WEB漫画家《カメントツ》。ナゾの仮面を装着し、体当たり取材をもとにした作品を次々に発表している人気の漫画家だ。しかし過去には路上で生活したり、恋人を寝取られたり、と苦い経験も多い。彼はいかにして今日の生き方にたどり着いたのか。その半生に迫る。
カメントツという漫画家をご存知だろうか。
ライダーマンのような仮面、体当たり取材、一度見たら忘れないタッチと心に残るストーリーが人気のWEB漫画家だ。カメントツという名前の由来は、仮面をつけて突撃するから(ちなみに仮面は完全オリジナル。口元が開いているから食レポもできる、目が光るので暗いところでも便利と本人談)。
ここ1年で引っ張りだこのカメントツさん。しかし、かつて路上生活を経験したこともある苦労人だということはあまり知られていない。どん底を味わった青年は、いかにしてWEB漫画家として生きる道を見出したのか。仮面に隠された素顔に迫ることで見えてきたのは、彼がインターネットの世界で戦い続ける強い覚悟だった。
<Profile>
カメントツ
愛知県出身。大学卒業後、デザイナーとして就職。退職後、雑貨デザイナー、カメラマンや製造スタッフなどを転々とする。上京をキッカケに漫画家としての活動をスタート。仮面の原案は、大学の卒業制作用に描いた漫画のキャラクター。インターネット上に顔を出すのが絶対にイヤだったので、自ら制作した仮面を着用するようになった。現在はオモコロやジモコロ、オモトピア、オクトピなどで活躍中。作品はこちら。
― まずはカメントツさんの過去から紐解いていきたいのですが、もともと何者だったんですか?
1ヶ月も持たずに会社を辞めちゃうようなダメデザイナーでした。女性の上司にメチャメチャ怒られて、「あ、もうムリだ」って。だから、漫画家でも何でもなかったんですよ。
別にデザインの仕事に未練があったわけではないので、その後はハローワークへ行きながら、友だちの家とかマン喫とかを転々としていました。実家住まいだったんですけどね…親と顔を合わせるのがメチャメチャ気まずくて全然家には帰らなくて。まぁ、リストラされたお父さん状態ですよ。たまにボロい飲み屋に行ったり、公園でのんびりしたりして。そのときにひとりのおじさんと出会ったんです。「兄ちゃんいいやつだからウチで飲もう?」って家に招かれたんですけど、どこからどう見ても公園の片隅にあるダンボールで。「ココ、ウチだから」って。
― まさかの展開。
それで僕もそのまま居着いたんです。気づいたらホームレスになってました。
― え?
実は僕、お金を稼ぐことへの興味や才能が全くなかったんです。普通の人だったら500円払って銭湯行くところを、ドラム缶風呂をつくるほうがラクなんですよね。フツーに働いて、社会経済のなかで生きていくことが合わないというか。だから、ホームレスという社会経済のなかに入り込むのがニガテな人たちの世界が合っていたんじゃないかって。
とはいえ、10日間だけですよ(笑)。家出みたいなものです。ホームレスの世界にもヒエラルキーがあって、"ボスホームレス”がいるんですよ。メチャメチャ顔が利くとか、空き缶の落ちている場所にすごい詳しいとか。でも、エリアを仕切っているチンピラにペコペコするんですよ。言葉にしがたい歯痒さや悔しさが錯綜して…。結果「ちゃんと経済のなかにいなきゃ」と思い、慌てて派遣会社に登録しました。
でも、結局どの仕事も長く続かなくて。半年に1回職業を変えるという…。ホント、ダメダメですよね?
― すみません。同意を求めないでください。
当時3年くらい付き合ってた女の子がいたんですけど、愛想を尽かされてしまって…。フラれたというか、寝取られました。人はショックを受け過ぎるとゲロを吐くって知ってました?
― もうやめてください。
― 漫画家を目指すようになったのはいつからですか?
2014年の上京のタイミングからです。上京後、それまでと同じように怠惰な生活を送りたくないので、目的を見つけてから行こうと思って、あらためて自分は何が好きなのかを考えたんですよ。そのとき自分はメチャメチャ漫画が好きだと気づいて。
キッカケは、西村ツチカさんの『なかよし団の冒険』という漫画です。デビューして一冊目なのに画のタッチがすごい変わるんですよ。シンプルになったかと思えば、繊細なタッチになったり、ラフな感じになったり…。こういうふうに試行錯誤しながら漫画を描く人になりたいと思ったんですよね。
上京後は、若手漫画家を支援するNPOが運営する『トキワ荘プロジェクト』に申し込んで、同じ志の人達との共同生活が始まりました。漫画をほとんど描いたことがないのに。周りの漫画家志望の人たちもビックリしていましたけど、僕が一番ビックリしました(笑)。
― 上京から数ヶ月でオモコロに作品を発表することになった経緯は?
