2019.09.09
VC 前田ヒロが語る、SaaSが日本を救う日。2020年からのビジネスは「美しく、素直になる」

VC 前田ヒロが語る、SaaSが日本を救う日。2020年からのビジネスは「美しく、素直になる」

「SaaSはキャズムを超えて広まっていく」こう解説してくれた前田ヒロさん。SaaSスタートアップに特化したベンチャーキャピタリストだ。SaaSは美しく、矛盾がなく、人々を素直にしていくーー彼が見据える「SaaSが日本を救う未来」に迫った。

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連載『AFTER 2020』2020年からの「10年」をどう生きるか
時代は平成から令和へ。そして訪れる「2020年以降」の世界。2020年からの「10年」をいかに生きていくか。より具体的に起こすべきアクションのヒントを探る連載企画です。お話を伺うのは、常に時代・社会の変化を捉え、スタートアップと共に"一歩先”を見据えて歩まれてきた投資家のみなさんや、未来を切り拓く有志者のみなさん。それぞれが抱く「これから10年間で現実的に起こり得ること」と「新しい生き方」の思索に迫ります。
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SaaSはキャズムを超えて広まっていく

2010年代に訪れたビジネスにおける転機でも、特筆すべきはSaaSではないかと思っています。特にここ10年ほどは、クラウドの波が来ました。

常にアップデートされ、サービスから得たベストプラクティスを集約し、全ての顧客に等しいサービスを提供できる仕組みが普及して。現在は、クラウドでないBtoBソフトはないとも言えるくらいです。

2014年あたりから「サブスクリプション」が話題に上り、SaaSという言葉もよく聞かれるようになりましたね。それによって、情報や価値における「消費の仕方」が変わったと思うんです。象徴的なのは、Netflixをはじめとする月額課金制のプラットフォームです。買い切り型でなく、継続的に企業やプラットフォームと関係性を持つ時代へ切り替わりました。

純粋に、アーリーアダプターからマジョリティへ「キャズムを超えた」と感じていて。特にコンシューマー向けのSpotifyやNetflixで、ユーザー数が1億人以上の単位になってきているのが大きい。

消費者から見ても、常に新しいものが手に入り、お手頃な価格で使いやすいのは、サブスクリプションの圧倒的なメリットです。買い切り型から乗り換えるのも、合理的に考えれば理解できますからね。

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【プロフィール】前田ヒロ/シードからグロースまでSaaSベンチャーに特化して投資と支援をする「ALL STAR SAAS FUND」マネージングパートナー。2010年、世界進出を目的としたスタートアップの育成プログラム「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコムと共同設立。その後、BEENOSのインキュベーション本部長として、国内外のスタートアップ支援・投資事業を統括。2015年には日本をはじめ、アメリカやインド、東南アジアを拠点とするスタートアップへの投資活動を行うグローバルファンド「BEENEXT」を設立。2016年には『Forbes Asia』が選ぶ「30 Under 30」のベンチャーキャピタル部門に選出される。過去の投資実績は、SmartHR、Kurashiru、ANDPAD、HRBrain、PoL、Karakuri、Fril、Qiita、Fond、WHILL、Giftee、Viibar、Locari、Voyagin、Instacart、Slack、Everlane、Thredup、Lobなど。

「現実」と「データ」の世界の距離が縮まる

もちろんBtoBでも急速に広まっています。2017年時点において、Gmailなどのビジネスツールを含め、BtoB向けのSaaSを導入している日本企業は50%を超えたともいわれます。全社導入している企業はまだ多くありませんから、ここから年間10%ずつ上昇するほどに、一気に導入は加速するはずです。

さらに、新しい動きも起き始めています。僕の投資先でもあるのですが、材料開発を進める「マテリアルズ・インフォマティクス」を手掛けるMI-6、建設・建築現場向けの施工管理アプリを手掛けるANDPADなど、さまざまな分野でSaaSへの転換が起きている。

2020年以降のことを考えてみると、取れる情報量もどんどん増えてくると思うんです。スマートフォンから自動車まで、あらゆるデバイスがインターネットにつながっていくことで、新しい付加価値や未知の情報を集められるようになる。すると、「現実の世界」と「データの世界」の距離がもっと縮まってきて、お互いを影響しあっていくのでしょう。

