2019年6月、コネヒト社(ママ向けコミュニティアプリ『ママリ』運営)代表をバトンパスした大湯俊介さん。2020年以降、彼が見据えるのは、リアルとネット、ビジネスと社会性、機械と人、生と死…あらゆる境界が融解する「学際領域」だ──。
連載『AFTER 2020』2020年からの「10年」をどう生きるか
時代は平成から令和へ。そして訪れる「2020年以降」の世界。2020年からの「10年」をいかに生きていくか。より具体的に起こすべきアクションのヒントを探る連載企画です。お話を伺うのは、常に時代・社会の変化を捉え、スタートアップと共に"一歩先”を見据えて歩まれてきた投資家のみなさんや、未来を切り拓く有志者のみなさん。それぞれが抱く「これから10年間で現実的に起こり得ること」と「新しい生き方」の思索に迫ります。
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《目次》
・無意識に区別してきた領域も、なめらかな地続きかもしれない
・ネットは「メインでもサブでもない世界」へと向かっている
・境界が曖昧になる世の中において、デジタルアイデンティティで唯一性を手に入れる
・20年後は「際どいもの」が普通になっている?
・小さな波から、大きな波を読むリテラシーを身につける
ここ数年、とくに「境界」に強い興味を持っています。
リアルとネット、ビジネスと社会性、機械と人、生と死……といったように、わかりやすいという理由だけで対比して語られやすいものってありますよね。僕自身、ここ最近はその「境界=際(きわ)」についてよく考えています。
たとえば突飛なんですが、2018年は数ヶ月に一回は臨死体験をすることをテーマにしていました。一昨年は仕事も慌ただしく屋内にこもりがちだったのを省みて、日本一の高さの竜神大吊橋からバンジージャンプをしたり、高度4000メートルからスカイダイビングしたり。普段の生活では迫れない「生と死の際」を感じて、その時、自分の体は何を感じるのか?を知りたかったんです。
面白いのでぜひやってみてほしいです。肌に感じる湿潤さ、温度の変化……「空と地面」という対立項で語られる空間がなめらかにつながっているように感じられました。
実は世界はもっとなめらかだったんだな、と改めて気づきが得られる体験でした。ただ、僕らは意識的・無意識的にしても「境界」をどこかで区分している。だからこそ自分からその「際」に立ち、全体を捉え直し、そして越境していく。言い換えるなら、多くの人が無意識な「境界のハック」にチャンスがあると考えるようになりました。
身近なところにも「境界」はあります。たとえば、日本は島国ですから「国境」がはっきりしていますよね。一方、先日ドイツのベルリンに行ってみたんですが、EU内は統一通貨で行き来もかなり自由度が高い。海外に足を運ぶことで、全く違った「なめらかさ」に触れることができました。
また韓国へ行った折には、カップルで賑わう美容整形外科や無人アパレルショップを体験しました。これらも「境界」があると思われてきた領域を、なめらかにつなげた例だと思いました。
これらの一見すると区別された世界がなめらかにつながれた状態を、「学際性がある」と捉えていて。その境界を超えたところにこそ、次なるチャレンジの余地があると思っています。
なめらかさへの変化は、インターネットにも起きています。
僕はギリギリそれを体感した世代だと思うのですが、ネットって元々はアングラなものだったと思います。メインカルチャーに対するサブカルチャーの位置付けで、アダルトやゴシップ、ゲームと結びつきやすい。そしてこれら、見方によっては「いかがわしいとされるもの」が未だにアクセス規模でも大きい。つまり、リアルでは口にできないようなことをネットなら見たり言ったりできる。現実世界だけでは充足させられない情動の居場所として始まったのが、インターネットの文脈だと思うんです。
ところがここ10年でスマホの普及によって市場が耕され、大手企業からもエスタブリッシュなものが提供されはじめました。両者が共存し、サブカルチャーがメインカルチャー化する現象も見受けられます。
ネット広告費がテレビ広告費を超える目前なのも含めて、サブとメインが交差しているのがまさにこの数年間の変化ではないでしょうか。
ファッションはわかりやすい交差が起きていて。たとえば、カニエ・ウエストのアートディレクターだったヴァージル・アブローが、あのルイ・ヴィトンでディレクターを務めた。これは、まさに交差の事例でワクワクしました。エスタブリッシュメントなブランドが急速に若返りを図っていく背後に、ストリートがメインカルチャーを侵食していく流れが生まれた。
世の中の物事は基本的に「振り子」で動いていますから、基本はメインカルチャーとサブカルチャーが行ったり来たりしています。
