26歳でGoogleを退職後、2社を起業。わずか4年で2社とも上場を経験した佐藤裕介さん。2018年2月には新会社『hey』を立ち上げた、スタートアップ界の若きカリスマだ。彼は世の中をどう捉え、何に価値を見出すのか――その審美眼に迫る。
佐藤裕介の審美眼を知る、7つのキーワード
・過小評価されているものこそ「買い」
・「インスタ疲れ」と「Supreme」
・テクノロジーで、人間の行動は変わる
・論理を超えた先へ
・採用において、メルカリと同じ土俵に立たない
・30年前の映画に「時代」を重ねる
・商業的にも成功させることがかっこいい
ロールモデルがなく、キャリア選択において正解もない時代。あらゆる選択肢、情報に囲まれるなか、もしかすると、より重要になるのが「審美眼」かもしれない。自ら考え、見極め、自分の軸で選び取っていく。そのヒントを探るために、佐藤裕介さんのもとを訪ねたー。
僕は投資家としても、起業家としても、どうしたら社会に大きなインパクトや価値を提供できるのか、常に考えています。
そういった時に何をしていくべきか。例えば、投資の大原則は、みんなが過小評価している時に買って、過大評価している時に売るというもの。いま、何が過小評価されている領域なのか、自らチェックし、考えるようにしています。
また、時代の流れ、社会の動きをよく観察していると、価値観の揺り戻しが起こっていることに気がつきます。特定の考え方、価値観が永遠に続いていくことはありません。基本的に世界は偏った価値観に鋭く寄っていくと、必ずその反作用の力が働くはず。
だからこそ、事業について考える時も、社会の現象を捉えていく。現在、多くの人たちにとって良いとされる価値観が、どこまで先鋭化しているか。どれくらいまで軋んでいるか。ここに過大評価が生まれているわけです。いつ別の方向へ倒れていくのか、見極めていく。ここに過小評価があります。実際の変化が訪れたとき、すでに事業の準備ができている状態が理想だと考えています。
例えば、少しずつ軋みが限界に近づいている、そう感じられるのがInstagramです。
いわゆる「インスタ疲れ」は実際にあると思っています。Instagramはライフスタイルの一番ステキな瞬間、人生のピークを可視化するもの。それを見て「羨ましい」と感じる気持ちに、疲れはじめる人が出てきていて。「ないものねだり」が強化される構造になっている。 そこから、価値観の揺り戻しが起こっていると感じています。
例えばルイ・ヴィトンとのコラボレーションなどで盛り上がっている『Supreme』。 hey 社内でも例によく出していて、僕らは『Supreme』のことを「マイメン・ビジネス」と呼んでいます。彼らはショップスタッフも、商品を配るセレブリティーも、事業パートナーも、コラボレーションするブランドも、みんな元からの「マイメン(友達)」として捉えている。つまり、仲良い身内で楽しむためにビジネスをしているんですね。
「中国のマーケットでどう売るか」よりも先にまず「身内」をターゲットにして巻き込んで、楽しくやることを大事にしている。「自分たちのまわりのひとたちと、自分たちの力でできることをする」という、「ないものねだり」の真逆の力が、いま共感を生んでいる。同時に、その排他性が自分も彼らの「マイメン」になりたい、という磁力を作り出しているのではないかと考えています。
気が合う人とか、価値観が合う人とか、より小さな経済圏のなかで生活をするほうが、個人としては楽しいですよね。特に物理的制約、時間的制約を飛び越えていくインターネットだからこそ、小さな経済圏の可能性を広げることができると思います。
なぜ、佐藤さんは「社会」や「人間の行動」の変化に目を向けるようになったのか。また事業と結びつけて考えるようになったのか、その原点について伺うことができた。
ぼくは一人っ子だったので、もともと一人遊びが好きな子どもでした。今、思うと中二病かもしれませんが、人間や社会を客観的に眺めて、自分なりに分析するのが好きだったのかもしれません。
ただ、それを事業と結びつけて考えていくようになったのは、20代の半ば。Googleをやめて、イグニスという会社の創業に携わった頃のことです。
当時は、10人に一人しかスマホを持っていない時代。ただ、スマホで世の中が変わる、人間の行動や考え方が変わっていく確信がありました。
決して特別な瞬間に気づいたわけではなくて。今ではあたり前ですが、信号待っている時、エスカレーターに乗っている時、電車で移動している時、スマホを触る人たちがいたんですよね。
もともと暇とさえ思わず、「スキマ時間」に風景を眺めるなどしていた人たちが、スマホの登場によって「何かしていないと暇」と感じるようになった。その時間にどういうコンテンツが必要か。すごいペースでアプリを作っていきました。これが自分のなかでは大きな成功体験となっています。
佐藤さんは何か意思決定する時、狙いや意図は明確でありながら、決して統計や定量だけでは見えない領域に「張る」ということをしているように感じる。彼が大切にしているのはどういったことなのだろう。
10年ほど前から、論理解から得られない「洗練」が必要とされるような領域が大切になるといわれていますよね。つまり価値観を提示したり、カルチャーを提示したり。人材という側面からいえば、論理思考・情報処理とは別の能力、直感やインスピレーション、感性を武器として戦うことも重要で。世界的に見ても、必要に迫られ、それがスタンダードになっている気がします。
