誰かを想い、丁寧につくられたものに触れたときの心の安らぎ。西国分寺のカフェ・クルミドコーヒーのサイトを手がけた《non-standard world》の仕事には、心に温かなものが宿るのを感じる。福岡の海沿いにある小さなまちに移住した一組のクリエイター夫婦。その選択にはどんな想いがあったのか?
福岡県の北部に位置する、海沿いの小さな町、福津市津屋崎。
海と山とあたたかい人たちに囲まれたこの場所で、家族とも仕事とも丁寧に向き合っているクリエイターのご夫婦がいます。今回お話を伺ったのは、クルミドコーヒーのWebサイトなど、世界観やストーリーの表現を得意とする《non-standard world》のお二人。代表・高崎健司さんとライター・大浦麻衣さんです。
彼らの原点を遡ると、高崎さんはソフトバンクで4年半Webマスターとして勤務。その後、《non-standard world》を起業して、奥様でもある大浦さんとともにご家族で東京から福岡県福津市に移り住みました。他のスタッフは東京、大阪、福岡在住で、全員リモートワークで仕事というユニークな働き方をしています。
Web制作の受託に加えて、2016年5月に自社事業としてオープンしたオンラインショップ&Webマガジン「よりそう。」では、自分たちの想いを形づくっています。
コンセプトは「心が柔らかくなる、小さな時間」。取り扱っているのは、つくり手のこだわりが感じられる商品だけ。商品の紹介だけでなく、ほっと一息つけるような読み物が用意されています。
なぜ彼らの仕事には、心穏やかにするような「温もり」があるのか?東京から福岡県福津市へと移り住んだことも、もしかしたら関係している?お二人へのインタビューから、答えとこれからの働き方・暮らし方のヒントを探ってみたいと思います。
― そもそもお二人はどうして福岡県福津市に移住されたのですか?
大浦:
移住の前に、働き方や暮らしについてすごく考えた時期があったんですよね。当時のわたしは東京で暮しながら、事務職として会社勤めをしていて、「どう働きたいのか?」、「どう生きたいのか?」をずっと悩んでいました。会社の好きな面はもちろんあったけれど、「会社の企業理念や目指したい方向に共感ができるか?」って聞かれると…。
ちょうどそのタイミングで、とあるNPOが主催している津屋崎でのワークショップに参加したんです。小さな地域で小さく仕事をはじめたい人を育てるワークショップで、募集要項の「参加をおすすめする人」に、当時の自分が当てはまりました。都会で「働くために暮らす」ではなくて、温かい人間関係のなかで「暮らすために働く」というところにすごく共感して。
ワークショップをきっかけに知り合った津屋崎の人たちのもとを年に1~2回訪れるようになったんです。訪れるたびに仲良くなって、人間関係が広がっていって。津屋崎にいると、自分のことを好きになれる。ありたい自分に近づける。そんな特別な場所になっていったんです。
津屋崎で出会った人に教わった「みんなそれぞれの正義で動いている」という言葉にも心を動かされました。良し悪しで判断するんじゃなくて、ありのままの姿を受け入れるだけでいい。そう思えるとすごく気持ちが楽になって、世界の見え方が変わりました。この場所と出会って、自分がどういう方向に生きていきたいのか、道が開けてきたかなと思っています。
ーそこからすぐに移住を?
大浦:
東京で高崎と結婚し、妊娠。子どもが健やかに育ち、家族がのびのびと暮らせる場所を考えて、2014年に移住しました。穏やかな自然に囲まれて、温かい人たちがいる福津市だったら、きっと子どもと家族を大切に暮らしていけると思ったんです。
― 実際に住んでみてどうですか?
大浦:
鳥の鳴き声で目覚めるくらいに、とても静かなんです。家から少し歩いていくと、波の音も聞こえるし、絵葉書のような景色が遠くまで広がっている。家の窓からは山が見えて、稜線から太陽が毎日昇ってくるのがみえるんですよね。そういう環境に身を置いていると、五感が研ぎ澄まされていくような気がして。東京にいたときよりも、ゆったりとした気持ちで過ごせるようになりましたね。
高崎:
子どもや家族のためになにができるだろう?と考えた結果、導き出されたのが福津市への移住でした。
ーどうしてフリーランスの集まりではなく、チーム、そして「会社」としてお仕事をされているんですか?
