普段、あまり表に出ることがない「失敗」の話。それが「倒産」ともなればなおさらだ。2022年4月に出版された『倒産した時の話をしようか』は、そんな「倒産」実体験にスポットを当てた本。倒産社長8名へのインタビューをまとめ、反響を呼ぶ。この本に込められた思いとは。著者である関根諒介さんに伺った。
そもそも、なぜ、倒産のエピソードを集めようと思われたのか、きっかけから伺ってもよろしいでしょうか。
前職、銀行員として働いていたのですが、取引先企業が倒産してしまったことがあって。それがきっかけの一つになっていると思います。
その取引先は、もともと全国展開するような大きい会社で、社長もカリスマ性のある方でした。ただ、業績が悪くなり、お金が返せない状況に。次第に社長の表情は暗くなり、顔も青ざめ、覇気が無くなっていき、すごく辛そうでした。
最終的には、融資の担保としていたご自宅を売却し、返済に充ててもらわないといけなくなりました。その社長と奥様と、お二人に不動産売却のサインをいただきに行ったのですが、判を押される瞬間、目の前で奥様が泣き崩れてしまった。
私は、掛ける言葉もなく、ただ呆然とその姿を見ることしかできませんでした。何もできない不甲斐なさ、申し訳ない気持ち、自分への憤りが今でも残っていて。人生の価値観が揺さぶられる出来事だったと思います。そういった銀行員として仕事の限界を感じ、freeeに転職をしました。
そして、様々なスモールビジネスを支援する中で改めて感じたのが、起業を促す支援はたくさんあるにも関わらず、挑戦に敗れ、挫折した方に対するケアやサポートがあまりにも無いことでした。そもそも倒産、失敗自体がネガティブに語られ、挑戦したい人の気持ちを折っているように感じられました。
こういった内発的な課題感があり、大学院に通いながら、事業に失敗し、挫折を経験された元経営者に対し、対話を通じて精神的回復・ウェルビーイングを促す「ナラティヴ・デザイン」について研究を行うようになりました。たまたま、その成果をfreee社内のイベントで発表したところ、出版部門の担当者に声をかけてもらい、本の出版に至りました。
プロフィール関根諒介(せきね・りょうすけ)
1984年栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、三井住友カード、みずほ銀行を経て 2016年に freee株式会社入社。経営管理・資金調達業務と並行し、東証マザーズへの上場準備業務に従事(同社は 2019年 12月上場)。 2021年より同社金融事業本部金融プラットフォーム部部長。武蔵野美術大学大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコース修士課程修了。倒産社長をはじめとした挫折体験者の精神的回復・ウェルビーイングを促すナラティヴ・デザインについて研究を行っている。
本を読み、倒産に至るプロセスはさまざまだと感じたのですが、共通する部分があるとすると、どういったことが挙げられますか?
人間関係、コミュニケーションによってうまくいかなくなるケースは多いと感じました。例えば、商売がうまくいっていない、どうしたら良いか分からない......こういった経営の辛みや悩みを腹を割って他者に吐露できないという経営者が非常に多いです。
金融機関、取引先、社長仲間…こういった人に「うまくいっていない」などと話せば、変な噂が流れてしまうかもしれない。強いリーダーや父親のイメージを維持するために、社員や家族にも弱みは見せられない。常に虚勢を張り続け、気づいたら倒産するしかなかった、と。追い込まれれば追い込まれるほど、他人を拒絶し、自分の殻にこもってしまった方もいました。
日本におけるベンチャー、スタートアップでも「強い経営者像」が固定化されている部分はあるかもしれません。そうした価値観に影響されているせいか、とくに日本人はコーチングやカウンセリングを避けがち。他人に頼ることを弱さと捉えたり、精神的に滅入っていると思われたくないと考えるからか、そうしたサービスを使っていることを知られたくない方も一定いる。ここはもっとカジュアルに活用できる雰囲気づくりも大切かなと思っています。誰かしらが介在することで、自分自身の気持ちや感情を俯瞰的に認識できたり気づいたり、新しいアイデアが生まれ、道が開けることもあります。
事業にしても、誰にも相談できないと、自分の頭で考えるしかない。自らの考えが正しいというバイアスが働き、俯瞰的に物事を見れない状態に陥りかねません。
天才社長が「これだ」と一人でアイデアを生み出し、成功することはもちろんあります。ただ、それは稀なケースですし、企業としても属人的なものづくりでは、持続可能性に欠けますよね。むしろ多様な人材が集まり、さまざまな考え方を取り入れ、チームで事業を作っていくほうが成功の確率も上がっていくはずです。
ちなみに、本ではかなり赤裸々な話も出てきますが、スムーズに失敗の話をしてもらえるものなのでしょうか?
