2019.08.21
『アフターデジタル』主著者 藤井保文と考えるこれからの10年|オフライン消滅後の世界を占う中国最新事例

『アフターデジタル』主著者 藤井保文と考えるこれからの10年|オフライン消滅後の世界を占う中国最新事例

「オフラインのない時代に生き残る」という副題を持つ書籍『アフターデジタル 』の主著者であるビービットの藤井保文さん。東アジア営業責任者であり、上海支社に勤務するコンサルタントだ。現地での体験知は本書にも盛り込まれ、日々アップデートされている。中国が先行する“アフターデジタル化”した世界、僕らはどう生きるべきか。

連載『AFTER 2020』2020年からの「10年」をどう生きるか
時代は平成から令和へ。そして訪れる「2020年以降」の世界。2020年からの「10年」をいかに生きていくか。より具体的に起こすべきアクションのヒントを探る連載企画です。お話を伺うのは、常に時代・社会の変化を捉え、スタートアップと共に"一歩先”を見据えて歩まれてきた投資家のみなさんや、未来を切り拓く有志者のみなさん。それぞれが抱く「これから10年間で現実的に起こり得ること」と「新しい生き方」の思索に迫ります。
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《目次》
・アフターデジタル化=デジタル世界に包含されるオフライン
・中国のアフターデジタル化は、国家主導あってこそ
・自転車シェアリング、70社が競合した中国の特異性
・EV「上海蔚来汽車(NIO)」が強化する意味レイヤーの正体
・日本のアフターデジタル化、ブーストの鍵は「自分らしいあり方」の肯定
・「中国のスターバックス」に見る、大企業復活の兆し
・IPから生まれる「自分の好きな世界」
・自ら体験し、体系的に捉えていくことの価値が高まる
・「自分の考え」を説明する努力を

アフターデジタル化=デジタル世界に包含されるオフライン

モバイルやセンサーが偏在し、人のあらゆる行動がオンラインデータ化すると、オフラインがデジタル世界に包含されるようになります。そういった世界観を「アフターデジタル」と呼び、海外の実例を交えて一冊にまとめました。

企業の経営陣が社員へ勧めてくださったり、部署ごとに一括購入したいただいたりと、反響が続いています。自動車や家電メーカーではデジタルトランスフォーメーションが叫ばれ、推進する部署も設けられる一方で、みなさんがどのように手を打つべきか困っている。そこで、『アフターデジタル – オフラインのない時代に生き残る』を指針の一つにしていただくケースが多いようです。

私がコンサルティングの現場や、本をもとにした講演で必ずお話するのは、デジタルトランスフォーメーションを掲げながら、誰もがオフラインに軸足を置いてしまっているという認識の誤りです。

ユーザの生活、そして社会がアフターデジタル化「している」のが本質であり、企業はそれに対応しなければならないという順序を意識するのが第一です。

中国のアフターデジタル化は、国家主導あってこそ

ただ、中国のアフターデジタル化は、国家の主導があってこそ大きく前進します。

これは本書に含めていない内容ではありますが、中国の急発展は2015年に出された政策の「互聯網+(インターネットプラス)」が強く寄与しています。これは医療や交通といった11領域で、インターネットと掛け合わせた事業を展開しやすくする規制緩和策。「互聯網+」の特徴は「してはいけないことリスト」を用意するが、それ以外はすべて許可するという自由度の高さです。

たとえば、セグウェイの路上運転。日本では「道路交通法で定めていないので走行不可」ですが、中国は「定めていないので走行しても良い」となります。この政策が出されてから、それまで諸外国の先行例を真似ることの多かった中国企業が、自主的なプロダクトやサービス開発に着手するようになった。ここに中国における変化の本質があります。

背景にはレピュテーションリスクの捉え方、個人のデータ活用における意識の差といった国民性も働いていますが、それよりも面白く映るのは、私が「知財の共産主義」と呼ぶメンタリティの違いです。

