2019.11.13
あいみょんに焦がれて上海に飛んだ!ベテラン編集者の「好き」を追い続ける心

あいみょんに焦がれて上海に飛んだ!ベテラン編集者の「好き」を追い続ける心

『五体不満足』『戦争広告代理店』など、数々のヒット作を生み出してきた編集者 小沢一郎さん。2018年に講談社を定年退職。「最近、ミュージシャンのあいみょんにハマっちゃって」と楽しそうに話してくれた。一見、雑談?しかし、そこには編集者に何より大切な探究心があった ──。

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※本記事は、自分の企画で世の中を動かしたいプロの編集者を育成する『コルクラボ編集専科』(全6回)の講義内容をキャリアハックで再編集したものです。『コルクラボ編集専科』とは、コルク 佐渡島庸平さんが主宰する編集スクール。佐渡島さんだけでなく、出版業界・WEB業界の一流編集者たちが講師をつとめます。
*「コルクラボ編集専科」の記事一覧はこちら

「編集者」という仕事を楽しみ尽くす男、小沢一郎

「みなさん、あいみょんは好きですか?」

プロの編集者を育てるためのスクール「コルクラボ編集専科」。4回目となる今回は、講師 小沢一郎さんのこんな何気ないおしゃべりからスタートした。

「去年、佐渡島さんに教えてもらって、すっかりハマっちゃったんです」

『五体不満足』や『戦争広告代理店』などを代表作に持つ小沢さん。2018年10月に講談社を定年退職した、ベテラン編集者だ。

「『マリーゴールド』は本当に良いですよね。あ、でも『君はロックを聴かない』も良いなあ。でもあの曲、カラオケで歌うの大変なんだよな」

目尻を下げて話す小沢さん。参加者からも笑みがこぼれ、暖かい空気がいったいを包む。

「マリーゴールドのミュージックビデオを何度も観てたんですけどね。映像の中に出てきたバスに“上海”の文字を見つけて。それで、クリスマスに上海に行ったんです。いや~楽しかった。あいみょんになりきって写真を撮って帰ってきました」

思えば、このおよそ5分の雑談にこそ、編集者にとって大切なことのすべてが詰まっていたのかもしれない。

「パワフル」という表現が適切かは分からない。ただ、興味を持ったら思わず足が動いてしまう。いいと思うものを、自らこの目で確かめたい。その飽くなき好奇心と探究心が、小沢さんを突き動かしているのは確かだろう。

2時間の講義で見えてきたのは、「編集者」という仕事を心から楽しむためのヒントだった。

【プロフィール】小沢 一郎 早稲田大学卒業後、1980年に講談社入社。なかよし編集部、週刊現代編集部、Views編集部、学芸図書出版部、児童図書出版部で勤務し、雑誌や書籍の編集に携わる。

『五体不満足』が教えてくれた、人を応援したいという気持ち

小沢さんの原点。それは「人が好き、自分の本で人の成長を応援したい」という思いだ。彼がこの気持ちに気づくきっかけとなったのは、『五体不満足』だった。

初めて乙武洋匡さんに会ったときのことを、彼はこう振り返る。

「彼と早稲田の馬場下交差点で待ち合わせをしたのですが、すごく緊張したことを今でも覚えています。20年前は、今のように車椅子で街を歩いている人もほぼゼロの時代。障害者と名の付く人と話をするのは、僕自身初めてでした」

「でも、」と、小沢さんは静かに続ける。

「彼の明るい笑顔を見て、これは障害者の苦闘物語にしてはいけないと思いました。若者の成長物語にしよう、って。僕は、彼の成長に伴走したいと思ったんです」

最終的に500万部近くを売り上げるベストセラーとなった『五体不満足』。小沢さんは、「ポジティブなメッセージの強さ」を感じたという。

「人の成長に伴走したいって気持ちは、みんなが持っているものかもしれないと思いました。誰だって身のまわりの人たちの成長に感動し、応援している。だから僕は、編集者という立場で誰かに対する「応援歌」を歌い続けたいと思ったんです」

