「新しい形のマーケティング・バイスプレジデント」とも表現されるグロースハッカー。しかしその役割は、既存のマーケティング職の概念ではカバーできないほど幅広いものだという。グロースハッカーに求められる役割とは。実際のWEBサービスにおける成功事例をもとに紹介する。
インタビュー第1回はこちら
▼グロースハッカーとは何か?―シリコンバレーで急増する、WEB業界の新たなキャリアを定義する[1] から読む
― グロースハッカーとは、プロダクトやサービスのグロース(成長)にフォーカスし、製品のマーケティングや全社的な戦略課題をクリエイティブに解決する仕事だと仰いました。マーケッターやプロダクトマネージャーと呼ばれる仕事とは違うのでしょうか?
たしかにマーケッターやプロダクトマネージャーという名前でもいいのではないかという議論は、アメリカでも起こっています。
僕自身は、グロースハッカーをそれらの仕事とは別のものと定義すべきだと考えています。グロースハッカーを募集する求人が、アメリカだけで700以上もあるのが何よりの証です。
個人的に、グロースハッカーを新しい仕事・キャリアとして定義することによって、WEBビジネスの世界に、新たな2つのシナジーが生まれると考えています。
まず、一つは「雇用における共通言語を持つことができる」ということ。グロースハッカーが職業として定義されることによって、適切な人材を探しやすくなる、ということです。
厳密に言えば、マーケッターとプロダクトマネージャーは、WEBビジネスの中で関わるフェーズがそれぞれ異なっています。マーケッターであれば、プロダクトやサービスが完成した後から。プロダクトマネージャーであれば、開発フェーズでの役割がメイン。
このように製品自体の改善とマーケティングを切り離して捉えるのではなく、それらを一貫して担うのが、グロースハッカーです。出来上がったプロダクトのPRやマーケティングにおける定量的データ、定性的フィードバックに基づいて、ユーザ数や売上等の目標、KPIを判断基準とし、“製品自体”を素早く、繰り返し改善していく役割を担う存在です。
マーケティング的な観点を持ち、製品・サービスの改善を行なうことのできる技術的な知見を持ったハイブリッドな人材について語るとき、これまでそれを適切に表現できる言葉がありませんでしたよね。だからこそ、グロースハッカーという新しい概念が浸透・定着することに大きな意味があるわけです。
そしてもう一つは、プロダクトやサービスを成長させるために何をすべきか、成長に必要なプロセスの共通認識を形成することができる。これもまた、グロースハッカーという概念がもたらす恩恵だと言えます。
例えば、グロースハッカーが採用するフレームワークの一つとして、2007年頃から500 StartupsのDave McClure氏が唱えている“AARRR”というものがあります。
● Acquisition (アクイジション) サイトやストアに顧客を連れてくる。
● Activation (アクティベーション)サインアップ等をしてもらい顧客になってもらう。
● Retention (リテンション)繰り返し利用してもらう。継続的にプロダクトの価値を伝えるのでEngagementとも言う。
● Referral (リファラル)満足した既存顧客にプロダクトやサービスについての共有や、友人等へ招待をしてもらう。
● Revenue (レベニュー)優料顧客になってもらう。
この顧客獲得から収益化までの一連のプロセス、グロースハックのためのファネル(じょうご)と呼ばれることもあるのですが、これを適宜見直し、素早く改善を繰り返していくことで、グロースハッカーはサービスやプロダクトをグロースさせていくんです。
一般的にWEBサイトやECサイトを運営している会社の場合、多くはPVやアクティブユーザー数、獲得ユーザー数を重要視しているのではないかと思います。
「登録ユーザー数が少ないのは、そもそもPVが少ないからだ」「そのために広告を出稿しよう。著名なメディアへ掲載してもらおう」こうしたケースも少なくないと思うのですが、これは、PVが良くてもKeyとなるアクションまで上手くいっていないバニティ・メトリックス(幻想の数字)の典型的な一例です。
サービスをグロースさせる上で重要なのは、AARRRにおけるどのプロセスに問題があるかを究明すること。サイトへの訪問数が著しく低いのか、サインアップしてくれる割合が低いのか、あるいは、サインアップ後の課金ユーザーの獲得数で苦しんでいるのか。