WEBライターのヨッピーさんが『トキワ荘プロジェクト』の取材に来たんです。たまたま僕が取材を受けることになって、ヨッピーさんに大学生の頃に趣味で描いた『大死刑』という漫画を見せました。「殺人を犯した死刑囚が、科学の力で意識はそのまま生まれ変わる。そして成長して、被害者と同じシチュエーションで”自分”に殺される」というストーリーなんですけど、バカみたいに面白がってくれて。
ヨッピーさんに初めて会ったし、ホントに見る目のある人かわからなかったから、疑心暗鬼でした。でも、そこから「オモコロに載せよう」という話をいただきまして。ちゃんと編集長の原宿さんを紹介してもらって、ものすごくいい人だった(笑)。だから、僕はヨッピーさんに見出していただいたといっても過言ではないし、ヨッピーさんは命の恩人、神なんですよね。正直、最初は「コイツ、メチャメチャ見る目ねぇな」なんて疑ってしまっていて…今は申し訳ない気持ちでいっぱいです。
― オモコロに載ってから、作風って変わりましたか?
『大死刑』以降の作品が決まっていなかったので原宿さんに「何描いたらいいのか全然わかりません」って相談したんですよ。そしたら「君の人生ってどうだったの?」と聞かれて。「基本的にだらしなくて、いつもトラブルに巻き込まれる」「桜玉吉先生のエッセイ漫画が大好き」と話したら、「じゃあ、そういうマンガ描いたらきっとおもしろいよ」って。原宿さんのひと言で、漫画家としての方向性が決まっちゃいました。だから、原宿さんが存在しなかったら、今のカメントツの漫画やキャラクターは存在しないんですよ。
僕に才能があるとしたら、ヨッピーさんや原宿さんのような人たちとの出会いに恵まれたことじゃないかなって。「漫画はひとりでも描ける」とか言う人がいるけど、僕のような凡才は人との出会いとかつながりとかをナメちゃいけないって強く思います。それを教えてくれたのが、ヨッピーさんと原宿さんでした。
― さまざまなメディアで描くようになり、この1年はかなり忙しかったと思うんですけど、生活に変化ってありました?
2015年はギリギリの生活で、2016年1月も貯金残高は29円だったんですけど、ようやく光が見えてきました。もしかしたら、めちゃめちゃお金持ちになっちゃうんじゃないかという気配はしてます。でも、2015年にどんな仕事もやったから付いてきた結果なのかな、と。
特に『中古RPGツクールの中にゲームが入ってるか調べてたら奇跡が起きた』という漫画はたくさんの人に読んでもらえて、体の芯が熱くなる感覚があったんですよね。そこから「もしかしたら自分の漫画を待っている人がいるかもしれない」と思えるようになりました。
― ヒットする漫画を描くうえで意識していることってありますか?
うーん…ブレーキをかけないことですかね。ブレーキをかけるのは漫画家じゃなくて編集の仕事なんですよ。だから僕はおもしろさを再優先にして、突っ走る。自己規制を全くしません。僕は漫画の読者、取材対象の方、編集、そして僕の四方向を幸せにしたいと思っています。でも、最悪僕が不幸になるのはしょうがない。僕以外の三方向が幸せになればいいな、と。
もし自分が本名で顔を出してやっていたら過激な表現ってしにくかったと思うんですよ。だから、仮面の意味はあったんじゃないか、と。結果的にキャラづけにもなって、いいほうに転がった気がしてます。
― カメントツさんがインターネットを主戦場にしているのには、どういう背景があるのでしょうか。
まぁ、僕はインターネットと共に育ってきて、おもしろい体験をさせてくれた場所もほとんどがインターネットだった。僕を見出してくれたのも原宿さんやヨッピーさんだし。だから、WEB漫画が書籍化までの踏み台のようにされているのが寂しいんですよ。
僕もよく「いつ単行本になるの?」って聞かれます。でも、単行本は「いつWEB連載が始まるの?」とは言わない。そこにすごい違和感を覚えるんですよね。「書籍が上でWEBが下」とかは絶対にないのに、潜在的にそう思われている。インターネットにおいてWEB漫画はものすごい可能性を秘めているし、これからもどんどん進化していくでしょう。だから、そろそろWEBと書籍は違う山だと考えていいんじゃないでしょうか。少なくとも、僕は書籍化前提で描きたくはないですね。
― おぉ…カッコいいですね!……ただ、ブログには書籍化を視界に捉えてウキウキされている様子が記されていましたが…。
……すみません!!出版社の方にお声がけいただいたので、書籍化に向けたWEB連載に取り組むことになりました!ホントはグッズとかもつくりたいんです!!調子のいいことばかり言って、スミマセンでした!!こんなダメ人間ですが、見捨てないでください!!どうかお願いします!
― だ、誰に何をお願いしているのかわからないのですが、とりあえず連載決定おめでとうございます!今日はありがとうございました!!
[取材協力]マンガサロン『トリガー』
文 = 田中嘉人
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