メルカリのプロダクトマネージャー出身の浅香直紀さん。彼がつくったのはライブ・チケット情報を見逃さないようにお知らせしてくれる『Freax』。TwitterやLINE、Facebookグループでミニマムにコストをかけず、素早く市場調査や検証を行ない、アプリ開発に活かす。その方法とは?
好きなアーティストのライブ・チケット情報をお知らせしてくれる『Freax』。
フォローしたアーティストのチケット情報をPush通知で知らせてくれる、とてもシンプルな機能。
AppleMusicやSpotify、端末内の音楽情報と連携したシームレスさなど、アプリとしての完成度に音楽ファンからの期待が寄せられている。
『Freax』を手がけるのは、元メルカリのプロダクトマネージャーの浅香直紀さん(25)。彼自身の原体験から着想された。
「バンド活動をしていたとき、ライブ告知をしたにも関わらず、”え、知らなかった” ”知ってたら行きたかったのに” “忘れてた…”とよく言われて」
また、自身もいち音楽ファンとしてライブ情報を把握しようとしたとき、アーティストによってTwitterやFacebook、公式サイトなど情報発信の場が分散していたり、どのサイトでチケットが発売されているのか把握しきれなかったり、とキャッチアップに苦労した経験があった。
・同じようなペインを感じている人をどう見つけていった?
・どうやって現在のUI/UXにたどり着いた?
浅香さんはLINEやTwitterなどのSNSを活用し、コストをかけずに素早くニーズ検証とUXの磨き込みを行ってきた。その方法を伺った。
ー アプリをつくろうと思ったときにアイデアはあっても本当にイケるかわからないって あるあるですよね。浅香さんはどう見極めているのでしょうか。
そうですね。Freaxは自分たちのアーティストだったときのペインと音楽ファンとしてのペインの双方の解決を具現化する形から事業のアイデアが生まれました。
ただそれだけだと、自分たちだけが持っているペインかもしれないので「他の人たちも同じように思っているのか」と、もっと範囲を広げて考えないといけない。
まずは自分の周りにいる「ライブによく行く知人たち」にヒアリングを行なっていきました。できるだけ関係値によるバイアスがかからないように心がけるのがポイントです。直接的な質問をするというよりは、音楽の消費活動についてのヒアリングという形で、誘導尋問をせずにオープンクエッションで聞いていきました。
そこで一定強いペインがありそうだとわかった。そこからもう少し客観的な要素での確信を得るため、まずは、知人より遠い距離にいる人に向けたアンケートとTwitterで生の声を探しました。
Twitterでは「チケット 忘れた」「チケット 見逃し」「ライブ 知らなかった」というようなワードなどを検索しました。一定のボリュームのペインとその強さがあることがわかって。これを解消するための何かを考える価値はあると思うようになりました。
Twitterはニーズ発見機だなとは日頃から思っていて。Instgramと違って着飾ったような自分をよく見せるような投稿ではなく、つぶやきという意味通り生の声があがっている。負の感情が芽生えたときにもTweetしている人が多いのでペインを見つけやすい場所だと思います。
同時にアーティスト側にもヒアリングをしていると、「情報がファンに届いていない」「SNSで日常的な投稿とライブ告知の投稿が混ざってしまう」「ライブ情報だけ発信していたらフォロワーが増えない」「ライブ情報の更新に手間がかかる」という悩みが浮き彫りになってきました。
ある程度予測はしていたのですが、ここからアーティストとファン双方で機会損失が起きていたんだとわかりました。
ー Twitterによって把握できたユーザーの声。そこからどのように提供するサービスの形に落とし込んでいったのでしょうか?
