熊本の黒川温泉郷を舞台にした、美しい映像や音楽、写真からなるWEBサイト『KUROKAWA WONDERLAND』。海外での賞を獲得した取り組みは、在京クリエイターが集結しノンバジェットで制作された。地方×クリエイターは、こんなに面白い。
東京在住のクリエイターが、自主プロジェクトとして立ち上げた『KUROKAWA WONDERLAND』。熊本県阿蘇郡にある黒川温泉郷を舞台とした、美しい映像と音楽、写真からなるWebサイトだ。観光客が知らない黒川の魅力を濃縮した作品となっており、海外で複数の賞を受賞している。
Paris Short Film Festivalで上映が決定した『KUROKAWA WONDERLAND』のMOVIE。
実はこの『KUROKAWA WONDERLAND』は、クリエイターたち自らのポートフォリオづくりとしてはじめた取り組み。映像・音楽・写真・Webデザインなどの分野で活躍するクリエイターたちが、ノンバジェットで完成させた作品なのだ。
しかしプロジェクトが動き出すやいなや、地元民や行政を巻き込み、海外においても話題の取り組みとなる。東京からの地方支援、町おこし、クリエイターのポートフォリオ。
プロジェクト責任者であるEXIT FILM inc. 田村祥宏氏へのインタビューから、「地方×クリエイター=世界」という公式が見えてきた。
【受賞歴:KUROKAWA WONDERLAND】
Awwwards : Site of The Day - 11 Apr 2015
CSS Winner : Website Of The Day - 4 Apr 2015
CSS Design Awards : Website Of The Day - 31 Mar 2015
― ポートフォリオづくりにしては、自腹での撮影や制作という費用も手間もかけ過ぎな感じがしますけど、そもそものきっかけはどのようなところにあるんでしょうか。
空撮が流行っていますよね、映像の世界において。僕も都内でやったんですけど、人の目が厳しいと言うか「何やってんの」みたいな感じで見られるわけですよ。法整備がされていないので、ここでやって良いとかダメという決まりもない。どこでやっても良いんですけど、何か体裁の悪い部分があって。
でも海外に目を向けると、街中でもバンバン飛ばしてかっこいい映像がたくさん出ている。これは負けたくないなって、いちクリエイターとしても、日本人としても思いました。どっかでできないかなと閃いたのが、黒川だった。黒川って温泉街のつながりが非常に強い地域なんですが、その組合の青年部、これからの黒川温泉郷を担っていく人と親交があったんです。
相談してみたら、組合の長から一気に行政へ連絡がいって、ポンポン話が進んで「やりましょう」と。村ぐるみで本気になってくれて、想定よりも話が大きくなっていくもんですから、こっちも「あれ?これは本気でやんないとマズイやつだ…」ってなりました(笑)。「やっていいですよ」じゃなくて、「やりたい。自分たちでやりたい」という空気になってましたから。
― 黒川としては、温泉郷への誘致は成功してますし、そこまで「やりたい」となる必要はないかと思うんですけど。
確かに入湯手形の例からもわかりますが、村全体の連携が強く、観光地としては成功しています。同時に黒川として別の課題感を持っていて。少子高齢化で担い手がどんどん減ってしまい、自分たちが大切にしていたものが失われつつあると。
温泉や旅館もそうなんですが、林業についても盛んな地域なんですね。とても景観の良い山々があるんですが、野焼きをして整備する人が減ってきて、商売にもならないからと荒れてきてしまっているとか。黒川の伝統みたいなものを守っていく必要性を感じていたそうです。
― ポートフォリオをつくりたいクリエイター側の狙いと、黒川の課題がちょうどうまい具合に噛み合ったわけですね。
― トントン拍子で黒川の協力を得られたわけですが、そこからがまた面白いですよね。「じゃあ撮影に行きます」ではなく、各分野のクリエイターを集めていったという。しかも、全員が持ち出し、自腹だったわけですよね。
本気出さないといけないな、っていう雰囲気になったので(笑)、これは多くの人を巻き込んでいくのが得策だろうと。映像以外のクリエイターを呼んで、それぞれのポートフォリオになるものをつくりたいと思ったんです。
最初にレターズの野間さんに声をかけてみました。「こんなプロジェクトがあるんですけど」って恐る恐る聞いてみたら、二つ返事で「やるよ」って。ちょうど彼らは海外で賞を獲ったり、乗りに乗ってるところだったので、軽々しく声をかけてみたものの、そんな人たちがやるよって。
もともと映像だけで考えていたんですが、ウェブというプラットフォームを手に入れることができました。これは拡散力が違うし、映像だけじゃなく色々なクリエイティブを載せられるなって。
そこからカメラマンの相川健一さんやミュージシャンの[.que] とか、各分野のスペシャリストに声をかけていったんです。忙しいハズなんですけどね、みんな「面白いね。やろう」って。
― 報酬がないことは伝えていたわけですよね。それでも「やってみたい」と。レターズの野間さんなんかは、「黒川?温泉あるんだ。ちょうど社員が疲れてるから温泉旅行なんていいかも」って感じでジョインしたらしいですよ(笑)。
で、実際に動き出したら温泉どころじゃなかったんですけどね(笑)。それぞれがやっぱりクリエイターなんで、面白いものをつくりたいというのはあったと思います。最初から僕が言ってたのは、「僕のためとか黒川のためにだったらやめてくれ」って。「自分たちが得をしないならやめてくれ」って言ってたんです。「腕を試す場として黒川を利用できるなら来て欲しい」という話をしました。
― 現地に滞在する間の宿だけは、黒川側が用意してくれたそうですね。逆に言うと移動費や機材だったり、作業時間はぜんぶ自腹。それでも自分のためにやる価値があるか、が判断材料になったわけですね。
クリエイターってモノづくりにすべてを注ぐというか、もっと世の中に広まっても良いのに、そこに労力を割かない人が多かったりして。だったら黒川をプロモーションする合同ポートフォリオをつくって、彼らが表に出る機会を提供できたらという思いもありました。
― そして現地へ飛んで、撮影になるわけですが、温泉どころじゃなく命がけだったとか?
