『斉藤さん』というアプリはクレイジーだ。見ず知らずの人と突然テレビ電話で繋がる、そんな体験にハマる人が続出し、利用者は約930万人を突破した。その仕掛け人がユードーの南雲玲生氏。音楽ゲームの原型『ビートマニア』の産みの親でもある。彼のアタマの中は一体…そして発想の原点とは?
生粋のヒットメイカーは?
こう問われれば、その一人に『南雲玲生』の名前を挙げてもいいはずだ。
音楽ゲームの原型となった『ビートマニア』は、多くの中毒者を生み出し、一大ムーブメントとなった。神がかり的なプレイを繰り出すプレイヤーはゲームセンターでヒーローだったし、そこからさまざまなコミュニティや文化が誕生した。
『ビートマニア』の父ともいえる南雲氏は大手ゲームメーカーを退職後に起業。活躍の場をスマートフォンアプリに移した後も、その才能を遺憾なく発揮する。音楽やゲームとは異なるジャンルでも中毒性の高いアプリを量産しているのだ。
その好例が『斉藤さん』だ。無作為に選ばれた全国の“斉藤さん”と“斉藤さん以外”の人がテレビ電話でつながる。一度つながった人とは二度とつながれない(ほぼ)。アマチュア無線のような一期一会の出会いにハマる人が続出したのだ。
中毒性の高いゲームやアプリはいかに生まれるのか。南雲玲生のアタマの中は一体どうなっているのだろう。そして南雲氏の原点とは?
― 南雲さんはもともと大手ゲームメーカーで働かれていたんですよね。なぜ、退職して、起業しようと思ったのでしょう?
自分の好きなことだけやりたい、誰にも文句言われたくない。じゃあ自分でやるしかないかな、と思ったんです。ただ、実際のところ「会社をつくる」ってすごく大変。起業してからわかったんですけど、ぜんぜん自由にできないですね(笑)
振り返ってみると、子どもの頃から好きなことだけやってきたんですよね。好奇心のままに何でもチャレンジさせてくれる家だったから。「シンセサイザーがほしい!」といえば買ってもらえたし、パソコンとか、アマチュア無線とか、好きなことができた。
今だからわかるんですけど、コナミにいた時も充分好き勝手やらせてもらっていたし、すごくクリエイティブな環境だったんです。それにも関わらず、もっと上を目指した、という贅沢病ですね。
― 南雲さんにとって「音楽」は武器だったと思います。ブームの火付け役ですし、ノウハウもある。でも、アプリという道を選んだ。音楽と関係のないアプリもたくさんつくっていますよね。「音楽」という武器を捨てるのは恐くなかったですか?
それが全然恐くないんですよ。逆に「武器が一つしかない」というほうが恐いです。絶対音感があるとか、ピアノが上手いとか、作曲ができるとか、どうでもよくなっちゃって。その武器が通用しなくなったら、競合に負けるし、ご飯が食べられなくなる。むしろ若いうちに違う武器を磨こうと思いました。
今だとパソコンがあれば、誰でも音楽がつくれる時代ですよね。もうぼくじゃなくていいんですよ。多くの人がつくれるなら、ぼくに存在価値はないので。
今40歳ですけど、ビートマニアを知っている方は「南雲ってサウンドクリエイターだよね」といったイメージが今もあるのかもしれません。ただ、ぼくの中で音楽は25歳で終わっていて。やり尽くした…なんて言ったら音楽をやっている方に失礼ですが、飽きてしまった。音楽以外のことがやりたかったんです。
…で、かなり早くからアプリに参入しましたが、アプリだってもう世に溢れかえっている。そろそろぼくじゃなくてもいいかな…ぶっちゃけ早くやめて次にいきたい(笑)。TechCrunchにも載っていない、誰もやってないことをやる。そこにしか快感はないんです。
― それほどまで「新しいこと」にこだわる理由は何でしょうか?
