2014年3月―ある日本の青年がクリエイティブの祭典『SXSW』で展示&デモパフォーマンスを行った。彼が披露したのは、Webテクノロジーでも、ロボットでもなく、自作楽器。直感的でユニークなインターフェイス。端末の無線同期を用いた演奏など来場者から賞賛の声が寄せられた。彼は一体何者?そして何を目指す?
中西宣人(Yoshihito Nakanishi Website)、インタラクティブアートの制作・パフォーマンスなどの活動を行なう27歳だ。
彼は自ら電子楽器を制作し、演奏も行なう。海外の電子音楽・ノイズミュージックフェスに招かれるなどアーティストとして活動。2014年3月に開催されたSXSWにも参加し、その楽器とパフォーマンスが国内外で高く評価されている。
と、同時に東京大学大学院に在籍する研究者である(2014年10月現在)。彼は自身の音楽的なバックボーンをこう振り返る。
「もともと高校生ぐらいまでピアノを習っていまして、その後はボサノバギターやジャズギターをやっていました。ですが、残念ながらそこまで音楽的な能力が高かったわけではなくて。ただ、なんとか“音”で生きていきたいとは思っていました」
高校卒業後、進学先として選んだのは、日本大学の芸術学部。響きから新しいことができそうな「情報音楽コース」を選択。もともと文系だったが、入学してすぐにプログラミングを徹底的に叩き込まれる、というスパルタ教育を受けた。
「平均率の周波数の計算だったり…あんなにプログラミングをやらされるとは…」
このプログラミングとの出会いが、彼の人生を大きく変えていくことになる。
その後、どのようにして自分の道を切り拓いてきたのか。そして、これから何を目指していくのか。「自身の活動」の幅を広げ、そして生きる道を模索する。その等身大の姿をお届けしたい。
※ページ上の画像はデジタルクリエイティブイベント「教室」での演奏の様子。
― 中西さんの場合、演奏などを行なう活動だけではなく、研究者の顔もありますよね。ちょっと研究って「バンドやりたい!」「音楽をつくってみんなに感動を」といった音楽活動とは方向性が違う気もして。
こういった電子楽器の開発やインタラクティブアートの分野だと、演奏や展示をメインにしたアーティストのような活動と研究の両方を行ったり来たりするからこそ出来るものだと考えています。
研究をしているときは、先人たちが過去にやってきた歴史を遡って事象を捉えたり、データとにらめっこしたりするのですが、それだけだと机上での考えにとらわれてしまいそうな気がして。だから、演奏や展示で自ら体験することを重視しています。
お客さんの前で演奏をしてみると、予期しないことがよく起こるんですよね。たくさんの人に楽器を触ってもらったり、ぶっつけ本番で演奏したりすると、システムの脆弱な部分が見つかることも多い。それに対して客観的なデータを取得し、検証していく場が研究で。この循環が大事だと思います。
― ちなみに肩書というか…自己紹介するとしたらどう名乗りますか?
難しいところですね(笑)。時と場合によって変わります。クラブやライブ会場みたいなところで演奏するときは電子楽器やインタラクティブアート作品をつくって表現をする人だったり、研究や論文に集中している時期だったら研究者になったり。
ただ、「肩書」ってあまり意味がなくなってきていますし、じつは意識したこともほとんどないんです。SXSWでも感じたことですが、見てくれる人たちはアーティストか研究者かなんて関係がない。
海外だと顕著かもしれませんが、個人でインディペンデントの研究所を作っちゃったりとか、一見テクノロジーと全然関係ない職に就いている人が、ものすごいサウンドプログラミングのスキルを持っていたりとか。もうむちゃくちゃなことになっているんですよね。
― 演奏・アーティストとしての活動について伺いたいのですが、海外によく行かれていて、日本と違うと感じることはどこですか。カルチャーショックを受けたというか。
あくまでも個人的な感想ですが、海外で演奏をするとまず「あなたはなぜこういうことやるの?」と聞かれることが多いです。日本だと「どんな技術を使った」とか「こういうものにも使えそうだね」と利便というか、より具体的なことを聞かれることが多い気がして。「もう似てるヤツがあるよね」とか言われたり(笑)
― その質問の違いは、どこからくるものなのでしょうか?
