2019.11.12
初めての「ちょっと休む」。カリスマ広報 でんみちこの再出発

初めての「ちょっと休む」。カリスマ広報 でんみちこの再出発

2019年10月、ヤッホーブルーイングを退職したでんみちこさん。生死の境をさまよう事故、そして独立…と怒涛の1年を過ごしてきた。彼女の再出発、そこに至るまでの思いについて伺った。

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みんなの広報、でんみちこ

でんみちこさん。

インターネット界の「カリスマ広報」といえばでんさん。そう私は勝手に思っている(本人はきっと謙遜するだろうけれども)。

約5年前、当時まだ従業員10名ほどだったトレタの名物広報として活躍。2018年には広報コミュニティ『でんこラボ』をスタート。とくにスタートアップを中心に「広報」という職種のアップデートに貢献してきた。

そんなでんさんだが、2018年12月には『よなよなエール』で知られるヤッホーブルーイングに入社。さらなる飛躍を…という矢先のことだった。彼女は、スキーによる大事故を経験する。

「この1年は自分でもびっくりするくらいいろんなことがありました」

そして選択したのが、ヤッホーブルーイングの退職。

「当時は本当に大変で。でも、事故に感謝している自分もいます」

キャリアの節目、人生のターニングポイントに立つでんさん。

彼女の「再出発」に立ち会いたい。

【プロフィール】田美智子(でん みちこ) 1981年北海道生まれ。三越、オイシックス、トレタを経て、2018年よりフリーランスに。PRとコミュニケーションについて考えるオンラインサロン『でんこラボ』を企画するなど、さらに活動の幅を広げる。同年12月より、ヤッホーブルーイングに入社。ファンマーケターとして活躍し、2019年10月に退社。3月に経験した事故後には、快気イベント『死ぬじゅんび』を開催した。

初めての「ちょっと休む」

取材に伺うと「今は…明るい無職ですね!」と、場を和ませるように弾ける笑顔で語ってくれたでんさん。まずは彼女にとっての「2019年」を振り返ってもらった。

2019年は…ずっと全力で動かしていた足を、初めて止めた年になったと思います。社会人になって16年、「ちょっと休む」が初だったかも(笑)

じつはこの3月、長野でスキー事故に遭ってしまって。5ヶ月くらい入院と自宅療養をしていました。幸い、体調は入院後2ヶ月ほどで順調に回復して。すぐ復職もできました。働くことも、会社も、大好き。また働けることが楽しみだったんです。

ただ、いざ会社に行ってみたら、ぜんぜんダメだったんですよね。それは体調が、というよりも、心がついていかなくて。

想像以上にまわりの動きが「速い」と感じるようになりました。その流れにどうしても乗ることができない。なんだか、自分一人がおいてけぼりになったような…。事故に遭う前と、遭ったあとで、何かが大きく変わってしまったのかもしれません。

気持ちとしては、情けないとか、恥ずかしいとか。そういった感覚だったように思います。

正直、仕事人間だったから「心を病んでしまって休む」という感覚がよくわからなかったんです。「自分には当てはまらないだろう」とさえ思っていた。まわりから「弱い」と思われるのがすごく嫌だったんです。悔しい、というか。

そんな時、病院の先生から「でんさんは今、休むときかもしれませんね。ちょっと休んでみてもいいんじゃないですか」と言ってもらって。

その言葉が、スッと自分のなかに入ってきました。

「2、3ヶ月くらい休むといいと思います。長いと思うかもしれないけど、人生、もう100年時代って言いますから。何十年も働くと考えたら2~3ヶ月なんて本当に一瞬ですよ」と。

仕事がアイデンティティになっていた

人生の9割が仕事だったというでんさん。はじめに感じたのは喪失感。そこから少しずつ「自分と向き合う」ということを実感していったといいます。

もともと生活の9割くらいを仕事に注いできたので、休みに入ってすぐは、喪失感みたいなものが強くありました。

自分は何も生み出せなくて、誰の何にも役立てない。そのことが悲しくて悔しくて、泣き叫ぶような日もあったんです。仕事が自分のアイデンティティとして大きくなりすぎていた。

