アウトドアファンに人気の登山者用地図アプリYAMAP(ヤマップ)を開発したのは、自ら「山が好きだ」と話す春山慶彦さん。「好きを仕事にすること」に警鐘を鳴らす人たちをよそ目に、自らの道を突き進んでいる。春山さんは、仕事をどのように捉えているのか。そして、なぜこのような生き方を選んだのか。
登山者用地図アプリ《YAMAP(ヤマップ)》が人気だ。
一般的に、登山中の位置確認は専用のGPS端末で行なわれてる。しかし、値段は安くても3万円程。気軽に購入できるアイテムではない。そこで、スマートフォン搭載のGPS機能に注目したのがYAMAP。アプリから専用の地図を事前にダウンロードすることで、携帯の電波が届かない山のなかでも、スマホで位置や経路を確認することができるというわけだ。
安全第一の開発思想が評価され、2014年にはグッドデザイン賞特別賞「ものづくりデザイン賞」を受賞。アウトドアファンのなかで、YAMAPユーザーは増加の一途を辿っている。
YAMAPの生みの親が、福岡のスタートアップである株式会社セフリの代表取締役 春山慶彦さんだ。春山さん自身も登山愛好家。「山が好き」と公言しており、セフリという社名も日本三百名山の一つ『脊振山(せふりさん)』に由来している。
しかし、「“好き”を仕事にすること」に反対意見を述べる人がいるのも事実。果たして、春山さんは仕事や山をどのように捉えているのか。彼のバックグラウンド、そして仕事観に迫ってみた。
【Profile】
春山慶彦 Yoshihiko HARUYAMA
株式会社セフリ 代表取締役
福岡県春日市出身。同志社大学卒業後、アラスカ大学へ。帰国後、株式会社ユーラシア旅行社『風の旅人』出版部に勤める。その後フリーランスとなり、2011年5月にYAMAPを着想。2013年にローンチし、株式会社セフリを設立する。2015年4月、『BDashCamp2015』のピッチアリーナで優勝。
― まず、春山さんが山、というか自然に興味を抱いたキッカケから教えてください。
元々、体を動かすことが好きでした。自然に興味を持ったのは、大学時代に自転車で屋久島を旅していたときです。自転車の旅って、お風呂に入らないと翌日すごくキツいので、道中で知り合った旅館の主人に「お風呂だけ入らせてもらえませんか」ってお願いしたんです。すると「ご飯も食べていっていいよ」って言ってくださって。
食事をしながら、旅館の主人といろいろお話しをさせてもらいました。そうしたら、「ここで1ヶ月ほど働いていかないか。オレの知っていること、全部教えてやるから」って言われて。旅館の主人はとても素敵な方でしたし、めったに得られない機会だと思ったので「ぜひお願いします!」と。で、素潜りの方法や植物の見分け方、魚のさばき方など、旅館の主人にあらゆることを教えてもらいました。実際に海に潜って、銛(モリ)でカワハギを獲り、それをさばいて…と。今まで気付けていなかったけど自然はスゴイな、スゴイ世界が身近にあるんだな、ということを屋久島で体感しました。
旅館の主人との出会いがなければ、自然に興味を持つことはなかったかもしれないし、屋久島の自然が僕に語りかけてくることもなかったと思います。人との出会いを通じて自然の奥深さに気付くことができました。
山登りは、大学時代の恩師の誘いで始めました。恩師と一緒に穂高岳を3泊4日で縦走したんですけど、「もう二度と行くか」ってくらいキツかったし、何で登っているのか”意味”がわからなかったですね(笑)。でも、下山して3日くらい経つと、縦走中に見た景色が何度も思い出され、山に登る前と後では、自分の体が全然別物になった感覚があったんです。登った山の存在が自分の生命(いのち)とつながったというか、それまで体にたまっていたアクが落ちたというか。それで「また山に登りたい」「稜線の向こう側にある景色を見たい」という欲が出てきて、気付いたら山にばかり行くようになっていました(笑)。
― それで大学卒業後、アラスカへ渡ったんですよね?いくら自然が好きだといってもアラスカへ行くというのはなかなか考えにくいと思うのですが…。
自然に興味を抱くようになって、写真家である星野道夫さんの写真集やエッセイに出会いました。それで、星野さんの世界観に心から共感したんです。「俺がやりたかったことはこれだ!」と(笑)。星野さんが見たものを自分の目でも見たいと思って、彼の通っていたアラスカ大学へ行くことを決心しました。
旅という選択肢もあったのですが、星野さんのように住むことで見えてくる気付きを大切にしたかったというのが、現地の大学へ留学した経緯です。夏場は極北のイヌイットの村におじゃまして、一緒にクジラ漁やアザラシ漁に参加しました。旅人ではなく、住人という立場だったから、地元の方も快く受け入れてくださったのだと思います。
― 約2年半ほどアラスカで過ごして、ユーラシア旅行社に就職。『風の旅人』編集部の一員としていろいろな経験をされていたのに、なぜ独立されたのですか?
