会社勤めをしながらヒットアプリを生み出した才女、閑歳孝子さんに訊く“プライベートプロジェクトのすすめ”第二弾。「仮にサービスがヒットしなくても、得られるものはたくんさんある」――普段の仕事にも、転職の際にも役立つ、プライベートプロジェクトの意外なメリットとは?
会社を辞めずに夢を追う方法―Zaim 閑歳孝子“プライベート開発のすすめ”[1]から読む
― プライベートプロジェクトにおいて、“作り切る”ことの難しさってないですか?たとえばよく「小説書く」とか言って始める人っていると思うんですけど、最初はいろんな構想があって書いていくんだけれども、だんだん熱が冷めてきたり、先が見えなくなってきたりして、いつの間にかやめてしまうみたいなことってあるじゃないですか。個人サービスの開発においても、そういうのってないんでしょうか。
それはあると思います。プライベート開発だと基本的に締切が無いから、時間をつくってコツコツやらないといけない。みんな仕事やプライベートで忙しいでしょうし、よっぽどの理由がないと集中力が切れちゃうんじゃないでしょうか。なので、私が『Zaim』を作ったときのように、イベントやコンテストに出るなど強制的に締切が生まれるようにするといいのかもしれません。
また、仲間と一緒にやるというのも手だと思います。ひとりが開発、もうひとりがデザインの担当だったりすると、あいつが頑張ってるから俺も頑張ろう、みたいに励みになりますよね。
ただ、個人的には、サービスを立ち上げる時は“ひとりの思い込み”が大事なんじゃないかと思っています。私も経験あるんですが、責任者が決まっていなくて、みんなの意見を平等に聞いて作ったサービスは、どこかつまらない。それよりも、不恰好で偏っていても「こういうものを作りたい」「こんなサービスをみんなに使ってほしい」というひとりの強いエネルギーがあるサービスの方が、人をひきつけるパワーがあることが多いと感じています。
私は多分、この「みんなに使ってほしい」という気持ちが強めなので、プロジェクトが終盤に向かうにつれて、どんどん楽しくなっていくんです。逆に、開発を始めた直後は「本当に完成できるのかな」という不安感でいっぱいですね…。
例えば『Zaim』はOAuthのAPIを実装しているんですが、これはまったくやったことがなくて。APIを叩く側は何度も開発してきたのですが、APIを受ける側は経験がなく、しかもネット上に実装例などがほとんどありませんでした。こうした部分を乗り越えて、完成イメージが見えてくると「このサービスをリリースしたら、きっと便利に使ってくれるに違いない」とワクワクしてくるので、あとはその妄想パワーで突き進めばリリースできます(笑)
― なるほど。作り切るためには、「ハッキリとしたアウトプットイメージを最初に持つ」ということが重要と言えるかもしれませんね。
そうかもしれないです。さっきもちょうど『Zaim』のWEB版のレイアウト切ってたんですけど、こういう作業がすごく好きなんですよ。
プログラムを書くのも好きですが、そこは私より優れた人がいっぱいいると思うので、誰かやっていただける人がいればお任せしたい。でも、一番ユーザーに近い部分は、しばらくは自分でやりたいと思っています。
最初にサービスを考えるときも、完成後のイメージをアタマに浮かべていますね。これは出版社にいた影響だと思いますが、見た目や機能についてはもちろんのこと、「どんなプレスリリースが打てるだろう?」という面も検討するんです。プレスリリースってタイトルがだいたい2行じゃないですか。その中でサービスの魅力を伝えなきゃいけない。そのタイトルに入る機能がサービスのチャームポイントになるので、重点的に開発しよう、といった判断ができます。
― 『Zaim』でも、ご自身が想定されていたのとは違う反応があったりするんですか?
結構たくさんあります。私、ユーザーサポートもすごく好きで、いまだに全件チェックして返信しているんですよ。『Zaim』にログインしてすぐの画面に、大きく、
“フィードバックお願いします!”
