「リリースから3年間はどん底。資金も底をつきかけていました」と語ってくれた浜野勇介さん。引っ越しやリフォームの事業者と消費者をつなぐオンラインマーケットプレイス『くらしのマーケット』生みの親。彼が決めていたのは「絶対に撤退しない」というたった一つ、自分との約束だった。
引っ越しやハウスクリーニング、リフォームに家事代行といった生活関連サービス事業者と消費者をつなぐオンラインマーケットプレイス。2019年4月現在、約2,4万店舗が登録。同サービスを提供するみんなのマーケット社は従業員数100名に。今まさに成長フェーズになる。
今やすっかり生活に根付きつつある『くらしのマーケット』だが、立ち上げ当初は何度も何度も苦境に立たされた。
それどころか、資金も底をつきかけていたという。
「こんなサービスを企画しなければよかったと後悔したこともありました」
こう語ってくれたのが浜野勇介さん。『くらしのマーケット』を立ち上げ、地道に育ててきた張本人。約3年もの間、腐ることなく、コツコツと取り組み、ようやく日の目を見ることに。
「『くらしのマーケット』のビジョンには絶対の自信がありました。地味だし、時間がかかるかもしれないけれど、絶対に世の中から喜ばれるサービスになるはず、と」
確かな自信を胸に、サービスを世に送り出した浜野さん。ただ、待っていたのは、想像をはるかに上回る険しい道と高い壁だった。
「今考えれば当然なんですが、インターネット上にショッピングモールをつくってもお店が入っていなかったら、お客さんは来ないんですよね。お客さんが来ないから誰も出店しないし、誰も出店しないからお客さんも来ない、という負の連鎖……『事業者さんに電話して、出店をお願いし続ける』というシンプルな営業活動を毎日続けていました」
もともとインターネットとは馴染みの薄い「生活関連サービス」の業界。
なかなか話は聞いてもらえない。仮に出店してもらったとしても「登録用のメールアドレスがわからない」という質問が寄せられる状況。地道な営業活動は続いた。
「同じような1日が毎日のように繰り返されていくわけです」
『創業当初に大きなトラブルが起きて……』みたいなスタートアップあるある的なエピソードは一切なかった。
「それどころか、世の中に認知されていないからトラブルも起きなかった」
まるで売上の立たない日々。もともと面識があった投資家の松山大河さん、本田謙さん、家入一真さん、津田全泰さんらから創業時に調達した1000万強の資金は底をつきかけた。
「一度、会社の口座残高が2万円になったことがありました。そのときは『せっかく投資してもらったのに、俺、何してるんだろう』と本当に情けなくなりましたね」
3年間、心が折れそうになりながらも、継続していく。浜野さんを支えたのは、苛立ち、憤りにも似た思いだ。
「サービスを立ち上げていくなかで、変えたいと思ったのが、事業者さんたちの意識です。もちろん、現場で適正な見積もりを出す人もいるんですが、なかには『俺、口がうまいから』とか『お金持ちの家ならふっかける』とか言っている人も少なからずいる……なんというか、ズルイ人にならなきゃ商売できない状態。そんな世の中にムカついたんですよね」
浜野さんは、言葉に力を込めた。
”ズルイ人たちが商売できている状態”とは、裏を返せば”真面目な人たちが商売できていない状態”。消費者にとってもデメリットがある状態だ。
「自宅のポストにチラシを入れてくる事業者さんに見積もりを依頼してみると、想像よりもかなり高く見積もられることがあります。おそらくチラシのポスティングにコストがかかっているから、必然的に料金も高くなるんです。逆にチラシも出さずに真面目にやっているところに頼めば適正な料金で見積もりを出してくれる。でも、そもそも探す方法がない」
真面目にやっている人たちに陽が当たれば、彼らはもちろん、適正価格で利用できる消費者にとっても喜ばしいことだ。 真面目にやっている人たちが成功して、ズル賢い人たちは市場から排除されていくような世界を実現すべく『くらしのマーケット』が誕生した。
「発案のきっかけは、僕自身の原体験です。今でも引っ越しやハウスクリーニングを利用しようとすると、基本的には”電話一本で出張見積もり”ですよね。いくつかの業者さんに連絡して、来てもらって、見積もりをとって、そのなかで比較検討するという……でも、このプロセスってすごくめんどくさい」