よくはわからないのですが、もしかしたら技術ベースではなくて、そもそも理念や哲学をベースとして考えたり、動いたりする人がヨーロッパだと多いのかもしれません。
― デジタルアートやインタラクティブアート対するに理解も進んでいるのかもしれませんね。そういった背景から海外に目を向けられているのでしょうか?
生で演奏したい、演奏が見たい、そう思うとどうしても海外のほうがイベントが多いんですよね。日本でももちろん自作楽器を作る人はいるのですが、イベントそのものがまだまだ少ないです。パフォーマンスまでしたい人というのは少数なのかもしれません。ヨーロッパは電子音楽の文化が根付いているし、第一線で活躍している人たちもいるので、現在はそういった場所での交流や演奏活動をメインに考えています。
― メーカーと組んで製品化みたいなことは考えていないのでしょうか?
製品化して売るというところはメインではなくて、一つの可能性でしかないと思っています。自分が作ったものでたくさんの人たちがセッションして、その時、その人たちの音楽的な表現をどれだけ拡張させられるか。ここが最終的な目標ですね。
― 同時に生活もしていかなければいけない。お金や生活はどうされていくのでしょうか?
今は研究としてもやっているので、大学からサポートしてもらったり、あとは海外でのプロジェクトをサポートしてもらえる公募プログラムなどにどんどん応募するようにしています。
フランスのLaval Virtual 2014で“Residence”という枠に選んでいただいて、電子楽器の製品化をサポートしていただけるようです。あとは大学の非常勤講師をさせていただいたり。
…ただ、先はどうなるか全然分からないです(笑)
― 中西さんがそういった道を選ばれているからではないですが、「大学を卒業したら就職して…」みたいな生き方だけじゃなく、色々と選択できる時代になるという気もしています。もし、学生が「就職か?やりたいことか?」と悩んでいるとしたら、どんなアドバイスをされますか?
僕自身も一度会社に入ってみようと考えたことがあります。Todai to Texas Demo Dayというピッチイベントで受賞してSXSW行きが決まった時期で、ちょうどハードウェアスタートアップの方々ともお話ができて。
やっぱり圧倒的に起業やビジネスのセンスが違うんですよね。僕はビジネス方面でやったことがないし、たぶん向いてもいない。だから、もし開発しているものを製品にして売っていくなら、一度就職をしてビジネスの勉強をして戻ってくるという可能性もあって。
でも、もうすでに売れるコンテンツやデバイスを持っていて、ある程度人と違った苦労をする覚悟があるなら、試行錯誤をしながらそのままやっていた方がいいんじゃないかとも思います。僕のつくるものは売ることが最終目的ではありませんし、だったら「どんどん国内外色んなところにいって、ゲリラ的にやってみるのも楽しい」とアドバイスしまうかもしれません。必ずしも道をひとつに決めつける必要はないのかもしれません。
― ただ、「食べていけるか不安」みたいな気持ちも出てきてしまうような気もします…。そのあたり不安はないですか?
もちろんゼロではないですが、今くらいの活動を維持できれば、それでいいとも思っていて。ギリシャのノイズミュージックフェスに参加したことがあるのですが、そこの人たちは「好きな音楽をみんなと共有することが最も重要」といった空気がありました。その活動を続けられるだけ働いて…という考え方でもいいのではないかと思います。日本もそういう考え方が一般的になればと思うんですけど…国が壊れていくかもしれませんね(笑)。
余談ですが、なぜか地元のおばちゃんも観客としてノイズミュージックを聴きに来ていて。どんな客層なんだろう?と思いながら演奏したんですけど…
― 地元にフェスが密着していて、受け入れられる場がある、ということかもしれませんね。
そうですね。僕がやっていることも日本だとニッチで、ノイズ音楽のように捉えられることが多いのですが、そのフェスだと「あいつの音楽はメロディがあるからちょっとチャラい」ぐらいのレベルで(笑)。
音楽に国や言語は関係ないですし、よりたくさんの人に自分でつくった楽器をつかって共同演奏やパフォーマンスをしてもらって、その可能性を広げていきたいんです。その場に自分自身も演奏者として参加して、音楽が生まれる瞬間を共有していければいいですね。
― 自分がやろうとしていることがニッチでも可能性を探れる時代ですし、コミットするハードルも下がっているのもしれませんね。自分なりの生き方を自ら見つけていく、そんなヒントになったと感じます。本日はありがとうございました!
[取材・文]白石勝也
編集 = 白石勝也
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