自転車シェアリング、70社が競合した中国の特異性

中国では、ある企業が「A」というサービスを生み出したら、他の企業はそれを模倣して機能を改善した「A+」を作ります。そして、「A+」を元にした「A++」ができる……この繰り返しがとても速い。

日本ではレピュテーションリスクや訴訟リスクを懸念して実行できないでしょうが、中国企業はそれを問題としてあまり捉えません。自転車のシェアリングサービスが出た時も、最終的に70社がサービスを提供していたそうです。

そして、中国ではその開発プロセスを国外には明かさないようにしている。中国産のアプリを日本からダウンロードしても、通常の画面と異なったり、機能が使えなかったりする。つまり、中国から日本に持って帰ってこようとしても、うまく再現できないのですね。それでいて、国外からも上手に機能を取り入れてくる。

中国の国外には知財を出さないようにしつつ、国内では模倣が仕放題。だから、私は「知財の共産主義」と呼んでいます。

もっとも、中国国内でも阿里巴巴(アリババ)や騰訊(テンセント)、あるいは新興のByteDanceが覇権を握ろうとヒエラルキーの構築に動くこともあります。その意味では、現在は企業主体で環境が常に変化しているともいえますね。

EV「上海蔚来汽車(NIO)」が強化する意味レイヤーの正体

現在は『アフターデジタル』を執筆した頃からの変化も見られます。

当時より定着したのは、メーカーや不動産賃貸などのプレイヤーの「サービサー化」です。テスラを脅かす存在として語られるEVメーカーの「上海蔚来汽車(NIO)」へ先日インタビューをしたのですが、彼らは「テスラは顧客へキーを渡すまでが仕事だけれど、NIOはキーを渡してからが仕事だ」と言っていました。

彼らは仕事を2つのレイヤーに分けて考えています。名付けるなら「便利レイヤー」と「意味レイヤー」でしょうか。役に立つという意味での「便利」が実現し、ライフスタイルやブランドに寄与する「意味」に移行する順序ですね。NIOの場合は、この両面がカバーされているのがすごいところです。

便利レイヤーでいえば、EVは走行するために充電しなくてはなりませんが、NIOには充電済みのバッテリーを配送してくれて、そのまま付け替えるサービスがあります。これなら充電が3分で完了します。車の修理や送迎、空港駐車場の無料サービスなどもまとめて、サブスクリプションモデルのように年間40万円ほどで提供しているのです。

そして、意味レイヤーでは、彼らが主要都市で顧客向けに運営する「NIOハウス」というラウンジが挙がります。NIOのオーナーがくつろげる空間になっているだけでなく、「NIOハウス」で毎日のように親子向けのレクリエーションイベントなどを開催しています。専用アプリもオーナーコミュニティとして機能しており、ログインポイントが貯まると景品とも交換できます。

NIOのEVは1台600万円近くするのですが、言わば「600万円で入会する会員クラブ」であって、「EVはプレゼント」という感覚なんです。同様の動きが各社で起きていて、プレイヤーのサービサー化が進んでいます。

サービスを受ける側も、子どもと過ごす休日だけNIOのライフスタイルへ切り替わり、それ以外の平日すべてでNIOのサービスを受け続けているわけでもない。そういう暮らし方が偏在化しています。日本人も多様なライフスタイルを好きなように混ぜるのが得意ですから、日本でもサービサー化がハマる可能性はあるのではないかと考えています。

もっとも、現在の中国では投資が動きやすかったり、別事業で儲けられる仕組みが構築できていたりするので、単年度の売上を重視しすぎなくて済むのも背景にあります。実際、NIOもかなりの赤字を背負っていますが、彼らは売上を追うよりも、自分たちの濃いファンからの波及効果が生まれている。NIOのグッズが売れたり、自分たちがキュレーションした別業種のサービスで稼げたりすればいいと考えています。インターネットビジネスみたいですよね。

あるいは思い返せば、アリババの淘宝网(タオバオ)というECも、2001年あたりにeBayを追い出すために、ひたすら赤字を掘っていた時期があるので、それと近いように考えているのかもしれません。

