成功しているプロモーションプランを全社へと横展開させるなどして、売上成長を作っていく。今後は、そういった販促の企画戦略のところまで支援できるパッケージを提供していければと考えています」
そして最後に伺えたのが、高城さんが考える「BizDev」とは――。
「世の中に向き合い、全ては顧客と事業の成功のために、新しい価値と変化を先頭で生み出していける人だと思います。じつはラクスルでは、セールス、PM、エンジニアからBizDevといったキャリアに転向する方もどんどん出てきていて。それぞれ発揮できる強み、価値の違いに驚いていますし、議論が純粋に楽しいな、と。よく事業は「山登り」に例えられますが、マーケティング、プロダクト、オペレーション、セールス、どの視点を強く持って考えるのか、成長のドライバーにしていくのか。その発想や切り口によって、登山ルートがぜんぜん変わる。今後、多様な事業を展開するプラットフォームになっていくうえで、BizDevの多様性が広がっていくことは、すごくポジティブなこととして捉えていて、加速させていくつもりです」
取材 / 文 = 白石勝也
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