僕は「やる」となったらトコトンやらないと気が済まないタイプなんですね。滝があれば真っ先に飛び込んでしまうので、みんな「いや、僕は」ってなれないというか(笑)。撮影が11月末と12月だったので、すごい雪が降ってまして。川は雪解け水がすごい勢いで流れていて、濁流みたいな状態。そこにズカズカ入っていっちゃうカメラマンがいたりして(笑)。
僕も800万円くらいするカメラ抱えて、川の中にある石をこう、トン、トンと飛び越えてたりしたんですけど。周りが心配しますよね、「転んだらカメラ壊れるのに、バカなのか?」って(笑)。
でもそうすると他のクリエイターも熱くなってくる。滝があって、すごく絵になる川があったんですね。そこをパノラマで撮影したいと。川の横から撮ればいいと思ってたんですけど、カメラマンは「これ、真ん中で撮らないといけないよね」とか言って。
― 『いけなく』なったんだ(笑)。
なっちゃったみたいです。真ん中ってどこだよ?って思ってたら、激流の真ん中に行っちゃうわけです。あとは胸くらいまである長靴のすごいやつ用意してもらって、カメラの一脚を杖代わりに滝の中を進んでいったり。
― ほんと命がけ。人によっては別日程での撮影が必要になって、仕事をキャンセルしたらしいですもんね。そこまでして黒川にのめり込んだのは、やっぱりクリエイターだから?
根底にあるのはそうでしょうね。あとはなんだかんだ言っても、黒川の魅力にやられたっていう。現地入りした初日に、黒川の人たちから想いを聞いたんですね。大切にしているものやその理由、伝統だったり郷土愛みたいなものに触れて。
黒川のためにだったら何でもやる、っていう気概を目の当たりにしたんです。撮影に必要ならって、300年前から受け継がれている着物を無償で提供してくれたり。もう泥だらけになるんですよ、着物が。それでも構わないって。「黒川での滞在や準備は任せてくれ」「つくることだけに集中してくれたらいい」って、村を挙げて協力をしてくれました。
― そこまでしてもらったら、制作側も凄いものを出さないとってなりますね。
そうですね。素材が揃ってからも、クリエイターとしての意地がぶつかり合った感じで制作が進んでいきました。
僕もムービーを仮で組んでいたんですけど、最初に写真が上がってきて。それを見たら「こいつはヤベェな」って、つくり直しました。WebはWebで、最初につくったものが、他の作品から影響を受けちゃったみたいで、ゼロからまったく違うものになってたり。レターズの野間さんが「デザイナーが黒川の仕事しかしないんですけど…」って青くなってました(笑)。
― そもそも「仕事」じゃないですからね(笑)。でもそうやって出来上がった作品が、海外で賞をとって。
最初から海外での賞を狙っていたんです。クリエイターとしてのポートフォリオという観点では、完全に海外志向。だからロケーションについても「観光とか関係ないです」って。黒川として何が重要で大切に守ってきているのかを教えてもらって、そういう郷土愛を作品に込めて発信したかった。だから今回の映像って、観光地じゃないところがほとんど。
― クライアントがいるわけじゃないから、自由に好きなようにできたわけですよね。でもそれが、この取り組み自体が、地域振興のあり方として事例になると思うんです。大きなバジェットが必要なわけじゃないし、作り手としても思いっきりエゴイスティックにやれる。結果として地域のPRになって潤っていけば、両者にとって素晴らしいですよね。
ここからですね、大事なのは。今回のプロジェクト単体で、地域の持つ課題が解決するとは思ってなくて。どう持続させていくかが重要なんです。
地域コンサルが単発の仕掛けをして助成金を吸い上げていくような、一過性なことはしたくない。次の金を貰わないと知りませんよ、みたいなのは持続性がないし面白くないですよ。
地域振興という視点で語るのであれば、あくまで『KUROKAWA WONDERLAND』はきっかけでしかありません。逆に言うと、きっかけをつくることはできたのかな?
クリエイターがその力で地域振興に携わるには、どうしたら良いかという事例。多額の予算を用意できない地域が、どうやったらクリエイターによる課題解決をできるかという参考になったら、ポートフォリオの充実とは違った面で嬉しいですね。
― クリエイターとしてのエゴから始まったプロジェクトが、地域のためになって、日本を飛び出していく。すごく刺激的なお話をありがとうございました。
[取材・文] 城戸内大介
編集 = CAREER HACK
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