もちろん人によって異なりますが、驚くくらいみなさん明るくて。ユーモアたっぷりに体験談を語ってくれる方もいました。
「倒産したらどうなるのかわからない」「もうそこで人生が終わりだ」というイメージが世の中的にも広まっていますよね。ただ、1回は挫折したものの、再起をかけて働く方もいる。ポジティブな倒産社長も世の中にはたくさんいます。
なかには、同じような倒産社長が再チャレンジしやすくなるよう、支援団体を立ち上げられたり、そこに加わったりする方も多くいました。こういった前向きに今をイキイキと生きる倒産社長の姿を伝えられれば、倒産の意味をポジティブに変えていける。そんな思いもあって本にまとめています。
当然、倒産直後から前向きに活動することは難しいと思うのですが、どのようなプロセスで回復されていくケースが多いのでしょうか?
これもやはり他者によるサポートが重要だと思います。誰かが外に連れ出して話を聞いてくれたり、時には仕事を紹介してくれたり。何らかの仕事をきっかけに、精神的な安定を取り戻すことが多いようです。収入を得ることで生活の安定性を確保することはもちろん、職場における他者との関わりを通じ、社会性を取り戻すことで、日々の生活におけるやり甲斐・生き甲斐を再獲得していくことが大切なのだと思います。
最後に、関根さん自身として目指されていることがあれば教えてください。
失敗は負債ではなく資産、それが自分の武器になる。経験や学びは次に生かせる。こんな捉え方をできる人が一人でも増えるといいなと思っています。
そのためにも失敗が評価される文化を醸成したい。失敗を称賛する。かっこいいと言われる雰囲気づくりが進むよう、いろいろと取り組みたいと思っています。
まず国の政策としても、起業を増やす方針が打ち出されていますよね。同時に「廃業率」を上げることも指針となっています。ただ、欧米と比べ、起業率も、廃業率も圧倒的に低い。つまり挑戦が少なく、さらに「うまくいっていない状態」でもやめにくい。再挑戦が非常に少ないわけです。
ですが、今はまさに「VUCAの時代」。不確実性が高く、変化も早い。たった1回の挑戦で上手くいくことのほうが少ないですよね。だからこそ、小さく始められ、小さく失敗できることが大切。手を動かしながら生まれるアイデアもあるはず。そういうアプローチを日本もどんどんやっていけるといいなと思っています。
そういった再挑戦を支援する枠組みや、 新たな金融の仕組みを整えることも重要な社会的な課題だと思っています。ちなみに東京都、兵庫県、経産省が、倒産や廃業を経験された方々の再起業を支援する、アクセラレーションプログラムの提供などを始めています。再チャレンジを志す方々が、これらの情報にきちんとアクセスできるようにもしたいですね。
もう一つ、個人的にすごく関心があるのは、どうすれば「なんとなくポロッと自分の失敗や悩みを話せるか」ということ。
カウンセリング、コーチングなどさまざまな手法が生み出されていますが、じつはその前段でそもそも「語れない」悩みを抱える経営者やビジネスマンなどが多くいる。
対話技術の進化のみならず、悩みを抱える当事者がゆるく語れるような心理的安全性の高い居場所、他者が自然と声をかけられるようなきっかけとなる媒介物等、ナラティヴを生み出すためのデザインを考えていきたいと思っています。
その結果として語られた失敗体験をメディアとして多く発信することで、多くの人にとって失敗を語ることの心理的ハードルが下がることに繋がるかもしれません。また、そうした失敗事例をタグで分類・蓄積し、新しい挑戦を志す方々にとっての「辞書」として、後世に残していくことも意味があるかもしれません。もちろん、失敗自体はさまざまな要因や環境が有機的・多元的に結びついているので、そんな単純な話ではないかもしれませんが。
そうしたさまざまなトライをしていくことで、最終的には倒産を含めた挫折や失敗を誉め讃え、そうした挑戦を応援するような寛容的な文化が醸成されることを目指していきたいです。
取材 / 文 = 白石勝也
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