『mixi』『モンスト』と爆発的ヒットを飛ばしてきたミクシィ。次に狙うは、スポーツ領域。特に異彩を放つのが「新感覚の競輪ライブエンターテインメント」を謳う『TIPSTAR』だ。ミクシィの執行役員でありTIPSTARの事業責任者でもある石井公二さんに、その事業立ち上げの背景・狙いについて伺った。
※2020年11月取材実施
『TIPSTAR』
365日配信されるライブ動画、競輪/KEIRINの投票を無料で友達と楽しめる。レース動画が観れるだけでなく、モデル、お笑い芸人など通称「TIPSTAR」と呼ばれる出演者が3人一組、3チームでレースを予想。予想が当たりそうなチームへの「のっかりべット」ができる。その他、ログイン時などに無料メダル「TIPメダル」が付与される。さらに最大4人で一緒にグループを組んでレース観戦し、的中するとボーナスがアップ。競輪を知らない人でも友達、仲間と楽しく、無料で動画を見ながらネット投票できる新感覚「競輪ライブエンターテイメント」。2020年6月30日に提供開始し、現在はアプリ、スマホブラウザで利用できる。
▼目次
なぜ「競輪」なのか。
約45%が、女性ユーザー
「お祭りの射的」のような体験を
あえて「おしゃれさ」を捨てる
先端のテクノロジー活用
爆発的に伸びなければ「成功」ではない
まず気になるのが、なぜ新規事業のひとつが「競輪」だったのか。前提には、エンタメ領域、特にスポーツ事業の立ち上げが狙いだったと石井さんは明かす。
「ミクシィは『フォー・コミュニケーション』を企業ミッションに掲げているように、SNS「mixi」やモンストなど、様々な分野で友人や家族とコミュニケーションしながら楽しみめるサービスを数多く世に出してきました。
では次にどのような領域で事業展開ができるか考えたときに、スポーツは勝つか負けるか、筋書きのわからないドラマがあり、友人や家族と感動が共有しやすいエンタメですよね。そこに可能性があるのではないか?と考えました。
実際、さまざまなスポーツを観戦して回って。ミクシィは当時バスケチーム「千葉ジェッツふなばし」と提携していましたし、 サッカーだと「FC東京」のスポンサーもやっている。その他、北海道の帯広市に「ばんえい競馬」も見に行きましたね。北斗の拳に出てくるような巨大な馬が大迫力で競争する。そこに何かヒントがないか、と」
あらゆるスポーツを観戦してまわったという石井さん。これからの時代のテクノロジーとして「5G時代」「動画」は狙うべき領域。
さらに『モンスト』で培った一喜一憂、感動の共有を、スポーツ領域で横展開できないか。そのなかでも「競輪」が最有力の候補となった。
「まず、競輪は365日、朝から晩までレースが開催されています。また、各自治体はじめ、業界を盛り上げたい思いが強い。コンセプトに強く共感いただけた。これが最も大きかったですね」
さらに「競輪/KEIRIN」はオリンピック競技にもなっている。ヨーロッパでは、自転車競技は大人気スポーツだが、日本ではあまり盛り上がっていない。
「私たちの強みである、コミュニケーションでその領域、地方を元気にし、スポーツとしても人気につなげていければ、事業として可能性が大きい。みんながまだその魅力を知らないからこそいい。ポテンシャルがあると考えました」
「競輪」をテーマとして選んだ背景
・ミクシィが培ってきたコミュニケーションサービスのノウハウを、スポーツ×動画に横展開
新時代のテクノロジーとして「5G」「動画」に注目
・スポーツ領域で「動画配信」との親和性が高かった
365日、朝から晩まで全国の競輪場でレースが開催
・地方自治体の協力・コンセプトへの共感があった
公営競技の収益は、地方自治体の財政に大きく寄与する
※投票券(車券)の売り上げ金のうち75%は払戻金に充て、残り25%から一定額を選手賞金などの経費やJKAへの交付金(約3.3%)、公営企業金融公庫への納付金(約0.2%)を差し引いた額が純益として地方自治体の歳費となる(Wikipediaより)
・スポーツのなかでも「ブルーオーシャン」を狙う
「競輪/KEIRIN」はオリンピック競技にもなっている。ヨーロッパでは 自転車競技が人気だが、国内ではブルーオーシャン
公営競技は、スポーツを対象としたギャンブルといっていい。馴染みのない人からすれば「賭け事」へのマイナスイメージもある。
「じつは、一緒に競輪場を視察したメンバーも「これは無理じゃないですか」とはじめは否定的でした。というのも、競輪場にいる客層のほとんどは50代以上の男性。選手に野次が飛ぶ場面もありました。ただ、ミクシィとして公営競技領域に対して”全く違うバリューで勝負していく”という挑戦がしたかった。その挑戦を許容する会社のカルチャーも背中を押してくれました。」