少数の組織で2年半ほど働くなかで、仕事の垣根がどんどんなくなり、よい雑誌をつくるためのあらゆる経験を積むことができました。退社する前にはどんな仕事もできるような感覚になっていたんです。年齢的に30歳前だったこともあり、今の環境を離れて自分の力を試したいと思い、独立を決めました。
― 福岡で起業したのにはどんな理由があるんですか?
東京は面白い人も多いし、仕事もたくさんある。想像以上に生活も快適だったんですけど、自分が家庭を持ち、子どもを育てるのは難しいかな、と思ったんです。子育てで大事なのは、どれだけ多くの大人、それも親や先生以外の大人と接する機会を子どもに準備してやれるかだと思っていて。でも、僕は東京に親戚もいないし、大学も京都だったので、東京にいる友達もそれほど多いわけではない。だから、東京で子どもが生まれても、楽しく子育てをする自信が僕にはあまりありませんでした。であれば、しがらみも全部ひっくるめて、18歳まで過ごした福岡で仕事をしてみるのもいいかな、と。
福岡で働くことに多少の不安はありましたが、何とかやれるだろうとは思っていましたね。インターネットやスマホも発達してきたし、場所にとらわれない働き方が今後進むだろうというイメージもあったので。そして、働き方はこれからもっと変わっていくと思っています。
― どのように変わっていくと考えているのでしょう?
僕らの親の世代っていわゆる団塊の世代で、“暮らし”を一旦横において、仕事のため、会社のためにバリバリ働いてきた世代だと思うんです。仕事のためには、暮らしも家族も犠牲にして構わない、みたいな。高度成長期の働き方としてはそれが当たり前だったかもしれませんが、今のようにモノがあふれ、価値観が多様化した消費社会では「仕事だけしていればいい」というものではくなってきました。だから、これからは“暮らし”を横に置くのではなく、“暮らし”を真ん中に置いて仕事をすることが、とても大切だと思っています。
― 「“暮らし”を生活の真ん中に置く」とは、具体的にどういうことでしょうか?
「生活そのものを楽しむ」、「生活で得た気付きを仕事にも活かす」ということですね。
仕事以外での気付きって仕事で非常に役に立つんです。たとえば、料理や育児をしていると、気付くことが多いですよね。“暮らし”が中心にあるからこそ、生活者としての悩みや社会の理不尽に気付けると思うんです。それを解決できれば、立派なサービスですし、仕事にもなります。だから、“暮らし”は発想の源泉であり、“暮らし”を大切にしないといい仕事はできないんじゃないかと思っています。
― YAMAPは、どのように生まれたのですか?
