良い作品・作家との出会いについて「見定めるというより、どれだけ僕ひとりに深く刺さるか」と語ってくれたコルク 佐渡島庸平さん。新人作家の発掘も編集者の役割だが、彼が大切にしているのは、才能の見極めより、自分の内なる声と向き合うことだったーー。
ヒット作品を世に送り出す、佐渡島庸平の視点
・才能を見極めようとは思わない
・「なぜ好きか」を語れる人になる
・どこまでも深く「自分観察」
・納得いくまで熱を込める
・無意識の「期待」を捨て去る
・世の中に「絶対的な才能」は存在しない
・僕はホンネを伝えるだけ
まだ世に広まっていない「ヒットの原石」をいかに見出すか。見極めていくか。目利き力について佐渡島庸平さんに伺った。
才能をどう見出すか。どうすれば目利き力が発揮できるのか。こういったテーマでお話をする時、『宇宙兄弟』の小山宙哉さんとの出会いについて思い出します。
小山さんが新人賞に応募してくれて、その作品を読み終わった時、ものすごい衝撃があったんですよね。今でも忘れられない。
シンプルに「この作品が世に出ていたら、僕はお金を出して買う」と思えた。「投げ銭したいな」というくらいでした。すぐに彼が当時住んでいた大阪まで、新幹線で会いにいくほどで(笑)
この自分のなかに芽生えた「すごい作家に違いない」という確信こそ、目利きの力だと思うんです。心揺さぶられた自分と向き合っていく。
だから「作家の才能を見極めよう」とは思っていないんですよね。どれだけ僕自身に深く刺さっているか。自分の「外」に答えを見つけていない。「内」にある感動に素直になっているだけ。
たとえば、洋服でも「ハイブランド」と「ファストファッション」ってどちらも正解じゃないですか。絶対的な良し悪しはない。どちらが評価されるのか、売れるかは時代や社会にもよってくる。むしろ世の中の面白さって、それまでは全く評価されていなかったものが、良しとされていくことにあると思うんです。
世の中的な評価がまだ定まっていないものを、いかにヒットへと結びつけるか。
じつは自分がどんな作品が好きで、なぜ好きなのか。語れる人はそう多くはいません。本や映画の感想ってだいたいが「おもしろかった」「良かった」で終わってしまう。
世の中でヒットを飛ばそうと思ったら、少なくとも「自分が好きな理由」については言語化できることが不可欠ですよね。
日常生活でもそう。
たとえば、お寿司屋に行くにしても「おいしいから好き」じゃダメ。ネタの数が少ないけど、大将の接客が心地よかったから好き。シャリが好みの量だった、値段が見合っていた、立地が…と自分のなかには語れるだけの軸を持ったほうがいいと思っています。もちろん、あまりまわりに話すと理屈っぽくなるかもしれないので気をつけたほうがいいですが(笑)
自分が好きだと思うモノ・コトについて語り尽くせるようになる。それは「自分観察」と言い換えても良さそうだ。
つまり、編集者自身が、どこまでも深く自分自身を観察することでもあると思うんです。これまで小説や漫画をたくさん読んできましたが、じつは作品を読むとき「あらすじ」はあまり覚えていない。ただ、どれくらい心が動いたかは鮮明に覚えていて。
とくにアン・マイクルズの『儚い光』を読んだ日のことは、ありありと思い出すことができます。美しさと物語の魅力、主人公の人生観、全てに感動しました。
普段ならありえないのですが、電車の中で読んでて、駅を乗り過ごしてしまった。これは電車の中で読むような本ではないと、はじめて大学をサボって、家にこもって最後まで読んでしまった。人生でたった1日。その1日の感動をもう一度経験したい。そんな気持ちがずっとあるのかもしれません。
じつはこの「自分にどれだけ刺さるか」は、マーケティングの観点からしても理に叶っていると佐渡島さんは語る。
そもそも出版物ってはじめから狙ってるターゲットがすごく狭い。100万部売れたらもう大ヒットなんです。だから、ターゲットが500万人くらいいるとしてその中の100万~200万人に深く刺さるものを作った方がいい。
たとえば、『宇宙兄弟』だったら、“青年漫画で宇宙モノ”ってそもそも興味を持つ人がかなり少ない。だからこそ、少ない人に深く刺さるものにしていく。
