コルクの佐渡島庸平さんから「天才」と評される男がいる。名前は品田遊。短編小説『名称未設定ファイル』の作者だ。そして、彼にはもうひとつの名前がある。ダ・ヴィンチ・恐山。日本一ふざけた会社 バーグハンバーグバーグに所属するクリエイターだ。一体彼は何者か。仮面の奥に隠された本心に迫りたい。
2017年7月に出版された短編小説『名称未設定ファイル』。
何とも狐につままれたような気分になるタイトルの作品を書いたのが品田遊(しなだゆう)さんだ。今作で2作目。彼が契約を結ぶクリエイターエージェント『コルク』のCEO 佐渡島庸平さんから、「天才」と評される人物だ。
彼には小説家以外にもうひとつの顔がある。その名は、ダ・ヴィンチ・恐山。
日本一ふざけた会社ことバーグハンバーグバーグに所属し、ふざけたコンテンツ制作はもちろん、漫画や漫画原作、コラム、エッセイなどのさまざまな創作活動を展開。オモコロの企画『ポケモンGO』日本リリースで起きるであろう面白ハプニング50が1.6万リツイート(2017年10月時点)したり、『月刊ビッグガンガン』で漫画『くーろんず』を連載したりと、インターネットの枠を超えて活躍する唯一無二の存在である。
しかし、実際に話を聞いてみると実に意外だった。”拍子抜けした”という表現のほうが近いかもしれない。たとえば、今までどんな道を歩み、どんなことを考えていたのかを聞いても「将来の目標なんてありませんでした。僕は、ただ逃げ続けてきただけです」とひと言。
顔は仮面に隠され、表情は読み取れない。声には抑揚がなく、感情も読み取れない。「逃げ続けた」は本気なのか。それとも、からかっているだけなのか。そして、今の人格はダ・ヴィンチ・恐山なのか。はたまた品田遊なのか。彼の本心は一体どこにあるのだろう。
― バーグハンバーグバーグでヒットコンテンツをつくり、小説も書いて。”才能の塊”のような印象を受けるんですが……次なるヴィジョンは?
今、心からやりたいのは「ゲームしてお菓子食べて眠くなったら寝る」という生活。
この間も会社の人と「働くってダサいよね」って話をしながらチキンライスをむしゃむしゃと食べていました。一番楽しいのは寝ているときだから、仕事に誇りを持つって違うよねって。
これまでの人生を振り返ると、僕、今まで目標を追いかけたことがないんです。何かから逃げてきた記憶しかない。あと「ヴィジョン」とか言う人、ニガテです。
― あ…すみません。では、恐山さんは何のために創作活動を?
高収入です。
― えっと…質問を変えますね。仕事をしててよかったって思える瞬間は?
ありますよ。お金がもらえたときとウケたときの2つ。でも、まぁお金よりはウケたときのほうが嬉しいですね。やっと一息つくというか。
― ウケるためにどんなことをしているんですか?
ウケそうなことを考えます。
― ……。
そろそろお気づきだと思うんですが、性格があまりよろしくないので、何をつくるにしても頭のなかのもうひとりの自分が「知らない」「興味ない」と茶々を入れてくるんです。
この「茶々」は、コンテンツをつくるとき、自分のなかで一定の基準をクリアするためにやっていることでもあります。頭のなかの自分を含めた仮想敵が言いそうな文句を全部予測し、全部黙らせるような理論を考えていく。そうすると読者がツッコミにくくなりますし、拒絶が避けられます。
ただ、こういうメソッドって出来上がった途端につまらなくなる。表現における面白さの本質って、既存のメソッドを壊すような何かが出てくることだと思うので。
だから、メソッドをさらに壊すような表現を探す。でも、新たな表現を見つける度に再生産できるようにメソッド化して…と、破壊と構築を繰り返していると、”表現の極北を探る旅”みたいになってビジネスとしては成立しませんよね。
すみません、話し過ぎました。
― いえいえ!すごく参考になるお話です。では、ビジネスとして成り立つラインを見定めている?
残念ながら、笑いに全てを捧げるような破壊的な表現、「前衛的」と呼ばれるようなもの、そのためなら死をも恐れないという気概はありません。だから、成立している面白さを再生産して、”そこそこウケる”を狙い続けたいと思っています。飽きられないように何パターンも用意して、忘れた頃に違うパターンを出す……みたいな感じで。
― 前衛を攻めたくならないんですか?
ときどき、そういう野心的な気持ちも湧きますよ。でも、僕が本当に面白いと思う天才みたいな人たちを見ていると「自分は絶対彼らの境地に行けない」と思い知らされるんです。
彼らは僕のような魂の汚れている人間を見抜く力があるらしい。彼らから「おもしろい」と言われたこともないし、それ以前にTwitterもブロックされている。僕は僕で生活がかかっているので、今のように”ややウケ”を繰り返していくしかないんですよ。
― 恐山さんも”天才側”だと思っていました。
それっぽく見せるテクニックを使っているだけで、いくらでも再生産可能です。
もしかしたらものすごく頑張ったら、彼らサイドへ行けるのかも知れませんが、やる気がない時点でダメですよね。名残惜しさはあるんですけど。
― 恐山さんの創作活動、その原点とは?
自由帳への落書きですね。迷路とかをよく描いていました。中学校のときにも持ち歩いていましたね。
― 自由帳って、あの「虫」や「花」の写真が表紙の?中学生で?
