UI・UXの世界において、その存在を知られる『THE GUILD』。深津貴之さんが率いる、日本を代表するクリエイティブチームだ。その中でも今回注目したのが、小玉千陽さん(25)。じつは「東工大出身のデザイナー」と変わった経歴を持つ。「美大出身者に負けたくなかった」そう語る彼女の軌跡を辿ってみたい。
「美大生じゃないからってなめられたくない。そう思って、ずっとデザインを学んできました」
こう語ってくれたのは、『THE GUILD』でデザイナー・アートディレクターとして働く小玉千陽さん。『THE GUILD』といえば、UI・UXの世界において誰もが知る、デザインチーム。深津貴之さんが率いる、フリーランスの集合体だ。彼女は今でこそ「デザイナー・アートディレクター」という肩書きだが、Webやスマホのデザインとは無縁、東京工業大学に在籍し、社会工学を専攻していたという変わった経歴の持ち主でもある。
「大学時代は、誰ひとりとして、まわりにデザイナーを目指そうという同級生はいませんでした」
なぜ、彼女は誰も進まない孤独とも思える「デザイナーとしての道」をあえて選んだのか。どのようにして25歳という若さで、デザイナー・アートディレクターとして信頼を勝ち得て、トップクラスともいえるクリエイティブチームの一員となったのか。その軌跡を辿ってみたい。
【プロフィール】
デザイナー・アートディレクター
小玉千陽 / Kodama Chiharu
東京工業大学工学部卒。在学中よりデザイン事務所やWeb制作会社などでエディトリアル、グラフィック、Webのデザイン及びフロントエンドエンジニアとしての経験を積み、卒業後は深津貴之氏率いるArt&Mobileへ入社。Webサイトの制作やモバイルアプリのUIデザインに携わる。フリーランスとして活動後、広告代理店を経て、8月よりデザイン事務所ium inc.を設立。UI/UXデザインを軸に、アプリやWeb、紙媒体などの領域でデザイナー/エンジニアとして活動中。
ー 大学での専攻は、デザインとは無縁だったと伺いました。なぜデザイナーに?
じつは高校生のころから、デザインすることを仕事にしたいと思っていたんですよね。小さい頃から、ずっと何かをつくることが大好きで、小学生の頃はホームページを作って遊んでいました。当時は「プログラミング」という言葉すらよく分ってませんでしたが、HTMLとCSSをいじって、自分の思い描いたイメージがカタチになっていくことがすごくおもしろかったんです。
本当は美大に進学したかったんですけど、親に反対されてしまって。当時の私は抗えるほど自分がデザイナーになった姿が見えなくて、普通の大学に行かざるを得なかったんです。
だからといってデザイナーになる夢を諦めたわけではなかったのですが…あらためてデザイナーになろうと思ったら、デザイナーとして就職するための応募条件として「美大卒」を求める求人ばかり。正直、焦りもありました。同時に「必ずしも美大卒だからといって一流のデザイナーとして活躍ができるわけではないはず」という思いもどこかにあって。心の奥底では「美大出身者たちには負けたくない」「理系出身だからってなめられたくない」とも思っていましたね(笑)
ー 実際には、どのようにしてデザイナーへの道を切り拓いていったんですか?
大学1年生のときから、デザインの専門学校でダブルスクールをしていました。専門学校を卒業したらすぐにポートフォリオをつくって、デザイン事務所3~4社で週5日アルバイトをして。
「たかがアルバイト」って思われるのもイヤなので、期待されている以上のアウトプットを出す。そのためにどうしたらいいのか、休日も、ちょっとした空き時間でも、暇さえあれば制作に没頭していた時期がありました。
美大生の2倍でも、3倍でも、どんどん現場で経験を積むしかない。大学を卒業する頃には中途採用枠、即戦力のデザイナーとして働けるレベルにまでならないとって。
ー そこには反骨精神も?
あったと思います(笑)ただ、ホントに心からデザイナーとして一流を目指したい、という純粋な気持ちがあって。だから、デザイナーといっても数多くいるなかで、どうしたら尖っていけるのかも考えていたんです。
そこでエンジニアリングのスキルを磨こうとHTML、CSS、Javascriptの勉強も並行していました。でも、そういう勉強が大変だと思ったことはあまりなくて。効率良くやるべきところは効率良くやって、時間を割くべきところに時間を割く。
もしかしたら「スキルを身につけよう」というよりは、「知らないことを知りたい」という好奇心が強いのかもしれません。
ー 学生時代はコンプレックスだった「理系出身」というバックグラウンド。実際のお仕事のなかで活かされる場面はありますか?
