2017.10.27
博報堂のクリエイターであり、HIPHOPアーティスト。小山秀一郎が、異分野で才能を開花できた理由

博報堂のクリエイターであり、HIPHOPアーティスト。小山秀一郎が、異分野で才能を開花できた理由

小山秀一郎さんは、異なる2つの領域で才能を開花させる。博報堂に籍を置く広告クリエイターとして世界的な広告賞『カンヌライオンズ』ヘルスケア部門でブロンズを受賞。同時にHIPHOPアーティストとしても注目される。「広告の仕事と音楽活動に大きな差はない」と語る、次世代クリエイターの生き方に迫った。

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仕事と音楽活動に、境界線はない。マルチに活躍する「小山秀一郎」の生き方

いま、「サイド・ハッスル」という言葉が少しずつ注目されている。米国発、新時代における「副業」への考え方だ。


最近のミレニアルズは、サイドジョブ(side job)と呼ばれていた副業のことを「サイド・ハッスル」と呼ぶらしい。(中略)これまでと違うのは副業を「趣味や好きなこと、情熱を注ぐもの」にすることだ。

(引用)HEAPS Magazine『社員フリーランス化のいま。若者がのめり込む次世代の“副業”「サイド・ハッスル」って?』


同時に、CAREER HACKが取り上げてきたのが、仕事にも生きがいを見出し、さらに個人活動も本業に近いレベル、本気で打ち込み、実績を残す人々。


[参考]
・肩書きなんて何でもいい。白水生路 / SEIJI BIGBIRD(LITTLE TEMPO)
・PARTY中村洋基、かく語りき。コーヒー屋さんをつくってみて思う「コト」の価値
・公私混同のススメ|WEB界の釣り部『BURITSU』のかっこいい遊び方


「生きがい」をキャリアと結びつけていく時代。「仕事」と「趣味」の境界線は混ざりあい、「生き方」そのものに集約されていくのかもしれない。

その中でも今回注目したのは、博報堂においてインタラクティブ広告のアートディレクターとして働く小山秀一郎さん(30)。

彼がアートディレクションを担当したキャンペーン*は、世界的な広告賞『カンヌライオンズ 2017』ヘルスケア部門で見事、ブロンズを受賞。大きな話題となった。

聞き間違えない国語辞典 (*)パナソニックと三省堂が共同開発したAI搭載の無料デジタル辞書『聞き間違えない国語辞典』。難聴という社会課題と向き合い、AI搭載によるスマホ辞書で“言葉のバリアフリー化”を目指す。カンヌライオンズや広告電通賞、ACC など合計6つの賞を受賞。


そして小山さんには、もうひとつの顔がある。

HIPHOPユニット『中小企業』のトラックメイカー/アートディレクターとして活動。浮遊感のある心地よいラップ、どこか懐かしくも都会的なサウンド。ーその独自の音楽が注目を集め、確実にファンを獲得。音楽配信を軸に、知名度を高めている。

彼は「広告クリエイター」としての仕事、そして「ミュージシャン」としての活動を、どのように捉えているのか。

「じつは、どっちも本業だと思っていて。広告の仕事と、音楽活動に大きな差は感じていないんです」

このように語ってくれた小山さん。異なる2つの分野を突きつめていくことは可能なのか。なぜ、パラレルに働くのか。次世代クリエイターの生き方、仕事観に迫ってみたい。

1MC+1DJのヒップホップユニット『中小企業』。3月には2nd Album 『NESS』を、10月7日には7インチ『車と雨』をドロップ。トラックメイキングを担っているのが小山秀一郎さん。MCを担当する中山信一さんもイラストレーターとしての顔を持つマルチクリエイターだ。

誰に聴かせるでもなく、曲づくりに没頭した日々。


ー 広告会社の仕事ってかなり忙しいと思うんです。なぜ、音楽活動と並行できるのか不思議で…。


不思議と両立できるんですよね。時間って…たぶんいくらでもあるんですよ。人生って暇じゃないですか。あまり削りたくないですが…睡眠時間を削ればいいし、だいたい楽しいですけど…行っても面白くない飲み会とかも結構ありますし(笑)。そういうのを削っていけば、曲づくりの時間はある。もちろん、好きな人たちとお酒を飲みにいく時間も結構ありますし。


ー 両方の〆切が重なることは?


