クリエイティブ・ラボ『PARTY』から独立し、フリーとして活動する渡島健太さん(29)。PARTY時代は唯一「プログラマー」という肩書きで働いてきたスペシャリスト。直近はソニーの新感覚おもちゃ『toio』のプロトタイプ開発を担うなど活躍する。30歳を目前に独立した今、20代を振り返って思うこととは?
ソニーの新しいおもちゃ『toio』がコンセプト段階から話題だ。一見なんの変哲もない小さな白いキューブだが、子どもたちの夢がつまった魔法のおもちゃといっていいだろう。
ユニークなのは「自分だけの小さなロボットをつくれる」というところ。いってみれば「レゴブロック」「ラジオコントローラー」「プログラミング・電子工作」を組み合わせた新感覚おもちゃ。バトル、レース、アクション、スポーツ、アート、プログラミング発想のパズルなど、さまざまな遊びが楽しめる。
同おもちゃ、開発チームの一員として技術面をバックアップ。プロトタイプ開発を担ったのがプログラマー 渡島健太さん(29)。フリーランスで働きつつ、チームとしては『dot by dot』にも所属。ハイブリッドなスタイルで働くのもユニークなところだ。
20代をクリエイティブ・ラボ「PARTY」で過ごし、メンバーで唯一の「プログラマー」という肩書きで働いていた彼。それが意味するのは、あらゆる「前例のないクリエイティブ」に対し、どんな技術を用いるかから探求。難題ともいえる表現を、限られた時間のなかで「具現化」してきたスペシャリストであるということ。
そして渡島さんは、iOS、Android、Web、デバイス…ソフトウェアとハードウェアを横断するスキルセットを手にした。彼は今、20代をどう振り返るのか?
<プロフィール>
渡島健太 dot by dot / フリーランス プログラマー
1987年福岡生まれ。早稲田大学基幹理工学部表現工学科卒業、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科修了。2014年よりPARTYに在籍し、プログラマーとしてインタラクティブ領域を中心に数々の広告キャンペーンや自社プロダクト、サービスの開発を手がける。2017年、フリーランスのプログラマーとして独立するとともに、dot by dot inc. に所属クリエイターとして参加。国内外での受賞多数。
― 新卒で『PARTY』にプログラマーとして入社されたと伺いました。すごいことだと思います。学生時代からすば抜けたプログラミングスキルを?
いえいえ、そんなことはありません。学生時代のプログラミングの知識といえば、ほとんど趣味みたいなもので、中学生のときに掲示板スクリプトをカスタマイズしながら何となく覚えたPerl、HTML、CSSくらい。実務レベルには到底及ぶものではありませんでした。
― では、どうやってスキルを身につけていったのでしょうか?
いくつかの技術系の会社でアルバイトをして、技術に触れていきました。はじめてバイトをさせてもらったWeb系の開発会社では、いきなりAndroidのアプリ開発を担当することになって。
当時はAndroid端末が国内に出たばかり。当然やったこともないし、情報さえほとんどなかったので、ものすごく苦労しましたね。なんとか食らいついて少しずつ自分のものにしていきました。
― では、技術は基本的に独学で?
そうですね。同時に、スキルの幅を広げることができたのは、学生時代に徳井直生さん(※)のところで働かせてもらえた影響も大きかったと思います。たまたまAndroid開発の経験があるアルバイトを徳井さんがTwitterで募集していて、すぐコンタクトを取りました。もともとメディアアートやインタラクティブなコンテンツに興味があって。
そこでは実際の案件を通して、色々な経験をさせてもらいました。iOSアプリから、Arduinoを使ったラピッドプロトタイピングまで、とにかく来た球を打ち続けて。そこでの経験は確実にPARTYへの入社にもつながっています。
(※)Qosmo代表。AIを用いたBrian Enoのミュージックビデオの制作などで知られるメディアアーティスト。SONYコンピュータサイエンス研究所 パリ 客員研究員を経て、「Qosmo」を創業。AIと人の共生による創造性の拡張の可能性を模索する。
― やったことのない技術に対して「知らない」「できない」となってしまいそうですが…。
「できない」と一線を引くのではなく、企画におけるコアアイデアを実現させるために、どうやってつくればいいのか? そのために必要なものは何か? 必要な技術を選びとっていくんです。PARTYでも、そこは同じでした。
そういった意味で、自分の肩書きは今のところ「プログラマー」にしていますが、自分にとって問題解決や表現をするための手段がたまたまプログラミングだったにすぎません。そもそも、スキルを身につけようと思って勉強したことがあまりなくて、ほとんどは実務の中で身につけていきました。
技術のトレンドはその時々によって変化していくものなので、だからこそ、つくりたいものや、目前の課題をクリアにするために必要なスキルを取捨選択していくことが、意外にも広くスキルを得ていく近道なのかもしれません。
― たとえば、トレンドから見て「身につけておくべきスキルとは?」といった発想はしないということでしょうか?
