「自分の中の固定観念や偏見を取り除かなければ、いい作品は作れない」。こう語るのは、講談社で23年の編集歴を持つ鈴木重毅(すずきしげき)さん。『好きっていいなよ。』『となりの怪物くん』など、数々のヒット作を担当してきたベテラン編集者が実践する「プロとしての"素人目線”の持ち方」とは?
[1]少女マンガ誌『デザート』元編集長が貫くこだわり
[2]『となりの怪物くん』ヒット要因を編集者が解説!
[3]“シロウト”こそヒットを生み出す?読者目線の養い方
※本記事は、自分の企画で世の中を動かしたいプロの編集者を育成する『コルクラボ編集専科』(全6回)の講義内容をキャリアハックで再編集したものです。『コルクラボ編集専科』とは、コルク 佐渡島庸平さんが主宰する編集スクール。佐渡島さんだけでなく、出版業界・WEB業界の一流編集者たちが講師をつとめます。
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編集者って色々なスキルを求められますが、個人的には「プロとしての素人目線で作品を見る力」が一番重要だと思っています。編集者に作家さんから求められているものって、極端に言うとこれだけかもしれない(笑)
プロとしての素人目線っていうのは、作り手側の固定観念や偏見が入っていないフラットな物の見方のこと。
たとえば、以前部員に「少女漫画ってやっぱり主人公の女の子がちゃんと恋心を育てて、それを相手に伝えて認めてもらうものじゃないですか」と言われたことがあって。僕が「なんですべての作家さんが恋心を育てるところを描かなきゃいけないの?」と聞くと、その子は答えられなかった。「少女漫画はこうあるべき」というのは、単なる思い込みで本当はもっと自由に色々あっていいと思うんです。
若い編集者は「これ編集長にどう思われるかな」「作家さんに何回も書き直してもらってるから、もうOKしなきゃ」といったプレッシャーに負けやすくてすぐ普通に読めなくなるのですが、そういうのも立派なバイアスだと思います。
読者が評価するのは、その作品に描かれていることだけ。まずはその前提を理解しましょう。その上で、どうしたら作り手側にいても受け手側に立てるか、つまり素人目線を持つ方法を、僕が実践していた中からいくつかお伝えできればと思います。
【プロフィール】鈴木重毅(すずきしげき)
1996年に講談社に入社し『週刊少年マガジン』編集部に配属。入社3年目で当時創刊1周年を迎えたばかりの少女マンガ誌『デザート』編集部に異動。2013年により『デザート』編集長に。『好きっていいなよ。』『となりの怪物くん』『たいようのいえ』『ライアー×ライアー』などを数々の大ヒット少女マンガを編集担当者として手がけてきた。2019年5月に講談社を退職し、独立。現在は自ら立ち上げた株式会社スピカワークス代表を務める。
誰にでも「自然と心惹かれるもの」ってあると思うんですが、僕は好みって「一番身近なバイアス」であるとも思っています。だからこそ、まず自分が本質的に何を面白いと思っているかはきちんと把握しておかなければならない。
少女マンガ誌『デザート』の編集長だった頃、新人編集者によくやっていたことがあって。
それが今日のワークショップで参加者の皆さんにやっていただいた「自分が本当に好きなコンテンツを3つ挙げて、なぜその作品に惹かれるのをできるだけ簡単に説明してください。そしてその3つに共通するものを、それを聞いた他の人に考えてもらってください」
というもの。まずは自分の「好き」を言語化して自分の基準の根っこを理解する。基準、座標軸みたいなものを作るイメージですね。それを作家さんや仲間のものとも共有し、価値観を増やしたり、他者とのズレを認識したりするんです。
ちなみに僕は、「積み重なった思いが報われる」といったストーリーが個人的にすごい好きで。いいなって思うんですけど、反面すぐウェットな展開にしてしまいがち。だから題材によって作家さんから感謝されることもあれば、「そういうのいらないです」って言われることもあって(笑)