ありますね。たとえば、音楽のほうのアルバム制作と、提出がギリギリの仕事が重なった時期があって。夜中まで家でレコーディングしながら、広告のほうも仕事もして。1時間くらい寝て会社に行くみたいな生活もありました。


ー 本業は広告ですよね? 音楽活動のほうは「時間があるときにやればいいや」とならないのでしょうか?あくまで趣味として。


それでいうと音楽も本業だと思っているんですよね。自分たちで「作りきる」というラインを超えるまでやらないと気が済まないというか。妥協するという概念がない。やっぱりつくったものに対して「あれよかったね」とか「最高だね」って言ってもらえたらうれしいですし。

小山さん


ー 頑張れる原動力は「いい」と言ってもらいたい承認欲求?


それもありますが、ただただ純粋につくるのが好き、楽しいんですよね。じつは完全に独学で曲を作り始めたのですが、別に誰に聴いてもらうわけでもなく、100曲くらい録りためていたんですよ。休日とか夜中とか、いっしょに活動しているMCの中山信一くんと一緒になって。


ー 誰にも聴かせず…ですか? ライブをしたり、ネットに流したりは?


してないです、してないです。だってこわいじゃないですか。否定されたら(笑)

…だから、じつはHIPHOP界隈に全く知り合いがいなかったんですよね。つくり方もよくわからないまま、ずっと2人で宅録していた。楽器屋さんに行って店員さんに「HIPHOPの曲をつくりたいんですけど、どうすればいいでしょうか?」と聞いてたくらいですから。


ー 全然、ストリートで育っていない(笑)。だから曲も力が抜けているというか、日常的というか。


それはあるかもしれないですね。普通の家庭で、普通に育った2人なんですよ。僕らがつくった『伊香保温泉 -湯巡り旅路-』という曲なんて、まさにそうですよね。温泉のことしか歌ってない。「足、あち」で韻も踏む。


中小企業『伊香保温泉 -湯巡り旅路-』



今だと「何言ってんだ」という感じですが、当時は「HIPHOPじゃないのが、HIPHOPじゃん?」

みたいな。…わかりますかね?


ー な、なんとなく。


そもそも音楽じゃなくても良かった…と言ったら語弊があるかもしれませんが、ラップをしてくれている中山くんはものすごい才能の持ち主で。彼はもともとイラストレーターで、僕がデザイナーで。2人とも音楽が好きだったから、CDジャケットだったり、グッズだったりもつくれるし、音楽がいいかもしれない、と。こういった経緯でスタートしたユニットなんです。「何か一緒にものづくりがしたいね」からはじまっている。学生時代に出会って、それが社会人1年目くらいの時ですね。


ー では「音楽の道か、企業への就職か」といった岐路や、挫折の物語も…。


全くないですね。楽しいからつくる。それだけで。二者択一ではないですし、やめようと思ったこともありません。当然、レーベルに所属させてもらって、アルバム制作となると「ちゃんとやらないと」と根詰める時はあります。

ただ、そういったときも中山くんが気の抜けた感じで「まあ、のんびりやろう」って言ってくれる。絶妙なバランスなんですよね。今もこうして続けられているのは、中山くんのおかげでもあるんです。

広告も、音楽も、じつは同じ発想でつくっている?

小山さん


ー 広告クリエイターとしてのキャリアについても伺いたいのですが、もともとは「紙」のデザイナー出身だと伺いました。


そうですね。とある広告代理店の子会社で、グラフィックデザイナーとして働きはじめました。


ー その次に『バスキュール』に入社されていますよね。次世代のメディアコンテンツ、エンタメに強い制作会社という印象です。


そうですね。テクノロジーとメディア、コンテンツをかけ合わせて、ユーザーを巻き込む仕掛けをつくっていく。インタラクティブ広告やキャンペーンに強い会社ですね。


ー なぜ、そういった会社に?


