2019.05.30
缶ビールの「ぷしゅっ」まで解剖。『観察スケッチ』著者の、飽くなき探究心

缶ビールの「ぷしゅっ」まで解剖。『観察スケッチ』著者の、飽くなき探究心

リモコンから缶ビールまで、身の周りのモノを観察し、スケッチにする檜垣万里子さん。Twitter上で「#観察スケッチ」が話題となり書籍化も! モノを丁寧に観察し、作り手の思いまで想像する。観察おたくであり、プロダクトデザイナーでもある彼女に、観察法と、その鍛え方について伺いました。

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+++「Nintendo Switch」の観察スケッチ

じっくり観察すると、作り手たちの「工夫」に触れられる。

ー檜垣さんの「#観察スケッチ」拝読しました。すごく楽しかったです! そもそも、この活動をはじめられたきっかけは何だったのでしょうか?


もともとTwitterで「#観察スケッチ」を投稿している方々を見て、「私もやってみたい!」とはじめました。それが1年くらい前のこと。そこからは暇さえあればスケッチをしてきました。

じつは普段からモノを観察するのは好きだったんです。とくに工場だったり、職人さんがつくるモノだったり。MacBook Airが発売されたときに、以前勤めていた事務所で分解したら本当にたくさんの発見があって!それから分解癖もつきました(笑)


ーなぜそこまでハマったのでしょう?


なんだろう…身の回りにあるモノを改めて手にとり、じっくり観察してみると、いろんな仕掛けが隠されていることに気づくことができる。

誰がどんな思いでつくったのか。どんなプロセスを経て製品が誕生したのか。普段、当たり前に使っていては、けっして気づけない「製品の魅力」が見えてくるのが楽しいのだと思います。


ー観察スケッチをはじめて変わったことはありますか?


まず身の回りのモノに対してより関心を持つようになりました。つくり手の人たちに思いを馳せるので、モノに感謝しながら生活ができる。自分が好きなモノにも、理由がわかるから、愛着を持てるんですよね。

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缶ビールは、動画で「アルミの製造方法」から観察

ー 具体的なスケッチについても伺いたいのですが、とくに「缶ビールの観察スケッチ」に驚きました。こんなところまで観察されているのか!と(笑)


ありがとうございます(笑)

缶ビールの仕掛け、本当におもしろいんですよね。よくよく観察してみると、まず「フタ」に工夫が凝らされていることがわかります。

いつも何気なく「プシュ」っと開けているフタには「てこの原理」が応用されていて。チカラをあまり入れなくても開けられるようになっています。

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じつはパッケージデザインにも、作り手の工夫が宿っています。とくに『アサヒスーパードライ』はアルミがむき出しの状態。光があたったときの反射率が高い。これは、冷えたビール缶が結露したとき、曇って反射率が変わり、水滴がキラキラと光って「冷えていて美味しそう」に見えるようにしているのだと思います。

で、そもそもアルミ缶がどう成形されるのか気になったので、製造工場のYouTube動画を見つけて、理解を深めていきました。


ー 完成品では飽き足らず、工場の動画まで!?


そうです、そうです(笑)知れるところまで知ろうって。


ー 檜垣さんの何がそこまでさせるのでしょうか。


どんなモノにも、誰かの強いこだわりや意志、もしかしたらちょっとの妥協もあるかもしれない。それが、ただただ、たまらなくおもしろいんです。

「すごい!」「なるほど!」と感激してしまったり、「わ!見つけてしまった!」という発見のうれしさにテンション上がっちゃったり(笑)

調べて、観察した上でのわたしの勝手な想像なので、ホントかどうかわからない。ですが、作り手のアイデアやこだわりに触れられる気がしています。

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作り手たちの心に迫る、観察法

ー 私は絵がそこまで得意ではないのですが…やはり絵がうまいひとじゃないと描けないものでしょうか...?


いえいえ、全然そんなことはないです!ちなみに、私は謙遜ではなく、デザイナーの中でもスケッチが下手な方で...。白紙を前に、固まってしまうこともあります。

そういったときにはあまり難しく考えないようにしています。本来スケッチはコミュニケーションツール。絵の上手い下手より、そのモノのどこに感動したのか。何を伝えたいと思ったのか。伝わるようにカタチにしてくためのものなのだと思うんです。だから、自分の中にある「探究心」こそを大切にしてほしいですね。


ー 具体的な方法についても伺ってよろしいでしょうか。


「#観察スケッチ」の方法は人によってさまざまだと思うのですが、私の場合は大きくは4つのプロセスがあります。

「モノを選ぶ」「ラフを描く」「イチ押しポイントをクリアにする」「仕上げる」という順番で描いていくようにしています。

①モノを選ぶ

まず最初に、何を観察するのか、対象を選ぶ。意外と迷ってしまうのですが、私の場合、9割自分の持ち物です。

自分自身がユーザーであることが観察スケッチを助けてくれる。

構造が複雑になればなるほど、観察する要素が増えてくるので、まずは単純なものからはじめてみるといいかもしれません。単純なものでも、よく見てると結構おもしろい仕掛けに気づけるはずです。

