デザインにおいて全くの素人だった大学生が、ひたむきな自主学習で一躍、時の人に。春田雅貴さん(23)は、他社サービスのデザインを完コピ。自ら分析・発信し、話題となった。なぜ彼は泥臭い努力を? そこにあったのは「社会とつながりたい」という強い意志だった。
デザイン界で、ちょっと名の知れた大学生インターンがいる。
それが春田雅貴さん(23)さんだ。彼は横浜国立大学・経営学部の大学4年生(2018年1月現在)。クラウド会計ソフトのfreee社でインターンのデザイナーとして働く。じつはつい1年前までデザインに関してまったく素人だった。
彼を有名にしたのが「UIトレース」という取り組み。
他社のWebサイト、ランディングページ(LP)、プロダクトにおけるUIをゼロから模倣(模写といってもいい?)。そのポイントをtwitterや、ブログで発信していったのだ。
CASHさんのLPトレース。
— はるたん (@hrtnde) 2017年11月19日
フォントや色、余白のルール設計を盗みたかったので整理してみた。大きさだけではなく、アンダーラインやメインカラーを使うことでフォントの強弱をつけていた。あと、トレースのおかげで英数字にAmikoを使っていて日本語だけじゃなく英数字までこだわっていることに気づけた。 pic.twitter.com/Fbdb9DYojU
即現金化で話題となった『CASH』のデザインをトレース。自ら同じようなデザインをつくってみたという春田さん。そうすることでデザインのポイントやコツを学び、血肉化していっている
模倣におけるクオリティの高さもさることながら、彼が評価されたのは「勝手にやってみる」「自ら学びとる」という新人としての姿勢にあったのかもしれない。
一見すると「ただただ本物をマネしてみる」は地道にも感じる取り組み。すでに公開されているデザインノウハウだって多い。なぜわざわざ?
そこにあったのは、春田さん自身が抱えていた「何もできない自分」との対峙。そしてデザインで社会とつながりたいという強い意志だったー。
ー デザインの模倣、春田さんは「UIトレース」と呼ばれている取り組みですが、どういったきっかけで始めたものだったのでしょうか?
はじめのきっかけは、とにかく自分がカッコイイと思うサイトのマネをしてみたことですね。どんどんハマって毎日のようにパクる…というと言葉が良くないですが、トレースするようになりました(笑)
ただ、自分だけでやってもなかなか良し悪しがわからない。だからデザインのワークショップに参加し、講師だったTRUNK株式会社の岡崎さんに「見てください!」「フィードバックください!」ってお願いしていって。自分でも不思議なくらい熱中していましたね…2016年の11月から翌年2月くらいまで、トレース漬けだったと思います。
ー 意識が高いというか、すごい向上心ですね。もう大学入学時から、デザインを学ぼうと考えていたのでしょうか。
いえいえ、全くそうではなくて。むしろ典型的なダメ大学生でした(笑)。テニスサークルに入って、毎日ひたすら遊ぶか、バイトするか。楽しく生きれたらいいじゃんくらいの感覚だったし、全然それでいいと思っていたんですよね。
ただ、ある日突然…大好きだったバイト先が潰れてしまった。その時に「あ、自分には何もないな」って気づいたんですよね。何もできない。何の武器も持っていない。無力さだけがすごく強くありました。このままじゃいけない、自分で何かできるようにならないとダメだと思って。何もできない自分を変えたい、そういう思いがあったのかもしれません。
ー そんな中でも、なぜデザインだったのでしょうか? 経営学部なので専攻は全く違いますよね。
そうなんですよね。経験もスキルもゼロ。そういった中、とにかくたくさん経験をしてみて、なにが武器にできるか模索していたと思います。少しでも興味があるものならなんでもやろうと営業とか、ライターとか、いろいろなインターンに参加して。2016年だから大学2年生くらいのとき。
そんなある日、ワークショップでPhotoshopに触らせてもらったのが衝撃的だったんですよね。自分で何かモノを作るっていうのを初めて経験した。こういうツールでWebサイトがつくれるんだ。UIというものがWebデザインにとってものすごく大事なんだって。
ワークショップから帰っても、無我夢中でPhotoshopでトレースし続けてました。気づいたら夜が明けちゃうくらいのめり込んでて(笑)そこから、いろんなサイトを夜通しトレースする日々を続けていましたね。
ー なぜデザインが自身にハマったのでしょう?