もちろんトレンドは見ていくのですが、どこを主戦場とするかで身につけておくべきスキルも変わってきます。なので、市場性(トレンド)があって、自分の知的好奇心を満たせそうな技術は一通り見ておくことが大事なのだと思います。スキルというのは、色々な経験を経て自ずと身についてきますから。
― PARTYに4年間在籍し、独立されましたが、『PARTY』にいてもユニークな仕事に携わることができたのではないかと思います。なぜ独立という道を?
自分は一体どれだけ勝負できるんだろう?『PARTY』という看板が外れた個人としての「渡島健太」は、どれだけの価値を生み出せるんだろう?こういった気持ちが大きくなったことが一番にあります。
今だからこそ言えますが、必死だった新人時代に比べて、どこか甘えがちになっている自分がいたんだと思います。PARTYという会社は、とりわけデジタルを中心とした広告クリエイティブ業界の中ではプレゼンスが高く、それなりに顔を知ってもらいやすい。しかし、一方で自分で見つけた自分だけのポジションに「慣れ」が出てきていることに気づきました。このままだと、会社の中で自分ができる範囲のことだけをやって30代をぬるぬると過ごしてしまう気がしたんです。それで、独立することを決めました。
もちろんPARTYだからこそ得られたことも多く、感謝してもし尽くせないことばかりです。今でも覚えているのは2年目の夏、PARTYのファウンダーでクリエイティブ・ディレクターの中村洋基さんに「ニューヨークに、行かない?」と打ち合わせ中に突然言われたこと(笑)ろくに海外経験がなく、英語もニガテな状態で、いきなりNYオフィスに行って、3ヶ月間、働いたんです。
英語ができないなかで、どう海外メンバーと仕事するかを考えた結果、ひたすら「作って見せる」を繰り返しました。アウトプットを見せれば、ある程度理解は得られますし、物事も進められる。プロトタイピングの制作において、かなり鍛えられましたね。ピンチの連続でしたが、得られたことも大きかったです。
― もし、独立後に変化したことがあれば教えてください。
自分で自分の仕事に値段をつける、ということ。それまで制作の現場にいたので、当たり前といえば当たり前なのですが、自分の仕事の見積もりを出すということさえやったことがなかった。単純に初体験なので、ここはすごくおもしろいと感じる部分ですね。
自分の価値はなにか。どう評価するのか。たとえば、クリエイティブの領域だと、工数や人月では「価値」を表すことはむずかしい。そこには信頼、積み重ねてきた実績、期待されるアウトプット、関わり方など、複雑な要素が絡まってくるからです。そうやってクライアントと直接やり取りして、時には本音をぶつけ合いながら仕事ができるのは新鮮ですね。
そういった観点から言うと、あらためてクライアントとの信頼関係を築く「営業力」の重要性はすごく感じています。20代でもう少しやっておけば違ったかもしれないと思う部分でもあります。
クリエイターに求められる営業スキルは、パートナーシップをいかに築くか。交渉や調整もそうなのですが、実直に「これは違うんじゃないか」と遠慮なく言いあえる関係性をどれだけつくれるかということ。これはPARTY時代に優秀な営業メンバーと一緒に仕事をする中でひしひしと感じていたことなのですが、独立してあらためて彼らのすごさを感じています。
― CAREER HACKには20代の読者も多くいるのですが、今後、クリエイティブの世界で戦っていこうとする若い方にアドバイスがあればお願いします。
僕自身まだまだ未熟者なので、アドバイスというとおこがましいです(笑)ただ、いま振り返って自分なりに大事にしてきたことは、「広い世界、社会全体を見わたしたときに、いったい自分はどこにいるのか?自分の居場所をどこに置くべきか?」を考えながらつくるということです。
会社やチームで働いていると、ついその枠組みのなかで「つくるもの」を考えてしまいがちです。そうではなく、社会、もっといえば世の中を基準に「このままでいいのか。なにをつくりたいのか。いま足りないものはなにか」を問い続けていくことが、これからのキャリアに繋がっていくのではないかと思います。
社会人2〜3年目になると、自分の手持ちの武器がなにかわかってくるころですよね。また、僕自身がそうだったように、会社やチームの中のポジションができたり、仕事に「慣れ」が生じてきたりすることもあると思います。気づかないうちに閉ざされた世界に安住し、井の中の蛙になってしまうこともある。
そういった中でつくった作品がはたして通用するのか。つくり手でいる限り、つくったものはそのままポートフォリオになっていきます。オリジナルワークであろうと、クライアントワークであろうと、それがその人なりの世界観としてカタチづくられていきます。
エンジニアだったら、GitHubでコードを公開したり、ブログに技術的なノウハウを公開したり、他にもいろいろなやり方がある。一つひとつのアウトプットを大事にして、社会や世の中全体においての自分の居場所をつくっていってほしいと思います。…もちろん、僕自身もまだまだこんな偉そうなことを言える立場ではないので、自分の居場所を求めながら、日々鍛錬していきたいですね。
(おわり)
文 = 野村愛
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