言い換えると、現実世界はリアルで、データの世界はバーチャルとして区別されてきましたが、両者が情報を媒介にして融合されていきます。さらに、VRといった技術も出てきていますから、将来的には見分けがつかなくなってしまうかもしれませんね。

あらゆる業種・業態がSaaS化

日本では労働人口が減っていくので、業務の効率化が求められますし、その対応への緊急性も高まっています。ますます採用が難しくなる環境では、業務の効率化や自動化、生産性向上といった施策も必要ですから、SaaSはソリューションになるでしょう。つまり、今後もSaaSを取り巻く環境は良くなるといえます。

もともとは営業やマーケティングといった、情報格差が武器になる業種からSaaSを使い出しているんですけど、最近では人事・労務領域のSmartHRのように、会計や経理といったバックオフィスでも普及し始めてきました。

今後は建築、建設、製造業、カスタマーサポート、医療といった、まだソリューションが行き渡っていない業種、あるいは古い業界に特化したサービスも浸透するでしょう。現在でも、設立100年を超えるような歴史ある企業から街の和菓子屋さんまで、SaaSを入れ始めていますからね。それらの分野でも緊急性が高まってきているという印象ですね。

日本企業の「SaaS需要」は世界トップクラス

浸透が進んでいるのは、クラウドがセキュアになってきたのもありますが、「クラウドに情報を置く」という概念に人々が慣れ始めてきたのも大きいでしょう。

TwitterやFacebook、Instagramも使い、個人情報をはじめ、一般企業では持ち得ないプライベートな情報も、自分からさらけ出している。情報をアップロードする抵抗感にも変化が表れてきたはずです。

むしろ、自ら情報を提供することによって、得られる価値のほうが大きいと気づいてきた人も増えてきた。たとえば、SNSで自ら情報を発信すれば巻き込める人が多くなったり、つながれる人が増えたりといったメリットが受けられますよね。

BtoBのSaaSでも似たような部分があります。データをクラウドへアップロードすることによって学習が進み、そのデータを元に新しい価値を戻してくれる。言わば、情報を交換することによって、新しい価値を得ているわけです。その行為に慣れ、メリットを得始めた現代の20代や30代が企業内でも台頭し、決裁権を持つようになる数年内に、SaaSでも大きな変化が起きるというのは想像しやすい未来です。

さらに日本は、間違いなくSaaSの需要が世界一だと思います。東南アジアやインドでは人を雇用して解決する課題が多い中で、それらをSaaSに置き換える考えがまだ生まれていません。しかし、日本はSaaSに向き合うべき緊急性が高いですし、需要も世界一だと感じています。この環境だからこそ生まれるものもあるでしょう。

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グローバルで広まるSaaSを作るために

もし、これからSaaSを手がけようとするならば、最初は「誰の、どんな課題を解決したいのか」を定めるのが重要です。サービスを使う人物と、その課題をできる限り深く知らなくてはなりません。

その人物が何を毎日気にしながら行動し、日々の業務にどういった優先順位付けを行い、個人目標をどのように設定しており、お金に対してどういった価値観を持っているのか。そのあたりを含めて課題を深く知ることですね。

そこで初めて、何を作ればその人物がハッピーになるのか、どういったアプローチであれば買ってくれるのかがわかってきます。ただ、加えて言うなら、そこからグローバルで成功するSaaSになるには、いくつかの条件を満たさないといけません。

長くなるので要点を一つだけお話すると、すぐに1人でも、少数から使えるプロダクトであること。Slack、Zoom、Salesforceは、いずれもそうですよね。

使用にあたって全社導入をしないといけないようなものは、やはり海外展開しづらいでしょう。営業もトップダウンで行わなくてはなりませんし、事業プロセスや会社の文化も理解した上でのプロダクト設計が求められれます。グローバル展開していきたいのであれば、少数で使えることは必須といえます。このような要点は、複数ありますね。

また、SaaSでもアメリカの事例で関心するのはダイバーシティの豊かさです。たとえば、脳科学者や医師、教師といった多様なバックグラウンドを持った人たちが起業をして、ユニークなアイデアを具体化しています。それが、一般的なIT起業家では思いつかないようなアイデアだったりしますし、アイデアのダイバーシティは、アメリカに分があります。

