2018年にスタートした「知財アクセラレーションプログラム(IPAS)」。運営するのは、特許庁。事業・知財の観点からスタートアップの支援を行なう国家プロジェクトだ。
「知財の知識がなかったゆえに、不利益をこうむってしまう。事業をストップせざるをえない。こうしたスタートアップの現状を変えるために、このプロジェクトを立ち上げました」
こう語ってくれたのは、知財アクセラレーションプログラム(IP Acceleration program for Startups 以下、IPAS)プロジェクトメンバーの菊地陽一さん。
同プログラムは2018年10月にスタートし、今年で3年目。2年間で25社のスタートアップ支援を手掛けてきた。
さらにもう一人、プロジェクトメンバーの進士千尋さんはこう続ける。
「とくに創業期のスタートアップはビジネスの立ち上げに注力するあまり、どうしても知財まで意識が回らないケースも多いんです。失敗してから気づくのではなく、その前に気づける仕組みをつくっていきたいと考えています」
(*)IPAS…2018年度よりはじまり、今年3回目となるスタートアップ支援プログラム。2018年度~2019年度は3ヶ月間、2020年度は5ヶ月間のプログラムとして実施している。【知財アクセラレーションプログラム IP Acceleration program for Startups(IPAS)|https://ipbase.go.jp/public/startupxip.php】
ーまず、「特許庁のスタートアップ支援」について詳しく教えていただきたいです。「IPAS」はどういったプログラムなんでしょうか?
菊地さん: 一言でいうと「IPAS」は、「事業」と「知財」の両面でスタートアップの成長を加速させるプログラムです。
大きな特徴としては、「ビジネスメンター」と「知財メンター」の両方が入ったチームで支援を行なうこと。知財の強みが活かされるようビジネスモデルをブラッシュアップすることからはじまり、そのために、特許や契約で「どう知財を活用し守るべきか」といった知財戦略の部分まで広くアドバイスしていきます。
「IPAS」の目的は、スタートアップ自身が知財について知り、自走できる状態になること。5ヶ月の期間を通して、今後の指針となるものを提供していきます。
メンターとして参加いただいているのは有志の方々。コンサルタントやベンチャーキャピタリスト、弁理士といった、民間の専門家です。
実際に専門家のメンタリングを受けたことで、スタートアップ側からは「課題の洗い出しと今後の方向性が整理できた」「すぐにやらなきゃいけないもの、じっくり取り組むべきものが見えてきた」という声をいただいています。
中には「知財の重要性が分かった」と、社内体制を見直すスタートアップもあるようです。
ーおもしろい取り組みですね。ただ、なぜ「スタートアップ」に特化した取り組みとなっているのでしょうか。
進士さん: はい、私達はスタートアップこそ「知財」をうまく活用してほしい、活用する必要があると考えているからです。
そもそも、スタートアップは独自の技術やアイデアなど「知財」が事業拡大の原動力になっている場合が多いんです。
それに、スタートアップにとって、知財を上手に活用することで企業としての可能性も広がっていきます。
たとえば、知財を持っていることで、保有技術の価値や信頼性のアピールがしやすくなる。「私達はこういった独自技術を持っています」とアピールできることで、資金調達や大企業との協業につながるケースも少なくありません。
だからこそ、「知財」についての理解を深めてほしいと発信しています。
菊地さん: ただ、実は「知財」をうまく活用できているスタートアップはほんの一握り、という状況もあります。
そもそも創業期は立ち上げに注力するあまり、どうしても「知財」にまで頭が回らなくなってしまう。優秀な経営者の中には「自分で勉強してやっていこう」と取り組まれる方もいらっしゃいますが、経営者一人で知財に関わる全ての事項に対処するのはなかなか難しい。
知財についての知識や「知財戦略」がなかったせいで、ビジネスがうまくいかなくなったり、失敗したりするケースは少なくありません。
ーなるほど…たとえば「よくある失敗」としてはどういったものがあるのでしょうか?
進士さん: 具体的な事例として、3つご紹介します。
【1】特許出願・取得に関するケース
よくあるケースが、特許を取得せずにサービスをローンチしたばかりに、他社に真似されてしまうといったこと。中には、「特許を出願すること」と「特許が取得できた状態」の違いがわからず、「出願はしたけど実はまだ特許が取れていない」という状態でビジネスを進めていた企業さんもいらっしゃいます。
【2】他社との協業時のケース
たとえば他社と共同研究を行なう際は、事前に相手企業と約束事を決めた契約を結びます。ただ、その内容をきちんと理解していないゆえに、後からまずいことになってしまうケースがあるんです。中には「共同研究の中で新しくでた成果は、すべて相手側に帰属する」といった、自分たちに不都合な契約が紛れ込んでいることもあります。
【3】商標に関するケース
他社がすでに登録している商標を、知らずに使ってしまうケースもありますね。いざサービスをローンチしたら、実はそのサービス名についてすでに商標権が取られていて、訴えられてしまった…ということも。特に資金調達前に訴えられてしまうと、その後の資金調達にも大きく影響が出てきてしまいます。
「知財」というルールを知らなかったゆえに、良い技術やアイデアを持つスタートアップの勢いがストップしてしまう。それって大きな損失だと思っていて。
だからこそ、知財についてもっと知ってもらい、ビジネスに活用できる仕組みをつくっていきたいと考えているんです。
ーありがとうございます。今年で3回目となる「IPAS」ですが、そもそもなぜ「IPAS」を立ち上げることになったのでしょうか?
菊地さん: 今はアメリカ、中国をはじめ、世界で新しいスタートアップが次々に立ち上がり、その国の産業を支えていますよね。日本のスタートアップもどんどん世界に羽ばたいていってほしいと考えています。
そして日本企業が海外進出するときに、「知財」は1つのネックになりえる。その中で私たちができることは何か、考えた結果が「IPAS」だったんです。
進士さん: とくに日本のスタートアップは、海外と比べてもまだまだ知財への意識が低い傾向にあります。
たとえば2017年度の調査ですが、医薬・バイオ系など、知財が不可欠な領域でも、「創業前から知財を考えている」という日本企業は5割ほど。全業界の平均ではたったの2割と言われています。
またアメリカのスタートアップと特許件数で比較しても、圧倒的な違いがあります。ある調査では、アメリカのスタートアップは創業10年目で平均34件の特許を保有しているのに対し、日本は平均9件しか持っていません。加えて、アメリカの方が創業前の段階からしっかり特許を出願しているという結果が出ています。日本のスタートアップに比べてアメリカのスタートアップの方が、知財を用いてビジネスを展開しようとする傾向が強いと感じています。
菊地さん: 特に海外では模倣や訴訟といった知財関係の不安がつきまとうもの。特許などの権利を取ることで安心してビジネスができます。このあたりも我々がお手伝いする価値があると思っています。
ー最後に、お二人のお考えを伺いたいです。これからの日本の未来の中で、スタートアップが担う役割をどのように捉えていらっしゃいますか?
進士さん: 日本の経済に勢いをつける存在なのではないかと考えています。たとえば、今回のコロナ禍でも「社会を少しでも良くしよう、困っている人達の力になれたら」と即座に動き、新しいサービスを生み出すスタートアップがとても多かった。そういった動きを見ていても、これからの日本にとってスタートアップはすごく重要な意味を持つんじゃないかなと思っています。
菊地さん: 今後は、世界を舞台に戦うスタートアップがもっと増えていくんじゃないかなと。そういった意味でも、今後の日本を支える存在だと信じています。
特許庁だからこそできる支援を続け、それが実になれば私達もすごく嬉しいです。
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