2017.11.02
いきなりメモでプレゼン!? 気鋭のアートディレクター麦田ひかるの考える、ブランドデザインとは

いきなりメモでプレゼン!? 気鋭のアートディレクター麦田ひかるの考える、ブランドデザインとは

彼の手がけるウェブサイトは、どれも美しい。ライフスタイルに関する数々のブランドサイトのアートディレクションを担ってきた麦田ひかるさん。「美しい表現」は彼のセンスによるものなのか、それとも…? 彼のもとを尋ね、浮び上がったのは「相手を知る」という本質的なキーワードだった。

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企業の「らしさ」をデザインへ昇華させる。ブランドデザイナー 麦田ひかるの仕事

「世の中に“ sense(センス) ”のある企業を増やしていきたい」


こう語ってくれたのが、アートディレクター/デザイナーの麦田ひかるさん。取材させていただいた私は彼をあえて「ブランドデザイナー」と呼びたい。

2013年にデザインファーム・SCNR Inc. (株式会社スキャナー)を設立。彼のもとにはさまざまな企業から「ブランドサイトを手がけてほしい」とオファーが舞い込んでくる。


「世の中は企業によってつくられている。いま手元にある飲み物やスマートフォンもそうですし。このオフィスにある椅子や机も。そのひとつひとつの企業が素敵なsense(センス)を持っていたら、より未来や可能性のある社会を築くことができると思うんです。

”sense” とは感性(美意識)・感覚(市場を読み解く力)・理念(哲学や想い)の3つから成り立つ概念だと考えています。これらをブランドの中に形づくり、世の中へ届けることが私の仕事です。」


彼がこれまで手がけてきた作品は、洗練されていて、おしゃれで、美しい。

ホテル『HOTEL KANRA KYOTO』『BUNKA HOSTEL TOKYO』、レストラン『COURTESY』、セレクトショップ『BEAMS』etc…その領域は「衣食住」を始めとして多岐にわたる。

なぜ、麦田さんは美しい表現を生み出し、ブランドデザインを手がけることができるのだろうか? そもそもブランドデザインとは? 彼との対話によって浮かび上がってきたのは「相手をどれだけ知れるか」という、より本質的なテーマだった。

サイトの写真

アーティスト・舘鼻 則孝氏がクリエイティブ・ディレクションを手がけるレストラン「COURTESY」(コーテシー)。麦田さんは、ブランドサイトのデザインを担当。「食とアートのマリアージュ」そして「場とそこに集う人との呼応によって生まれる新たな価値観」というコンセプトを表現している。

「相手を見るチカラ」がアウトプットを左右する

― 麦田さんが手がけられてきたサイト、とってもステキですね。空気感まで表現されているというか。クライアントとは具体的にどのようなコミュニケーションを取られているか、とても気になります。


どうしたら相手が納得して、喜んでくれるのか。私を含めてチーム全体でコミュニケーションをする相手のことを考えています。なので、プロジェクトごとにプロセスはケースバイケースですが、根本にあるのは「相手を知る」ということ。意識していることは3つです。

相手は誰なのか。
どのレベルのコミュニケーションが求められるか。
そして、何を伝えるのか。

例えば、今回の取材の場合、コミュニケーションをする相手は、野村(取材者)さんです。お会いするのは初めてなので、なるべく飾らずに普段の仕事や考えていることをありのまま知ってもらいたい。そこで、私が普段考えていることを、敢えてラフに紙とペンで書き出してみました。

写真

取材のために、麦田さんが用意してくださった「取材されるメモ」

― こんなふうに「取材されるメモ」にまとめて、分りやすくお話してくださった取材は初めてです。理解が進むだけでなく、素直にうれしいというか。…不思議と親近感を持ってお話が伺えます。


そう言っていただけると嬉しいです。私たちの場合、一緒にプロジェクトを進める相手は、クライアントもチームも含めて業種や職域も様々。知識や経験も全く違うことがほとんどです。

