クリエイティブ・ラボ「PARTY」の中村洋基さんが、ごく身近な人たちと「TINTO COFFEE」なる小さなコーヒー屋さんをつくった。クリエイティブディレクター、そしてコーヒー店オーナーとしての「中村洋基」は今、何を思う? 中村さんのお話から見えてきたのは職種・肩書きにとらわれない生き方の道標だった。
2016年3月1日にオープンしたコーヒー屋さん「TINTO COFFEE」。
このお店、じつはちょっと変わっている。厨房と飲食スペースに間仕切りがほぼない。店内中央には大きなテーブルが1台。調理台も兼ねているため、コーヒーを淹れてもらう様子が驚くほど近くで見られるのだ。豆を挽く音、エスプレッソマシンから噴射されるスチーム、お湯が注がれた瞬間に部屋いっぱいに広がる香り…「一杯のコーヒーができるまで」が近距離で体感できる。
10人も入ればいっぱいという店内(※撮影日は準備中)、中央には存在感のあるエスプレッソマシンが置かれている。
プロのバリスタさんが一杯ずつコーヒーを淹れてくれる。
エスプレッソやカプチーノだけではなく、ドリップコーヒーも目の前で。
この膨らみは、豆に含まれるガスが出ていて、おいしいコーヒーを淹れるために大事なんですよ」
こういった説明をはじめ、コーヒー豆のこと、マシンや道具のこと、コーヒーカップについて…さまざまなストーリーやプロセス、バックグラウンドなどバリスタによる「プレゼンテーションスタイル」でコーヒーを楽しむことができるのだ。
じつはこのお店、クリエイティブ・ラボ『PARTY』の中村洋基さんがごく身近な人たちと一緒につくったお店。日本を代表するデジタル広告のクリエイターが、なぜコーヒー屋さん? コーヒー屋さんづくりから見えてきた「コト」の価値とは? 中村洋基さんのもとを訪ね、おいしいコーヒーをいただきつつ、お話を伺った。
そこから見えてきたのは「モノ」から「コト」への価値観のシフト、そして職種・肩書きにとらわれない生き方の道標だった。
なぜコーヒー屋さんをやってみようと思ったのか?そんな問いに対する中村さんの答えは少し意外なものだった。
もともとコーヒーって好きじゃなかったんですよ。苦いし(笑)でも、淹れる工程を見せてもらって、話を聞きながら飲んだらすごく美味しく感じて「この変化はおもしろい」と思いました。嗜好品は、迫力、音、匂い、雰囲気、バックグラウンドにあるもの、それで大きく味が変わる。エスプレッソにしても砂糖を入れて「完成する」と言われて 。甘くなるだけじゃなくて、味まで変わるとか不思議なことがいっぱいですよね。
同時に「ずっと客商売をやりたかった」という思いもあったそうだ。
PARTYの仕事ももちろん好きですけど、BtoBは、お客さんの顔は直接見えにくい。率直に、「表現する、喜んでもらえる、嬉しい」をやりたい、とずっと思っていました。それ「普通の客商売」ですけど(笑)実家が栃木でとんかつ屋をやっていたので、客商売の厳しさ、楽しさの原体験もあります。
「お金に変えられないBtoCの良さ」があると中村さんは語る。
おもしろい分だけ儲からないかも、と覚悟しています。世の中って、なぜかおもしろくないことのほうが儲かったりして(笑)まぁ仕事も人生だと思うと「1しか儲からないけど10楽しい」と「10儲かるけど1しか楽しくない」のは等価値だと思うようになりました。もちろん「儲かって楽しい」のが一番いいけど、TINTO COFFEEはお客さんとして来ても 、バリスタ側もドキドキして楽しい状況を設計しました。
お金を儲けること、やって楽しいかどうか、いずれも等価値で捉えている中村さん。仕事に対するスタンス、考え方にも話が及んだ。
何が仕事で、何がプライベートという仕切りがないです。全部が仕事だし、遊び。大人になってからは、全部マジメにやったほうが楽しい。たとえば、このエスプレッソマシン(マルゾッコ・ストラーダMP3)もクルマくらい高い。普通の人間は買わないものを、頑張って貯金したお金で「おりゃー!」と目をつぶって買うわけです。で、200V・5800w。 コンセントがない。コンセントを工事して、電源入れた瞬間、ブレーカーが落ちる。 アホみたいな商品です。でも、カプチーノはメチャクチャおいしい。一般家庭ではとても提供できないクオリティがそこから生まれる。業務用機材フェチになりそうです(笑)
続いて中村さんに聞いてみたいと思っていたのが、「人は何に価値を感じるようになっていくのか?」ということ。ここ数年、「ストーリーで売る」ということはよく言われているが・・・?
