熊本地震からの復興を目指す、熊本県阿蘇郡南小国町の黒川温泉。この町はWebや映像のクリエイターたちを巻き込んで、さまざまな情報発信を行なっている。なぜ黒川温泉は、クリエイターと手を組むことにしたのか。黒川温泉旅館組合・組合長の北里有紀さんにお話をうかがった。
阿蘇山の麓。熊本県阿蘇郡南小国町。
農業や林業、そして全国屈指の人気温泉地《黒川温泉》を中心とした観光業が盛んな地域だ。
しかし、ある日を境に黒川温泉の風景はガラリと変わってしまった。2016年4月14日に発生した熊本地震だ。南小国町自体、直接的な被害自体は少なかった。しかし、彼らは風評被害に苦しめられた。遠のく客足、そして営業中止を余儀なくされる旅館…。損失額はなんと10億円にのぼったという。
そんな折に開催されたのが、南小国町全面協力で100人を超えるWebや映像のクリエイターが黒川温泉にて情報発信を行なうという復興支援イベントだった。地震の傷も癒えていない状況で、なぜ…?過去を遡ると東京在住の映像クリエイター 田村祥宏さんとともに黒川温泉を舞台にした映像作品『KUROKAWA WONDERLAND』を制作するなど、Webやクリエイティブの活用に積極的な様子がうかがえる。
そこで今回は、南小国町を代表し黒川温泉旅館組合・組合長の北里有紀さんにお話をうかがった。そもそも、なぜ南小国町はWebや映像のクリエイターと手を組むのか。そして、地震からの復興を目指すまさに“今”、何を考えているのか。お話を通じて見えてきたのは、人と人とのつながりから生まれた新しい地域創生のカタチだった。
― 黒川温泉では『KUROKAWA WONDERLAND』というクリエイターと映像作品をつくる尖った企画を仕掛けました。地域のみなさんの全面協力がなければ作品が世に出ることはなかったと思います。なぜ一緒にやろうと思ったんですか?
お互いの要望が一致したからですね。そもそも私たちは観光業を商いにしているので「人に来てもらえる」ってことがすごい嬉しいんです。
黒川温泉自体もともと仲間たちの協力体制が強い地域で、父親たちの世代は地域一丸となってまちおこしに取り組み、大成功といわれるような成果を残していました。だから、世代交代が進んで私たち30~40代のメンバーが中心になってきた頃、父親たちの成果を超える成功を残したかったですね。
ただ、イベントをいろいろ企画してみたんですけど、単発で終わってしまうものばかり。10年くらいチャレンジしたんですけど、盛り上がりが持続することはなかなかありませんでした。私は「観光業が栄えるだけ」のイベントなんてイヤだったんですよね。もっと観光業以外の地元の人たちの暮らしが成り立って、黒川温泉を誇りに思えるような…。「私たちは黒川温泉とともに生きていく」という地域のスタンスを明確に示すことが私たちの世代の役目だと思いました。
もっとたくさんの人に南小国町へ足を運んでもらうために発足したプロジェクトで「黒川の魅力を動画で発信しよう」という話になったときに出会ったのが田村さん。話をしてみると、田村さんたちも黒川の課題を受け止め、自分事のように深く考えてくれて…そうして生まれたのが『KUROKAWA WONDERLAND』だったわけです。クリエイターの人たちと一緒に何かやることの可能性を感じましたね。
― 『KUROKAWA WONDERLAND』が海外のアワードを受賞して黒川温泉の名前が着実に広がっていった矢先、熊本地震に遭われました。当時はどういう心境だったんですか?
本震から数日間の記憶はないです。途方に暮れる間もなく、情報収集に奔走していました。黒川温泉の方向性を舵取りする役目を任されている私は何をすればいんだろう…と。
そして、日を追うに連れ、いかに自分が重い看板を背負っているのかを思い知らされました。経済が止まるということは、暮らしが止まるということなんですよね。キャンセルの電話は鳴り止まないし、予約がゼロになる旅館もありました。売上もどんどん減っていって、「この状態が続いたら…」と、最悪の事態も考えましたね。…本当にツラかった。
でも、周りに目を向ければこの状況をどうにか打破しようと知恵を絞っている仲間たちがいるし、励ましてくれる先輩もいる。そういう人たちが存在を改めて知って、素直に「がんばろう」と思えました。開き直るしかない、と。
― そんなときに田村さん、ジモコロ編集長の 徳谷柿次郎さんから「Webや映像のクリエイターを100人集めて情報発信する」というイベントの開催を提案されたわけですね。
正直、ありがたい気持ちでいっぱいでした。収束宣言は出せない、でもがんばらなきゃいけない…ずっと声を発せられない自分たちの弱さを感じていたんです。私達に必要だったのは、正確な情報を発信する力なので、Webやクリエイティブを得意とする彼らの存在は大きかった。そして、一緒に企画してくれてインターネットで情報を発信してくれる。こんなに嬉しいことはありませんでしたね。
私は人間が喜びに感じるもののひとつに、人との”つながり”があると思っています。私が地震に屈しなかったのは、仲間との"つながり”のおかげで、ひとりで黒川温泉の看板を背負い込まずに済んだから。そして、今度は田村さんや柿次郎さんとの“つながり”のおかげで黒川の情報が発信されるわけです。地域の抱える課題ってすごい複雑で、ときにはサジを投げたくなることもあります。でも、こういう"つながり”をキッカケに地域の未来に光を照らすことができるんだと感じました。
日本にはまだまだ声を上げているのに拾われない地域がたくさんあります。そんなときは自分たちだけでどうにかしようとせずに、情報発信が得意な人たちに相談して力を貸してもらえばいい。地方創生は、いかに人を巻き込んで“つながり”をつくっていくことが大切なんだと思いますね。
― 黒川温泉に行ってみて、まさにみなさんの"つながり”を実感しました。今回のお話が、そのつながりがさらに広がっていくキッカケになればいいなと心から思います。今回はありがとうございました。
文 = 田中嘉人
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