もう好奇心だけですね。理屈は特になくて…。子どもの頃ですけど、電気のコンセントがすごく不思議だったんです。なんで電源コードをコンセントに差し込むと掃除機が動くの?とか。
仕組みが知りたくて針金を突っ込んだら、大やけどしたことがあって。どうしても突っ込んでみたい、その衝動を抑えられないまま大人になっちゃったのかもしれません。だから、昔から怪我とか事故とかばっかりですよ(笑)
― 『ビートマニア』と全く違うアプローチでヒットしたアプリとして『斉藤さん』がありますよね。930万ダウンロードといえば日本でも最大規模の数字だと思います。
ずっと頭にあったのは、アプリの中やゲーム画面からどう飛び出すか。音楽も飽きたし、画面上だけで展開されるゲームも飽きちゃった。そこを超える体験やコミュニケーションはポイントになったと思います。
ただ、ソーシャルゲームやオンラインゲームって「ゲーム」や「コンテンツ」を中心につながるものですよね。その先へ行きたいと思ったんです。誰もやっていないこと、エッジが立っていて他の人たちが絶対について来れないところで。
― ソーシャルゲームと『斉藤さん』のコミュニケーションの違いはどこにあるのでしょうか。表面的には「つながる」という部分が一緒ですが、性質は全く違う気がして。
ゲームが先にあり、それを言い訳にしてつながるのがソーシャルゲームですよね。「つながる」ことを目的にしているわけではなくて、ゲームをして副次的につながる。
たとえば、同じ職場で働く男の人と女の人がいたとします。「職場で働く」という目的があって、副次的に出会って恋愛に発展することもある。人はどこか弱いところがあるから「言い訳」がほしいのかもしれません。「つながる」ために働くわけじゃない。
でも、『斉藤さん』はたった一度だけ、見知らぬ人とつながるためにある。
職場では本当の属性や性格を隠していることもありますよね。いい顔をしなくちゃいけない、女の子にモテなきゃいけない、弱いところを見せちゃいけないとか。ゲームだったらゲームのアバターに自分を託す。SNSでも「素の自分」ではなくて、SNSに投稿する「もう一人の自分」がいますよね。
『斉藤さん』は匿名の関係性だから、「ぼく」を作らなくていい。飾らなくていいから、正直でいられるんです。例外はありますが、一度つながった相手とは二度とつながらないですし。
― 確かにSNSに投稿しようと思ったとき、どういう自分に見られたいか?すごく意識する気がします。
そうなんですよ。だから「ソーシャル疲れ」とか言われている。ただ、ぼくはSNSでもリアルでも「どう見られるか」ってホントに全然意識しないんです。「え?そんなこと言っちゃっていいの?」とよく言われるのですが、人を意識して何になるんだろう?と思う。
どんなにカッコつけても、本質的な自分はいつかバレます。それなら最初から自分をさらけ出したほうがいいですよね。最初に「この人とは合わない」と思われたら、それは仕方がない。飾ったり、演出したり、カッコつけたりする必要はない。それが『斉藤さん』の原点かもしれません。
― 最新のサービスでいえば、こころの悩みをプロのカウンセラーに相談できる『menta』をリリースしましたよね。これもやはり南雲さんの中から生まれたものでしょうか。
ぼくは今までアプリとか音楽とか「人の外側」にあるものばかりつくっていたんですけど、「人の内面」に興味を持つようになったんです。というのも、ブログで書いたり、いろいろなメディアに載っていたりするのですが、30歳を過ぎてから軽い発達障害があると診断されて。
確かに相手の表情や態度から、その人の感情を読み取ることができなかった。「人の気持ちがわからない」ということかもしれません。コミュニケーションも苦手だと思っていました。だからこそ、すごく興味があったんですよね。
診断を受けてから、コミュニケーションを分析したいと思って、全てのやり取りを録音して聞き直すようにしたんです。たとえば、買い物をして、「安い買い物をしましたね」と嫌みを言われた時、それにも気がつくことができるようになりました。
人の表現ってすごく色々あるし、おもしろいなと思ったんです。嫌みを込めたり、相手を傷つけないよう遠まわしに言ったり。特に結婚して子どもが生まれた頃から、感動したり、ショックを受けたり、落ち込んだり、そういう機会もすごく増えていきました。
10代、20代の頃って考えたこともなかったんですよ、感情のことなんて。テクノロジーが大好きで、ただ夢中になっていればよかった。ぼくは無機質なコンピュータだったんです。ある意味でピュアだったのかもしれませんが(笑)
人の感情、やさしさに気づいたのが、残念ながら30歳を過ぎた頃だった。でも、心境に変化があって、目を向けるところがコンピュータや音楽から「人」に変わりました。その集大成という意味で『menta』が作れたから、少しは「人」に近づけたかな。
(つづく)
▼南雲玲生氏のインタビュー第2弾
シリコンバレーよりも深夜の『ドン・キホーテ』を見ろ。南雲玲生のヤバい企画術。
[取材・文]白石勝也
編集 = 白石勝也
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