コミュニティサービスでも、ニッチでバーティカルな「熱量の高いもの」が、この10年ぐらいでお金を儲けられるようになり、さらに本流へ。儲からなかったはずのサブカルチャーが、テクノロジーによってメインストリームへ躍り出てきました。
ただ、インターネットという技術自体については、「メインでもサブでもない世界」になりつつあるとも感じています。
今後の10年か20年か、いずれインターネット業界という言葉は消えていくんじゃないかなと思います。なぜなら、僕は全ての産業にインターネットが当たり前のように親和すると思っているからです。そこではインターネットは前提となり、ネットとリアルが判然できないようになっていく。
僕自身も、さらに産業とインターネットを結びつけながら「際」を超えて行く仕事をしていかなければと考えています。感覚としては、単一の産業だけで何か大きなものを作っていくことの限界が見えているからこそ、両者の接合が大切なのだろうと思っています。
これらの考えを前提とした上で、僕が直近で興味をもっているもうひとつのテーマが「デジタルアイデンティティ」です。自我というよりも、個人における唯一性といえばわかりやすいでしょうか。
この概念は、ネットとリアルがなめらかになっていく時代においてとても重要なものだと捉えています。
この文脈における「アイデンティティ」をもう少し具体的に言うと、「我思う故に我あり」といった哲学的なものではなく、いわば「証明書」のようなものを想像しています。
たとえば、暗号資産取引がしたいとなった場合、現時点では「本人確認義務(KYC、Know Your Customer)」を本人限定の郵送でやり取りします。これが最近ではネット化され、「オンライン本人確認(e-KYC)」も増えてきています。
ある海外のサービスでは、e-KYCの一環としてオンラインビデオ通話がかかってきて、指示に従って免許証などを傾ける動作を確認することで「フェイクではない人間」だと判断したりするんです。
アイデンティティのデジタル化の先には、送金だけじゃなく、不動産の登記情報や個人信用といった話も絡んできます。国際間での価値のやり取りが容易になり、信用やお金を扱うトランザクションコストが低下する未来がきます。
そういった意味でのアイデンティティにすごく興味をもっています。
ロンドンへ行った時、水路に浮かべた船の中で暮らす「水上生活者」がいました。彼らは2週間ごとに水路を少しずつ移動します。そうすることで特定の住所をもたず、結果として住民税などを払わないで済むそうです。
その思想の良し悪しはさておき、これからの時代は「どの国に属しているか」ということによって規定されるアイデンティティの価値は、相対的に薄まっていくのではないかと思います。一方で現状においてはグローバルには移民が盛んになり、人種さえ曖昧になる中、国家に属さない人々は自己を証明するIDをもてない。このギャップは面白いなと思っています。
翻って、デジタルアイデンティティが前提となれば、債権債務を執行する・納税するといった証明証跡を国家によらず残すことができる。すると国の境界が曖昧になっていく世界においても自己を確立して暮らしやすくなるはずです。
日本でも「住所を持たない人」がもっと増えるかもしれない。今ではその存在は「弱者」として語られがちですが、そうではなくて。これまで土着することが自己証明のための方法でした。ただ、デジタルで全てがシームレスとなりそれが当たり前になれば意味合いが変わる。つまり文明はアップデートされつつ「国境なんて無い世界」に戻る未来もあるんじゃないかな、と日々妄想しています(笑)。
現在進行系でいうと、VTuberを始めとした「オンライン空間における存在」にも興味を持っています。VRの会社に投資相談を受けながら一緒にビジネスモデルを考えたりしていて。
興味深いのは、ユーザーの傾向として「幼い頃から海外コンテンツに触れていると、国境を超えた意識」が高まりそうだということ。
韓国でも「日本好き」な人に出会ったのですが、そもそも根底にあったのが「美少女戦士セーラームーンが好きだから」でした。彼らは翻訳がなくても、頑張って日本語を勉強してコンテンツを楽しんでいる。内発的な動機で猛烈に勉強して、結果として言語という境界を超えたものを好きになる。そういうきっかけを、今後一つでも増やしていきたい。
最近は、中国のビリビリ動画で日本のVTuberがウケていたりするんです。VTuberの配信者が中国語を片言でも話すと、視聴者はその頑張りにむしろ萌えたりするという現象が起きている。ここでクオリファイドなものを提供しようとすれば、翻訳者を入れたり、完璧な字幕を付けたり、中国語を話せる演者に入れ替えたりするでしょう。
