それはもう「テキストエディタ」と別物といっていい。価格は3000円。書き手の目線、余白、グリッド…細部にこだわり、無駄を排除。『stone』は書く心地よさのみを追求し、App Storeでも1位*を獲得した。つくったのは日本デザインセンターの面々。あらゆるプロダクトに活きる、心地よさのデザインとは?
(*)... 2017年12月2週目時点
日本を代表するグラフィックデザイナー、原研哉さん率いる日本デザインセンター(NDC)が、とてもユニークな自社プロダクトをリリースした。それが『stone』だ。
広義でいえばテキストエディタの類だが、あまりにもシンプルなつくり。アプリを起動し、映し出されるのは真っ白な画面。言われなければエディタだとわからないかもしれない。
「僕らが意識したのは、触感であったり、気持ちよさなんです」
今回お話を伺ったのは、企画からアプリづくりに携わった北本浩之さんと横田泰斗さん。
これまで『MUJI』や『三越伊勢丹』など大手企業のグラフィックデザインのイメージが強かったNDC。なぜ彼らがデジタルで自社プロダクトを? そしてデジタルの領域において「触感」は表現できる? 心地よさのデザイン、その本質に迫った。
ー 日本デザインセンター(以下NDC)といえば、グラフィックデザインのイメージが強いですよね。なぜ自社プロダクトを、しかもデジタルで作ろうと?
横田:おっしゃっていただいたようにNDCって「グラフィック」のイメージがずっとあったんですよね。なので「グラフィック以外のNDC」というブランドを世の中に発信していこう、と。そのひとつが「stone」のプロジェクトでした。
NDCにもWebやアプリ、サイネージといったデザインを手がけるチームがあります。ブランドと消費者にとって最初のタッチポイントを、デジタルでもつくれる。そのような面を伝えていきたいという考えがありました。
横田さんが手掛けた ライフスタイル提案型ビューティーブランド、dear mayukoのWebサイト。「幸せをまるくつつむ」というデザインコンセプトを体現するような、穏やかさと清潔感を感じさせる。
やるからにはゼロからモノをつくれることを発信したい。そこで、Webやアプリではなく、プロダクトにこだわることになりました。
ーその中でもなぜ「テキストエディタ」だったのでしょうか。
北本:じつは方向性はなかなか決まらなかったんですよね。そもそもサイドワーク的にはじまったプロジェクトなので、時間の捻出もできなくて。50案以上出しあい、1年くらいかけながら「何をつくるか」から議論していきました。
stoneに決まるまでの実際のアイデアフラッシュ資料
はじめはARやVR、ドローンのような先端テクノロジーをつかったほうがいいのでは…という案も出ていましたね。多くの人たちに知ってもらおう、と。ただ、どうもしっくりこなかった。わざわざNDCがやらなくてもいいよね、と。
大切だったのが、「自分たちの世の中に発信すべき強み、デザインにおいて大切にしている考え方って何だろう」という観点。こうして浮かび上がったのが「タイポグラフィ」や「フォント」「文字組」といったキーワードだったんです。
ー 「NDCの強み」つまり自分たちと向き合うことでつくるものが決まっていったんですよね。
北本:そうですね。さらに「テキストエディタ」という方向性に落ち着くまでにも右往左往がありましたが(笑)。
ー ちなみに最初に考えていたアイデアは?
既存のWebサイトを美しく再表示してくれるビューアーですね。Safariにも似たような機能がありますよね。ただ、サイトの文字情報だけを抽出し、表示をしてくれるだけ。私たちは「文字組み」や「フォント」まで、デザイナーが整えたように美しく見えるようにしたかったんです。
たとえば、情報整理が煩雑だったり、画像や広告が乱立しているようなWebサイトでも、見せ方次第で情報の質が変わってくるのではないか。今まで気づけなかった情報を見つけたり、新しい発見があったりするかもしれないと思ったんです。
ー すごく良さそうですが、なぜボツに?
想像していたよりも多くの情報を処理し、変換しないといけない。さらにWebサイトの構造はさまざま。すべてのWebサイトで思うように表示できない、きれいに表示させられないということがわかり、断念をしました。
ー そこからどのようにしてエディタに?