LINE@を使ってましたね。音楽好きの知人にアーティストのチケットやライブ情報を送って、最初の検証をしていました。身近でコストをかけずに検証ができますし。
実は、『Freax』をやる前に何個か事業をやっていて。その中の1つで、アイドル好きの人って「推しメン」という存在がいるのですが、ネット上にある「推しメン」に関する新着情報を網羅的にLINE@で受け取れるサービスがありました。
そのLINE@におけるCTRは70%以上と高かった。「好きな対象の情報はすべて知りたい」「追いきれていない情報を知らせてほしい」「受動的に情報を受け取りたい」というニーズはあると踏んでいました。
LINE@でPSF(Problem Solution Fit)、つまり「受動的かつ網羅的に好きな対象の情報を得られる形」に価値があると感じてからは、実際にUIレベルに落とし込んでいき、見せ方やMVPなど含むサービスのテイストを考えるようになりました。
前提として、ユーザーから見たAppStoreの説明画像は、主要画面や特徴の画像など少ない情報で、どれくらいサービス内容がイメージつくか、魅力的かなど定性的な部分を図るモノサシだと思っていて。
なので、アプリ内の画面を抜粋した一枚の画像を作り、「どういうサービスかわかるか」「どれくらいワクワクするか」といったようなことを聞いていました。
あと、Facebookグループも利用していました。けんすうさんが漫画サロンを運営されているじゃないですか。漫画サービスをつくるために、漫画好きを募集していろんな意見を聞くっていう。「こういう検証方法もありだな」と思ったんです。
音楽好きの友人やその知人を招待して、ファン側の音楽の消費活動について把握することを狙っていました。
例えば「どのストリーミングサービスに課金している?」「いまアツいアーティストは?」みたいなことを聞いていくんです。コミュニティ的な要素もあって、バトン形式での投稿スレやライブの感想のスレ、「このアーティストが好きならこっちも好きじゃない?」みたいなスレもありました。
サービス内のおすすめアーティストはこのFacebookグループのスレッドで出たものを参考にさせてもらっています。サービスを作る上でのUI/UXのベースとなるユーザーの感情や実際の体験やペインなどリアルな声を把握するのに役立ちました。
ーSNSを使って、提供するサービスのイメージを固めていく。次はどういったことをするのでしょうか?
実際にアーティスト・ファン双方のニーズがわかって作るべきものが固まってきたら、そこからはとにかくUI/UXの作り込みです。
最初のプロトタイプはとにかく早く作ることを最優先としてかなりミニマムに、機能をしぼったものでした。アーティスト一覧とフォローボタンがあって、フォローすると疑似Push通知が届くだけのもの。それでユーザーテストを開始しました。
ただ、やっぱりミニマムなプロトタイプは「超ほしい!」とは思ってもらえないんですよね。なので、最初は最低限のテストにして、まずは自分の感覚で作ってAppStoreに公開してからUXを磨き込むためのユーザーテストを実施するようにしました。というのもあって、正式リリースは5月でしたが1月にはストアに公開していました。
初期のユーザーテストでの大きな気づきは、スマホに最適化されたUXにするだけで価値を感じてくれる人が意外と多いということ。
チケットサイトは歴史が長く、PC Webベースのサイトも多い。ユーザーにとっては「このボタンを押したらどうなるかわかなくて不安」「どこのボタンで次の画面に遷移できるの?」「どうやってライブ情報にたどり着いたらいいかわからない」ということもある。とくにスマホでアプリをよく使うユーザーに対しては情報量が多く複雑なページ設計が心理的な障壁になっていることは明白でした。
Freaxアプリ内でチケット情報をタップすると、外部のチケットサイトに飛びます。チケットサイトでは、購入予約画面まで何重にも遷移しなければたどり着けないサイトもある。そこで、できるだけユーザーの目的である購入予約に近いページに遷移する実装に変更しました。
ー UI/UXを磨き込むにあたって、なにを意識しているのでしょうか?
