2018.11.19
最低でも4年! 62.5mmのマス目に文字を書きつづける「書体づくり」の裏側

最低でも4年! 62.5mmのマス目に文字を書きつづける「書体づくり」の裏側

1つのフォントを作るのにどれくらいの年月がかかるかご存知でしょうか?その期間はなんと約3年。1文字ずつイチから作っているそうです。こんな話を展開したのは、モリサワで書体のディレクターをしている富田哲良さんと、日本デザインセンターの北本浩之さん。

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※2018年10月に開催された「CreativeX #2 session5 文字と構成」よりレポート記事としてお届けします。

モリサワ、日本デザインセンターによる「フォント」解説

2016年からアップルやグーグルが共同で準備を進めているフォント規格、「バリアブルフォント」が話題となっています。

モリサワの富田哲良さんによれば「例えばこれまでフォントの太さは、ライトやボールドといった予め定められた種類からしか選ぶことができなかったが、バリアブルフォントという新しい技術・規格を使うとユーザーがパラメータを利用して無段階に太さを選択可能になる」とのこと。ゆくゆくはWebやアプリの世界でも使われるようになる可能性を秘めているそうです。

こういった新たな規格例も飛び出した、フォントにまつわるトークセッションの様子をお届け。「フォントがどのように生まれるか」「どういった基準でフォントは選ぶべきか」「エディトリアルデザインとどう向き合うか」、モリサワで書体のディレクターを務める富田哲良さん、日本デザインセンターの北本浩之さんの視点とは?


(画像参照元:Adobe Typekit Blog「バリアブルフォント – 柔軟なデザインを可能にする新しい種類のフォント

フォントを生み出す「タイプディレクター」の仕事

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富田哲良 広告代理店を経て、2010年にモリサワ入社。タイプディレクター 関連:ちょっとクセのある明朝体がトレンド、2018年のフォント事情

まず話を切り出したのは、モリサワのタイプディレクター富田さん。書体開発のディレクターというユニークな仕事内容について説明してくれました。

「モリサワの場合、書体の開発計画を立案して予算管理や開発チームのマネージメントを行うのが僕ら、タイプディレクターと呼ばれる職種の役割です。直近のプロジェクトだと1つの書体を作るのに、4人のチームで2年ぐらいかけました。太さのバリエーションを増やすとなると、4年くらいかかることもありますね」

仕事のイメージは「ヨットで世界一周するようなレース」みたいなものだそうです。

「グラフィックデザインを短距離走に例えると、エディトリアルデザインは長距離走。一方書体のデザインはどうかと言うと、ヨットで世界一周するレースみたいな感じなんですよね。入念な計画と準備を行ってからチームで少しづつ前に進む。ディレクターもデザイナーと並走しながら一緒に書体を作り上げていきます」

フォントの多言語化は、現地の調査から

日本語フォントだけではなく、ラテンアルファベットなど様々な言語の書体もつくっているモリサワ。異なる言語圏のフォントをつくるプロセスは、調査から始まるといいます。

「各国の文字文化を調べるのも僕らの大切な仕事です。どのようなツールで文字を書き、どのように発展してきたか。地域や年代ごとに必要とされる文字種やデザインに違いがあるか。何らかの制約により正しい組版が実現できていない環境下において、どのような解決策があるか。書体の開発は、学術的なアプローチも重要になります」

複数の言語をサポートする「多言語フォント」では、どの国の人にとっても同じ印象・ユーザビリティが得られるようにフォントを作り込んでいきます。

「2019年1月にリリース予定のモリサワの新書体「ClarimoUD」は多言語フォントとして開発されていて、英語や日本語に限らず、ハングルや中国語などアジア圏の言語から、デバナガリやアラビックなどの中東の言語まで、同じ印象になるように心がけてデザインします。こうすることで、例えば日本で作成された商品パッケージの、デザインのコンセプトや印象を崩さずに海外展開できたり、様々な国の方が利用する空港のサインなどで使用したりといったことが可能になるかと思います」

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ClarimoUDシリーズ(和文はUD新ゴ)

