市場規模180兆円ーー日本における製造業界に革新をもたらす。そんな期待を集めているのが「CADDi(キャディ)」だ。展開するのは「モノづくり界のAmazon」とも評されるプラットフォーム。「相見積もり」や「下請け構造」の負を解消する、CEO加藤勇志郎さんの野望が伺えた。
ー取材先で「いま注目している企業やサービスはどこですか?」と聞くと、「『CADDi』がすごい」という声をよく聞きます。その「すごさ」を知るためにも、まず事業の目的について伺いたいです。
...恐縮です...ありがとうございます。
僕らが目指しているのは、製造業における「負」をテクノロジーによって解決していくことです。
「製造業」といっても、馴染みのない方もいるかもしれないですね。わかりやすく説明すると、製造業は市場規模にして180兆円を誇る、日本を代表する産業のひとつです。
大きく工程を分けると、「設計」「調達」「製造」「販売」の4つ。テクノロジーの活用が進む中、とくに「調達」は100年以上も大きなイノベーションが起きていない領域です。この調達領域だけで120兆円もの市場があると言われています。
その「調達」領域において一定の比率を占めるのが、「板金」。自動車のボディーなどに使われる「板金」は、日本で4兆円規模、約2万社の板金会社が存在するといわれています。
問題は「板金」も含めた特注金属加工部品の受発注の仕組み。これが、とにかく非効率なんです。
マッキンゼーにいたときに担当していた、製造メーカーの人たちは口をそろえて「調達」に悩んでいました。数百点を超える部品を、どこに依頼するのが最適か分からない。
発注の際はいくつかの工場を比べる「相見積もり」を行うのが一般的。値段交渉をして、最安値の工場に発注をしているのです。
一方、町工場の受注率は2割。板金会社の経営者は見積もり作成に多くの時間を割き、数日から2週間をかけているにもかかわらず、ほとんどが水の泡に。
苦労して受注しても、下請構造で買い叩かれてしまい、板金会社を含めた町工場の75%が赤字状態。世界にも通じる素晴らしい技術を持っているのに、経営がたちゆかなくなって閉じてしまう町工場がたくさんあります。
こうした板金会社と製造メーカーの双方の課題を解決するために、独自のテクノロジーを開発して、「キャディ」という受発注のプラットフォームをつくりました。2週間かかっていた見積もりを7秒に短縮。町工場と製造メーカーのマッチングをサポートすることで、本当に強くて豊かなモノづくり産業に貢献したいと考えています。
ー「相見積もり地獄」に「下請け構造による赤字受注」...製造業界に根深い課題があるとは全く知りませんでした...。
そうですよね、私もマッキンゼーに入社するまでは全然知りませんでした。しかも、100年以上も変わっていないなんて...。
それはなんでだろうと考えると、それだけ高い障壁があるから。業界の体質的にも歴史があるし、長年の業界構造が確立されている。重ねて、業界にはテクノロジーに強いソフトウェアエンジニアはほぼいない...。
でも、だからこそ、やる意義を感じました。誰もいないからこそ、自分がやればいい。事業規模としても課題の大きさとしても、10年後や20年後に世の中が大きく変わっているかもしれない。そう考えた瞬間に、心底ワクワクしました。
ー誰もなし得ていないことだからこそ、着実にプロダクトを開発し、浸透していくことは並大抵のことではないはず。数々の壁を乗り越えられたのはなぜなのでしょうか?
心がけているのは、ゴールセッティングを明確にすることかもしれません。「こうあるべき」という理想の姿を言語化するようにしています。目標と現状の差はどのくらいあるのか。今足りないものは何か。それらをクリアにしておくことはとても大事だと思っています。
ーもともと目標を立てるタイプだったのでしょうか?
