2014年に国家戦略特区に指定され、スタートアップ支援で注目を集める福岡市。福岡市が今日のように注目される以前に創業し、今や世界展開も行なっているのがヌーラボだ。ファウンダーの橋本正徳さんにヌーラボの成長要因をお聞きすることで見えてきた、地方都市での戦い方とは?
2014年、国家戦略特区に選ばれた福岡市。市政をあげてスタートアップ支援に取り組んでおり、WEB・IT業界で最も注目を浴びている地方都市の一つだ。存在感を放つ人や企業も多く、その事例を参考にしようとしている地方自治体も少なくない。
福岡市が今日のように注目される10年も前に創業し、今や海外へも展開している企業がある。それが、ヌーラボだ。プロジェクト管理ツール『Backlog』やドローツール『Cacoo』、チャットツール『Typetalk』などのBtoBサービスで、国内はもとより海外ユーザーからも支持されている。
今回インタビューしたのは、ヌーラボのファウンダーで代表取締役の橋本正徳さん。福岡出身、元々東京で劇団を主宰していた橋本さんはなぜUターンし、ヌーラボを創設したのか?橋本さんご自身のキャリアから、ヌーラボの成長要因、そして地方スタートアップのリアルについてお話をうかがった。
― まず、橋本さんのご経歴についてお聞かせください。演劇、飲食のお仕事に携わっていた橋本さんが、Uターンされた経緯から。
地元の高校を卒業して、専門学校へ行って、劇団の主宰とか、飲食店勤務とかいろいろなことをやっていたんです。でも、二十歳になったら結婚したい、という気持ちがあって。同じタイミングで実家から、家業を手伝ってほしいという話を受け、良い人とのめぐり合わせもあったため、田舎へ戻って結婚することにしました。家業というのが建設業で、僕は帳簿管理や現場仕事をやっていましたね。
― 家業があったのに、なぜプログラマに?
社長の息子という立場ってすごいやりづらいんですよね(苦笑)。あと、水が合わなかったという点が大きいかもしれません。帳簿管理の仕事に理解を示してもらえず、「外に出ないでパソコンで金勘定ばかり…」みたいな接し方をされたので、辞めました。
でも、当時息子が3歳くらいでお金は必要だったんです。だから友達と2人でSOHOの形で事業を始めて、パソコンで新聞折込チラシのデザインとかをやってましたね。最初は良かったんですけど、やるにつれて友達との仲が険悪になっていきそうだったんですよ。それでそのあとは、お金持ちの知り合いに声をかけられて事業を始めたんですけど、それも仲が悪くなってしまって(笑)。
いよいよマズイと思って転職サイトを見ていたら、たまたま未経験OKの派遣プログラマ募集の求人を見つけて。それでやっとプログラマとして働き始めました。
― プログラマとして3年働いてヌーラボを創設されていますが、もともと起業は視野に入れていたんですか?
自分は会社勤めできないタイプだということはなんとなく思っていて。周りからも同じようなことを言われていたので(笑)。入社のタイミングで、「3年で辞めて独立します」って公言してたんですよ。
特別に何か覚悟を決めてとか、こういうプロダクトをつくりたいとかはなく、自分の会社で長く、生活していけるだけのお金を稼いでいきたいな、という気持ちで立ち上げました。
― 福岡で創業したのには、何か狙いがあったんですか?
特にありません。住んでいたから(笑)。東京で起業したほうが機会は多く、今よりも稼げていたかもしれないと思いますけど、当時はそこまでお金のことは考えていなかったですね。
― 起業されてからのお話を教えてください。当初、メインは受託開発だったと思うのですが、何が自社サービス開発のきっかけになったんですか?
派遣の時代を含めていろいろな業務用のシステムを見てきたんですけど、なんかちょっと暗くて、質素な印象が強かったんですよね。「明るい雰囲気のほうがいい」とは一概に言えませんが、僕も他のファウンダーも明るい感じにしたいな、と意見が一致して。まず、CTOが『Backlog』のプロトタイプをつくったんです。それが良かったので、徐々に、という感じですね。
― 福岡が地元で、東京と比べて生活コストが安いみたいなことも自社サービスを開発するうえでの“余力”になっていたんですか?
なっていたと思います。生活基盤が安定してこそのチャレンジだと思うので。当時、僕らが力を入れていたのがJavaだったんですけど、その技術を必要とする会社は福岡にはとても少なかった。東京の会社と仕事をしていたので、東京単価で受注ができて、会社は地方にあるのでわずかだけど投資に回せるお金ができるので、それをサービス開発に投資して…。仕事が継続的にあれば余裕ができるという感じだったんです。しかし、継続的に仕事がある状況をつくるのも難しいことなんですけどね…。
― とはいえ、東京にもJavaに強い開発会社とかたくさんあったわけじゃないですか。どう差別化を図っていったんですか?