基準が分からないまま「これはいい企画だ」とか「少女漫画らしい」とかって言ってても多分上手くいかないし、そもそも信頼されない可能性がある。「それ、あなたの好みでしょ?」で終わらせてしまわないためにも、自分の中にある隠れた基準を言語化することから始めるといいと思います。
作家さんとやり取りをする中で同じ作品に何回も触れていると、だんだん冷静な判断が出来なくなってくるんですよね。変に感情移入していい作品だと思い込んでしまったり。逆に、面白いのにアラ探しばかりしてしまったり。体力の限界で頭に入ってこなくなったり。
どんな状態でもプロとしての素人目線で読める方法はないか。そう考えて作り上げたのが、「同じ作品のネームを7種類の読み方で7回読む」というもの。
1.そのまま読む
2.否定的に読む
3.肯定的に読む
4.パラパラ読む
5.読者の感想を想像しながら読む
6.エア読み(作品を見ずに思い出して読む)
7.赤入れしたものを読む
中でも、4回目の「パラパラ読む」や6回目の「エア読み」というのは結構効果的で。
ザーッと読んで意味が分からない部分はやっぱりどこか問題があるし、空で読んで登場人物の言葉や表情を思い出せなかったら、印象に残らないってことなんですよね。
もちろん、僕も毎回7回読んでいるわけではないですが(笑)よく分からなくなってきたら一度試してみる価値はあると思います。
その作品が「どういう風に話題にされるのか」から逆算して整えるってこともすごく大切。逆算って、徹底的に「受け手視点で作ること」とも言い換えられるんです。
たとえば、それを読んだ読者はSNSで何とつぶやくか。どのセリフを引用するか。もし映画やアニメになったら、どんな予告編になりそうか。どんなキャッチコピーがつくか。
あらゆるシーンでの話題のされ方をイメージし、それを実現するにはどんなあらすじやキャラ設定、セリフにしたらいいかを整えていく。
そうやって考えてみると、ひと言で言い表わせないような複雑な設定ではダメだなとか、どんどんアウトプットが研ぎ澄まされていきます。
いい宣伝広告っていい画場面がないと作れないし、印象に残るセリフは、絶対に本編にないといけない。そう思うと作品の仕上げ方が変わっていく。
「話題のされ方」から逆算することで、作り手の独りよがりではない「もっと届く」作品に仕上がっていくのだと思います。
固定観念と偏見と、もう一つ"プロとしての素人目線”の邪魔になるのが「プライド」です。
僕はもう少女漫画を21年やっていますけど、未だに女性の「かわいい」ってよくわからない(笑)「本能的に惹かれる」とか「生理的に無理」とか、感覚的なものって難しいんですよね。
だから、作品を作るときは何人もの女の子に読んでもらっています。経験があるからって分かったふりしててもしょうがないし、そんなプライドは何の役にも立たない。
やっぱり作品作りに携わる者としてはどうしても結果を出したいし、ある程度経験を積めば自負だって出てくる。「これは自分が作ったんだ」と言いたい気持ちもすごく分かる。でも、かっこつけたっていい作品は生まれない。
一人でいい作品が作れるというのは作家やアーティストが望むことであって、編集者にとって「一人ですごいことができる」ということはどうでもいい。正直、何の意味もありません。
編集者は、ある意味「チームを編集する」という役割もあるのかもしれない。誰に、何人に頼ってもいいから、どれだけ人の力を借りられるか。プライドを捨てて周囲の人を頼るのも、一つの能力なのかなって思います。
まとめると。企画を作り始めてから整えるまで、「コンテンツとコンテクストの間」「作家と自分の間」「自分とチームの間」「作品と読者の間」をそれぞれどのくらい行ったり来たりできるかが、コンテンツやコンテクスト、ひいては企画を強めることにつながると思っています。
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