というバナーが出るため、みなさん気軽に送ってくれるみたいで、これまで受けたお問い合わせと要望は8,000件を超えました。『Zaim』を使ってくれている方ってすごく真面目な方が多くて。必要だろうと思っていた機能が実際にはあまり使われていなかったり、そこがこだわりポイントなのか!など、たくさんの学びがあります。
『Zaim』は一応ゲーミフィケーションの要素も取り入れていて、たとえば毎日入力していると “~日継続して入力しました!” っていうスタンプがもらえるんですけど、入力が途切れるとゼロに戻ってしまうんですね。
で、この前はウッカリ入力を忘れたユーザーさんから 「すごく残念です、スタンプ、元に戻せませんか」って依頼が来たんです。気持ちとしてはお応えしたかったんですけど、「ごめんなさい、それはちょっと無理です」って。続けるモチベーションにそんなに影響してたんだーって、発見でしたね。
ユーザーの声には厳しいものもありますが、友達などにヒアリングしてもなかなか聞けない、言いにくいことをズバッと伝えてくれる。だからこそ、反応があるのは嬉しいことですし、ありがたいです。
― ビジネスとして儲かる・儲からないというのを抜いて考えたとき、プライベートプロジェクトを通じて得られるものってありますか?たとえば普段の仕事にフィードバックされるとか。
個人で作っていたときに得られたノウハウを普段の仕事に返すというのは、よくありました。重要なシステムに、いきなり新しい技術を試すのはリスクも大きいじゃないですか。でもプライベートのほうで試してみて良かったら、仕事にも取り入れようと判断できるし、使うのが二度目であればスムーズに導入できる。
また、自分で作ってみて初めて、WEBサービスの全体像がおぼろげながらに分かるようになった、というのも大きな収穫でした。サーバーやネットワークの設定、データベースの設計やプログラミング、SEO対策、負荷対策、ユーザーインタフェースの設計やデザインなど。さらにはプレスリリースを書いたり、ソーシャルメディアで発信してフィードバックをもらったり。自分はどこが得意で、どこがボトルネックになりがちなのかを把握できるだけでも、じゃあ次はこうしてみようと改善できますよね。
だからどんなに小っちゃくてもいいから、まるごと作ってみることが重要かなと思います。
― 伺っていて思ったんですが、そういった経験って、転職するときにも良い武器になりそうじゃないですか?職務経歴とは別の自己アピールというか。
そうですね、『Zaim』もいまエンジニアを絶賛募集中なのですが、やっぱり好きでやっている人と一緒に仕事したいなというのがあります。寝食を忘れるほど没頭できる人には勝てないじゃないですか。実際にWEBサービスやアプリをひとりで作りきったことがあるというだけでも、そうでない人に比べたらぐっと少ないですよね。もし履歴書に自分で作ったサービスやアプリが書いてあったら、かなりポイントが高いです。
私はベンチャーに所属している時間が長いので特にそう感じるのかもしれませんが、横断的にすべてできる人材は、すごく価値があると思います。
思い返すと私も、最初の頃は、まったく開発をやっているようには見られなくて。でもサービスを個人でリリースするようになってからは、「あ、こういうものを作る人なんだ」と覚えてもらいやすくなりました。
― うーん、ますますやったほうがいいと思えてきました、プライベートプロジェクト。プログラミング技術もどんどん特定層だけのものではなくなっている中で、単に“この言語で書けます”とかでは測りきれないということですよね。
もちろんサービスという単位だけでなく、ライブラリの開発やオープンソースへの貢献などでも同じ意味だと思います。また所属する会社でチャレンジできるのであれば、それでもいい。
重要なのは、それを受け取る側に対して何を与えられるのか、ということだと思います。
― では最後に、これからプライベートプロジェクトに挑戦するかもしれない皆さんに、何か一言お願いします。
今は昔に比べて、プライベートで開発するのに良い環境だと思います。技術的にもとても作りやすくなっているし、イベントやコンテストも活発に行われている。
ただ、たくさんの人がチャレンジしているので競争も厳しくなりつつある状況です。そんなときに強いのは、「好きだ」「楽しい」というパワーだと感じているので、まずは夢中で作れる対象を見つけて、実際に手を動かしてみるということが第一歩かと思います。結果的にそのサービスが当たらなかったとしても、まずはやり切るだけでも得られるものはたくさんあるんじゃないでしょうか。
― これからを生きるエンジニアにとって、良い気づきがたくさんあったように思います。どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
(おわり)
編集 = CAREER HACK
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