例えば、大卒のインド人がこれから急増していくと言われています。つまり向こう10年で、英語が話せて基礎的な統計処理スキルがある人材は数億人単位で増えていくということ。参入者が増えれば増えるほど、スプレッドは減っていく。同じ利ざやが取れるわけがありません。そこで自分が1位になれるという確信がなければ、どんどん食われていく側になります。
中国人も、インド人も、インドネシア人も、アフリカの人も、定量的分析や処理は誰がやっても一緒。ではどう戦うのか、ここは自覚的にならざる得ない部分なのだと思います。
裏を返すと、優秀であるかいなか、経歴はもちろん、定量では測れない時代に突入していくということ。どのようにして優秀な仲間たちを集めていくか。新会社『hey』の採用戦略について伺った。
いま、『hey』では採用に力を入れているのですが、どれだけ 「heyを応援したい」と思ってくれる人が増やせるか。その一点で勝負をしています。いろいろと足りないところはあるけど「サポートしてあげたい」とか「あの人の助けになりたいな」とか、そう思ってもらえる会社であろう、と。
例えば、メルカリは誰がどう見てもイケてる会社ですよね。集まっている人たちは能力が高く、いい人たちで。経済条件や福利厚生も素晴らしい。採用で競合した時、論理的に考えたら絶対に勝てません。GoogleやFacebook、Twitterなども同じで、採用における戦闘力勝負のようになっています。インフレを起こしているといってもいいかもしれません。
その勝ち目のない勝負はしない。同じ土俵に乗らない。だからこそ、自分たちが好きだと思えること、スタンスをちゃんと伝えていくという方法を取っています。その上で「heyが好き」と思ってもらえる人に来てもらえる、そんな状態をつくりたいです。
じつは、Tシャツやパーカーなどの販売も、決して適当ではないんですよね。会社の施策として行なっているので、僕らが応援される会社になっているかどうか、モニタリングをする。リトマス紙のようなもの。わざわざ会社法人のTシャツを3,000円払って買うっていうのは通常はあり得ないこと。幸い、けっこう売れているので、僕らがやっていることが一定程度正しいんじゃないかと考えています。
もうひとつ、彼がユニークなのは、経験・知識に裏付けられた意思決定と同時に、一見、ビジネスと無関係にも思える「映画・音楽・小説・アート」などの文脈を、ビジネスシーンで引用することが多々ある、ということ。『hey』ロゴにも面白い誕生秘話が。映画『WILD STYLE』を引用し、デザイナーとイメージを共有したという。その狙いとはー?
イメージが共有しやすい、価値観を共有しやすいので、小説や映画、バンドの話など引用することはあるかもしれません。もちろん、自分の引き出しにそれらが多いっていうのもあります。
もともとぼくは社会の変化と、現状の差分に事業機会があると考えるタイプで。時代考証として、映画や音楽をテーマに考えることは多いです。
「世の中こういうふうになるだろう」と仮説をもっている時、それと似た空気感のものを探し、リファレンスっぽく使う。自分のなかで解釈し、置き換えていく。すると時代の流れや背景など、理解の解像度が上がっていくような気がします。
たとえば、『hey』のロゴでいうと『WILD STYLE』という映画のイメージがすごくハマって。その話をもとにデザイナーの松本とイメージをすり合わせていきました。
30年以上前の映画ですが、サウスブロンクスの黒人たちが、「今、ここにいる自分たちだからできることのパワー」を描いた映画だと解釈しています。それが世の中を変えたり、新しい潮流とかカルチャーを生み出していくという話なのかな、と。これも「ないものねだり」の揺り戻しなんですよね。
『WILD STYLE』の題材はヒップホップですが、『hey』が実現したいことにもすごく近い。そして小さなコミュニティや経済圏から独自のカルチャーが生まれていく、2018年に起こっていることも非常に近い状況があると捉えています。
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最後に伺えたのが、佐藤さんの価値観について。映画・小説・音楽・アートなどに対する造詣も深い彼だが、「商業的な成功」にも重きをおく。その理由とは?
もともと思春期の頃にはアンダーグラウンドなもの、インデペンデントなものこそが良いもの、極端にいえば「売れていないものこそが真にいいものだ」くらいに考えていたと思います。
ただ、当時よく読んでいた雑誌で、コムデギャルソンの川久保玲さんが、確か「商業的な成功と、アートとしての成功を両立させるべき」というようなことを辛辣に書かれていました。それにすごく衝撃を受けたんですよね。
新しい価値観や世界観を、自ら見出し、提示していくだけでなく、商業的にも成功をさせる。それこそが社会にインパクトを出すということなんだ、と。それが一番かっこいい。もしかすると、あの時に受けた衝撃が、今のぼくのビジネスにもつながっているのかもしれません。
photo by Kohei Otsuka
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