+++檜垣さんが愛用しているApple Remoteをスケッチしたもの

②ラフを作る

次に、ラフをつくりながら、じっくり観察していきます。

モノの特徴が伝わりやすいアングルを模索して、製造方法、素材、デザインなどを見ていく。気づいたことは全てメモしていきます。

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ただこの時に気をつけたいのが、ただぼーっと眺めないこと。それだと、なかなか細部に気がつけません。おすすめは、製品の機能から理解すること。誰がつかうのか、何のためのものなのか。何を達成しようとしている製品なのか。

たとえば、クレラップであれば、最重要機能はラップを出し、怪我なくカットできること。それが、頭にあると「ラップが取りやすいようにベタベタした特殊な印刷があるんだな」とか、

「箱の隅にある形は、ラップが飛び出ないようにしてるんだな」とか見えてきます。

あとは、想像力を働かせて「そもそもなんで紙の箱なんだろう」「あ、使い終わったらリサイクルできるようにされているんだ。じゃあ解体しやすい工夫はどこかな。」など、いろんな工夫点に気づけるようになります。

この時、疑問に思ったことを調べまくる。調べることで構造の理解が進み、新たな疑問にもつながっていくと思います。

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③イチ押しポイントを明確にする

ここまでで大まかなモノの全体像は把握できるので、次は一番の「イチ押しポイント」について考えていきます。何でもかんでも情報に盛り込むと、モノの良さが伝わりにくくなってしまうので、絞って考えてみる。それが「伝わる」スケッチのポイントかもしれません。

この時も主観でいいと思うんです。「デザイナーさん自身をフィーチャーしよう」とか「加工方法が神がかっている」とか、自分の心が動いた順番で選抜し、“おもしろさ”を大きく描いてみる。あとは「どういう図解だと伝わるのかな」「こういう言葉を使ったらわかりやすいかな」など試行錯誤しながらカタチにしていきます。

④仕上げる

最後に、ラフをもとに、仕上げていきます。プロダクトの質感、イチ押しポイントが際立つように色をつけていく。正直、ここから先の作業は自分がどこまでこだわりたいか。私は凝り性なので、2時間くらいかけて、最終的にはPhotoshopでレイアウトを微調整しています。

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インスピレーションは「観察」に宿る

ー「観察」によってモノができるまでの工夫や物語に想像を巡らせていく。ウェブでもリアルでも、モノづくりに携わる人であれば、みんなが参考にできそうだと感じました。


そう思ってもらえるとうれしいです。

この1年くらいずっと観察スケッチを続けてみて、改めて「観察って何だろう?」と思ったのですが、シンプルに、好奇心を燃やすエネルギーなんですよね。これはたぶん職種には関係がなくて。

観察スケッチが習慣になってから、日常の見え方が変わっていきました。好奇心の原石って身の回りにこんなにもたくさん落ちているんだと、びっくりして。モノってその過程に関わった人たちの子どものようなもの。だから、誰かの決断や想いがあちこちに隠れている。そこに思いを馳せていると、私自身が「いいものをつくりたい!」と創作意欲を掻き立てられます。

あとは「ユーザーの目線を持ち続ける」トレーニングにもなっています。デザイナーという仕事柄、どうしても細部に目がいって、ユーザーの目線を失いがち。ユーザーがプロダクトを手にしたときにどんな気持ちになるのか。ユーザー自身になりきる、憑依したいと思っています。エンパシーと言ったりもしますが、どこまでピュアにモノに触れられるか。

観察を続け見ると、ユーザー体験の引き出しが増える気がするんです。どういう気持ちになるのか。こんな工夫が嬉しいな、とか。

クリエイティブであり続けるって、よく観察して、たくさんの情報を取り入れ、自分の中でアイデアをストックすることなんだと思います。それがインスピレーションや発想につながっていくはずです。

+++【プロフィール】檜垣万里子(ひがきまりこ)|プロダクトデザイナー    慶應義塾大学環境情報学部卒業後、。山中俊治氏が率いるLEADING EDGE DESIGNに参加。27歳でアメリカのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインのプロダクトデザイン科に留学。2016年からロサンゼルスと東京を拠点にフリーランスのプロダクトデザイナーとして活動中。2019年4月に初の著書『気になるモノを描いて楽しむ 観察スケッチ』を発売。工業製品の分解と工場見学が趣味。


文 = 菊池百合子
編集 = 野村愛


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