たしかに、よく「ストーリーテリングが大事」みたいなことが、業界ではよく言われています。商品のバックグラウンドにあるストーリー、ブランドを買う時代になってきたと。ただ、ぼくには架空のストーリーを書く職能がない。同時に、デジタルの広告でやってきたのはずっと“ユーザー側がストーリーをつくりやすい、ゲームのルールをつくる”ということ。別にむずかしいことじゃなくて、「公園に言って【鬼が赤っていったら10秒以内に赤いものにさわる】ことにしよう!」とか、ちょっとしたゲームのルールと同じで。ぼくはそっちのストーリーテリングをやってきました。
もしかしたら、デジタル広告の領域をメインに「ゲームのルール」をつくることがメインとしてきた中村さんにとって、「TINTO COFFEE」はある種、ストーリーテリングと向き合う試みなのだろうか?
コーヒーとか、アルコール、タバコとかは、ストーリーでおいしさが歴然と変わる商品だと思っています。「おいしそうなほうがおいしい」っていう。たとえば、日本酒にしても、酒蔵に行って杜氏さんの話を聞きながら飲ませてもらったら、同じ日本酒でも、そちらのほうがおいしく感じる。ほとんどのカテゴリは、そういったこだわりを伝えることに腐心しています。コーヒーだけが、「あれ、なんかおかしいな、伝わってないな」という違和感がありました。いまだにカフェラテとカプチーノのちがい、それどころかアメリカーノとアメリカンのちがいも、知らない人が多いと思います。知ったほうがおいしい類の情報なんです。
コーヒーでいえば、一杯ずつ丁寧にいれる「サードウェーブ」がパッケージ化されたブームになっている。そういった流れを意識したものなのだろうか?
ぜんぜん「サードウェーブ」じゃないです(笑)コーヒー屋をやろうとしたとき、逆にそういった知識もなく、カテゴリ感もありませんでした。で、調べてみると、焙煎の深さとか、サードウェーブのカテゴライズと、ぼくらがやりたい味って、ぜんぜん違ったんです。いかに「一杯ずつ提供して、お客さまの喜ぶ顔に出会えそうか?」ということだけ。文学とかもそうですが、自分の原体験を、他の人にも味わってもらえれば快感なんですよ。
「プレゼンテーションスタイルで飲んだ時の一杯、その感動を伝えていく」というシンプルなスタンス。その場、その瞬間でしか体験できないことのみにコンセプトに据えた商いの原点へ。そんな探求があるように感じられた。
最後に中村さんにぶつけたのは、これからの時代「職種・肩書き」をどう捉えるか?というテーマ。どこに所属する誰なのか?何者か?多くの人が考えるようになっている時代。ある時はクリエイティブディレクター、ある時は経営者、そしてコーヒー屋さんのオーナーにもなった「中村洋基」は何を思うのか。「職種はアップデートされて、これからのクリエイティブディレクターとは・・・」といった話を期待していたのだが、返ってきたのは意外な回答だった。
最近、SNSの影響で「わかりやすいキャラのほうがいい」っていう風潮があります。Twitter、Facebook、Instagram、みんな、アイコンやプロフィールにキャラが立っているじゃないですか。昔より何倍も「レッテルやキャラづけが社会の要請として必要である」ということが、重くのしかかっている。でもそんなの息苦しい。じゃあ、どうするか?「対外的にみた時に、わかりやすい自分」と、そこには縛られない「 ふわっとした自由な、人間である自分」の二枚舌を、両方ちゃんと好きでい続ける、ということが大事なんじゃないでしょうか。(「人間である自分」を大事にする、とは矢追純一さんの受け売りです)
「職種」や「肩書き」をどうアップデートしていくか?こういったテーマを取り上げてきたが、その問いによって逆に自分自身が「肩書き」という呪縛に囚われてしまうこともあるのかもしれない。
まわりから「あんたはいったい何なの」と、キャラを求められるこんな世の中(ポイズン)ですが、「私は●●なキャラです」と答えつつ、心の中では「なんでもいいじゃん、何者でもねぇよ」って自分で思えればいい。外向けのキャラより、ホントはもっと複雑だし、いろいろな性格をもっている「あなた」がいちばん大事。ひととちがって、一緒だったりして、そんなの関係ないです。
ソーシャル疲れという言葉がささやかれるようになってしばらく経つが、SNSでのキャラだけではなく、複雑で、時にめんどうで、やっかいでもある自分、そしてごく身近な人たちとの関係を肯定できているか。いかに「自由でふわっとした自分」を受けいれられるか。大事な視点に触れた気がした。
最後は、取材の終盤、中村さんにもあったという葛藤と挫折、そこから見つけた人生の選択において重視していることで締めくくりたい。
人生を考えるタイミングって何度かくるんですよ。僕は電通から独立して1年目、ホントに全然思うようにいかなくて、今だから話せますけど、ノイローゼになったし(笑)ただ、そこからグルっと一周して思うことは、なんでも受け身でやったら楽しくない。あと、「やるタイミング」を逃したくない。AとB、どっちがいいか?と悩んでいるうちに心の波がサーッと引いて「やらない」ってことが、ありがち 。でも、「AとB」って客観的に見たらほぼ差ってないことが多いんです。「やる」っていうアクティビティが大事なわけで。さっさと検証して、確からしい答えに近づければいい。なので、「軽い気持ち」と「超本気にやる」を介在させながら、TINTO COFFEEをつくりました。
(おわり)
文 = 白石勝也
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