横田:ビューワーの議論があって「見え方を変えるだけで、体験の質があがるのではないか」という仮説はずっとあって。じつは僕の原体験が発想のきっかけにありました。
文字を書くときに、InDesignで書いていたときと、Macのメモ帳や、その他のドキュメントで書いたときで、まったく質感が違って見えたんです。
横田 泰斗 Webデザイナー
趣味で参加している「文学フリマ」に出す作品を執筆していて。はじめはメモ帳で書いていたのですが、まるで気分がのってこない。ふと「はじめから縦組みで書いたらどうだろう」と、InDesignで縦組みで文字を書いてみました。するとまるで自分が書いた文章じゃないかのような気がして、どんどんと書き進めることができたんです。
どこに入力するか、その世界が変わるだけで、書き手のモチベーションも変わる。これって素敵なことだと感じたんですよね。だから、はじめからデザイナーが文字組みしたように行間や余白が整っていたらどうかなって。その気持ちよさを再現したい。感じてほしい。この感覚はきっと多くの人に共通するはず。こうしてプロダクト化が決まりました。
北本:洗練されたデザインになればなるほど、没入できる。私も前から思っていたところで、人間って環境によって同じことでも、感じ方が大きく変わってきますよね。
たとえば、頭がこうモヤモヤして集中できない時って、周辺の環境が散らかっていたりする。家でも部屋が散らかっていたりする。そんな時、いったん作業スペースの掃除からはじめるんですよね。床の汚れまで気になって、夜中3時ぐらいにフローリングのワックスがけをしたことも(笑)こうすることでやっと仕事や作業に向き合える。
さすがにそれはやりすぎかもしれませんが、集中や没頭と環境が結びつくのは実感できる。その感覚を「stone」ではスクリーン上で再現したいというのがあったんです。なるべく文章を書くという一点に集中してもらう。そのために使わないボタンを全部とって文章しか出ない状況にしました。
ー 私も使ってみたのですが、他のエディタとは全く違う質感があったようにも。具体的にこだわったところとは?
北本:まずはアプリを起動した時、ウィンドウや画面のサイズに関わらず、エディタが同じ比率で、中心に出てくるようになっています。等間隔でグリッドを引いてあって。
もうひとつ、「メニュー」を文章とキーボードの間に集約させています。文章を書く時、余計なところに目線がいくのはストレスですよね。なので気が散らない、最小限の目の動きだけで済むようにしています。
文字数カウントにしても、目線の延長線に薄く表示させていて。「検索」や「置換」もエディタ下部、中央のメニューにまとめています。
横田:さらにもうひとつ、行長を調節したい時も、直感的にできるようになっています。何文字で改行されているか、カウントもされます。
もっと細かいところをお話すると、縦書きモードにおける半角数字における表示のさせ方にもこだわっています。数字2ケタまでは横表示される。たとえば「11」と「111」を打ち比べてみるとわかりやすいかもしれません。
ー まだまだこだわりはありそうですね。
北本:そうですね。ただ書き手のみなさんは、私たちのこだわりを意識していただかなくていいんです。むしろ気づいたら書くことに没頭していた、というのが理想だと思っています。
たとえば、Twitterで「触感がすごく心地いい」と表現をしてくれている方がいたり、「使っていて気持ちいい」といってくださる方がいたり、そこが純粋にすごくうれしいんです。
横田:私たちは「stone」をアプリではなく、どちらかというとノートや文房具と比べてほしいと思っています。書くことしかできないのに、3000円という値段がついているのもそれが理由です。
ちょっといい筆記用具を買ったという感覚で使ってほしい。そう考えるとまだまだ改善の余地があって。書き手の人たちにとって最高の道具となるよう、ブラッシュアップしていければと思います。
(おわり)
4月から新社会人となるみなさんに、仕事にとって大切なこと、役立つ体験談などをお届けします。どんなに活躍している人もはじめはみんな新人。新たなスタートラインに立つ時、壁にぶつかったとき、ぜひこれらの記事を参考にしてみてください!
経営者たちの「現在に至るまでの困難=ハードシングス」をテーマにした連載特集。HARD THINGS STORY(リーダーたちの迷いと決断)と題し、経営者たちが経験したさまざまな壁、困難、そして試練に迫ります。
Notionナシでは生きられない!そんなNotionを愛する人々、チームのケースをお届け。