僕ひとりに深く刺すことができれば、作り手の熱量を作品に閉じ込めることもできます。自分で読み直した時、果たして興奮がどのくらい再現されるのか。それを自分自身が納得いくまでこだわり抜いて、再現できた時、読み手もきっと同じ感情を味わうことができるはず。
そして、「絶対これ読んだ方がいいよ」って伝えたくなる。
作品づくりの過程で、熱量が抜け落ち、どんどん情報だけのまとまりになってしまうものは世の中にたくさん溢れている。だからこそ「個」の熱量こそが大切なのだと思います。
ただ、ひとつ気をつけないといけないのが、「主観」に拠りすぎてしまうことだ。
自分に深く刺さりすぎて、作家と一緒に作品をつくっていく。すると、個人的に感情移入してしまうことがあります。
たとえば、『宇宙兄弟』を出す時って、1話目のゲラを1ヵ月持ち歩いていたんですよね。いつ読んでも「これは本当に面白いのか」を確かめるために。飲み会の帰りなど、ことあるごとに読み返していました(笑)あらゆるシチュエーションで読んでみて、チェックをしていく。
新人作家に対しても「早く結果を出してほしい」と期待を持ってしまう。編集者自身、無意識に「この作品はきっと面白いはずだ」と思い込む危険性があるんですよね。かといって「期待しちゃいけない」って自己暗示をかけても、なかなか捨てられない。
いろんな読み方をし、客観的に見れる状態を物理的につくるようにしています。
もうひとつ、佐渡島さんに伺ってみたかったのが「才能」について。「花開く才能」と「枯れてしまう才能」、その差はどこにあるのだろう。
才能が花開かない人は、「努力せずに才能が花開く」と思っている人だと思います。努力せずに「成功がやってくる」と思っている人には、一生成功は来ない。
僕は、全世界、全産業における成功は、努力の量に比例してると思っていて。継続的にずっと成功してる人で、努力をしない人に会ったことない。天が「才能」を与えて、ただただそれだけで優雅に過ごせるなんてことはありえない。
才能を言い訳にする人は「こんなにもがんばっているのに報われない」といった発想になってしまう。多くの新人を見てきて思うのは、自分がやっている2倍、3倍、まわりは努力をしていると思ったほうがいい。
また、世の中で絶対的に勝ち残れるすごい才能みたいなものがあるわけじゃないんです。
たとえば、語学堪能で、プログラミングができ、コミュニケーション能力も高く、イケメンで、お金持ちで、性格もいい完璧な人がいたとして。逆に、何ひとつ上手くできないけど、なんだかほうっておけなくて、応援したくなっちゃう人もいる。なにもできない人の周りには、助けてくれる人がいっぱい出てくるかもしれない。
どちらが幸せなのか、比べられないですよね。
編集者は作家・漫画家を「やる気」にさせるようなコミュニケーションも重要? そこで最後に伺ったのが、佐渡島さんが大切にしている作家・漫画家との接し方について。
もう僕は本音を言うだけなんですよね。むしろそれしかできない。どの場面がどう楽しかったとか、待ってるよとか。
もちろん多くの作家・漫画家の新人とやり取りをしているなかでアドバイスをすることはあります。
ただ、最終的には、自分で決めないといけない。「決めること」ができない人、たとえば「漫画家になるかどうか迷っている」ということさえ、僕に決めさせるような新人はたぶん才能がない。
自分で意思決定できない人は、結局何も成し遂げないのかもしれません。会社でもそうですよね。会社が採用してくれたから行くんじゃなくて、自分が行きたいと思ったからそもそも受けたわけで。
ただ、努力をしていて、よい作品をつくっているけど、まだまだ世に知られていない作家や漫画家もたくさんいます。
すごくあたりまえですが、人は知らないものは絶対好きになることがない。なのに、知るための情報がほとんどないですよね。
僕よりも優秀な編集者はたくさんいるけど、僕は積極的に情報を発信しているので、応援してもらえる場が増えた。そんな風にして作品だけじゃなく、作家を応援したくなる。作家のことを好きにさせるのも僕の役割だと思っています。
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