クックパッドの同僚3人でロールケーキ社を創業した伊野亘輝さん。同社からローンチされた「レター」はシンプルなデザインと共感を呼ぶコンセプトで順調な滑り出しを見せている。フリーランス・会社勤めを経て、伊野さんが起業した背景とこれから成し遂げたいことを伺った。
▼ロールケーキ・伊野亘輝さん インタビュー第1弾
ユーザーを置いてきぼりにすることに誠意はあるか?|クックパッドアプリ・メジャーアップデートのウラ側
クックパッドのアプリフルリニューアルを成功させた伊野亘輝さんは、同僚3人でロールケーキ社を創業。2014年2月には、スマートフォンで撮影した写真を翌月のカレンダー付き手紙にして郵送で届けることのできる iPhoneアプリ「レター」をローンチ。2週間で発注総数1万枚を突破するなど、シンプルなデザインと共感を呼ぶコンセプトで順調な滑り出しを見せている。
フリーランス・会社勤めを経て、伊野さんが起業した背景とこれから成し遂げたいことを伺った。
― 伊野さんを含むクックパッド出身の3名で創業したロールケーキ社ですが、どのような背景で、クックパッドの100%子会社としての船出になったのでしょうか?
個人的には他資本でも自己資本でもどちらでも良かったんですね。はじめはもちろん、起業するなら普通に退職して…、と考えていました。
で、社長の穐田さんに相談したんです。すると、「家族もいるんだし、自分たちの資金を切り崩してやらなくても、そういった部分は会社でもてるから」と、オファーを頂いたんです。
穐田さんも自分で事業を立ち上げ、成長させてきた経験から、新規事業がどれだけ難しいかっていうのは身にしみてわかっているんですね。
いきなり独立して、明日のお金や会社の運営に悩みを抱えてしまうより、まずは徹底してユーザーのことを考えたものづくりに集中した方がいい。もし上手くいったら、そのときに自己資本にするというオプションもあるのだから、まずは成功に向けて集中できる道を選んだらいいんじゃないか、とも言ってもらって。クックパッドは社内からの独立やスピンアウトを支援する風土がありますし。
― 漢方デスクの葉山さんの例もありますしね。
(注:クックパッド社の新規事業として始まった漢方デスクは2013年11月に分社独立)
――全くの素人から、新サービスを立ち上げられた理由― 《漢方デスク》葉山茂一氏とクックパッドの挑戦
そうですね。そういうオプションがあるならいいなって、よろしくお願いしますと(笑)。
― そもそもの起業の話は、レターというプロダクト中心に3人が集まって始まったのか、それとも独立ありきで立ち上がったのか、どちらだったんでしょうか?
どちらの側面もあります。もともと、レターは僕個人が作成して両親に送っていたものが原型となっているんです。エンジニアの永野と代表である石田に紹介して、このアイデアやプロダクトで何かできないかということも考えていていました。そうこうしているうちに、このメンバーなら起業という道もあるよねという話にも発展した感じです。
― 伊野さんは、どうしてレターを個人で作り始めたんですか?
2歳の娘がいるんですけど、僕がもともと写真が好きで、よく彼女を撮ってるんです。親はそんなに遠くに住んでいるわけではないのですが、ことある毎に「写真とか頂戴よ~」と言われるんですね(笑)。
― 一番かわいい年頃ですもんね!
そうですね。せがまれた時は、「わかったよ」といって数枚送ったりしていたんですけど、また数カ月後に同じことを言われたりして、「あー、送んなきゃって」なってたんです。
その時思ったんですね。この状況は親不孝でもあるなぁと。親にも悪いし、それを感じるぼくも幸せじゃない。
この状況何とかならないかなと考えまして、毎月の一か月分のカレンダーを前の月の娘の写真を貼り付けて、裏に近況を書けるものにしたらどうかな?と。手紙も書けるし成長も伝えられるし、何より実用的だ…そう思って始めたんです。
すると苦じゃなく続けられてたんですね。周りの人にも見せたら結構好評で、作ってあげたりもしていました。
― レターはアプリ・カレンダーともに“シンプルさ”で非常に評価されていますよね。
自分でできなかったことを、実現できるようにしたものなので、とにかくシンプルにしたいという思いが強かったんです。ごちゃごちゃして、めんどくさいものになると、ぼくが写真付きカレンダーを作る前の状況に戻っちゃう。それでは本末転倒。あまり多くの機能を付けたくはないという考えも、そこからきていますね。
― レターで設計したゴールはどのようなものなんでしょう?
今回は自分自身がペルソナでもあり、少しこっ恥ずかしいのですが、端的にいうと「親孝行をしている自分でいることで、満足したい」というものです。それとは別に機能的なゴールも3つくらい設定しています。
設計から、要件だし、ビジュアルコミュニケーションまですべて、その1点だけを見て行ないます。それから外れるものを全部削ぎ落とす。余計なものを入り込ませないように。
もちろんユーザーさんからはこういう機能も欲しい、別のオプションも、という要望をいただきます。でも、あらゆることができる、したいというゴールは絶対にあり得ません。1点のゴールに絞って最初から最後まで作るということを意識してやっているから、シンプルになるのだと思います。
― 一つ疑問があります。徹底的に一つのゴールに向かって創ったものに対してアップデート(変更)を加えるという行為は、どうして発生するのでしょうか?
あくまで、最初にリリースした段階でのユーザー体験の設計って仮説なんですね。ゴールはフィックスしているわけではなく、あくまで仮説。だから仮説にアップデートを重ねていくイメージです。
一度サービス体験をしたユーザーの行動だったり、インタビューした時の言動をフィードバックさせて、自分たちが最初に設定したゴールを見直し、プロダクトをアップデートするという考えですね。
― 常に細かく軌道修正するような。
その通りですね。リーンの感覚です。それには時代背景が反映される場合もあるかも知れません。例えば、技術が1年で飛躍的に向上したことで、ユーザーの体験時のマインドも変化する。このようにゴールに関わることが変化していくのであれば、それにあわせてアップデートをかけるというイメージですね。
― どんな思いで起業されたのか、最後にお聞かせください。
ロールケーキ社のコンセプトは『楽しみが待っている毎日をつくる』です。
便利なものってたくさん世の中にありますよね。インターネットはほんとうに便利。でも、便利なものが便利なことだけに使われることは、あまり好きではないんですね。
僕は、人が便利なものを使うことで、誰かが幸せになることにつなげたいんです。例えばGoogleはすごくいいサービスだし、便利。でも、僕が死ぬときに「あ~あ、Google便利だったわぁ」って絶対思わないじゃないですか(笑)。僕はたぶん、娘が生まれてきた時の光景と顔も思い出すんじゃないかなと思っていて。
経年しても劣化しない喜びの感情を持つかどうかってことが、幸せに関係するのではないかと。そういうものに、便利なものが使われたらいいなと思っていますね。ここまで話したことないけど、創業メンバーのみんなもそうなんじゃないかな(笑)
ロールケーキ社が手掛けるのは「幸せ領域」です。レターをこれからもっと良くして、人の幸せに寄り添えるサービスにしていきたいですし、新しいサービスも生み出していけたらと思っています。
― どんな思いでサービスを生み出すのか。エンジニアであれクリエイターであれ、どんな人にも気づきのあるお話だったと思います。ありがとうございました!
(おわり)
[取材] 梁取義宣 [文] 松尾彰大
編集 = 松尾彰大
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