日本のアフターデジタル化、ブーストの鍵は「自分らしいあり方」の肯定

以前に、私がツアーサポーターを務め、雑誌の『WIRED』元編集長の若林恵さんが企画した中国ツアーで、深センにいる13人のアーティストや文化人にフラッシュトークをしてもらいました。そこで面白かったのが、「日本には個にユニバースがある」という話です。言い換えると、それぞれの個人がいろいろなものをつなぎ合わせて「自分らしい世界観」を持っているように感じるのが興味深いそうです。

日本の現状は「国民総中流階級」ではないですが、現在の仕事を続けて給料が倍になるといった期待は持てない層が大半。そのなかで、日本では人生の楽しみを別の場所に求めている面があると思います。

一方の中国では、頑張って働けば給料が5倍になるようなことがあり得る。まだまだ「上に行ける」感覚をもつ人が多い中で、アートや文化は多様性よりも「ある程度の決まった価値観」からメインストリームが生まれていく状況なんです。

そして、ここまでの中国はデジタル化によって「社会的な負の解消」をしてきました。『アフターデジタル』でも紹介している「平安グッドドクターアプリ」が成功しているのも医療の状態が悪すぎるからです。一方の日本では、現状ではそこまで人々のペインが深くない。

これらの点から考えると、『アフターデジタル』の共著者でもある尾原和啓さんともよく話すのですが、日本と中国では「自由の意味合い」が違います。「負からの解放」という自由と、「自らを由縁とする(=自分らしいあり方を肯定する)」という自由で、異なります。中国では前者的な自由を求めているわけですが、今やっと後者的な自由も少しずつ見えてきた。言わば、ライフスタイル型の自由が模索されるようになってきました。

日本では後者的な自由を考える環境が実現できていますから、デジタルトランスフォーメーションや新しいデジタルのあり方においても、日本らしいブーストができるはずです。それこそが、日本における本当のアフターデジタル化なのだろうと、私は思っていて。

グローバルにおいても、「自らを由縁とする」自由がブーストされる状況にしていきたいですね。Appleがツールを通じて「一人ひとりのクリエイティビティを発揮できる状況」を目指しているのも、この流れといえるでしょう。

それぞれの文化性やクリエイティビティがブーストされるような、日本らしさを発揮できるプラットフォームにおいて、グローバルでも「日本人は個にユニバースがある」と感じてもらえるポジショニングが取れてくると、非常に面白くなるはずです。

「中国のスターバックス」に見る、大企業復活の兆し

今後の日本は、いくつかの大企業がおそらく“大変なこと”になります。ユーザの生活はアフターデジタル型へ移行しているのに、それを見られていません。

中国であれば、一時はスターバックスコーヒーが、新興のluckin coffee(ラッキンコーヒー)に追い込まれました。ところが今は、中国のスターバックスだと、イートインのないスタンド型店舗を設けたり、専属配達員による1to1のデリバリーサービスを作ったりした効果で、ここ3年間でいま最高速度の成長を見せているそうです。

このスターバックスの復活劇は大企業への福音でもある。実際のデータは精査する必要がありますが、アフターデジタルに対応できれば復建できるわけですから。そしてこの一件は、日本メーカーを含めた様々な企業が置かれている状況にも、すごく似ていると感じます。

今後はアフターデジタルの流れに対応できて生き残る大企業と、スタートアップのように元気のある新しいプレイヤーで、ひとつ進んだ世界が実現できたらいいですね。

先ほどもお話した「意味レイヤー」で日本は面白いことを実現できるはずですし、両者が協力してアフターデジタル型の日本らしいプラットフォーム作りに取り組むのも一案です。私としても、そうなるように動かなければという気持ちはありますが……今後の10年間というよりは、早くて5年ほどの動きでしょう。

ここで「日本らしい」と私が定義するのは、中国で流行っているものが、そのまま日本でも流行るとは思えないところがあるからです。デリバリーフードやモビリティを含めて様々な実験がされるでしょうが、日本は国土も狭く、ある程度の便利さも叶っています。すでに便利なものが、さらに便利になってもインパクトは小さい。