福岡に帰ったのが2010年で、YAMAPを着想したのが2011年5月です。当時iPhoneを持って山に登っていたんですけど、Google Mapを開くと真っ白い地図上に青い点だけが載っていて。地図が真っ白なのは電波が届いていないからだけど、自分の位置情報はちゃんと表示されていることに気付いたんです。であれば、端末そのものに地図情報をダウンロードしておけば、山でスマホが使えるんじゃないか、と。元々登山用のGPS端末はあるんですけど、安くても3万程で、高いと10万くらいするんです。これに代わるようなものがスマホでできるんじゃないか、と思ったのがキッカケです。
― なぜ山をテーマとしたサービスをつくることにしたんでしょう?
日本社会の一番の課題は、身体を使っていないことにあると感じています。農業や漁業、林業といった第1次産業を生業にしている人は、日本の就労人口の約3%。その半数以上が、60代以上の高齢者。つまり、日本に暮らすほとんどの人は、自然の中で身体を動かすことを日常的にやっていない。自然の中で身体を動かす機会がないから、自分たちがどういう風土に育まれているのかも知らず、風土との結びつきも希薄になる。
風土を知るためには自然に触れることが何より大切だと思うのですが、「農業をやりましょう」といったところでなかなか広まりません。一方、登山やアウトドアという切り口であれば「楽しい」や「健康にいい」といったポジティブな側面から自然に触れるきっかけをつくることができる。YAMAPを自然と都市をつなぐ架け橋にしたいと思っています。なので、単に「山が好きだから」という理由だけでYAMAPをつくったわけではないんです。もちろん、ずっと登山をやっていたことが後押しにはなりましたが。
― とはいえ、「好き」ということがプラスに働くこともあるのではないですか?
もちろんあります。ただ「好き」という感情よりも、自分たち自身が「ユーザー」であるという体験の方を大切にしています。1ヶ月に1回、社内のメンバー全員で山へ行っていますし。「現場でどう使っているのか」とか、「この機能はいらないね」とか。自分たちがユーザーだからこそ得られる感覚や気付きを大切にしています。逆にその観点がなければいいサービスはつくれないですから。
― 「好き」を仕事にすると、プライベートとの垣根とかは一切ないと思うんですが、それに対してツライと思ったことはないですか?
全くないです(笑)。『風の旅人』編集部で働いているときに教わったことのひとつでもあるんですが、公私を分ける必要はあまりないと思っています。先ほどの「“暮らし”を真ん中に置く」という話にもつながるんですが、公私を分けた時点で人間の発想って止まるように思うんですよね。
経営者と社員など立場によって考え方は多少変わってくるかもしれませんが、僕はなるべく公私混同でいるようにしています。たとえば「息子が遊び道具を欲しがっているから、こんなおもちゃをつくってみた」とか「うちのおばあちゃんがこんなことで困っているから、それを解決するサービスをつくりたい」とか。身近にいる大切な人に届けることを思い描いて、サービスをつくる方がはるかに良質なものができます。「ひとりの大切な人に届ける」という感覚を捨てて仕事をしていると、総花的になり、結局誰の心にも届かないサービスになりやすい。末長く愛されるサービスに育てるためにも、「ひとりの大切な人に届ける」という感覚は失くさないようにしています。もちろん、お金に関しては公と私、会社と個人を明確に分けておく必要はありますが。
大切なのは、仕事は仕事、プライベートはプライベートと分けるのではなく、公私混同でいいから、暮らしの中で気付いたこと、他の人が見落としたものを1個1個拾っていくことだ感じています。何に気付き、拾うのかはその人の“暮らし方”によるので、反応するポイントも千差万別。それぞれが気付いたことを仕事にし、社会の理不尽を減らすことができれば、もっと楽しい社会を築けるはずです。暮らしこそ、すべての仕事の原点。そう思っています。
― 公私を分けていないからこそ、気付けることもあるし、“暮らし”に役立つサービスの発想にもつながるということですね。貴重なお話、ありがとうございました!
文 = 田中嘉人
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