新人デザイナーは約2年かけ、何も見ず、指定の書体を書けるように訓練

1つのフォントが生まれるまでの工程についても明かしてくれました。

「新しい書体を開発するとき、62.5mmの正方形の中に文字を書いていきます。手書きで1文字づつ文字をデッサンしていくんです。昔の書体はを写真で撮ってトレースしたような感じで作られていました」

モリサワでは、新人を鍛える訓練として昔ながらの書体づくりにチャレンジしてもらっているといいます。

「新人は約2年かけて何も見ずに指定の書体を書けるように訓練します。明朝体ならリュウミンをデッサンします。僕もやりましたけど、本当に気の遠くなる作業ですね」

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書体を擬人化させて、声を想像する

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北本浩之 大阪出身、東京の広告代理店を経て、2012年から日本デザインセンターのアートディレクター 関連:ライバルは文房具。原研哉氏が率いるデザイン会社がシンプルすぎるエディタ「stone」をつくったワケ

つづいては、日本デザインセンターの北本さん。

テキストエディタ「stone(ストーン)」はなぜ書いていて気持ちがいいのでしょうか。その秘密はフォントへのこだわりにあるといいます。

「stoneを縦組みの明朝体で使うとものすごい大作が書けたように感じるはずです。理由の1つにフォントがあると思っています。ゴシックはこの游ゴシック体とHelveticaの組み合わせです。懐が少し狭めで漢字と日本語にリズムが付くので長文にも向いている。明朝体は游明朝体とTimes New Romanの組み合わせです。游明朝体は小説が組めるような明朝体として設計されたので、こちらも長文や縦組みでの使用に適しています」

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stoneで、縦組みの明朝体を使って書いたスクリーンショット

stoneに限らず、私たちが書体を選ぶときのコツも教えてくれました。

「書体を選ぶ時に意識してるのは、どんな人にどのように届けるのかを考えています。書体を擬人化してしっくりくるかを想像することもあります。レイアウトする文字のサイズは声の大きさに例えられるのですが、悪い例だと、静かに語りかけるようなコピーなのに、大きくレイアウトされていると言葉とビジュアルがマッチしないですよね」

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トヨタ自動車 JPN TAXIカタログの事例

「JPN TAXIのカタログ。見出しの書体はモリサワさんの秀英明朝Lです 。タクシードライバーが語りかけるような口調。おもてなしと丁寧な印象を持たせるために、モダンなのに一筆の連綿がしなやかなニュアンスを持つ秀英明朝がマッチすると考えてセレクトしました。ウェイトはL,M,Bとありますが、紳士的なドライバーをイメージして、細い書体の明るさ、繊細さを取り入れました」

文字組みにおいても、気をつけておきたいことについて共有。

「文字組みを考えるとき、その文章をどういった気持ちで読み進めてもらいたいのかを意識してみるといいと思います。例えば、心が圧迫されるような文章の場合は文間を詰めてみる。伸びやかな文章の場合は文間や行間を広くとる。“どんな人が、どんな声の大きさで、どんな気持ちで” 発信しているのかを考慮して設計していくことが大切だと考えています」

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『stone』は北本さんのミニマリズムを体現したプロダクトでもあるといいます。普段からふれるものも、極力シンプルなものにしているそうです。

「仕事をするときに視界に様々な情報が入ってくると影響を受けてしまいます。だから服も無地でモノトーン。静かなデザインをする状況で、赤い服を着ていたとしたら、アウトプットが激しくなってしまうからです」

「ペットボトルの飲み物を買ったら始めにラベルを剥がします。パッケージはコンビニなど店頭でいかに人の目にとまるかを考えて設計されているので、その発信力が強すぎてデスクに置くと気になってしまうんです。ミンティアも黒い革のケースに入れています。ちなみにいま履いているニューバランスのスニーカーは、Nのマークを剥がして使っています(笑)」

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「色を選ぶのも、言葉を扱うのも、画面や紙面のレイアウトもすべて理由があって選んでいるので、視界に入る周辺の環境は極力無駄なものは省いたり余計な情報を入れないように日頃から気をつけています。『stone』も自分の思想を反映したプロダクトになっていると思います」

(おわり)


文 = まっさん


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