はい。小学校時代の延長だったんですが、気付いたらみんなやめてました。
架空の作家になりきって漫画を描いていたんです。そのときのペンネームが『ダ・ヴィンチ・恐山』でした。特に深い意味のない名前。その自由帳への落書きがTwitterになって、だいぶ後にSNSを始めたとき、ネットで本名を晒すことに抵抗があったので、ペンネームを名乗りつづけました。
― ネットでウケるようになったり、成長していったり、そういった実感ってありますか?
自分のことをよく知っている人からすると、昔からやっていることが変わらないらしいですね。14歳くらいで完成してしまっている。卒業アルバムの作文を読んでも、今と文章力が全く同じ。早熟というか、伸び代がないというか。あとは経年劣化していくのを待つだけです。
― …で、でも、ほら、漫画だってあるじゃないですか。
運が良かっただけです。好き勝手に漫画を描いてTwitterやブログで発信していたら、たまたま田中圭一先生がスクウェア・エニックスを紹介してくれて。
― やっぱりすごいですよ。発信しなければ「運」は引き寄せられないと思います。
たしかにインターネットで自分のことを知ってもらえていたのは大きかったと思います。バーグハンバーグバーグのシモダ社長から「ウチで働かないか」と声をかけもらえましたし。
ただ、ふざけて言われてると思って1ヶ月くらい無視していました。オモコロの大ファンだったが故の愛情の歪みですね。「この人は僕をおちょくっている」と。
あとになって本気で誘われていたことを知りました。とても嬉しかったですが、かといって労働大好きというわけでもないので、社長に「本当は働きたくない。仕事そのものがキライです」と伝えました。これは本音でしたね。今考えると、よくそんなこと言ったなと思いますけど。
― 入ってみてからはどうだったのでしょうか?
集団作業で大きいものをつくる、その面白さを知ることができました。入社せずにあのまま一人でこじらせていたら、きっと味わえなかったおもしろさでしょうね。やりづらさは特に感じていません。
― え……それは、本心ですか?
もちろんですよ。何を言ってるんですか。ただ、働かないで済むならそれに越したことはないと思っています。
― 小説家デビューのキッカケは?
コルクの佐渡島さんから声をかけてもらえました。ただ「『ダ・ヴィンチ・恐山』です」と名乗るたびに「なんですか?その名前」って言われちゃうので、マジメな話は書けなくなってしまう。そこで『品田遊』を名乗ることにしました。
『ダ・ヴィンチ・恐山』がヘンな名前だし、雑誌の編集者だと思われる機会も多いので、よその会社に迷惑かけちゃいけないな、と。本名っぽくてあまり目立たない名前が欲しくて考えました。
― キャラクターは使い分けているんですか?
原稿料がコルクから振り込まれる小説のときは『品田遊』を名乗っています。
あとはそれほど使い分けてはいませんね。ただ、この間エゴサーチしていたら「著作によって文体も何もかもが違いすぎて多重人格者か」みたいなことを言っている人を見つけて。もしかしたら名前を変えると、無意識的に作風が変わることはあるかもしれません。
同時にいただける仕事の幅は広がってきている感覚はあるので、もっと名前を増やしてもいいのかなと思っています。正直「いつか仕事がなくなってしまう」という不安が大きいんです。ひとつパイプを失っても足がかりになる場所をつくっておくために、いろんな名前で活動しておくのは有効なのかもしれませんね。
― お話を聞いていると、恐山さんは「自己の内面にある悶々としたものを作品づくりにぶつける」ような作家とは違う印象を受けます。恐山さんにとって”表現”って何なんですか?
気取った感じで言うと、”世界の再解釈”ですかね。世界で起きているいろんな出来事も言葉にしないと理解できない。表現して、やっと世界のカタチを知ることができるわけです。
でも、お笑いの文脈だと答えが難しい。バーグハンバーグバーグの仕事も「世の中の広告ってこういうルールで成り立っているよね」をいろいろ見せつけて、わざと破って成立させるという新しさが面白さでもある。
世の中がひとつのテンプレートで成立するのはつまらないと思っていて、お笑いには「こういうのも成立するけど、どう?」って実証してみせる手品みたいな面白さがあるんですよね。そのあたりが、僕が魅了されている”表現”なのかもしれません。
― 恐山さんが理想とする「面白さ」って何なんですか?
「面白さ」の意味を上昇させていくと、組み合わせの新しさによって今自分が認識している世界を構成するものの偶然性に気付かされることがあるんです。
たとえば、シュルレアリズムの画家 マグリットの絵に、部屋がいっぱいになるくらい大きなリンゴが一個入っているという作品があります。あの絵を見ると、「リンゴの大きさ」という概念をみんなが共有していて、なおかつその概念には何の必然性もないということに気付かされる。
そういうレベルでの知らなかったことを知るというところまでいくと、さらに「面白い」と思います。
― 目指さないんですか?
目指したいですけど、できる気がしないんですよね。単純な能力不足と、ひねくれた性格のせいだと思っています。でも、ひねくれたままでいられる職業の一つがWebライターや小説家なんですよ。すごくありがたい。
今回も「こう答えてほしいんだろうな」というのはなんとなくわかるんですけど、つい「そうはいくか」という気持ちが勝ってしまう。悪い病気です。治らないんです。ごめんなさい。本当はもっと性格良いです。
― なんとなく、ダ・ヴィンチ・恐山と品田遊の輪郭めいたものが見えた気がします。それにしても、こんなに振り回されたインタビューは初めてかもしれません。ありがとうございました。
文 = 田中嘉人
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