その点は、まだ日本に足りていないでしょうね。日本は自らのキャリアパスから逸脱して何かを始められない人も多いですが、アメリカは不満やもどかしさを感じたら、現状から脱皮して自分で何かを作り、自分で世界を変えようという考え方を持ってる人が多いのかもしれません。

もっとも、日本でも元弁護士が作る契約マネジメントシステムの「Holmes」など、徐々には増えていますが圧倒的に少ない。その分、チャンスでもあるわけです。

SaaSは美しく、矛盾がなく、人々を素直にする

僕がSaaSに惚れた理由は「正しくやれば正しく成長する」からです。見るべき指標、最適化するべき指標もわかりやすく、そこへ向き合っていけば会社はちゃんと良く成長します。ビジネスモデルに矛盾が少ないから、SaaSは美しい。

とはいえ、僕もSaaSに注力していこうと思ったのは2015年ぐらいなんです。もともとは2011年に投資したFONDという企業で、福山太郎さんと出会ったのが転機でした。彼は日本人として初めてY Combinatorに選抜された起業家です。SaaSの美学や経営の仕方、それに課題や可能性まで、彼への支援を通して学ぶことがあり、僕もSaaSに惚れていきました。今でも「太郎先生」と呼んで、メンタリングなどを依頼する仲です。

彼から教わったSaaSの良さや美しさを温めながら、この2019年になって、ようやく「ALL STAR SAAS FUND」というSaaSベンチャーに特化したVCを立ち上げました。僕としてはSaaSと心中する意気込みですが、およそ10年にわたって、やっと十分な勇気が出てきました。それほどに、SaaSには魅力がある。

まず、SaaSは「透明性」がとても強調されています。これまでは情報の非対称性による矛盾が生まれていました。たとえば、利用しているユーザーと、お金を払っているユーザーと、サービスを提供している人が、別々であるという状況ですね。一方で、SaaSは基本的に月額課金のモデルで、不要ならば解約しますから、買う人と使う人が同一です。さらに、好みなら使い続けてもらえますし、サービス提供者にも長く使ってほしいというモチベーションが生まれます。

だからこそカスタマージャーニーも、カスタマーサクセスも必要になる。SaaSは、ちゃんと「人」に主導権があり、感情に寄り添って設計されています。それは仕事として取り組む側にとっても、まず矛盾がない行いだろうと。その関係が健やかなんですよね。僕も気持ちよくサポートできますし、おそらく起業家も気持ちよく経営できるはずです。

僕は、SaaSはもっと世界を良くすると思います。利用者やサービス提供者だけでなく、みんなを素直にしていく。ビジネスから矛盾をなくしていくので、みんなが気持ち良く働け、気持ち良く過ごせるようになっていくのも、良い分野だなと感じています。

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「情報の非対称性」で戦う職業は様変わりする

やがて、情報の非対称性を武器にする時代はなくなるでしょう。全てがオープンになっていって、全てが透明性を持っていく。僕が身を置くVCの世界も、ある意味では情報の非対称性を商材にしている職業なので、戦い方は様変わりすると考えています。

VCはおそらく「選ばれ方」が変わっていくと思います。今までの起業家は、VCや投資条件の良し悪しに始まり、どういった価値が得られるのかまで、わからないことだらけだったはずです。最近は契約書や契約条件についての情報も出回ってきたので、それを交渉材料に上手に立ち回る企業も増えてきました。

一方で、バリュエーションにしても、事業を手掛けたことがある人ならばSaaSは何となくわかります。つまり、ずる賢いVCが買い叩こうとしても難しく、だいたいが適正に近い価格で交渉されるのです。さらに、VC自体の評判や、提供できる価値についても情報がオープンになっていきます。現在でも、自分をさらけ出すVCが増えてきましたね。

つまり、SaaSビジネス同様に「素直なVC」が求められていくでしょうし、投資側の本心と市場が求めるものがマッチングしていくと、市場はより急加速するんですよね。

VCは細分化され、「素直さ」が武器になっていく

VCの世界では、自分を偽ったり、無理やりに価値を定義しているようでは、おそらく成功しないと僕は思っています。負荷なく、不快なく、自分のありのままで、市場から求められる要素や価値が提供できるVCは伸びるというのが持論なので、その点でもSaaSの進展は楽しみなんです。

