ヤフーやNECグループなど、IT企業で働く社員が行政職員に!? 神戸市・横浜市・鯖江市が「行政×民間」のコーポレートフェローシップを導入。地域や街の課題に挑んだ結果とは?アイデアソンや新サイトの制作などその新たな取り組みに迫る!
『Web・ITを行政・市政に役立てていこう』
こういった取り組みが盛んになってきている昨今。 現地にWeb・IT業界などの民間企業で働くエンジニアやデザイナーなどが“フェロー”として一定期間滞在して、まわりの職員や市民と協力しながら地域の抱える課題の解決を図っていく「コーポレートフェローシッププログラム(※)」が今年も実施され、その報告会が4月28日に開催されました。報告会に参加したのは・・・
・神戸市×ヤフージャパン
・横浜市×三菱総研&富士通研究所
・鯖江市×NECソリューションイノベータ
の3都市、4企業です。
コーポレートフェローシッププログラムがユニークなのは、行政に民間の視点が介入することで、それまでとは違った側面からの課題へのアプローチが期待できること。また、自分で課題や仕事を見出さなければならない状況のなか、前例のない仕組みを作っていく取り組みは、参加したエンジニアやデザイナーが自身のキャリアを考えていくうえで貴重な経験になるところです。それではさっそく報告会で発表された内容をご紹介します。
(※)現在、注目されているのが市民と行政がタッグを組み、テクノロジーを活用して地域課題を解決するシビックテック。その一環として、Code for Japan(以下、CfJ)が行なっているプログラムです。
兵庫県神戸市に派遣されたのは、ヤフー株式会社の田村さん。職種はエンジニア。2009年に新卒で入社してから、データの集計や可視化のエンジニアリングを行ってきた。昨年の10月に大阪支社に転勤になったことをきっかけに今回のコーポレートフェローシッププログラムに参加したという。
神戸市が掲げていたのは、
1. スタートアップを育成するエコシステム作りの支援
2. オープンガバメントに向けた行政オープンデータの推進
という2つの目標。どちらも、同市が平成27年度から始めた新規事業だ。
田村さんはまず、スタートアップの育成支援のため、市内のスタートアップオフィスに何度も足を運んだ。そこで、実際に話をして浮かび上がった課題をもとに、オフィスやホームページの改善を行った。
オープンデータの推進にあたっては、それぞれのコミュニティがどういった課題を抱えているのか、可視化して共有するためのアイデアソンを実施。そして、多くの市民が容易に情報にアクセスでき、なおかつ職員の情報の更新も簡単に行えるよう、市のホームページの大幅なリニューアルを行った。
ただ神戸市には、自分たちがどんなデータを持っているのかを誰も知らないという問題があった。当初田村さんは「各部署にヒアリングしていけばいいのではないか」という、アナログな解決索を提示したが、1万人以上の職員がいる神戸市役所においては現実的なものではなかった。
神戸市ってすごく巨大な組織なんですよね。だからヒアリングではとても回りきれない。そこで、すでに各部署が公開しているデータを出しているのか、クローラーを書きました。それでクロールリストができあがってみると、1,300件以上がリンク切れしていることがわかったんです。これは、部署ごとにリストを作って担当者に報告することで解決しました。
ホームページのリニューアルにあたって、田村さんが重要になると考えたのは、市民と市の情報との接点としての検索機能。そこで、ホームページのキーワードの抽出とそれぞれのPVの集計を行い、そのデータをもとに、検索入力補助としてのサジェスト機能を実装した。「市バス」と打てば、「路線図」や「時刻表」といったキーワードを提示してくれるという具合だ。こうして、ホームページの大幅リニューアルを成し遂げた田村さんだったが、課題はそれだけではなかったという。
僕は3か月という期間限定でしか携われないので、今後の改善は市役所の職員だけで回していかなければならない。だから、Webページの改善についてノウハウの共有も行いました。
さらに田村さんは、コーポレートフェローシップに参加したことで、仕事への意識が変わったという。