もう「紙」のデザイナーってめちゃくちゃ世の中にいるんですよ。権威のある広告賞もたくさんありますし、みんながそれを目指して戦っている世界でもある。別にそれを否定するつもりはないのですが、同じ土俵で戦うよりも、単純に母数が少ないところにいったほうがチャンスが大きいと思いました。

現在は博報堂で働いていますが、マルチメディアを駆使したインタラクティブ広告のアートディレクターってまだまだ少ない。実際、社内、社外でも評価していただけて。あの時の決断は間違っていなかったのかなと思います(笑)

何よりテクノロジーを絡めたインタラクティブなものって、作っているほうもワクワクするんですよね。言ってしまえばメディアという枠を取っ払って「体験」をデザインしていくということ。反応がダイレクトにわかるし、跳ね返ってくる。

そういった意味でいうと、僕にとって「音楽をつくる」というのも、「広告をつくる」ということも、同じ作業なのかもしれません。

どのタイミングで、どうユーザーの心が動くか。時間軸、タイムラインで考えるクセがついていて。たとえば、どこにサビを持ってくるか。どう曲を盛り上げていくか。気持ちいいと感じてもらえるようなトリガーや「仕掛け」をつくっていく。

デザインでいえば、スマホアプリのUIもそうですよね。どこを起点に、どんな気持ちになってほしいか。どう遷移してほしいか。結果としてユーザー体験をつくることだと思います。

広告と音楽、『どこでもドア』で行き来することで生まれる相乗効果

小山さん


ー 広告クリエイターとしての仕事、音楽活動、両方やることで得られるメリットもあるのでしょうか?


逆に利点しかないんですよね。アウトプットしている総量が単純に倍以上になっているということだし。また、こうやってインタビューのオファーをいただけたり、先日はテレビ神奈川さんの番組にも出たり、名が売れる(笑)

ちなみに…「HIPHOPユニット『中小企業』が本当の中小企業にお邪魔しに行く」というゆるい企画で…最高でした。もっとテレビに出たい…というか番組をつくりたいです(笑)


ー お話を伺うなかで小山さんが想像していたキャラクターと少し違って…驚きました。いい意味で明るいというか、ポジティブというか。


ただの目立ちたがり屋なんですよ(笑)あとは、本当にもう心からおもしろいこと、楽しいと思えることしかしたくない。博報堂での仕事も、音楽の活動も、楽しいからやっている。ただそれだけといえば、それだけなんです。

「仕事だから仕方なくやる」と思ってやることは、本当の仕事だと思っていないのかも。誰かにやらされるもんじゃないですよ。仕事って。


ー なかには「仕事はつまらないだけど、おれには音楽があるから休日に音楽活動すればいい」みたいな人もいるかと思います。


もちろんそれはそれでいい。ただ、少なくとも僕は両方とも楽しくないと嫌なんですよね。音楽を「逃げ」というか、自分への言い訳に使いたくない。どっちでも自分たちが最高だと思えるアウトプットを出し、本気でおもしろがっていく。

だから、僕にとって「広告制作」と「音楽制作」は『どこでもドア』みたいなもので。ひとりの人間が、パッと部屋を行き来しているだけ。どっちにもすぐ行けるし、ちょっとだけ違うセカイをのぞいて、何かを得て、また帰ってくる。音楽をやってる時も、会社で仕事をしている時も、どっちも本当の自分なんだと思います。

小山さん


ー「2足のわらじ」という言葉がありますが、もう2足とも捉えていないのかもしれないですね。特別なことではなく、地続きにある。世の中にアウトプットし、表現していこうという方にとっても凄く参考になったと思います。本日はありがとうございました。


文 = 白石勝也
編集 = まっさん


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