でも、「ちょっと発音が違うよ」なんてコメントをやり取りをすることで、視聴者には愛着が湧くんですね。そこでは言語的な能力差を、想像力と好意で埋めていくようなことが起きている。ライブ性やコミュニケーション性を高めることで、完成度だけではない価値軸が急に出現する。こういうのはとても面白いと思っています。
さらに付け加えると、「バーチャル空間に人格を持つ」ということに、ネットとリアルの境界をなくす流れの一環で注目しています。
日本はアニメを子供から大人まで受け入れている国ですから、VRヘッドセットを装着し、バーチャル空間で生きていくような世界観もイメージがつきやすい。それは他の国からするとクレイジーな感覚ですが、日本では「ネットがメインでも良くない?」といった感覚を、むしろ面白おかしく受容する余地がある。そこに強烈な可能性を感じています。
全く異なる業界では、大麻系スタートアップにも注目しています。日本ではまだ実現できませんが、アメリカでは単位面積あたりの売上がApple Storeを超えた店舗もあると話題になりました。
つまり、境界線が消失していく今後10年で、リアルとバーチャルの融合、あるいは法律とイリーガルのせめぎ合いが起き、20年後には「現在は際どいもの」が普通になっていくのかもしれない。
それを象徴的な言葉に言い換えると、僕はやはり「学際領域」なのだろうと考えています。
自分の経験に戻すと、社会性とビジネスを両立し、エンジェル投資も様々にさせていただく機会を得て、実に学際的な、“キワキワなもの”にチャレンジしている会社と出逢う機会を頂けました。自分でも、次のビジネス機会はそこにあると思っています。
先ほど物事や流行の振り子について話しましたが、言い換えれば「大きい時代のゆらぎ」を常に探しています。流れというか「空気」みたいなものが国や産業ごとにあるイメージですね。大局で見ると「世界規模の大きな波」があるのですが、それをミクロで見てみると、実は小さな波の集合体だったりする。
例えばファッション領域なら、現在は世界規模の大きな波がエスタブリッシュメントにも向かいつつある気がします。そして韓国のファッションは日本に比べてこうだ、とかいった差異がある感じですね。
そしてこの波を感じるには、やはり広くメディアを見ることが大事だと思います。波を作り出す要素は様々あるはずですが、メディアはその中でも大きな役割を果たし世相を占うもの。一昔前ならテレビや新聞といったマスメディアが波を作ってきたけれど、現在はそれが分解されてきた。
言わば、大きな波の周辺にマイクロメディアによる小さな波が無数にある状態です。ただその小さな波を「集合体」として見ることができれば、大きな波の流れを読むこともできるはず。捉えづらくなってはいますが、今は過渡期。ある意味これからはリテラシーのある人しか、大きな波が分からなくなるのかもしれない。
小さな波が多くなり大きな波のカタチを捉えづらいからこそ、本当に一部の「わかっている人たち」には富がより集中するのではないでしょうか。
たとえば、Googleはインフルエンザの流行を検索数の増減から正確に導けると言います。国民の動向を把握するには、このような手段を用いる方が旧来の調査手法よりも、よほど正確なはずです。
もしGoogleがファンドを作り、検索数と連動して株価を予想しながらトレーディングしたら儲かるかもしれません。おそらく倫理的にはできないはずですが、世界はこのようにアルゴリズム時代になっていく。だからこそ、データを理解でき、解釈でき、フル活用できる人じゃないと生き残っていけないとも言えます。
つまり、世界の格差は確実に広がっていくはずで。かなり二極化しリテラシーが問われる世界になる。逆説的には、リテラシーが必ずしも高くない人たちのセーフティネットを考えるのが波を読める人たちに求められる道義的責任になっていく。そのせめぎあいの時代が訪れているのだろうなと感じています。
先ほど挙げた「デジタルアイデンティティ」や「個人のデータ管理」に関しても、データの置き場については必ず議論になる。プライバシーを重視し非中央集権で管理するのか、あるいは国家単位で一元管理するのか。「よくわからない」と思考を停止する人も一定数はいるでしょう。
EUではGDPR(EU一般データ保護規)の関連で議論が起きていますが、個人情報管理の問題は、日本でも今後よりホットな話題になるはずです。
いずれにしても、リテラシーが高ければ高いほど望む場所へ行ける可能性は高まるはず。だからこそ2020年以降に備えリテラシーを高め、小さな波から大きな波を読んでついていく必要があるんだと思います。
取材 / 文 = 長谷川賢人
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