また、もともとNHKのドキュメンタリー番組で乙武洋匡さんの存在を知ったという小沢さん。当時の心境を、「他のメディアで取り上げられているからとか関係なく、彼の本を作りたい、本を通して彼を応援したいと思った」と語ってくれた。

「よそのメディアでやっていることでも、どんどん真似してまた新しいものを作っていったら良いと僕は思います。パクるって恥ずかしいと思うかもしれません。でもそれを本当に世の中に伝えたい、その人を誰よりも応援したいと思うなら、もっと良い形にして伝えたら良いんです」

人生のどこかで触れたことが、ある日突然仕事に結びつく

講義の半ば、4人1組で「編集者にとって大切なこと」を話し合うワークショップが行なわれた。あるチームから出た「雑談が大切だと思います」という回答を受け、小沢さんは「雑談、いいですね」と優しく語り始める。

「僕、雑談の中でも特に“感想を言う”ってすごく大事だと思うんです。しかし、多くの編集者は、自分の仕事だけに一生懸命になってしまって、他の編集者が作った本の感想を言うことが疎かになっていると思います。やっぱりそういうのは良くないなって」

人がやっていることに、「面白そうだね」と首を突っ込んでいく。「いい作品だね」と率直な思いを直接伝える。

そういうことを自分からやっていき、そして人からももらうことで、自分と他者との違いに気づいたり、思わぬネタを手に入れたりすることができるのだという。

これまでの作品を振り返りながら、小沢さんは懐かしむようにこう言った。

「やっぱり人生のどこかで触れたことが、ある日突然仕事に結びつくことってあります。逆に言えば、それまでの人生で触れたことしか、仕事には結びつかないと思うんです」

どこにチャンスがあるか分からない。だからこそ、一瞬一瞬を逃さない。自分自身の日常を豊かにしていくことが、編集者人生を彩ることにもつながっていくのかもしれない。

ワークショップの様子を見ていたコルク佐渡島さんも、「編集者に必要なことって、僕も本を読むことと雑談くらいだと思いますね」と付け加えた。「会社に行く途中の電車でよく編集者の仲間に会うんですけど、相手を見つけた時に話す編集者と、離れたまま座る編集者がいて。ヒット作の編集者って、知っている人を見つけたら絶対に近寄って雑談するんです(笑)発想って予想もしないところから来るので、そういうちょっとした瞬間の雑談って、すごく大事になるんじゃないかなって」。

編集とは、世の中を少し良くする仕事

「僕、編集者って世の中を少し良くできる素敵な仕事だと思うんです」

最後にこう言った小沢さん。そして、それを体現した人として、『暮しの手帖』初代編集長の花森安治さんの話を教えてくれた。

戦時中、大政翼賛会で戦意を鼓舞するコピーの制作などにも携わっていた花森安治さんは、1948年に『暮しの手帖』を創刊。『暮しの手帖』について、花森さんはこのような言葉を残したという。

“もし日本人のひとりひとりに守るべき、楽しい美しい暮らしがあったなら、それを犠牲にするような国にはならなかったはずだ。そういう暮らしを作りたい。美しい暮らしのための情報を提供する雑誌を作ろう。”

「花森さんはこれを編集方針として掲げて作ったわけです。こういう暮らしが良いよねって。戦争が終わってまだ2~3年しか経っていないときに、この表紙を本屋さんで見た日本人はどう思ったのかな、というのはすごく想像します。きっとその目は、キラキラ輝いていたんじゃないかなって」

花森さんについて語る小沢さんの目もまた、輝いて見えた。

「やっぱり思うんです。世の中を良くしたい、僕の作った本で少しでも世の中が良くなるといいなって。まあ、僕が年寄りの編集者だからそう思うのかもしれないですけどね(笑)」

小沢さんのように歳を重ねたい。今日ここに集まった多くの編集者が、そんな気持ちを抱いたかもしれない。少なくとも私は、強くそう思った。


文 = 長谷川純菜


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