さらに、VCも細分化されていくと思います。僕はSaaSに特化していますが、CtoCに特化したり、BtoC特化になったりと、業種特化型のVCが見えやすくなるでしょう。さらに、ミドルステージだけを手掛けたり、データサイエンスやグロースハックしか担当しないなど、「分野、カテゴリー、規模、スタイル」が細分化されていくと思います。そうなると起業家は自分に合うVCを、適正評価をされた上で選びやすくなるんですね。

細分化のされ方は、VCの性格、趣味、嗜好によって変わっていくでしょう。ただ、いずれにせよ成功するためには、VCは自らのパッションを無理なく、永遠と費せるようなことを選ぶといいと思っています。

正直、僕はSaaSの分野で戦うことに、大変さを全然感じていないんです。SaaSが本当に好きだから、全く無理せずにSaaSを支援できるし、SaaSについても毎日考えられるんですよね。これが全く好きじゃない分野で、無理して考えなければいけないとしたら、長続きはしなかったはずです。

もちろん、僕もまだまだ一流じゃないとは感じていますし、これからの10年も一流になるまでやり続けます。ベンチマークキャピタルのピーター・フェントンのような存在に習いながら、自分が組みたい起業家と組み、その人の成功に貢献できるようになりたいです。

コンピューターサイエンス×異業種で新しい価値を

若い世代に期待することがあれば、とにかく好奇心を持ってほしいです。気になることがあれば没頭して学び、吸収し続けていきましょう。

もし、これから何かを学んでいくのであれば、コンピュータサイエンスを基盤に持っておいたほうが応用が効くとも思います。プログラミング、データサイエンス、統計学といった専門知識を持っておくことで、行動の幅がどんどん広くなっていくはずです。

それらを基盤に、自らの持つ異なる専門性を掛け合わせていく。すると、今後のやりたいことが見つかるかもしれません。コンピュータサイエンスに物理学や医学、あるいは建設業といった掛け合わせで、今までになかった新しい価値を作りやすくなるのかなと思います。

その背景には、大量の情報を扱える人材、あるいは扱える会社が、今後はもっと求められていく推測もあります。情報量そのものは増える一方ですが、情報はストレージするだけでは価値がありませんよね。それらを処理し、価値あるものに変化させるように考え、設計できることの重要性は高まります。

今、あらゆる業務が科学化されています。SaaS企業の営業であれば、担当者の相性を含めた成約しやすい顧客の見極め、連絡する時期や時間帯の最適なタイミングなど、細かなデータを見るようになっています。

それらは情報を処理する力や分析する力、場合によってはデータサイエンスをしていかないと分からない部分が出てきています。カスタマーサポートや、カスタマーサクセスの分野なら、なおさら必要性が高まっている考えです。

全ての業務が科学化されていく過程では、情報をもとにアルゴリズムを作ったり、仮説を立てて分析したりといった行動が必要。だからこそ、その基礎となるコンピュータサイエンスやデータサイエンスの専門性を持っておくに越したことはないのです。

自分でルールを作れる人になる

全ての業務、業種や業界において、「数値化、科学化、統計化」をベースにしたベンチマークが生まれてくると思います。そして、あらゆることがデータ化でき、仕事の中身をサイエンスできるのであれば、仮説そのものを自分で考え、設計できるのは強みになります。

もし、それができないとなると、他人が作った仮説やルールに沿って行動する世界で生きていくことになってしまう。でも、それを自分発信で考えられるようになると、ルールを作ったり、他人へ伝授したりと、できることも増えていくはずです。

これは「仕事の楽しさ」にもつながってくると思っていて。つまり、自分でルールを作れる人と、他人のルールに沿って行動する人に、今後はもっと分かれていくということ

先ほどは、VCにおけるパッションの大切さをお話しましたが、その他すべての職種にも通ずることかもしれませんね。今の時代は「職に困らない」といえるほど、仕事の自由度が高まってきています。フリーランスやYouTuberという概念が通じやすくなるなど、選択肢も増えている。

だからこそ、まずはめちゃくちゃに模索して、めちゃくちゃに吸収していったほうが、自らのパッションに出逢える確率が上がっていく。自分のパッションをより見極めて、そのパッションに沿ったキャリアパスを「選ぶ力」が、今後ものすごく求められていくのではないでしょうか。


取材 / 文 = 長谷川賢人


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