近年、プロダクトやグラフィックといった分野にとどまらず、さまざまなフィールドで「デザイン」が求められるようになっている。私たちは今、デザインをどのように定義すべきなのか?そしてデザインの持つ力とは?その答えを探るべく、デザイン集団《NOSIGNER》を率いる太刀川英輔さんにお話を伺った。
デザインとは、何か? この問いに対する答えが、いま変わってきているように思う。「ソーシャルデザイン」「コミュニケーションデザイン」といった言葉に表れているように、今やデザインというものを定義する境界はうすれ、あらゆるものに「デザイン」が求められているからだ。
だからこそ、この時代の文脈にそって「デザイン」というものの定義を改めて考えてみたい―。そう思い白羽の矢をたてたのが、デザインコンサルティングファーム《NOSIGNER》を率いる気鋭のデザイナー・太刀川英輔さんだ。
NOSIGNER の活動は「ジャンルに制約されない」という意味においてとても現代的だ。その実績はプロダクト・グラフィック・アート・コミュニケーション・空間・建築・素材開発など実に幅広く、最近では3・11以降の被災地支援や過疎化の進む地方都市・集落の振興などにも挑んでいる。果たして、太刀川さんはデザインというものをどう捉えているのか?そしてデザインの力と可能性について、どのように考えているのだろうか?
― いまデザインの定義がどんどん曖昧になってきているように感じます。太刀川さんはデザインという行為をどのように捉えていますか?
一言で表すのは難しいですが…そうですね、例えばコップのデザインを考えるとします。すると「薄いほうがいいのか」「飾りがついていたほうがいいのか」といった“どういうふうに形が変わり得るか”という話にとどまってしまいがちです。
でも、コップが今のような形になっているのには多くの理由がある。飲むのに適した容積であったり、人の手の大きさであったり。いくつもの制約が、コップをコップたらしめているわけです。
その制約をきちんと読み解かない限り、デザインはできない。デザイナーは意識的しろ無意識的にしろ、必ずデザインする対象の周辺について徹底的にリサーチをするものなのですが、それはちゃんと理解しないと正しい形を導き出せないからなんですね。
ただ、そういうふうに整理しさえすれば必要なアウトプットが見えてくるケースもあれば、何をしたらいいのか、何が課題になっているのか、そもそもの前提がまったく見えていなかったり、曖昧だったりするケースも多々あります。そういう場合は目的を見出し、課題を抽出するところからやる必要があるわけです。
つまり、誰かの“問い”に対して解答を出すだけがデザインではないということ。問いそのものをシフトしたり更新することで、デザインは一気に前へ進むことがあるんです。むしろ「本当にその目的でいいの?」「本当に解決すべきはその課題なの?」と、“問いのほうに目を向ける”ことが、今のデザインにおいてとても重要になっていると思います。
あらゆる問題は、別の小さな問題の集積です。大きな問題を自分たちで解決できる小さな問題にくだいて、そこに対してアクションしていくと、結果的に大きな問題の解決にまで派生していくようなことがある。「問いに対する解答を導き出す」ことだけでなく、実は「問いを見直して、もっと良い問いを見つける」こともまたデザインという行為の重要なパートなんですね。
― 目に見える形としてアウトプットしなくてもデザインと言えますか?
言えるとは思いますけど、僕はやっぱりアウトプットがあってこそのデザインだと思っていて。むしろ「アウトプットを高い質に持っていく行為」までを含めてデザインだといっても過言ではないと思います。
ただアウトプットを良いものにするためには、そのアウトプットが求められている背景を知る必要があるし、アウトプットが良いという状態を定義する必要もあります。
同じアウトプットであっても、問いによっては100点になったり10点になったりするものです。例えば携帯電話。以前は「とにかく一番小さくする」という問いに執着していました。でもある時、その問いが「小さなコンピュータをつくる」という別の問いによって淘汰されてしまった。陳腐化してしまった問いに対するもっと理想的な答えを何十年もかけて探し続けてきたあげく、導き出した答えでは世の中を変えることはできなかったんです。
そういう意味でも、正しい問いを設定することがデザインにおいては何より重要です。結局は、問いの質がアウトプットの質を左右する。だからこそ、デザインという行為は、良質なアウトプットを生むための正しい問いを見つけること、良質なアウトプットとは何かを定義することから始まるものだと思います。
― NOSIGNER は実にさまざまなフィールドで活動されていますよね。その中で、何か一般化されたデザインのフレームワークのようなものをお持ちではないかと思うのですが?