高崎:
プロジェクトごとにフリーランスが集まって仕事をしていくことは、短距離走であればいいなと思うんですけど、長距離走はちょっと厳しいなと思っていて。社会に影響力のある仕事をするためには、きちんと事業にしていったほうがいいんじゃないかと思いました。
起業して、僕が代表取締役になることで、ある程度リスクを負うことになる。会社がつぶれたときに、金銭的なダメージを一番負うのは僕です。その僕自身がリスクと覚悟を持つ。そうすることで、自分たちのやりたいことに人がついてきてくれると思いました。
事業の目的は「ひとの想像力が自由になって、心が柔らかくなる時間を提供する」というもので、それを実現するための起業であり、チームですね。
― チームでビジョンや感性を共有しながらリモートワークしていくことって簡単なことではないですよね。
高崎:
あらかじめ断っておくと、「パソコンがあればどこでも働ける」的な経緯でリモートワークを選んだわけではないんです。ただ、当然難しさもあって。スタッフの佐藤と大浦と3人でやっていた頃は、長い付き合いだったので、ある程度お互いのことを分かった上で働けていました。リモートワークの難しさを感じたのは、新しく人を採用しはじめてから。一緒に仕事をしていても、どこかお互いに理解し合えてないような感覚があって。
なので、スタッフ同士のことを理解し合えるような”対話の場”を意識的に設けました。月に1回は雑談を目的としたミーティングを開いて、いままで感動した映画や美術作品について語り合う時間です。先日、社員合宿をしたときは、スタッフの対話の場づくりのために初の試みで外部のファシリテーターの方をお呼びしました。
― わざわざ外部のファシリテーターを呼んだのは、どうしてですか?
大浦:
合宿をスタッフ同士の相互理解を深め、どんな未来を目指しているのかを語り合える場にしたかったんです。新しく入ったスタッフ同士は初対面だったので。お互いの関係性がフラットになって、みんなが平等に話せる場をつくってもらえると思いました。また、ファシリテーターが入ることによって、誰かが話しすぎて熱くなりすぎず、かといって冷めすぎず、会議を適温に保つことができました。
高崎:
ひとつのチームとして《対話》を重視する一方で、きちんと《効率性》も重視しています。
仮に入社したばかりでもある程度の仕事ができるようにデータで管理したり、マニュアルによるフレーム化をしていて。HTMLのコーディングの仕方やWeb制作の仕方をマニュアル化したり、タイムトラッキングツールをつかってどの作業にどれくらいの時間がかかったのかを全部記録して報告しています。そうすることで、スタッフが物理的に離れていても、協力し、お互いにチームワークを発揮することができるんですよね。
― みなさんのお仕事をみていると、すごく温かみを感じます。心が動くというか。ものづくりをする上で、大切にしていることはなんですか?
高崎:
ひとつは「目的を考えること」ですね。クライアントワークに関していうと、お客さんが「こういうウェブサイトをつくりたい」と言ったことをそのままするのではなくて、ことばの背景にある「こういう目的を達成したい」を考え抜く。
たとえば「真っ赤なウェブサイトをつくってほしい」と言われたときに、そのまま赤いサイトをつくるのではなくて、クライアントが赤いサイトをつくりたいと思った理由はなにか。赤というのがブランドのカラーなのか。それであればブランドイメージを大切にしたサイトをつくりたいのかと考える。ことばの背景にあるもの、ストーリー、バックグラウンド、想い、情景など、自分たちの中に落とし込んでいきます。そのなかで、「お客さんのお客さんが誰なのかを正確にイメージ」していますね。
たとえばクルミドコーヒーさんのサイトについてお話させてください。僕たちにとってお客さんはクルミドコーヒーさんなんですけど、お店のコンセプトが「こどものための喫茶店」をテーマとしていて、お客さんはご家族連れを想定しているんです。「こどもたちが、お父さんやお母さんのひざの上に座って一緒になって楽しんでくれるようなサイト」をコンセプトに、リスが飛んできたり、くるみが落ちてきたりする仕掛けを入れました。いろんなペルソナを立てたり、カスタマーを調べたり、クライアントと一緒になって「お客さんのお客さんは誰なのか」を考えています。
― すごくロジックも大切にされているんですね。
高崎:
そうですね。感性は重視していますが、たとえば「数字管理の徹底」もしていたり。サイトのKPIを定めてチームで共有するようにしています。いろいろな視点から目標を立てていて、広く浅く認知が必要なものも指標にして、深く狭く愛されたいのであればリピート率、記事を最後まで読んだ人の数など。そういうサイト制作においての重要な数字の管理を徹底しています。
― どちらかというと自社で運営している「よりそう。」だと、ご自身たちの価値観や想いを重視する方向で考えているのでしょうか?
