たった1滴の尿で「がん」を早期発見する。まるで魔法のようなサービスを、日本発スタートアップ『Icaria』が実現しようとしている。一部のクリニックでは、2020年夏頃から実用化される予定も。代表である小野瀨 隆一さん(28)に、サービスに込めた思いについて伺った。
「960万人」
これは2018年に世界で「がん」によって亡くなったと言われる人の数だ(*1)。日本でいえば死亡理由の1位。2人に1人が罹患すると言われている。
「2020年以降、世界規模で見ても、さらにがん患者は増えていくと言われています」
こう語ってくれたのが、小野瀨 隆一さん(28)。がんの早期発見サービスの開発に取り組む『Icaria』の代表だ。
「”がん”は症状が出づらく、なかなか初期段階で気づける人が少ない。また、そもそも早期発見が難しい種類の”がん” もあります」
がん患者の生存率を高めるため、欠かせないもの。それが早期発見。
「早期に発見することで生存率や予後が大きく改善していくと言われています。だからこそ、私たちが開発する”がんの早期発見サービス”には意義があるんです」
「近い将来、世界の死因のトップになるとも予想される”がん”を、早期に発見する。そのことで、多くの人の命を救える可能性があります。このサービスで、人類と”がん”の戦争の歴史を塗り替える。それが私の使命だとさえ思っています」
彼らが開発したサービスは、2020年内に一部のクリニックで導入が予定される。そのサービスの詳細、開発に込めた想いに迫った。
―がんの早期発見サービス、すごく革新的ですね。まずはサービスの概要から教えて下さい。
まず検査に必要なのは、1滴の「尿」です。これまで”がん”の検査は、注射を伴う血液検査やレントゲン、内視鏡といった画像検査によるものが主流だったので、検査方法そのものが変わる可能性を秘めています。
それに、地方にお住まいで医療機関になかなか通えない方も「尿」さえ送れば検査ができるようになる。受診者の負担を軽減できると考えています。
―気になるのはその精度です。
現時点では数字を示すことはむずかしいのですが、既存の検査と比較しても、高い精度で検出できるデータを得ています。現在、サービス化に向けたエビデンスを作るべく、臨床研究を進めているところです。
―その仕組みについても伺っていいでしょうか。
噛み砕いてお伝えすると、僕らがやろうとしているのは「細胞のコミュニケーションをハックする」こと。
がん化した細胞が何をしているか。近年の研究で、周囲の細胞に「エクソソーム」と呼ばれる物質を送り込んでいることがわかりました。
僕らは、そのエクソソームを捕捉し、読み解くことで”がん”を見つけていく。
従来の方法では15~25%しか捕捉できなかったエクソソームですが、我々の最先端の技術によって99%捕捉することに成功しています。ここから、受診者一人ひとりの「プロファイル」を作っていく。さらにこれを「機械学習」で解析することにより、疾患の状態が詳細までわかるのです。
「より多くのエクソソームを集めて、網羅的に解析する」これがおおまかな仕組み。私たちの事業でユニークなのは、工学・生物学・医学・情報科学、それぞれの専門領域の知見を集結していることですね。
―そもそも小野瀨さんが「がん」の早期発見サービスをはじめたきっかけとは?
私の祖父が「肺がん」になったことが大きくて。わかった時には、ステージ2という診断。それがすごくショックでした。もっと早く気付けなかったのか。何か自分にもできたんじゃないか。そんな風にやり場のない気持ちになりました。
そこで思い知ったのが「私は”がん”について何も知らない」という事実でした。そこから取り憑かれたように ”がん” について調べたり、医学部の親戚にも相談したり、とにかく「知ろう」と思いました。
そして知れば知るほど、課題の大きさが身に沁みた。何とかしたいという想いが大きくなっていきました。
一生懸命、生きてきた人生なのに「その最後の15年間がずっと闘病生活がつづく」というのはとてもつらいこと。しかしそういった人たちが多くいるのが現状です。この状況を変えなきゃいけない。そういった意味でも、我々のサービスをいち早く届けることは、私自身の使命にも近いと感じています。
ーもともと「起業家」を目指されていたのでしょうか?
いえいえ。まったく起業するつもりはなく、父と同じように総合商社に就職しましたし、その先もずっと働いていくと思っていました。
ただ…ミーハーだと思われるかもしれませんが、イーロン・マスクの存在を知って(笑)ものすごい衝撃を受けたんです。
彼は「火星」都市建設の野望を語っていた。もしかしたら人類の歴史を大きく動かすかもしれない。そう思うとワクワクがとまりませんでした。
じつは、小さい時から宇宙が大好きで、ずっと宇宙に行きたかったんです。
テレビなどで地球の環境問題が取り上げられるたび、幼いながらに「地球が治るまで、人類全員で地球から離れて暮らせればいいのになぁ」と妄想を繰り返していて。
イーロン・マスクは、そのくらいのスケールのことを現実にやろうしている。それを知って「なんて自分はスケールの小さな人間なんだろう」って。私はやっぱり未来を自分の手で良くしたい。そのために何ができるだろう、と。
働かせてもらっていた三菱商事でも、日本にシェールガスを輸入するダイナミックなプロジェクトにも関わらせてもらい、とてもやりがいはありました。ただ、祖父の件もあり、いてもたってもいられなくなってしまった。本当は何がやりたいのか原点に戻った結果が、起業だったんです。
―最後に、Icariaのこれからについて展望を教えて下さい。
1滴の尿でたくさんの人命を救いたい。小さな負担で精度が高いがん検査を開発して、みんなが当たり前のようにこの検査を受ける世界をつくる。すごくエキサイティングですし、なんとしても実現していきたいです。
じつは、いま開発しているサービスですが、原理上、発見できるのは”がん”だけじゃないんです。うつ、認知症・糖尿病、心疾患…あらゆる病気リスクがわかるようになる可能性があります。 ”がん” を皮切りにその可能性を探っていきたいです。
もちろん、まだまだ研究段階です。だからこそまずは臨床試験を実施してエビデンスを積み上げ、学会や論文発表を通してアカデミックな場で認められていくことが必要。さらに当然、学会や論文で発表されただけでは、日本・世界中の医療として急激に普及するわけではないので、地道に取り組んでいければと考えています。
(*1)今年の世界のがん死亡は960万人に増加、高齢化や人口増で=WHO│ロイター
https://jp.reuters.com/article/cancer-idJPKCN1LU0DJ
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