「アップサイドの体験の創出」「ダウンサイドの体験の解消」の二軸で考えています。アップサイドとは、あることで体験を増幅させるようなもので、ダウンサイドとは、それが起こるとストレスを感じるものと定義しています。
アプリにおいて大事なことは、ユーザーの限られた可処分時間を割いてもらうための、強烈な体験をつくること。強いペインに対して、アップサイドの体験とダウンサイドの解消の2つが満たされることは必須だと思います。
Freaxの主な価値は、「見逃し」という負を解消すること。そのために必要な要素は「網羅性」とその状態をつくるサポートだと考えました。どれだけのアーティストの情報と連携できて、どれだけのライブ・チケット情報を見逃さずに閲覧できるかという部分です。なので、元となるアーティストやライブ会場などのマスターデータはかなり頑張って作っています。
また、人間は選択肢が多いと選ぶことにストレスを感じて選択自体をやめてしまうので、いかに興味のあるアーティストやライブの情報に楽にリーチできるかも熟考していました。
そこから、AppleMusicや端末内の音楽、Spotifyと連携して、普段聞いているアーティストをフォロー候補に出すというアイディアが生まれました。連携スピードに関しても、初期はユーザーテストでも指摘されることが多かったのですが、処理の改善を繰り返し、違和感のない待ち時間になるようにアップデートしていきました。
こういう感じでいかにノンストレスで使えるかはかなり大事にしています。
今回はアップサイドの体験についての学びが多かったなと思っています。
ユーザーテストの中で途中で気づいたのは、やはりエンタメ領域なのでWow体験というかワクワク感は大事というか。
もともとはミニマムなUIを組んでいたんです。アーティストやライブの画面もチケットの一覧性をベースにして、アーティスト情報とフォロー動線を上部にまとめて小さめに置いていました。
このUIでユーザーテストをしていると「ツール感が強い」「なんかワクワクしない」と言われてしまって。エンタメ領域は特に視覚のインパクトから得る情報が多い。その点については意識が欠けていたと気づかされました。
当時は洗練された印象をつくりたく、色味をInstgramのアイコンを意識して紫のグラデーションをベースにしていたのですが、ユーザーからすると少し「冷たさ」を感じるということも分かりました。
その観点に気づいてからは、スマホ画面の半分を使って大きくアーティスト画像を表示するなど修正していきました。アプリを開いたときに一番最初に目にするHome画面もビジュアルリッチなUIにして、ユーザーが楽しくアプリを利用できるように意識しました。情報の一覧性という意味ではアンチパターンなUIですが、エンタメ領域では必要な要素。
色使いも、ライブの高揚感を表すように赤ベースの色に変更していきました。
ー メルカリから独立し、フルコミットできるアプリをつくっていく。ここからが勝負だと思うのですが、展望を教えてください。
今、音楽業界は収益の中心がライブやグッズにシフトしてきていて、ファンとの関係性を高めるためによりデジタル化を促進しているようなタイミングです。
そういった中で、ぼくらが得意なデジタルの力で音楽業界に何か恩返しできることはあるのかと。もっと機会損失はなくせるし、新たな機会を一緒に作り出すこともできると思っています。
そのためにも、まずはもっと『Freax』をブラッシュアップし情報プラットフォームとしての質をあげ、アーティストとファン双方の機会損失を防いでいきたいです。
まずは好きなアーティストのイベント、トークライブ、ラジオ出演、メディア掲載などライブ・チケット以外の情報も受け取れるようにしていく。そのためにアーティストやイベンターや事務所とも、もっと連携していきたいですね。
当然目指しているのは、ただ「情報」が得られるアプリではありません。
チケットの払い逃しを解決する仕組みだったり、TwitterやInstagramみたいにライブの余韻を共同消費できる機能も追加したい。ライブの後ってみんなテンション上がるじゃないですか。その感動を共有したい人って多いと思いますし、アーティスト側も知りたい情報なので。
その後については、アーティストや事務所のデジタル化の支援や溜まったデータを利用するような事業にも発展していければと思っています。
僕は音楽業界のこともIT業界のこともある程度は理解はしているつもりです。そういった方は音楽業界に多くない。その強みを活かして音楽業界を盛り上げていけたら嬉しいです。
浅香直紀|株式会社Spectra 代表取締役
1993年生まれ。中央大学卒。学生時代にTechouseでJEEKのマーケティング・新規事業開発を経てメルカリに入社。メルカリJPのグロースとソウゾウの立ち上げメンバーとしてメルカリ アッテの開発を担当。大学卒業後に新卒1期としてメルカリに入社し、メルカリ アッテのグロース・メルカリ メゾンズの立ち上げを経験。2018/3にSpectraを創業し代表に就任。
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