そして2020年6月30日リリースから約半年、詳細なユーザー数は非公開だが、ユーザー数は毎月120%~130%で伸長。
日本国内における競輪場来場者のうち約8割が50歳以上、約9割が男性だというが、『TIPSTAR』は約45%が女性ユーザーで、40代以下の若い世代も約半数にのぼる※1。それまでの競輪ファンと全く異なる層を獲得できている。
※1 2020年8月時点
「多くのみなさんにとって当たり前となるコミュニケーションサービスを作りたい、そう考える私たちからすると、ユーザーの45%が女性というのは嬉しいこと。公営競技の業界としても女性、若い世代にも知ってもらえるのは悲願です」
もともと、女性のユーザー比率は狙っていたものではなかった。
「当初想定していたのは、やはり男性のユーザーさんに使ってもらうことでした。ただ、ポイ活サイト*などで紹介されて、女性にも広まっていきました」
ポイ活サイト*…お得なポイントの貯め方、サービスなどを紹介するサイト。
『TIPSTAR』の場合、無料メダル「TIPメダル」が付与され、予想が的中すると特別ガチャがまわせる。そのガチャにより、車券を購入するための軍資金が当たるチャンスもある。これがポイ活ユーザーにも注目されたのだろう。
「もともと“賭けて遊ぶ”という遊び自体、あまり好まれない部分があったのかもしれませんが、『TIPSTAR』の体験は多少異なります。スマホゲームを楽しんだり、メリハリのある動画配信サービスを見てポイントがもらえる感覚で楽しめたり、新しい遊び方を作れていると思います」
いわゆる玄人からすれば、「素人の賭けにのっかる」といった遊び方は信じられないものだ。心情としても複雑。ただ、体験価値が全く違う、と石井さんは解説する。
「たとえば、もともと競輪ファンだった方々は、自分で予想したり、ひいきにしている選手がいたり、そこが楽しいわけですよね。ただ、『TIPSTAR』は「きょう初めて予想します」といった出演者に「のっかる」という遊びがメイン。全く違う楽しさを提供し、入り口にする。ワイワイと楽しめるように、手にとってもらう。ここはブラさず、ミクシィらしくやっていきます」
新感覚の競輪ライブエンターテイメントを謳う『TIPSTAR』最大の特徴は「無料で遊べる」ということ。
ログイン時など無料メダル「TIPメダル」が付与され、それをべットして遊ぶ。厳密には異なるが、ゲームセンターの「メダル遊び」に近い感覚だ。
ちなみに、この「TIPメダル」で予想が的中すれば、特別なガチャを回せて車券購入の軍資金が当たるチャンスもある。
これだけ見ると、動画生配信を楽しむのか、予想のドキドキを楽しむのか、軍資金を得るモチベーションで遊ぶのか、仲間とレース観戦を楽しむのか。いくつもの体験があり、複雑にも感じる。コアとなる体験をどう考え、設計しているのだろう。
「正直、まだ検証段階ですが、サービスの価値は“みんなでワイワイできること”だと思っています。今までの公営競技、ベッティングは「賭けたものが増える喜び」にフォーカスが当たっていました。ただ、『TIPSTAR』は勝っても負けても、その盛り上がりの共感に重きがある。とくに「のっかりベット」は、自分で予想しなくても遊べる、重要な仕組みと位置づけています」
遊び方のイメージとしては「お祭りの射的」だという。
「お祭りに出店している射的に例えることが多いのですが、たとえば、100円でゲームに参加し、的を狙いますよね。的に当たれば、景品がもらえる。100円相当の景品もあれば、1000円相当、1万円相当の景品もある。どの景品を狙うかは自由です。的が外れたら悔しいけど、それに怒る人は少ない。まわりもそれを見ながら、応援したり、盛り上がったりができます。『TIPSTAR』が作りたいのは、こういったお祭り感。俺は大きく狙うぞ、いやいや、もっと小さく当てにいったほうがいいんじゃないか?とみんなでワイワイしながら、当たった、外れた、をコミュニケーションとして楽しんでもらいたいのです」
もうひとつ気になるのは、無料メダル「TIPメダル」と、お金としての価値のある「TIPマネー*」の2種類があること。
これはメダルでの遊びと、公営競技に基づいた法律に則った遊び、2つが一体化しているということでもある。
TIPマネー*
・チャージマネー:ご自身の口座やクレジットカードなどからチャージしたサービス内通貨
・ボーナスマネー:招待やガチャなど、運営から無償で配布されたサービス内通貨
「公営競技は、法律によって厳密に管理されています。たとえば、公営競技において価値のあるものを賭ける行為は、ルールに則ってやらなければいけません。オンラインのサービスとして成り立たせ、無料で遊べるようにするためにも「TIPメダル」と「TIPマネー」の2階層を明確に分け、ルール化する必要がありました」