大浦:
そうですね。「よりそう。」は、自分の心の声に耳を傾けるよう心がけています。特にWebのライティングは、書こうと思えば表面的上手いことを書けてしまう。Web上には集めた情報で上手に調理したごはんのような記事はたくさん出ていると思うんです。
自分の畑でつくった野菜で、お客さまの喜ぶ顔を思い浮かべながら今日の献立なににしようって丁寧につくっていく。そういうものづくりをしたい。そのためには、自分の心がどういうことによって動くのか、どういうことを感じたのかということに敏感になることが大切なんじゃないかな。そこから出てきた言葉はきっとひとの心に届くと信じています。
― 暮らし方・働き方をどう選択するか?みんながより向き合う時代だと思います。お二人の仕事観についても伺いたいのですが。お二人にとって「仕事」とはどのようなものなのでしょう?
高崎:
僕にとって、「働くこと」と「生きること」はほとんど重なっています。損得勘定だけで考えれば、起業なんてやめといたほうがいいんですよね。ひとりで何役もやらなきゃいけないし、赤字が出た場合は、お金を払って働くことにもなります。そこまでのリスクを背負ってでも、僕たちが働いている理由。それは、「人の想像力に訴えかけるもの、心を柔らかくする時間をつくりたい」からなんです。自分のつくりたい世界があって、ひとの生活を巻き込んでいる。その責任を果たすために、働いているのかなって思います。
大浦:
わたしの会社員時代の働く意味は、「稼ぐこと」が第一の目的だったと思います。稼いだお金で自分のほしいものを買いたいとか、どっか行きたいとか、そういうことのために働いていた気がします。
けれど、いま「なんで働くのか?」を考えたときに、頭に浮かぶのは「人の小さな力になりたい」という思い。わたしは社会人2年目くらいのときに、心が崩れそうなくらいに思い悩んでいました。あの当時の自分に会えたら、「どんなことばをかけてあげたいだろう?」とよく考えていて。それが「よりそう。」でのコンテンツにもなっています。今いる場所がすべてじゃないよ、もっと世界はいろんな方向に広がっているから大丈夫だよ、と伝えたいと思ったんです。
毎日を慌しく過ごしていると心は簡単に苛立ってしまったり、ギュっと硬くなってしまう。心が柔らかくなることで、ちょっと楽になれたりとか、心がほぐれたり、潤ったり。そういうことのできる居場所になって、誰かの小さな力として役に立てることができたらいいなと思っています。
― どんなふうに働いて、どんなひとになりたいのかを模索している人も多いと思います。最後に、自分なりの「働くことの意味」を見つけるヒントがあれば教えてください。
高崎:
「やりたいこと」よりも「大切にしたいこと」を考えるのが大事なのかもしれません。
僕は独立して1年目、先の見通しがつかないときに子どもが生まれました。でも振り返ると、子どもがいたからがんばれたと思います。子どもたちを守るために、どうやって生きていけばいいかというのが、今までの事業選択にも大きく影響してきました。
大浦:
子どもの存在っていうのはすごく大きいですね。優しく生きたい。子どもができてから、そう切実に思うようになりました。自分のことだけじゃなくて、子どものこと、子どものまわりにあること、子どもに関わるその町のこと、視野がどんどん広がったというか。
高崎:
大切なひととか、大切なものを持つと、きっと自然に未来が見えてくるのかな。自分のことだけ考えていたら、見つからない。大切なひと、大切なもの、大切にしたい場所。そこに絶対ヒントがあるし、それを大切にするためにどうしたらいいか考えていくと、きっとその人らしいものが見つかると思います。
― 日々暮らしているなかで、「大切にしたいものはなんだろう?」と自分の想いと向き合うことはなかなか少ないように思います。考えてみても、思い浮かばなかったり、うまく言葉にできなかったり。まずは、お二人のように心惹かれるものを探してみたり、気になる場所に行ってみたり。そのなかで心に感じるものに、もしかすると次の道へのヒントがあるかもしれません。本日はありがとうございました!
文 = 野村愛
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