そうですね、大学受験についても同じでした。元々音楽の道に進もうと思っていたため高3の6月時点で偏差値は38。母の懇願によって大学受験をする決意をするわけですが、そこから半年でなんとか東大に合格できたのも、目標設定を明確にしていたことが鍵だったと思っています。僕は受験を始めた当初から、東大の過去問をめっちゃ解こうとして、自分がどれだけ分からないのかを思い知って。そこから1日18時間勉強しないと絶対無理という結論にいたって実践したんですよね。
ただ、解像度高くものごとを捉えるのが得意な一方で、これくらいだったらできるだろうと思っている状態になりやすい。それだと気持ちが乗らないので、「これは無理」と思えるくらいの高い目標がちょうどいいと思っています。
ー加藤さんを突き動かす「原点」は何でしょうか?
僕の中では「人のポテンシャルを解放する」というのを、ライフミッションだと捉えています。いろんなしがらみ、環境、固定観念...そういったことに縛られて本来持つ力を発揮できない状態をなくしたいと強く思っているんです。
それは、振り返ると幼少期の頃から感じていたことだったかもしれません。小学校の頃、僕は勉強が得意な方で、みんなよりも先の問題を解いていました。でも、先生たちは「みんなここまでしかやってないから、先に進まなくていい」という。僕としては「なんでみんなと一緒じゃないといけないんだろう?」とフラストレーションがありました。
でも、ある先生だけは「高校とか大学の教科書読んでみたら」と本を差し出してくれたんですよね。それがすごく楽しかったし、勉強が好きになるきっかけを与えてくれたなと思っています。
小学校の現場だけでなくても、いろんなところで「才能が開花できない」状況や力学が働いている世界はたくさんあると思っていて。製造業界もそう。特定の強みを持った人がその強みを遺憾なく発揮できるような仕組みや環境をつくりたい。その思いと人のポテンシャルを解放したいという願いは自分の中ではつながっているんです。
ー学生時代の頃から、社会課題への関心は強かったのでしょうか?
最初から 「社会課題」に関心が強かったわけではないんです。むしろ、全然興味なくて...中学高校時代は音楽に熱中して、プロを目指して活動していました。1日18時間くらい、ギターも指が取れるくらい練習して、ライブ活動に勤しんでいました。
ただ頭が狂うくらい勉強した半年間の大学受験を機に、全く音楽への情熱が冷めてしまってたんですよね。バイト探しをしているときにたまたま出会ったのが事業開発のしごとでした。
そこから、学生時代は事業づくりに熱中していて。スタートアップでインターンをしたり、自分で事業を立ち上げたりしていました。サービスをつくるプロセスや、ユーザーに対して価値を生み出す仕組みをつくることが楽しかった。
そのまま会社を続ける道もあったんですけど、いろいろやってみて思ったのは、学生にできることは限られているなということでした。
当時、イーロン・マスクがとても好きで、彼の掲げていた解決するべき3つの課題がめちゃくちゃ壮大だったんです。インターネット、持続性のあるエネルギー、宇宙。人類とか社会とかいうことを軸に課題設定をしていて、あまりにも自分がちっぽけに見えたんです。
世界中の人類のためとか、社会的な課題を解決して、より多くの人を幸せにしたい。そう思ったときに、今の自分だと無理だと思いました。同時に、ものすごく大きなインパクトを与えうるような領域でやりたいなと思ったんです。それがなんなのか、当時の僕にはわからなかった。なので、まずはマッキンゼーにはいっていろんな業界を知ろうと思いました。
ー最後に加藤さんにとって「仕事とは」なんでしょうか?
仕事は、ライフミッションを実現する手段だと思っています。自分で起業したので、当たり前かもしれないですけど、会社のミッションと、自分が本当に成し遂げたいことがリンクしているんです。そういう意味では、自分が本当に人生をかけて成し遂げたいことをやるための、とても大きくて、とても重要な手段。
いまは、モノづくり産業のポテンシャルを解放するという壮大なミッションのため、自分が持ちうる全ての力を注いでいます。
取材 / 文 = 野村愛
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