例えば、同じアイテムを取り扱っているECサイトが2つあるとします。Aのサイトは一日に100人の訪問者があり、50人が会員登録してくれた。ただ、実際に買物してくれたのは、そのうちの5人。50%がサインアップしてくれたが、そのうちの10%しか課金してくれなかったということになります。
Bのサイトも同様に一日に100人の訪問者があるものの、会員登録してくれたのはわずか10人。しかし、その半数の5人が買物をしてくれた。サインアップしてくれたのは10%でも、その50%が課金してくれた。
AとBともに100人の訪問があり、5人のユーザーが課金してくれたという事実は同じですが、それぞれが抱えている問題は全く異なります。この違いは、PVとコンバージョンだけ見ていても絶対に分からないでしょう。アクイジションやアクティベーション、リテンションなど、どのプロセスに課題があるのかをまず見つけること。そこからアイデアに優先順位をつけて、実際に改善をしていく必要があります。
― なるほど、AARRRのような共通認識ができることで適切な施策をうちやすくなるわけですね。
そうです。共通認識ができれば、スタッフ各自が理解し、研究しなければいけないことも変わってきます。グロースハッカーの存在があれば、プロダクト・サービスをグロースさせるために何をやるべきか、正しく見定めることができるようになると思うんです。
もちろん、プロダクトやサービスによってAARRRのようなファネルの形は異なるとは思いますが。Facebookでは、最後のRevenue(収益化)がなくて、Retentionに加えて、Engagement(継続的に価値を伝える)やResurrection(暫く使っていないユーザを復活させる)等も、指標としているとされています。
こうした役割は、マーケッターでありプロダクトマネージャーでもある、その両方のミッションを複合的にカバーできるグロースハッカーだからこそ、効率的に担うことのできるものだと思います。特にWEBを介したビジネスでは、変化とスピードへの適応が重要ですからね。
― グロースハッカーの仕事によって、劇的に成長が推進された事例などありますか?
例えば、Twitterですね。Twitterって、初めの頃はそのバリューがなかなか広まらなかったんです。そのため、Twitterのホーム画面には当初、使い方や特徴などさまざまな記載がありました。
でも実は、そのページに書いてあるテキストが、アクイジション(WEBサイト訪問)後のアクティベーション(つまりサインアップ)の妨げになっていた。そもそもtwitter.comを訪れる人は、すでにユーザーになっている人か、Twitterに興味を持った人だけですよね。テキストの説明は機能していなかったんです。
その状況をうけて、Twitterのグロースチームの出した答えが、現在のホーム画面。ログインとサインアップの項目だけの極めてシンプルなものになり、そこから劇的にサービスが活性化しはじめたと言われています。
あとは、Instagramもそうですね。そもそもフィルター機能に強みを持つ、数あるカメラアプリの一つにすぎなかったものが、リーンスタートアップ的に素早い改善を繰り返してきた中で、FacebookやTwitterとの連動機能が追加されたり、そうして共有された写真入りのWEBサイトからのアクティベーションが高まったりして、現在のような高い認知度を獲得してきています。Instagramの創業者らが自身をグロースハッカーと呼んでいないとしても、彼らの仕事はグロースハッカーのそれと同等なのです。
プロダクトを育てていく中で、バイラルする仕組みを組み込んでいくための舵とりも、グロースハッカーが担える役割の一つと言えますね。
(つづく)▼インタビュー第3回はこちら日本のWEB業界で、誰がグロースハッカーになり得るか?―グロースハッカー徹底解明[3]
編集 = CAREER HACK
4月から新社会人となるみなさんに、仕事にとって大切なこと、役立つ体験談などをお届けします。どんなに活躍している人もはじめはみんな新人。新たなスタートラインに立つ時、壁にぶつかったとき、ぜひこれらの記事を参考にしてみてください!
経営者たちの「現在に至るまでの困難=ハードシングス」をテーマにした連載特集。HARD THINGS STORY(リーダーたちの迷いと決断)と題し、経営者たちが経験したさまざまな壁、困難、そして試練に迫ります。
Notionナシでは生きられない!そんなNotionを愛する人々、チームのケースをお届け。