Amazonや楽天で値段や口コミを比較しながら購入するように、食べログやRettyで価格帯や口コミを比較しながら飲食店を探すように、生活サービスを選んでほしい。そんな想いがこもっている。
愚直、堅実、地道、実直……浜野さんを形容できそうな言葉はいくつも頭に浮かぶ。しかし、どれも的を射ていないような気がする。
浜野さんはどんな厳しい局面に立たされても「事業撤退」という選択を採らなかった。そのウラにある強い信念にこそ、サービス成長の要因がある。
成果も出ない。資金もすっからかん。一般的に考えれば、「撤退」という選択肢もあったはず。
「創業のタイミングで『絶対にやめない』とだけ、決めていたんです」
「決めていた」とはどういうことなのだろうか。そしてなぜ決める必要があったのだろうか。
すると、浜野さんは『みんなのマーケット(※)』創業以前の出来事を話し始めた
「実は、学生時代につくった会社を一度たたんでいるんですよ。事業がうまくいかなくて。自分が出資していたからあまり周囲に迷惑をかけることもなくカンタンにやめられた。でも、そのときわかったんです。僕はうまくいかないとき逃げ出す性格、なんだ、と」
学生起業の失敗を通じ、自分自身も気づいていなかった弱い部分を知ってしまった浜野さん。だからこそ、『みんなのマーケット』で同じ過ちを繰り返したくはなかった。
「『退路を断つ』っていうんですかね」
言ってみれば、自らをあえて追い込む選択でもあった。
「松山さん、本田さん、家入さん、津田さんに出資してもらっていて。自分の会社でもあるけど、彼らの会社でもあるわけです。そうなると、下手には逃げられませんよね。まぁ、相変わらずとんでもない事業をやってしまったなとは思っていましたけど(笑)」
つまり、何があっても浜野さんには「続ける」という選択肢しかなかったのだ。そして、ギリギリの状態を保ったまま迎えた4年目へ。すると、風向きが変わってきた。
(※)『みんなのマーケット』は、WEBサイト『くらしのマーケット』運営企業名
「2014年4月頃でしょうか。『くらしのマーケット』の検索順位が徐々に上昇をしてきた。理由はおそらくGoogle検索アルゴリズムのアップデートです。アップデートによって、たとえば、リンクを購入するなどして検索順位を上げていたサイトが一気にバンされて。ただただ真面目にコンテンツを増やしてきたのが良かったのかなぁ」
彼らのようなリボン型のビジネスモデルは、検索順位の上昇が売上に直結する。以降、1年から1年半の間、売上前月比は200%毎月売上が2倍に増え続けた。3年間、諦めることなく蒔き続けたタネが、ようやく芽吹こうとしている。
生活に欠かせないサービスになりつつある『くらしのマーケット』。
今では従業員数100名近くにまで拡大。オフィスも移転するなど、企業としても着実に存在感を示し始めている。
浜野さんにとって”あの3年間”はどういう時間だったのだろうか。
「自分の視野の狭さを思い知らされました。ギリギリの生活を続けていたので会社やサービスについて自分ごととして悩む時間がすごく多かった。ただ、少なくとも自分について悩むことには、あまり意味がなかったような気がしています」
会社やサービスの危機と向き合い続けるなかで狭くなっていった視野。しかし、サービスに追い風が吹き始めると少しずつ視野が広がり、周囲に目が届くように。
「サービスや組織が大きくなると、自分以外のことでマインドシェアを占めるようになるんですよね。自分のことでクヨクヨ悩んでいる暇がなくなるというか。でも、それによってユーザーや出店者、一緒に働く仲間たちのことを考えられるようになる。会社もサービスも関わる人ありき。そのことに気づいてからブレイクスルーした感覚はあります」
仕事のベクトルを、自分ではなく、周囲に向ける。それこそが、サービスを成長へと導く方法論のひとつなのかもしれない。そして、最後に浜野さんは過去を振り返り、成功をつかみとるためのヒントとしてこう結んでくれた。
「何事も結果が出るまでやめなければ大丈夫なんです。自分の戦略やビジョンに絶対の自信があるのなら、普通に淡々と毎日仕事をすればいいだけ。もちろん同世代の起業家とかと比べると地味かもしれませんが、そもそも比べる必要なんてないので別に引け目なんて感じなくていい。『やめないこと』こそが一番大切なんだと思うんです」
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