誰でも「点字」を読めるようにしたい。そんな思いから生まれた新しい点字フォントがじわじわと広まっている。その反響は遠く離れたブラジルからも。生みの親は高橋鴻介さん(24)。見据えるのは2020年以降、文字に隔たりのない社会だ ―。
24歳の青年が「新しい点字」をつくった。この発明は、私たちの生活を少しずつ、でも、確実に変えていくだろう。
そう名付けられた新しい点字フォント。由来はさまざまなサインで用いられている標準的なフォントの「Helvetica Neue(ヘルベチカノイエ)」をもじっており、英語と日本語に対応する。なによりもすごいのが、これまでの点字に応用ができること。何が書かれているかわからなかった点字に上書きすることで、目で読める文字となる。
ブラジルのデザイナーから「SとIが読みにくいから直したほうがいい」と修正データを送ってもらうなど、リアルタイムでブラッシュアップされている「Braille Neue(ブレイルノイエ)」。また「青字が読みにくいから違う色のほうがいい」といった声もあり、これからもアップデートが予定されている。
彼はなぜ、この点字のリデザインを思いつき、形にしようと考えたのか。
着想は「なぜ、ぼくには点字が読めないのだろう」という疑問から。毎日の習慣はアイデア帳をつけること。彼の視点には「誰もが発明家になれるヒント」があった。
― そもそもなのですが、なぜ点字に注目したのでしょう?
「点字」って駅やトイレ、エレベーターなどいろんなところにありますよね。たぶんみんなその存在は知っていて。もしかしたら「なんて書かれているんだろう」と思ったことがある人もいるかもしれません。
そこから、すごく純粋に「なぜ、ぼくには点字が読めないんだろう」と思ったんです。読めるようにするにはどうしたらいいのか。なぞったら字にならないのか。すごくふわっとした疑問がアイデアの種になっていて。だから「すごい発明だぞ」っていう感じでもなくて(笑)
― 「なぜ点字が読めないのか」思いつきそうで思いつかない疑問だと思います。
それでいうと、会社の先輩にオススメされて「毎日1個、必ず発明のアイデアを書きとめる」という習慣がよかったのかもしれません。こういうルールがあると、いろいろなものに目を向けるし、疑問に感じるようになるから。
いつも、仕事前の30分間でアイデア帳を書いていて。もう200個以上、アイデアのストックがあります(笑)じつは112個目に思いついたアイデアが「目でも読める点字」だったんです。
― 毎日アイデアを書きとめる。すてきな習慣ですね。
あ、でも、ぼくのアイデアってだいたいがすごくしょぼくて(笑)ちょっと恥ずかしいくらいです。
― たとえば?
うーん、机で昼寝できる枕、お湯を入れるだけでお茶ができる紙コップ、焚き火の熱でスマホ充電できるファン…ホントに誰でも思いつくようなアイデアばっかり(笑)
でも、しょぼくてもいいかなって思うんです。できるだけハードルをあげたくない。アイデアを出さない理由っていくらでもあって。「ロジカルじゃない」とか「正しくない」とか「別にたいしたことじゃない」とか。でも、それって発想に自分でフタをしてしまうということ。
いつかなにかのきっかけで花咲くときがくるかもしれない。種はどこにあるかわからない。そんな気持ちでいると、世界には発想のきっかけが永遠に転がっていて、毎日、なにかしらアイデアを考えたくなるんですよね。
― アイデアをアイデアのままで終わらせないためにはどうしたらいいのでしょう?
暇さえあれば、ストックしていたアイデアのプロトタイプをつくる。僕は純粋につくることが大好き。ペットボトルのキャップで組み立てるイスをつくったり、肩乗りのロボットを開発したり。
その時、ひとつポイントにしているのが、どんな生活のシーンで役立つか。で、まずカタチにして、いろんな人に触ってもらう。
フィードバックをもらうってコワイかもしれませんが、すごく大事だと思います。なぜなら、自分では気づけなかった利用シーン、使われ方に触れられるから。
ぼくはそれを「コンテキストを掴む」というプロセスだと位置づけていて、自分以外の人がどんな気持ちを持つか、そのアイデアにどんな文脈が隠れているのか、探るプロセスでもあると思っています。
― 点字のアイデアもプロトタイプからつくったものでしょうか?
そうですね。視覚に障害がある方と、ない方がどちらも参加するイベントがあって、試しにつくってみたら「名刺に使いたい」とか「英語だけじゃなくて日本語もほしい」とかすごく反響があって。求められてるんだって実感ができたし、自信にもつながりました。
ー ちゃんと使われるモノ、必要とされるものをつくる、と。
そうですね。ぼくはアイデアをカタチにするとき、「明日あってもおかしくないモノ」をつくりたい。そのくらい、あたり前になるもの。生活に浸透していくものをつくりたいと考えています。
もしかしたらすごく偉大な発明って「もともとあったよね」というくらい普通で、自然に使われていくモノなのかもしれない。だから「あったらいいね」ではなく、「なんでなかったんだろう」を目指す。点字に関しても、ここはすごく考えたところでした。
ー 今回の点字フォント、すごい発明になり得るのでは…という可能性も感じるのですが。
じつは「特許が取れるんじゃない?」とアドバイスをもらったこともあったのですが、あまり考えていません。そもそも取れるのかわからない(笑)
もちろん今後取ることもあると思いますが、それはこのアイデアを独占したいからというより、このアイデアが持っている可能性を守りたいからです。
この点字がどんどん広まって、みんなが使うことで、いろんなバリエーションの書体が生まれてほしい。データもこれから公開するので、みなさんと一緒につくっていきたい。そうすることで点字の認知が広がると思いますし、そういうオープンなプロジェクトにしていきたいと思っています。
ー これからの理想は?
2020年のオリンピック・パラリンピックの時、ちょっとずつでもいいから、公共の場で使われてほしいなって思っています。これは余談ですが、1964年の東京オリンピックでピクトグラムが生まれて、日本のデザイナーが世界に発信しました。そのように、日本発のデザインが社会をよい方向へと変えていく。そういった提案ができたらいいなと思っています。
ー 普段、デザイナーという職種で働いている高橋さんですが「発明」をしようとしているんですね。
そうですね。じつはもう勝手に「ぼくは発明家です」って名乗っていて(笑)発明家になりたいという願望を込めているのと、コミュニケーションのきっかけに「おもしろいね」って言ってもらえるから。
ただ、そもそもデザイナーってコンセプトをカタチにできる人、世の中に価値を浸透させていける存在だと思うんです。「こんな未来が来たらいいな」という予想図を自分で描いて、実際に触れるものをつくっていく。もしかしたらデザイナーってそもそも発明家なのかもしれませんね。
ー「こうなったらいいな」というアイデアから考え、カタチにしていく。お話を伺っていて、高橋さんはまさに発明家だなと感じました。そして、発明のタネは、わたしたちの日常の中に潜んでいる。そう思うと、デザイナーに限らずどんな職種の人でも、誰しもが発明家になれるのかもしれないですね。本日はありがとうございました!
文 = 野村愛
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