コツコツと実績を残していった。本当にそれに尽きると思います。お客さんにきちんとしたものを提示できないと、プラスの口コミって生まれないわけじゃないですか。とにかくコツコツ取り組みました。
― それって、『Backlog』や『Cacoo』の展開にも通じる部分なのでしょうか。
そうですね。バーンと大々的に展開していくというよりも、まずは既存のお客さんを大事に大事にやっていくというのは、受託時代から変わらない性格なんでしょうね。僕やサービスのっていうよりも、会社の性格…文化なんだと思います。
― 最近はスタートアップブームとも言われていて、新しい企業が次々に誕生し、大々的にサービスをローンチしていますよね。そういった企業とは文化が違うということなんでしょうか?
通じるものはあります。例えば僕らは2010年に『Cacoo』をつくっていて、世界中の人に使ってもらいたいという気持ちがある。一方で、新しいスタートアップの人たちも同じように思っているわけで。だから、目指していること、考えていることは同じなんですよね。
でも、目的地までの手段として僕らの場合はコツコツ丁寧にやっていくしかなくて。いくら調達して、いくらでイグジットして、みたいな文化はない。だから、「ああ、そういうやり方もあるんだな」って感じで見ています。
― ヌーラボは、世界展開も果たしているわけじゃないですか。福岡から世界へ、という気持ちはやはり強いんですか?
“福岡から”という部分に関しては、そんなに強くないんですよね。地元をこよなく愛しているというわけではなくて、「住んでいるところだから大事」という気持ちです。住む場所が変わったら意識も変わると思います。
ただ、世界に出たら楽しいなって気持ちはありましたね。僕も他のファウンダーも、みんな技術への知見があって、社員も含めてオープンソースに触れていた人が多いので、オープンソースの文化が根付いていると思います。米国のApacheのライブラリからダウンロードしてソースを読んで、議論したこともありましたし。だから、世界が遠いって感覚はないし、世の中を知らないだけかもしれませんが、世界のエンジニアリングレベルとの差を感じたことはありませんでした。それは挑戦の追い風になっていると思います。
― 確かにファウンダーの3名が技術に通じているというのは強みですね。組織のお話で言うと、採用についても聞きたいんですが、福岡はどうですか?U・Iターンが多いとか、地元の人が多いとか。
九州出身者は多いですね。特に福岡は、“九州の東京”なので。レベルが充分とは一概に言えないんですけど、イイ技術を持っている人はいますね。特にエンジニアリングなんて、趣味を通じて力を身につける人が多いじゃないですか。田舎だろうが都会だろうが部屋のなかで勉強できるので、インターネット環境さえつながっていれば人材のレベルに差異はないんじゃないかと思います。
― 最後に福岡についての考えを聞かせてください。高島さんが市長になって、ムーブメントみたいなものが起きていると思うんです。福岡が今ほど注目されていない頃からコツコツ取り組んできたヌーラボは、このムーブメントをどう感じますか?
僕個人は楽しいです。「行政が勝手に言ってるだけ」みたいな否定的な気持ちはないですね。むしろ、積極的に協力したいと思っています。行政って立場的に“嫌われ者”ってところからスタートしがちだし、なんかやったらすぐに怒られちゃうじゃないですか。僕は、行政のことを一番強くて一番弱い立場だと思っていて。だから弱い立場としての行政の人たちを少しでもサポートできたらいいな、ってことは考えていますね。
僕の周りも行政を応援する人が多いです。みんなでサポートするしかない、と。ただ、大きなムーブメントが起こると助成金とかも出るじゃないですか。そこに群がる人たちがいるのも事実なんです。そういう人たちに関しては、ものすごく否定的です。
― たとえば、他の地方で福岡のようなムーブメントを起こそうと思ったらどうすればいいのでしょう?
フォロワーをつくることなのかな、と思います。自分で好きなプログラムをつくって、いろんな人に見せて広めてフィードバックや協力を得て、仲間が増えて。それを繰り返しているうちに集団になり、コミュニティになり、あとは自然と輪になってくるんだと思いますよ。その輪に誰かが名前をつけて、外にPRすることでまるでムーブメントが起こっているようになるんじゃないかな、と。
― 「地方だから」とか、「福岡だから」とかは、一切関係ないということですね。福岡市のムーブメントをフラットに見てきた橋本さんならではの意見だったと思います。貴重なお話、ありがとうございました!
[取材・文]田中嘉人
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