ただ、数週間経つと状況を受け入れられるようになっていって。きっと今の私にとって「休むこと」は「余暇を楽しむ」ではなくて、「自分自身ときちんと向き合うための時間」なんだって。

働くことは大好きだし、夢中になれることの一つ。でも、もう仕事はあくまで自己表現の一つであればいいって考えに、自然と変わっていきました。

そこからは、とにかく目の前にある時間をめいっぱい丁寧に過ごそう、と決めました。

朝は毎日明治神宮を散歩して、夜は入浴剤を入れたお風呂にのんびりつかる。寝る前には、大好きな香りのお香を焚いて。SNSも一度やめてみました。

ちゃんと生活をする。近づきすぎていたものから少し離れてみる。自分との対話を重ねてみる。その時間を過ごすことで、逆に「自分にとって何が価値のあることなのか」を強く意識できるようになりました。

とくに自分の心が向いたのは「衣食住を大切にして自分らしく生きる」という、すごく単純なこと。おいしいご飯をつくる、友だちとじっくり話す、大好きな野球に夢中になる。こんな何気ないホクホクを、しっかり抱きかかえて生きていきたい。

ちょっと立ち止まってみたら、仕事に固執する必要なんてないし、自分は生きてるだけで十分なんだって思えた。時間が解決してくれることも、あるんですよね。

事故を経験したことで、より一層コミュニティの重要性を感じたというでんさん。「『でんこラボ』のメンバーやなんでも相談できるコミュニティ仲間がいなかったら立ち直れていなかったかもしれない」と振り返る。入院中に実施したクラウドファンディングでは、300人以上から支援が集まった。「助けてくれた沢山の人に、これからいろんな形で返していけたらなと思っています」と真っ直ぐ語ってくれた。

自分の人生は、自分で選んでいい

人生、本当に何が起こるか分からないもの。一日一日を大切に過ごしたい。そう思っていても、毎日はすごいはやさで過ぎていく。そんな「当たり前の日常」について、でんさんは自身の体験を重ねてお話をしてくれた。

私の場合たまたま事故でしたが、「当たり前が当たり前じゃなくなること」って、たぶん誰にでも起こりうるだろうなって。

私、もともと料理が大好きだったんです。でも、事故で脳がダメージを受けたあと4ヶ月くらいは、料理もまったくできなくなっていました。料理って難しいんですよ。たとえば、オムレツを作ろうと思ったら、卵を割って、少し牛乳を入れて、火加減を調節する。すごく頭を使うから、脳が拒否してしまった。

なにも料理だけではありません。入院中に友だちが送ってくれたメッセージさえ、長文だと読むのが億劫になっちゃって。

こんな毎日が続くと思ったら、悲しくて。事故に遭ったという事実より「自分が自分じゃなくなっていく」ことのほうがつらかったです。

いつ、目の前の「当たり前」がなくなるか、誰にもわかりません。そう思うと、今この瞬間、気持ちを押し殺したり、やりたくないことを我慢してやったり、そうする必要は本当にあるだろうかと思う。

たとえば、毎日、満員電車に乗って通勤したり。以前の私なら、嫌だな、おかしいなと思いながらも仕事のためだと思ったら頑張っていた。

でも、今はもう考えられない。変な話、この瞬間、人生が終わっても「良かった」と心から思えるか。イエスを出せることだけを選んでいく、それが理想だと思うんです。きっとそれは「わがまま」ではなく、「自分の人生を、ちゃんと自分で選択して生きる」ということ。

これからの仕事は、求められることと、自分がやりたいと思えることを選んでいければなと思っています。じつはスタートアップの支援だったり、地方創生だったり、おもしろそうなご相談もいただいていて、次の自分がどんな選択をしていくのか、すごく楽しみ。

もう後遺症もなく、心も体もめちゃくちゃ元気で。このところ、昔からの知り合いに会うと「エネルギーに溢れてたあの頃より、表情が柔らかくなった」「いい感じに肩の力が抜けた」と言われることもあるんです。

事故は本当に大変で…でも、事故に遭って良かったと思っている自分もいる。これからも自分の声に、耳をすましていけたらいいなって思います。


編集 = 白石勝也
写真 = 宮藤大樹
取材 / 文 = 長谷川純菜


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