カルチャーニュースサイトやクリエイティブ業界向け求人サイトを運営するCINRA, Inc.主催のセミナー『PORT!』第4回で、雑誌、イベント、WEBメディアの編集者が自らの企画術をシェアした。中でも雑誌『BRUTUS』とアパレルメーカーのコラボ事例など、会社や仕事に活かせる「編集力」を取り上げる。
※CINRA, Inc.主催のセミナー『PORT!』(http://port.cinra.co.jp/)におけるレポート記事としてお届けいたします。
「情報化社会」と言われ始めて何年が経っただろう。私たちの周りには幾多の情報があふれているからこそ、その「取り扱い方」への関心が高まるのも無理はない。異なる情報をまとめあげ、自らが表現するフィールドへ落とし込むのに長けた職種が「編集者」であるならば、彼らの仕事ぶりから学べる点は多いはずだ。
今回、CINRA, Inc.が主催したセミナーイベントには3名の編集者が登壇した。まずは、イデーやコム・デ・ギャルソンといった優秀な人材を輩出する職場にフォーカスした「一流が育つ仕事場。」の特集でも反響を呼んだ、雑誌『BRUTUS』副編集長の鮎川隆史さん。次に、新しい働き方を7日間連続のプログラムで考える、“働き方の祭典”こと 『Tokyo Work Design Week』を主催する横石崇さん。そして、クリエイティブ業界の求人サイト 『CINRA.JOB』のディレクターとして、コンテンツ制作から営業に至るまでを手がける山本梨央さんだ。
この記事では、編集者ならずとも会社や仕事に活かせる「企画術」や「情報の扱い方」に注目したレポート記事としてお届けする。
[登壇者]
鮎川隆史(株式会社マガジンハウス 『BRUTUS』副編集長)
横石崇(& Co. 代表取締役/TWDWオーガナイザー)
山本梨央(CINRA, Inc. ディレクター)
企画を立てるときに大切になるのが「切り口」だ。たとえば、新商品の野菜ジュースが目の前にあったとして、「飲みやすい味」を推すか、「豊富な栄養素」を売りにするかでコピーやビジュアルの見せ方は変わるだろう。特に『BRUTUS』は「切り口が命」というほどに毎号ごとに頭をひねっており、その企画会議ではある教訓がよく話題に上る。
鮎川:正直、紙媒体はウェブに比べるとスピードも情報量も勝てないので、仕事なら仕事を特集すると決めたら、どういう目線でそれを見るかに勝負どころがあります。企画会議でよく言われるのは、「みんなで決めたこと」ってあまりおもしろくない。1人か2人で考えたものが「面白いね」とよくなるので、あまり大勢で決めることはしないですね。
「少人数で決めると独りよがりになるのでは?」という声が聞こえてきそうだが、鮎川さんはその可能性は考慮しつつ、「全員に好かれることはあまり考えてない」と言う。仮に、作るべきものが「10万部を超えたら大成功の雑誌」ならば、「5万人あるいは10万人が面白いと思えれば(ひとまずは)成功」だからだ。その前提を忘れて100万人へ届けようとすると、さまざまな声を意識して、企画が丸くなりすぎることを危ぶむ向きがあるのだろう。
自分が送り出す企画は、適正な範囲内でまずは機能するか。それを立ち止まって考えるのも、エッジの立ったアイデアづくりに必要な時間といえそうだ。
前述の通り、情報があふれているからこそ、3人の編集者はそれぞれの方法で日頃から「情報の取捨選択」を行っている。メモの取り方、SNSの使い方、人付き合い……いずれの方法も試してみると、フィットするものに出会えるかもしれない。
鮎川:(編集者は)わからないことを専門家に聞くのが基本。だから、常にその道で新しい情報を持っている方をつかまえていくのが大事だと思っています。ただ、編集者の仕事をしていると、生きていくのに必要でない情報も膨大に入ってくるので、記憶力の無駄使いがたくさん発生します。いろんなタイプの人がいますが、僕はちゃんとメモを取らないで、一晩で忘れてしまったことは「印象に残らなかったことだ」と気に留めないことにしています。