これまでとまったく違う環境のなかで働いたことで、自分の普遍的な能力とはなにか、考えるきっかけになりました。それから、今回一緒に参加した生活協同組合コープこうべの本木さんに『役割とか立場は自分で取りに行くんだ』という話をされたのですが、そのうえで今回、自分で課題や仕事を見つけて取り組んだ経験を振り返ると、これまでは依頼を受けてやる仕事が多かったなと。これからは、自分の必要な役割を取りに行くということも意識したいと思いました。
また、自社の社員を派遣した企業側にとっても、コーポレートフェローシップはプラスに働いたようだ。下記は派遣元であるヤフージャパンの橋本さんの言葉である。
田村から『担当者の熱意によって、アウトプットは大きく変わる。真剣に課題に向き合うことが大切だ』という言葉を聞いて驚きました。というのも、田村はクールにそつなく仕事をこなすタイプだったからです。その彼から『熱意』とか『真剣』という言葉が聞けたのは、とても素晴らしいこと。また、社内にいるだけでは気づくことができない課題に気づくことができたのではないかと思います。現地に赴いて、直に課題や問題を感じるというのが重要なんだと改めて感じました。
神奈川県横浜市は、「オープンイノベーション」のためのプラットフォーム形成の支援を業務目標として提示していた。同市では、民間と協力して政策課題の解決を目指すべく、調査、研究、対話に取り組んできたが、今回のコーポレートフェローシップを通して、制作支援センターをハブとした、各企業や教育研究機関、市民団体等のネットワークの形成を達成したかったのだという。
そして、その目標を達成すべく派遣されたのが、株式会社富士通研究所の原田さんと株式会社三菱総合研究所の村上さん。実はこの2人は、それぞれ違う役割を期待されていた。
原田さんは、横浜市が行政と市民との協働や共創を実験的に行うリビング・ラボというプロジェクトに、ワークショップのプロとして携わることになった。一方、村上さんは、オープンデータはもちろん、データ活用全般について業界トップクラスの知識を持っている。そこで、各部署の会議に参加し、それぞれの課題を見極め、解決法を提示するというアドバイザー的な役割を求められた。
そのなかで、原田さんと村上さんが共同で行ったのが、待機児童対策だという。
われわれはこれまでも、人口推計を行ってきました。しかし、政策課題の解決に活用するためには、画一的なデータでは不十分だろうと考えました。そこで、今回の待機児童対策にあたっては、地域ごとのきめ細かい人口推計が必要だという話になったんです。(原田)
これまでは、どの自治体も保育園が足りないなら作ればいいという論調だった。でも、地域を細かく区切ってみると、子どもの数が一度増えてから減っていくところも、すぐに減っていくところも、しばらく増え続けるところもあるんです。だから、区や市よりもさらに細かい単位で今後子どもの人数がどうなっていくか設定しなければならない。たとえば、今後5年間は保育園が必要だけど、それ以降はむしろ高齢者施設に変換していく必要があるとか。地域も時間も細かく区切った施策に取り組まなければならないんです。(村上)
実際、横浜市では上記のような2人のアドバイスを参考に、保育整備計画を見直しているという。コーポレートフェローシップで派遣された人材が、具体的な施策や事業に大きな影響を与えている一例だろう。
原田さんは、行政と民間企業の協力において生じる課題について、自身の会社を例に挙げ以下のように語っている。
IT系の企業にはとくに、ITやICTを目的だと思い込んでしまっている人が多いように思います。でも、社会的にはITやICTは目的ではなく手段。目的を達成するための道具でしかないんです。ただ、感覚が麻痺していると、行政課題の解決のためにITやICTを活用したいという思いを受け止めきれないことが多い。だから、私のようにIT企業の人間でありながら、普段インタビューやワークショップをやっているような、ちょっと変わった畑の人間がまずやってみるというのがいいのかもしれません。(原田)
一方、シンクタンクの一員として、これまでも自治体の業務を外から見ていたという村上さんだが、実際に臨時職員として働いてみると、多くのことに気付けたという。
