映像クリエイター「くろやなぎてっぺい」さんをご存知でしょうか。NHK Eテレで番組オープニングムービーをつくったり、はたまたMr.Childrenのライブ映像を任されたり。ちょっと不思議な世界観の映像作品でひっぱりだこな彼。じつは普段から使う道具にもこだわりが?
くろやなぎてっぺい / TEPPEI KUROYANAGI http://nipppon.com/
1979年生まれ。映像作品を中心に、インスタレーション、ライブパフォーマンスなど幅広いメディアで作品を発表。アルスエレクトロニカ、シーグラフ、文化庁メディア芸術祭、など国内外のメディアアートフェスティバルに多数参加。「映像作家100人」に選出。2009年からファストカルチャーユニット「1980円(イチキュッパ)」を旗揚げし、音楽、映像、美術をミックスした独自のスタイルで活動中。
「元カレへの怒りを、きゅうりを持った女性で表現するー」
いったい何のことかわからないかもしれませんが、映像クリエイター「くろやなぎてっぺい」さんがつくったMVの1シーンのこと。誰もが抱くような感情、揺れ動く気持ちに、異質なものをかけあわせ、独特の世界観に。
そうかと思えば、NHKで放送されるマジメ路線の映像だったり、クセのつよいネタ系の動画だったり。彼は、ある意味で「ジャンルレス」、ちょっととらえどころがないといってもいいかもしれません。ただ、それは“多岐にわたるクリエイティブ、アイデアを映像に込められる”ということ。
「2017年はチャレンジングな年でしたが特に印象に残ったのは、Mr.Childrenのライブ映像演出の制作に携わったこと」と語ってくれました。
「Mr.Childrenさんとお仕事をさせていただけたのは、ぼくのなかで大きなできごとでした。ツアーで演奏される“1999年、夏、沖縄”という楽曲の映像演出を担当しました。プロデューサーの丹下紘希さんと一緒に楽曲や歌詞について解釈していき、映像コンセプトをバンドメンバーに伝えました。その時に桜井和寿さんからハッとする言葉を頂いて、映像の作り手としてだけではなく、一人の人間として、世の中とどう向き合うか、価値観が底のほうから揺らぐ、そんな経験をしました。思考のレイヤーが少し深まったのと同時に自分の未熟さも知れる良い機会となりました」
オーダーに応えつつ、ユニークな表現をかしく味のように潜ませるくろやなぎさん。そのアイデアの源は? どんな風に発想をカタチに落とし込んでいる? じつは「仕事道具」や制作環境づくりにも、そのヒントがあった!?
いきなりだが…いったい。この丸い座布団は? そう思った人もいるかもしれません。じつは「坐布(ざふ)」と呼ばれるもの。座禅に欠かせないアイテムなのだとか。
「永平寺で購入したもの。座禅をするときにお尻にひきます」
この坐布にはくろやなぎさんの煩悩との戦いのエピソードがつまっている。
「じつは毎朝、座禅をしていた時期があるんです。自分を客観的に見てみよう、と。天井から自分の心の動きを観察する感じ。思考や気持ちの健康状態を知れるといってもいいかもしれません。たとえば、あ、今日は納豆を食べがってるな。締切でプレッシャーかかってるな、とか」
一体なぜ、座禅を心がけるようになっていったのでしょうか。
「煩悩を捨て去るためです(笑)東京に2度目の上京をした時に、周りの人たちがやたらとキラキラして見えたし、承認欲求もてんこ盛り。煩悩のカタマリだったんです。その時、福井県の永平寺に座禅修行にいき、3日目の夜に煩悩が真空状態になるのを経験をしました。全ての煩悩キャッシュがリセットされ、メタ視点で自分を観察出来るような感覚を手に入れたんです。東京に帰ってからもしばらくの間、この坐布で座禅をするようにしていました」
現在では座禅をやらなくても、自分を客観視できるようになったそう。それでも坐布が家にある事でいつでも煩悩をリセットできる安心道具に、なっているといいます。
現在ではそれほど多く座禅をしているわけではないそうですが、昨年から、サウナにハマっているというくろやなぎさん。サウナ友達から、交互浴Tシャツをもらったみたいだ。
「ぼくのなかでサウナは座禅の手前にある瞑想なんですよね。煩悩が20%ぐらい溜まったら“整え”にいく(笑)」
ちなみに「整える」とは、サウナと水風呂を交互に入り、自律神経のバランスが整うことに由来しているのだとか。
「座禅にも近いのですが、無心の状態に近くなるんですよね。スッキリして仕事の効率上がります去年から友達周りで急激にサウナが来ています」
取材中、どうしても気になったことがもうひとつ。Macにはド派手な「格安」と書かれたステッカーが。さらにデスクトップも「格安」のロゴで埋め尽くされていました。
「気づきましたか(笑)」
いたずらに笑うくろやなぎさん。座禅やサウナなど、どちらかというとミニマルなコトやモノが好きそうなのに…なぜ?