横石:僕は雑誌の『WIRED』でもイベントなどのコントリビューターとしてお手伝いしているのですが、編集長の若林(恵)さんはニュースサイトもSNSも見ない人で、あえて情報を遮断しているそうです。「必要なのはやってくる」という哲学なんですね。僕も真似してSNSでは、フォローやリストなどを設定して「情報を呼び込む努力」をしています。
山本:(CINRA.JOBで求人を掲載した)ほとんどの会社には訪問しています。ウェブを検索して出てくる情報だけでなく、会って聞けるからこその裏話で、業界の動向を追っていくんです。「その会社の人にとって当たり前のこと」が普通じゃないってよくあるので、そこへアンテナを張るのは気をつけていますね。会社としてCINRA(, Inc.)は「人の思い」を切り口にすることがよくあります。クライアントの紹介をするときも仕事内容で並べるだけでは差別化しにくいので、ビジョンや制度などそれぞれ一社ずつの魅力が伝わるように気をつけています。
トークテーマがマネタイズに差し掛かった際に、鮎川さんが雑誌の販売、広告以外の収入源として話したのが「プランB」と呼ぶ編集協力費だった。以前にアパレルブランドのユナイテッドアローズから依頼を受け、社長交代を契機とした3つの冊子を作った話を事例として挙げる。
ユナイテッドアローズには、会社として大きく転換するタイミングで「全社員で会社の考え方や方針を共有したい」という考えがあった。そこで、依頼をもとにBRUTUS編集部がクリエイティブディレクターと共にコンサルタントのような働きをして、「ブランドブック」としてまとめあげた。
鮎川:あまりオープンにしていないのですが、ユナイテッドアローズのお仕事では、「VISION」「VISUAL」「VOICE」というコンセプトで3つの冊子を作りました。例えば、「VOICE」では、ユナイテッドアローズの全社員に協力を仰いで、1回20分くらいのアンケートに答えてもらったり「ユナイテッドアローズらしい写真」を送ってもらったりして。20分も残業してまで考えるアンケートを答えること自体が「ユナイテッドアローズを考える」体験になっているんです。その冊子を開くと、沖縄の社員が、北海道の販売店の売り方を知ることができたりもする。編集にBRUTUSとは書いてあるけれど、ロゴは載せていません。
このブランドブックを手にしたことがある横石さんは、その完成度を賞賛しながら、想定外の効用にも触れる。
横石:(ブランドブックは)家族や友人がすごく喜んでいるそうなんです。見せれば『こんな会社に務めている自分』がよく伝わりますからね。雑誌のもつコンテンツ力はアウター(一般的な読者)だけでなく、インナー(身内や関係者)にも効くんじゃないかと思います。
ブランドブックだけでなく、昨今のWeb業界でも盛んなオウンドメディアにも同じ現象を見て取れる。企業が自社媒体を持って情報発信をする取り組みが盛んだが、取り扱っているのはアウター向きの情報が多い。一方で、グループウェアの『サイボウズ』が運営する「サイボウズ式」や、フリマアプリの『メルカリ』による「mercan」は、横石さんが話す「インナー効果」も意識した構成がなされており、主に採用関連での成果を上げているという。
形骸化しがちな社是や仕事への向き合い方、あるいは日々のルーティンに没しそうなきらめきをすくい上げるのに、「プランB」のような外部の知見は有用といえる。山本さんも話すように「その会社の人にとって当たり前のこと」を切り口を持って編集し、より良い形にまとめてリリースすることで、複合的な効果が期待できるだろう。会社や仕事を活性化させるのに「編集力」が役に立つシーンは、想像以上に残されているのだ。
写真提供:CINRA,Inc.
文 = 長谷川賢人
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