そうですね。いま振り返ってみると、数学の問題を解く時に必要だった「問題を分解して、課題を発見し、仮説を立てて、検証、そして解決する」という考え方が、いまデザインワークにそのまま活かされているように思います。
たとえば、ウェブサイトのリニューアルの案件で、クライアントが「デザインがイケてない」という課題を抱えていたとします。けれど、そのままデザインだけを良くしても、お問い合わせが全く来ないとか、本当に使ってほしい人に使ってもらえないことって、よく起こりがちなんです。
ヒアリングを重ねていくと、ユーザーの心理や使うシーンが曖昧で、根本となる課題は表層のデザインのもっと奥深くに隠されていることも少なくありません。
クライアントさえも気づいていない本当の課題はなにか。その課題に対して、私はなにをすれば役に立てるのか。一番ベストな方法を考え、柔軟にボールを投げ返すことが、いま求められているのだと思います。
― 柔軟にボールを投げ返すために、どんなことを心がけてきましたか?
「わたしはデザイナーだからここまでしかやらない」と領域を狭めるのではなく、ある程度、相手の領域について知識を持つために勉強することです。そうすることで、一緒に仕事をする人たちとコミュニケーションができ、共通の認識を持ちやすくなって、良し悪しの判断もできるようになります。
ただ、全部ひとりでやろうとするのには限界があります。以前は、デザインもエンジニアリングも、映像も、写真も、なるべく全部ひとりでできるようになりたいと思っていたんですよね。でも、いろいろなチームでお仕事をさせていただくようになってから、いかにさまざまなプロフェッショナルな領域を持っている方たちと、作り手として融合していくかを考えたほうが、アウトプットの質が良くなることに気づきました。
案件やチームに応じて、自分はなにができて、なにをするべきなのかを意識して行動することの大切さを感じています。
― スキルもそうですが、発信されている内容を見ると、UXやUIなど豊富な知識もお持ちだと感じます。どのように情報のインプットをしているのでしょう?
自分なりにひとつ決めていることは「毎日のインプットをゼロじゃなければOKにする」ことです。
ある日はKindleで本を読んだり、ある日はオンライン学習で映像の勉強をしたり。そのときどきで関心のあるテーマをできる範囲でインプットできるので、自然と続けられています。
どうしたら続けられるのか、自分の特性や性格を知った上で、自分なりのやり方を見つけていくといいのかもしれません。
― なぜ、そのやり方、考え方に至ったのでしょう?
私はもともと典型的な三日坊主気質で、小学校の頃から毎日やりましょうという宿題はまとめてやるタイプ...具体的な計画を立てて続けようとすると全然続かなかったんです。
同時に、わたしは根っからの負けず嫌いで(笑)できないことが放っておけないというか...できるようになるための努力をしていないのに、できないって思う自分が許せないんです。わからないことがあると、すぐにググって調べはじめてしまうことも、そんな性格だからかもしれません。
― 知識とスキルを磨き続ける、その高い成長意欲はどこからくるんでしょう?
なによりクライアントと一緒に、自分が本当にいいって思えるものを作りたい。作ったからには世の中をちょっとでも良くしたい。そう思っていて。
知識とスキルを自分で磨いて、できることが増えれば、それだけ提案できることの幅も広がりますし、なにより自分自身が自信をもって提案できると思うんです。私が弱気だと、「このひと大丈夫かな」ってクライアントも不安になってしまいますよね。
今だから思うのは、ずっとコンプレックスに思ってきた「美大出身じゃない」ことも、言い訳にしかならないということ。もしかしたら環境はそこまで大事じゃないのかもしれません。特に今は時代的にも情報収集もしやすいですし、勉強しようと思ったら学習サービスも充実しています。どこにいようと、自分がどれだけ勉強して、努力ができるか。その気持ちが、いまの積み重ねにつながっているのだと思います。
― 小玉さんのコンプレックスに屈しない芯の強さ、知識とスキルを磨くために何十倍も努力を重ねるひたむさに、同世代として私自身とても刺激を受けました。本日はありがとうございました!
文 = 野村愛
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