「この激安のロゴは、アジアの血を忘れないためのおまじないみたいなものなんですよね。スタイリッシュなMacに、あえて対称的な「激安」というステッカーを貼る。デスクトップもそう。日本人って、過剰な宣伝文句が好きじゃないですか。本能だったり、直感だったり、“お得かどうか”が行動原理にある。人間の本質を見つめるとき、このロゴってすごく象徴的だと思うんです」
そこには「日本らしさ」もあるといいます。
「この激安のロゴって…どう考えても過剰ですよね(笑)ドンキホーテの店内もそうですが、これが日本を含んだアジアのデザインなんだと思います。ムダを削ぎ落とすのが西洋文化。街の景観まで洗練されていて。日本やアジアはどんどん要素を加えていく「盛り文化」が根付いている。欧米から日本に帰ってきてドンキに入るとすごく安心する。これが日本だよなって。1980YENの活動もそういうコンセプトでやっています」
つづいて聞いてみたのが、時間管理について。というのも、クリエイティブな制作シゴトは、どうしても時間がかかりがち。妥協しないでつくろうと思うと、時間をかけすぎてしまう。
同時に「いかに時間をかけたか」ではなく、「何がつくれたか」で評価されるシビアな世界でもある。
くろやなぎさんが実践していることとは?
「フリーになってから12年ほどなのですが、ようやくしっくりきたタスク管理方法があるんですよね。“ポモドーロ・テクニック”っていうのですが…べつに怪しい方法ではなくて(笑)ぼくがやっているのは30分を1タームとして、仕事時間を分割し、タスクに集中するというもの。25分は集中、5分は休憩というサイクルを繰り返します」
とくに「アイデア出し」に威力を発揮するのだとか。
「30分1タームでアイデア出しに集中する時、ぼくがよく使うタイマーは『ポップアップタイマー』ですね。メタリックなデザインと、時間が終わった後の音が選べるところが気に入っています」
さらに60分1タームとする「編集作業編」もあるそう。つづいて見ていきましょう。
「映像編集に関しては、60分1タームで作業するようにしています。そのときに聞くようにしているのが『松本人志の放送室』という過去に放送されていたラジオ番組。ちょうど1時間で1回の放送がおわるので便利なんです」
フリーだと、時間を気にせず、作業に没頭してしまうこともしばしば。気づいたら3時間から4時間が経っていた…というケースも。彼も独立したすぐは同じ状態に陥っていたそうです。
「ものすごく時間の配分が苦手だったんです。ただ、『松本人志の放送室』を聴き始めてから時間の感覚がすごくしっくりきている。“1時間経過した、よし次の1時間に入ろう”というリズムができています。すでに何周もしていて、話もだいたい覚えていますが、逆に安心して聞けるので作業に集中できますね(笑)」
…ところで『松本人志の放送室』でなければいけない理由も?
「好きな番組だったというのもあるのですが、全391回あるので、どのくらい作業したか、わかりやすいというのが一番かもしれません。すべて自身で録音してとってあるのですが、391時間分あるということ。たとえば、250回から257回まで作業したとすると7時間仕事をしたということ。1日スパンでも、1週間スパンでも、何回目の放送を聞いているかによって進捗を感覚的につかめるのがいいんですよね。記憶をラジオの放送回に紐づけ、どんな作業をやっていたかを覚えておくこともできます。1週目のときは、あの編集に苦労してたな…って。音と記憶って紐付きやすいのかもしれないですね」
くろやなぎさんにおしえてもらったポモドーロ・テクニック。じつは仕事のタスク管理以外にもつかうことができるといいます。
「じつは…30分1タームとするランチ時間にも使えます(笑)たとえば、ぼくは丸亀製麺が大好きなんですけど、30分区切りで時間をどう使うか。丸亀って出てくるスピードがものすごく早いので、15分ぐらいで食事して、あと10分空いてるから、その間に散歩もする。近所にあるのですごく行っていますね(笑)」
…ちなみに毎日同じメニューで飽きないのか、聞くことができました。
「トッピングが選べるのであまり飽きないんですよね。店員さんも活気があって元気になる。うどんは消化にいい。睡魔ってフリーランスの天敵だと思っているのですが、意外と眠くならないのが”うどん”なんじゃないかな…と、ぼくが勝手にそう思っているだけですが(笑)」
ここまでの道具、シゴト環境や週間はちょっと変化球的? 最後に普段からつかっている欠かせない仕事道具についても伺うことができました。
「それでいうと、「iPad Pro」の「PEN」ですね。以前はクライアントへのプレゼン資料をつくるために、紙のイラストをデジタルでスキャンし、画像調整、貼り付け...ということをやっていたんです(笑)いまでは全てがデジタルになったので、重宝しています。プレゼンのたびに、iPadの営業するくらい使い込んでます(笑)」
取材後記
じつは「飲み会で知り合ったおもしろいお兄さん」という印象だったくろやなぎさん。彼のユニークな映像、その制作プロセスにかくされた秘密に「モノ」の観点から迫った今企画。自分ルールだったり、メソッドであったり、試行錯誤のなかで気持ちよく働くための工夫、こだわりについて知ることができました。
もちろん映像クリエイターのなかには、突き抜けた個性だったり、作風だったり、“らしさ”があるもの。くろやなぎさんいい意味でマルチ。しかも、その仕事は大物アーティストだったり、NHKだったり、ひっぱりだこに。多くの人の心を揺さぶる作品として高い評価を得ています。ぜひ、みなさんも彼の仕事道具や、その考え方など参考にしてみてください。
文 = まっさん
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