どうなんでしょう…(笑)。ただそうする中で、知っていることの総量がデザインをする上ですごくカギになるんだとは改めて感じています。自分が向き合うべき問題が、プロダクト的な解法で解決できることなのか、空間なのかグラフィックなのか、あるいは全てなのか。自分ができることを増やしていかない限り、最適なアプローチを見極めることはできないと思うんです。
いま「紙製品のブランドを立ち上げられないか」というお話をいただいていてリサーチから始めているのですが、やっぱりまず知識を得ないと何もできません。工場にどんな機械があってどんな加工ができるか。どんなことが得意で何を外注しているか。どの加工がいくらくらいかかって、どの加工のロットが多くなってしまっているのか。プロと同等とまではいかなくても、きちんとリサーチして理解した上で、それがアウトプットに落とし込まれるように組み立て直していくんです。
― リサーチした上でデザインするのとそうでないのと、アウトプットとして何が変わりますか?
リサーチとはモノを生み出す“手段”について徹底的に理解するという工程なのですが、手段が積み上がって良いデザインが生まれることはほとんどありません。良いデザインは“目的”から逆算して導き出す必要があるんです。
ではなぜ手段を理解する必要があるのかというと、手段のことが分かっていると、目的に対してギリギリのところまで攻められるから。
デザインって、目的から逆算して「こんなことができればいいよね」というものと、手段の積み上げで「現実的にここまでのことができるよ」というもの、その2つが道の途中で出会ったところに生まれるものです。だから手段の絶対数が少ないと、目的から距離のあるところに着地してしまう可能性がある。だから手段をハックしないといけない。ハックし得る手段をどれだけ持っているかどうかで、最終的なデザインのアウトプットは大きく左右されると思いますね。
― では、太刀川さんが考える「良いデザイナー」の資質とは?
明確に2つあって、一つは先ほどからお話している、適切な答えにたどり着けるような良質な問いを見つけられること。もう一つが、実際に答えを作り出せること。両方が必要だと思います。
グラフィックであれプロダクトであれ、職人的なスキルでもって完成までもっていける人がいないと、デザインはいつまでたっても説得力を持たないままなんですね。
一方で、正しい「問いかけ」がないと、いつまでたっても「小さい携帯電話」を作り続けることになってしまうわけで。だからこの2つは表裏一体で、全く別のスキルなんですが互いに交感してるんですよ。実際、僕が尊敬しているデザイナーや建築家の方は、両方とも上手いです。
― 太刀川さんが駆け出しのデザイナーにアドバイスをするとしたら?
これも2つありますね。一つはとにかくそのデザインについて、誰よりも詳しくなること。まず自分の中にデザインの基準値をつくる必要があります。高い水準がどこにあるのかが分からないと良いデザインはできません。高い基準を知るためには、良いモノを見続けるしかないですね。
― デザインの良し悪しは、どう見極めればいいのでしょう?
良し悪しは、基本的には比較でしか決まらないものだと思います。だから、たくさん見て比較慣れすることが重要。そのうちモノを見ればどんなことを考えてできたものなのか、思考のプロセスまで分かるようになってきますし、自分の中に軸ができてくれば比較論に頼らなくても良し悪しが分かるようになってきます。その軸ができるまでは、とにかく量を見るべきです。
もう一つは、「視界に入るものをすべて疑う訓練をする」こと。僕はよく「視界に入るモノ全部をコップだと思ってみる」みたいなことをやります。例えば、名刺がコップだったらどうだろう。名刺がゴム製でパカっと開いてコップになるみたいな。普通の人は必要ないかもしれないけど、ウイスキーメーカーの社長の名刺だったらいいかもしれない。名刺を出してスキットルからウイスキーを注いで、「これウチのです」って取引先に渡すと。で、飲み終わったあとに名刺が残って、ほんのりウイスキーの香りがする…これ、なかなか良いアイデアですね(笑)
疑い方にもコツみたいなものがあって、それがデザイナーとしての瞬発力になったりするんです。だから日頃から疑いの目をもって世の中を見るトレーニングを続けておくといいと思います。
(後編につづく)
文 = 松尾彰大
編集 = CAREER HACK
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