微生物を付与する“次世代のバイオ炭”で農業界に革新を――バイオベンチャー「TOWING」人事責任者である藤森華英さんを取材した。もともと、さまざまなベンチャーで人事コンサルとしてキャリアを築いてきた彼女は、なぜ、TOWINGの一員となったのか。そこには組織づくりを担い、社会課題解決に挑む志があった。
TOWING社について
名古屋大学発スタートアップである「TOWING」。通常畑で3〜5年かかる土づくりをわずか約1か月で可能にする、高機能バイオ炭「宙炭(そらたん)」を開発・販売する。独自のバイオ炭の前処理技術、微生物培養等に係る技術を、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構が開発した技術と融合し、実用化。「宙炭(そらたん)」商品名の由来は、ビジネスコンテストにて“宇宙農業ができる”というコンセプトでプロダクトとして発表したことに由来する。CEOである西田宏平氏、CTOである西田亮也氏は兄弟で、子どもの頃の夢は宇宙飛行士。ミッションは”サステナブルな次世代農業を起点とする超循環社会を実現する”とし、現在は地球での食料生産システムの課題解決のために、研究開発を行っている。
もともと複数のベンチャーで人事コンサルとして働いてきたと伺いました。なぜ、一社で集中して働くことにしたのか、きっかけから伺ってもよろしいでしょうか。
娘の出産は大きな転機だったと思います。妊娠してから1歳になるまで在宅で保育をしながら、仕事も並行してきたのですが、すごく大変で。
個人事業主だから当然産休・育休はないし、保育園もなかなか預かってくれない。それでも、仕事は続けたい。娘が歩けるようになってからはキーボードをバンバン叩かれて「わー」みたいな(笑)本当に大変だったなと今振り返っても思います。
一度、全ての仕事を断る選択もあったと思うのですが、キャリアが途切れてしまうんじゃないか、そのあと仕事がなくなってしまうんじゃないかという不安のほうが大きかったですね。
よく「フリーランスいいよね」と言われたりもしたのですが、とくに子育てと両立する難しさを痛感して、きっと日本中に同じような女性はたくさんいるし、男性の育休にしても、フリーにせよ、会社員にせよ、長期間休んで本当に戻れるのか?と不安になる人もきっといる。あまりにも選択肢がない。この「働き方」の課題をどうにか解決していきたいと思ったんです。そのためには、まず一つの組織に入って、自分で組織づくり、制度づくりに関わっていく。ブレーンとなって、そういった会社を増やしたい。ここは改めて会社員として働こうと思った大きなきっかけでした。
その中でも、なぜTOWINGだったのでしょうか。
これも娘の存在がすごく大きくて。地球規模の課題、社会課題に向き合ってる会社でこそ、組織づくりに関わる意味があるかなと。まさにTOWINGは地球温暖化にインパクトを与えられるベンチャーですし、宇宙農業の実現まで本気で考えている。いつか娘にも「宇宙で野菜づくりができるようにしたのはママの会社なんだよ」と自慢ができたらいいなと思いました。
フリーランス時代でいうとプラットフォームだったり、SaaSだったりが流行っていて。私自身もITを軸としたスタートアップに携わらせていただくことが多くありました。そっちのほうが経験も活かせたのかもしれない。ただ、本当に私の人生にとって大切なものは何か、数十年後も人々の暮らしに必要とされるものは何か、個人的に思うところがあって。
もう一つ、せっかくやるなら、日本発で世界にインパクトを与えられる事業をやりたい。ディープテック領域にはまだまだ眠っている可能性がある。日本は島国として発展してきた特異な国だと思うんです。他国から見たら考えられない、おもしろい技術や文化がある。それこそが日本の強みになるはず。TOWINGにおける微生物の培養技術にしても、じつは「日本酒」と「お酢」の製造工程で偶然見つかったものをベースにしており、惹かれたポイントでもありました。
フリーから会社員になり、すぐに力を発揮することはできたのでしょうか。
それでいうと全然ダメでしたね。TOWINGの前に一社、スタートアップで働いていたのですが、空回りをしてばかりでした。なかなか成果が出せず、パフォーマンスも良くありませんでした。全て自分でやらなきゃと抱え込んだり、まわりの協力が上手く得られずにストレスを感じたり。理想と現実のギャップにすごく苦しみました。プライベートでも、インスタとか見ると「みんな、こんなにおしゃれなご飯を毎日作っているのに私はUber Eatsしてしまった…」とか絶望したりして(笑)すぐに「もうダメだ。仕事しない方がいいんだ」「私が仕事をしてるせいで娘にさみしい思いをさせているんじゃないか」とよく悲観的になっていました。
ただ、今思うと自分に期待しすぎていたのだと思います。もっとできる、もっとやれる、限界を突破できる、達成感がほしい、と。
当たり前ですが、若い頃のように体力があるわけではないし、がむしゃらに仕事をしても、それだけで評価されるわけでもない。ここに気づいてから、少し気が楽になった気がします。とにかく自分の期待に応え続ける働き方、生き方はやめようと。誤解を恐れずにいえば「もっとまわりから、本質的に評価してもらえることをやろう」と思うようになりました。
たとえば、チームワークだったり、信頼関係だったり、コミュニケーションだったり。意外と数字としては見えづらいけど、一緒に仕事をしていく時に必要なところを大事にできるか。私一人が限界を突破して短期的に「数字を作りました」となっても“一人力”なので、すぐに天井が来てしまう。よく「早く行きたいなら一人で行け。遠くに行きたいならみんなと行け」ということわざがありますが、まさにそう。どんなに有能な人でも、どれだけ周りに協力してもらえるか。自分のゴールを一緒に描いて、一緒にやってもらえる人間になれるか。ここが重要だと感じることが多くなりました。
過去の反省もそうですし、経営を担う立場になり、「自分が諦めたら終わり」という状況ですごく成長ができた。「くじけてられないぞ」と思いますし(笑)もちろん、たまには愚痴ることもありますが、吐き出してスッキリして「切り替えていくぞ」と。このあたりはすごく意識するようになった気がします。
最後に、藤森さんにとっての「仕事」とは何か、教えてください。
もうシンプルに生きがいですよね。 娘が生まれ、家族と過ごす時間はすごく楽しいし、宝物。ですが「もっと娘との時間を大切にしよう」と思えるのは、仕事があるからこそです。仕事で疲れて帰ってきて「ママ、今日も頑張ったね」と娘が言ってくれた時なんて「ああ、やっていてよかったな」と。仕事は、自分が大切にしている価値観、できること、やりたいことを一番形に変えられるもの。かなり社畜っぽい言い方かもしれませんが、仕事が一番のリフレッシュ(笑)仕事がない人生はありえないなと思います。
仕事が忙しくて充実した日は、エネルギーも溢れてきて、あれもこれもと家事が捗るんですよね。
だから生きがいであり、エネルギーの源です。もちろん子育てしながらなので思うように行かないことはありますが、社員、代表をはじめ、理解してくれて、受け入れてくれる、支えてくれる仲間がいるからこそできていること。感謝や恩返しの意味も含め、私はやっぱり一生仕事していきたい。その先に社会にとって必要とされるもの、後世に残るものを生み出していけたらいいなと思っています。
(おわり)
取材 / 文 = 白石勝也
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