やればやっただけ自分のスキルが上がっていく。この実感ってすごく楽しいんですよね。僕は小学校から高校まで野球をやっていたのですが、かなり似た感覚があります。めちゃくちゃきつい練習でも、練習した分だけ成長できる。また次の壁が見えてくる。この繰り返し。昨日できなかったことが、今日出来るようになったらうれしいですよね。
ー Webデザインのスキルを磨くのになぜ「UIトレース」だったのか、そこも気になります。
おそらくデザインだけではなく、何にしても「まずは良いとされているもののマネをしてみる」って一般的な方法だと思うんです。ただ、自分なりに分析したことをブログで世の中に発信したり、フィードバックをもらおうとしたり、そういう人は多くないのかもしれません。とくに大学生は。ここが僕がほんのすこし注目してもらえたポイントだったのかなと思います。
ただ、いきなりそんな風にやれたわけではなくて。正直、もう自分は才能がないんじゃないかと思うこともあったりしました。
2017年4月からfreeeというクラウド会計ソフトの会社でインターンをしていたのですが…はじめの頃はすごく大量のフィードバックをもらっていました(笑)
ー 心は折れなかった?
それはないですね。自分なりに頭をしぼって、整理して、苦労してデザインを出せたっていう達成感のほうが強くて。同じフィードバックは2度と受けないようにしよう、と。自分のアイデアや案をどうすれば採用してもらえるか、必死でした。
ー ブログでの発信はなぜ?
MOSHの甲斐さんにススメられたからですね(笑)とりあえず、いわれたとおりにやってみようと1ヶ月くらい続けたらすごくポジティブな反応があって。
ちょうど甲斐さんが「20/20」という初心者デザイナー向けのコミュニティを立ち上げた頃で。そこに参加していたんです。このコミュニティが自分とフィットしたのは「自分次第」ということ。とにかく自分でやってみる、自分の言葉で説明できるようになる。ここがすごく良かったと思っています。
先輩やメンターへデザインの相談にいくにしろ、自分の言葉で説明できないとはじまらない。何がよくて、何がよくないのか。当然、最初ってうまく話ができない。なぜなら軸もないし、インプットが圧倒的に足りていないから。freeeでエンジニアやプロダクトマネージャーとともに開発を進めるなか、自分の言葉に自信もなければ説得力もないという経験をして。
それが悔しくて改善したいと思っていたんです。ブログやtwitterでの発信は「自分がしたデザインを説明する」という、課題に思っていたところの特訓になっていきました。
ー 春田さんのお話をきいて感じたのが、すごく純粋にまっすぐアドバイスを受け取って、実践されるということ。何がそうさせているのでしょうか?
とにかく成長したい、自分ができることを増やしたい。僕にとってのデザインって社会との接点なんだと思います。ちょっとでもいいものをつくり、誰かに使ってもらうというのが一番の喜びになる。
いまfreeeでのインターンとして働いていますが、2018年4月からもfreeeの社員として働こうと考えています。というのも、僕が専攻しているのは、経営学部の会計学科。友だちに税理士や会計士を目指す人が多い。その職業についた人たちがfreeeを使ってもっと楽になってほしいんですよね。彼らの苦労を知っているからこそストレスなく使ってほしい。
ー なかなか大学生でそこまで考えて仕事選びができる人も多くない気がします。
もしかしたら少し脱線してしまうかもしれませんが、じつは僕、高校生の時、持病で集中治療室に毎日はいらなきゃいけない、みたいな壮絶な経験をしているんですよね。集中治療室ってすごく孤独なんです。社会から孤立して、自分の居場所がないみたいな感覚になっていくんです。社会と触れる実感がある瞬間を大事にしようと思うようになりました。
今やりたいことをやりたいようにやればなんとかなる。スティーブ・ジョブスがスタンフォードの演説で「because believing that the dots will connect down the road will give you the confidence to follow your heart,」ということを言っていて。今やっていることが将来のためになると思ってやっていれば、今やってることに自信がもてるというような内容で。まさにそのとおりだなと。
僕にとってやっぱり「デザイン」は、今一番楽しいものなんです。いつ死ぬかわからないという経験をしてきたので、今をいかに楽しむかということは常に考えていたいですね。
(おわり)
文 = まっさん
4月から新社会人となるみなさんに、仕事にとって大切なこと、役立つ体験談などをお届けします。どんなに活躍している人もはじめはみんな新人。新たなスタートラインに立つ時、壁にぶつかったとき、ぜひこれらの記事を参考にしてみてください!
経営者たちの「現在に至るまでの困難=ハードシングス」をテーマにした連載特集。HARD THINGS STORY(リーダーたちの迷いと決断)と題し、経営者たちが経験したさまざまな壁、困難、そして試練に迫ります。
Notionナシでは生きられない!そんなNotionを愛する人々、チームのケースをお届け。