市民局、経済局、国際局……と、多くの部署の職員の方と、腹を割って話せたことはとてもいい経験でした。自治体は、決して潤沢な資金をもっているわけではありません。だから、政策や事業はかなりシビアに見ていかなければならないんだと思います。(村上)
福井県鯖江市に派遣されたのは、NECソリューションイノベータ株式会社の石崎浩太郎さん。石崎さんは、コーポレートフェローシップへの参加がきっかけで、社内の地方創生推進事業グループに異動になったという。
今回、鯖江市が業務目標としていたのは、子育てしやすい鯖江市をつくるためのオープンデータの活用だった。この目標を達成するために石崎さんが重点的に取り組んだのは下記の2点だった。
1.子育て支援に関する情報ポータルの制作
2.子育て支援ネットワークの構築
石崎さんは、鯖江市のオープンデータを公開するプラットフォームを活用して、アプリやWebサービスから子育て支援に関する情報発信ができる仕組みをつくった。これにより、職員が更新したデータが、アプリやサイトといったサービスに自動で表示されるようになった。
さらに、ネットワークの構築のため、関連する部署が横断的に活動できるよう、課題に対する共通認識をもったうえで、情報収集、情報発信、そして実際の活動に対するフィードバックというサイクルが回る仕組みづくりにも取り組み成果をあげた。
結果的に、効率的な仕組みづくりに成功した石崎さんだが、その過程で行ったのはとても地道な作業だったという。
まずは、まちの人に話を聞かないと始まらないです。子育ての現場に行って、保育士さんや子育て支援活動をしている方たちに、いろいろ聞いてまわりました。そのとき自分でもちょっとお手伝いして。それから、自分が鯖江市で子育てしようと思ったときに何が必要なのかを考えました。課題を見出すため、生の声を聞くことに最も時間を割いたかもしれません。
そして、課題を洗い出すなかで、子育て支援に関する情報が、子育て支援センターに集中していることに気付いたという。
行政だけでなく、幼稚園や保育園といった民間からも情報を集めて、それぞれの家庭に届けるという仕組みを作ろうと思いました。それから、こういった問題はステークホルダーを巻き込んで横断的に解決する必要があると思ったので、いろいろな部署の方に集まってもらったり、こちらから訪ねて行ったりして、繰り返し話す機会をもつことで共通認識を育てていきました。
その後、実際に子育て支援情報が集まるポータルサイトを制作し、実際の子育て支援のニーズに応えるかたちでスマートフォンアプリも制作した。また、手軽に子育て支援現場の様子を発信する手段として、Facebookページの作成も行った。
そんな石崎さんはコーポレートフェローシップの役割と、自身への影響について以下のように述べた。
主役は実際にその現場にいる人たち。フェローは、いろいろな関係者をつなぐコネクター的な役割を担っているんだと思います。また、行政や市民、企業といった立場や役割が違う人たちが同じゴールを目指せるように導いていくことも大切です。だからこそ、その場限りの解決策ではなくて、いかに運用可能な仕組みをつくるかが重要なポイントだと思います。今回、コーポレートフェローシップに取り組んでみて、その地域や組織の人と共に考え、共に創るというのが本当にリアルなことなんだなと感じました。そのなかで、自分で課題を見つけて、役割を作り取り組める。非常にいい制度だと思います。
行政にとって、民間から優秀な人材を取り入れることは、新しい視点や方法論を取り入れられることになり、さらに既存の課題解決の追い風となるでしょう。今後、コーポレートフェローシップは地域創生の大きな一端を担っていきそうです。
また、実際に現地へ赴き、自分で見聞きした情報から課題を見出し、周りを巻き込んで解決していく体験は、参加したエンジニアやデザイナーのキャリアにとっても貴重な経験となります。コーポレートフェローシップの取り組みは、さまざまなコラボレーションを模索しながらも、新たなイノベーションを起こす共創型人材の育成に大きく貢献していくのではないでしょうか。
(おわり)
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