私たちはデザインの領域が中心ですけれど、クライアントはもちろん、同じチームのプロデューサーやエンジニアなど「言葉」の異なる業種の人に思いが伝わるか。互いに理解してプロジェクトを進めていくためにも、コミュニケーション方法を相手に応じて工夫することが大切だと感じています。

あえて「万年筆」と「手帳」を使うことも? ツールはあくまで手段

手帳とペン

― 相手に応じて、メモをつかわれたり、資料を作り込まれたり、アプローチが全く違うというのは新鮮でした。


私たちの仕事は、顧客そしてユーザーに「何か」を伝えるということ。そのために決まったツールや進め方はありません。ツールひとつをとっても相手を中心で考えていく。コミュニケーションの手段はなるべくフラットに考えるように心がけています。


― それは、普段、お仕事でつかっている道具にしても、ということでしょうか?


そうですね。例えばプロジェクトの始めや一対一で濃い議論をしたい場合には紙に書きながら話すことも多いです。メモやポストイット、どこにでもある紙でもいい。手書きで1分で伝わることなら手書きにしたほうがいい。付け加えも自由ですし、直感的に伝えられるから。EvernoteやSketchを始め様々なデジタルツールがありますが、実はそういったツールのほうが時間がかかるケースもあります。


― 最先端のツールがあると使いたくなるし、使わないといけないという気持ちになってしまう。ただ、逆に発想の可能性を狭くしていることがあるのかもしれません。


そうなんですよね。ぱっと思いついたことを具現化したい。そのために紙とペンで事足りる…というよりも、そのほうが便利なことだってあるはずです。

それに、最近では自分自身の思考の整理にも、手帳と万年筆を使う機会が多くなりました。複雑な問題であるほど、実は手書きのほうが考えをまとめやすかったり言語化しやすい。紙に書くことで自然と自分の言葉を反芻しているんです。一通りデジタルなツールを経て、アナログに戻ってきました(笑)

もちろん、デジタルやオンラインのツールにも良さもある。精度を高め易かったり、時間や場所に捕らわれなかったり。「なにが求められるか」によって取捨選択していくことを心がけています。

ブランドデザインは「相手を知ること」から

麦田ひかるさん

― ブランドのイメージや空気感をサイトに落としこんでいく。そこまでのプロセスになんだか少しずつ迫れている気がします。ただ、どうしてもわからないのが「ブランドとは?」という問いです。便利な言葉ですが、どういったものなのか、わからないのが、正直なところです。


例えば、僕はBOSEのイヤホンがすごく好きなんです。もちろん品質が良いというのもあるのですが、このブランドに対して信頼をもっている。

先日、扱いがよくなかったのかケーブルが壊れてしまって。そこで店舗に行ったら、とても丁寧で迅速に対応してくれた。その対応の印象で愛着が湧いたのか、実際に使っていて、自分にフィットしてくる気がする。

ブランドデザインで大切なのは、商品を誰にどうやって届けたら一番喜んで、価値を感じてくれるか。そして、どのようにコミュニケーションをすれば信頼が築けるか。相手に理解してもらえるように "sense (感性・感覚・理念)" を形づくることが、ブランドデザインだと考えています。

様々な考え方や難しい用語はたくさんあると思いますが、本質にあるのは「相手と信頼関係を深めて資産にしていく」ということ。そのために、ブランドとユーザーが共に過ごす時間を豊かにし、そこで得られる体験の質を高めていくことが重要だと考えています。

麦田ひかるさん

麦田光さんのおすすめ図書2冊。デービッド・アーカー著の『ブランド論---無形の差別化を作る20の基本原則』(左)とエドガー・H・シャイン著の『謙虚なコンサルティング』(右)

― 今回の「取材されるメモ」という体験そのものが、麦田さんのお話とリンクしていると感じました。相手のことを知り、信頼を積み重ねていく。その先にアウトプットがある。職種にとらわれず、仕事の可能性をひらくために大切なことを教えていただけたと思います。本日はありがとうございました。


文 = 野村愛


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