一見すると複雑なシステムだが、ユーザー数を伸ばしている現状について、心境を語ってくれた。
「自信はあったのですが、100%あったか、と言われると難しくて。あるはず、新しい触れ方があるはずだ、というチャレンジ。現状はまず立ち上がって、ほっとしているというのが正直なところです」
これまでの競輪と全く違う遊び方を提案する『TIPSTAR』だが、スマホゲームのようなUI、派手な世界観・デザインも印象的だ。
たとえば、競馬のCMなどは、若者向けに親しみやすく、おしゃれに見せる、といったアプローチを取っている。一方で、なぜ『TIPSTAR』は現在の表現に至ったのか。「とくに議論を重ねたところ」と語ってくれた。
「新しい動画サービスなのだとしたらクールさも大切ではないか、競輪の既存イメージを払拭するおしゃれな感じがいいのではないか、どんなテイストにするか、重要なトピックでした。結論としては、ベッティングに伴うドキドキ、共有しながら盛り上がっていく気分を重視しました。例えが適切かわかりませんが、クラブで盛り上がる瞬間のような高揚感、そういった感覚から目をそらさず、そのまま行こうと」
社内の議論において、キーワードとなったのが「大衆娯楽」だった。
「みんなが盛り上がれる大衆娯楽を目指す、これが社内のキーワードとしてもありました。公営競技というテーマだと、どうしても、いかにお金を増やせるか?というところに目がいきがち。でも、そうではなく、本当に多くの人にとって「あってよかったと言われる大衆娯楽」になっているか。都度議論しながら機能やサービスを設計していきました。
デザインにしても、「磨きすぎないように注意しよう」というのが、よく社内で言われること。最高にクールか?ということじゃない。日本全国、多くの人にとって違和感のないものでなきゃダメ。どうしても「海外トップ10のアプリをベンチマークしている」「デザインのトレンドはこれ」という意見も出てきます。
ただ、『モンスト』チームの担当者が、スポーツカーを例に言っていた話が印象的で。多くのデザイナーはスポーツカーが作りたくなる。取っ手もなく、センサーでドアが開く。最高にクールで憧れのスポーツカー。しかし、よく売れるのは『カローラ』なんだ、と。より多くの人に手に取ってもらえるものは、クールなものばかりじゃないですよね」
いかに大衆にとって受け入れられるものにするか。技術的側面からいえば、むしろ先端をいくようなテクノロジーをフル活用する。ここもミクシィの強さといえるだろう。
「話題の中心になるためにも、テクノロジーの活用は欠かせません。たとえば、『TIPSTAR』の映像配信は、かなり高度な技術が使われています。競輪のレース映像をAIが分析して自動で演出や音が入ったり、例えば編集スタッフが自宅のPCで生配信中にテロップを入れたり編集ができる映像編集ツールを独自で開発して運用していたりします」
細部においても、ユーザーのストレスを軽減する技術は随所に用いられている。たとえば、レースの予想が当たった時、ベットした「TIPメダル」がどのくらい増えたか、瞬時に表示される。
「結果が待たされ、しばらくしてから「勝ちました」と出ても興ざめですよね。これも『モンスト』をはじめ、勝負の結果がすぐにわかるほうが当然盛り上がる。前例を踏まえて重視したところでした」
ヒットが出た際、なぜそれが人々の心をとらえたのか。勝ちパターンの言語化、抽象化を行い、次のヒットを探りにいく。ミクシィの事業立ち上げにおける発想を垣間見た。
リリースから半年、ここまで順調にも思える『TIPSTAR』だが、最後に伺えたのは危機感だった。
「『mixi』でも『モンスト』でも、ユーザーが爆発的に伸びて、ヒットしていきました。コミュニケーションツールとして世の中に浸透する時は、指数関数的に広まっていく。正直、そこにはまだ至っていません。順調に伸びている、というのはミクシィにおいての成功ではない。これも社内の共通言語として言われていることです。
つまり、指数関数的に伸びない限り、コミュニケーションツールとしては失敗している、とも言えます。私たちとしてはリリース半年で「順調」は、コアバリューに到達していない状態。むしろ危機感を持っています。『TIPSTAR』も爆発的に広めていく、そのティッピングポイントを目指していければと思います」
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取材 / 文 = 白石勝也
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