むしろ、意味レイヤーに特化した面白さがブーストされていくんじゃないかなと。

IPから生まれる「自分の好きな世界」

その状況で大切になる考え方として、「ID」と「IP」についてよく話します。

それぞれに固有のIDに、すべてのデータが紐づくことで情報の透明性が高くなれば、便利さが生まれます。その土台の上に、IPが乗ってくる。IPは“Intellectual Property(知的財産)”ですから、生き方や世界観、あるいはアニメのようなキャラクター性も含まれます。

もし、今いる環境に生きにくさを覚えているとして、モバイルを通じて生きやすい人たちとつながっている状態が作れると、世界の見え方は変わるはずです。身体はここにあるけれど心は別のところにある、自分の生きやすい世界がブーストされていく、ともいえますね。

それをアフターデジタル的に捉えるならば、「人々が同じ部屋に集っていても、映し出されている壁紙の柄が全員で異なる」といった状況をつくることも可能なはずです。至るところに、IPから生まれた「自分の好きな世界」が貼り付けられるようなイメージです。

その世界観は、IPや個人のクリエイティビティをブーストさせた後の「日本っぽさ」の一つではある。ただ、それが幸せか否かまでは、私としては判断がまだついていないのですが。

自ら体験し、体系的に捉えていくことの価値が高まる

Amazonやアリババといったグローバルプレイヤーを観察していても、世界基準で物事を捉えていると感じます。国境や人のつながり、おそらく言語もボーダーレス化していき、そのうちに大した負担にならなくなっていきます。

これからは世界基準で見なければ新しいものを作れないはずですし、自分のアイデアが「世界でどのように実現されているか」もわかりません。私が上海で得た情報を、日本のみなさんが知らないことだってよくあります。でも、海外や世の中で起こっていること、それにまつわる情報は開示されているんです。

ネットで見ているだけの人はたくさんいますけれど、私としては実際に体験して体系的に捉えられたからこそ『アフターデジタル』を出版できて、多くの人に読んでいただいているという状況になれた。若い世代を含めて、キャリアを考える人に伝えるならば、これからは積極的に自分から「取りに行く」という姿勢と行動が求められていくでしょう。

まず、体験すると視野が広がっていきます。それに頭に浮かんだ「新しいこと」なんて、すでに世界のどこかで試されているくらいだと思ったほうがいい。そのトライを知らずに挑戦したり、インプットや体験がないままに悩んだりするのはもったいない。

常に自分をどんどんアップデートしていける環境に身を置くことが、現在の延長線でキャリアを考えるよりも大切なのではないでしょうか。

「自分の考え」を説明する努力を

とはいえ、自分の置かれている環境からチャンスをうまく見出せない人も多いような気がします。

私も仕事柄、さまざまな企業の方とお会いしますが、企業に属しているから新しいことができない、上層部が変わらないから難しいなんて、よく聞きますけれど……その裏側には、自分の考えを説明する努力をちゃんとできていないのでは?相手を説得するための準備が不足しているのでは?と、感じることもよくあります。

「企画の通し方」が存在する会社なら、その環境なりに適応して企画を通すしかありません。本当に解決したい社会課題があるなら起業するのも手ですが、「新しいことをしたい」という理由での起業は理解しにくい。

私も起業や独立しないのかをよく問われるのですが、海外や中国の方とのネットワークも作り、優秀なスタッフと仕事ができる現在の環境が、自分にはとても有難い。みなさんのデジタルに対する認識をもっと変えていき、その事例を作るほうが、今の私としては「社会課題への向き合い方」として、やりたいことでもある。

たとえば、人へ考えを話す時にも素手のままでいかずに、「思ったことを15枚の資料にしてきました」って、バーン!と見せられたほうが「本気だな」って感じられますよね。そういう人とは組みたくなるし、よほど誰かを説得できる可能性も広がる。そういうところで手を抜かないことが、これからのキャリアを考える上でも大事だと私は思っています。

置かれた環境のチャンスを活かすための準備や努力、その訓練を最大限にしていきましょう。


取材 / 文 = 長谷川賢人


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