「僕が“いい本”を作るときにやってきたことは、本以外のさまざまなものに応用できると思います」──。『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』の編集をつとめた佐渡島庸平さん。出版という枠組みを取っ払い、あらゆる「企画の場」で役立つ編集力を教えてくれた。
※本記事は、自分の企画で世の中を動かしたいプロの編集者を育成する『コルクラボ編集専科』(全6回)の講義内容をキャリアハックで再編集したものです。『コルクラボ編集専科』とは、コルク 佐渡島庸平さんが主宰する編集スクール。佐渡島さんだけでなく、出版業界・WEB業界の一流編集者たちが講師をつとめます。
「編集者=本を作る一連の作業をする人ではなくなってきています」。
こう語るのは、『ドラゴン桜』、『働きマン』、『宇宙兄弟』、『モダンタイムス』、『16歳の教科書』など、数多くのヒット作を生み出してきた佐渡島庸平さん。
コンテンツが溢れているこの時代。「編集」の仕事は、メディアという領域を超えあらゆるビジネスの場面で求められているのかもしれません。
「僕が“いい本”を作るときに行なってきた編集行為は、本以外のさまざまなものに応用できると思います。いつか、“編集者が参加したほうが、どんなプロジェクトも成功確率が高まる”。そう言われる時代を作りたいんですよね。そしてこの場を通して、編集者という仕事、編集という概念をリアルタイムでアップデートしていくつもりです」。
いかに“鳥肌が立つほどカッコいい”コンテンツを世の中に届けられるか──。佐渡島さん、そして集まった50人の編集者とともに、「新時代の編集者のあり方」を考えていきます。
「コンテンツを強くする」「コンテクストを作る」「プロとしての素人目線をもつ」
『コルクラボ編集専科』は、この3つを大テーマとして編集者の仕事を考えていくスクールだ。
まず佐渡島さんが教えてくれたのは、「コンテンツを強くする方法」。強いコンテンツの構成要素は多々。「普遍性があるか」「本質的な深みが出ているか」「感情を揺さぶる演出があるか」…と、一つずつ丁寧に紐解いてくれた。
中でも参加者が大きく頷いたのは、「本質的な深み、つまり誰かに深く刺さる企画を作りたいなら、ペルソナを自分にせよ」という言葉だった。
誰に何を伝えたいかって考えるとき、よく「30歳男性で、起業に興味があって」といったようにペルソナを考えるじゃないですか。
これ自体はすごく大事なことです。でも、ペルソナってやっぱり「知らない人」に過ぎなくて。自分の知らない人に深く何かを伝えるって難しいんですよね。
だから、実在するたった一人を思い浮かべたほうがいい。そして企画がうまくいくときって、そのたった一人が「自分」であることが多いです。
例えば、僕が以前編集を担当した漫画『ドラゴン桜』。これって、中学生の頃の自分に向けた話だったんですよね。
当時僕は父親の仕事の関係で南アフリカにいて。ネットもないし、日本の様子はよく分からない。もしかしたらみんな塾に行ってバリバリ勉強していて、自分だけ超ヤバイんじゃないか、まともな高校に進学できないんじゃないかってすごく不安だったんですよね。
初めて三田紀房さんの『ドラゴン桜』を読んだとき、すぐに「南アフリカにいた頃の自分」を思い出しました。これは面白い。あの頃の自分が読んだらどう思うだろう、どんな言葉をかけられたら安心できるだろうって。
「自分」は一人しか存在しないけど、いろんな時間軸で見れば何人もの自分、ペルソナがいる。あの頃の自分なら、何という言葉をかけてほしいか。企画って、そうやって自分に長いラブレターを書くようなものなのかもしれません。
次に佐渡島さんが語ったのは、コンテンツに興味を持ってもらうためには「コンテクストを作ることが重要」という話。「コンテクストを作る」とは、どういうことだろう。
コンテクストとは、「文脈」「背景」といった意味。つまり、受け手がコンテンツを「自分ごと化」できる状態をつくるということです。
大前提、世の中にあるコンテンツって、ほとんどの人にとっては“どうでもいいもの”なんですよね。自分が必死で作っているものでも、世の中から見ればあってもなくても困らない。人って、基本的に自分にしか興味がない生き物なんですよ。
だから、「自分ごと化」してもらわないといけない。ではどうしたら良いのか。方法は様々ありますが、まず大事なのは「自分の代わりに表現してくれた!」という体験を受け手にしてもらうことだと思います。
皆さんも、心の中にまだ言語化できてない感情ってきっとたくさん持ってますよね。これは僕の感覚ですけど、「モヤモヤする」という言葉を使う人は最近すごく多いなと。
この「心の中に秘めているなんとも言えない感情」に目をつけて、言葉を与えてあげるんです。自分の「モヤモヤ」を言語化してくれた作品に出会ったときって、なんか救われたような気持ちになりません?
『ベルベット・ゴールドマイン』っていう映画があるんですけどね。すごく印象に残っているシーンがあって。
その主人公はゲイなんです。彼が家でテレビを観ているときに、自分がバイセクシャルであることをカミングアウトする人が映って。彼は妄想の中で、家族に向かって「It’s me! It’s me!(これは僕だ!僕だよ!)」と絶叫するんです。
この映画を観て、周りに本当の自分を理解してもらえない悩みを抱えている人はどんな気持ちになっただろうか。同じ境遇になくても、主人公の気持ちが痛いほど分かったり、「それはつらかったんだろうな」と心が苦しくなったりしたのではないかなって。
おそらく、この作品がその人にとって「他とは違うもの」になったことは確かだと思います。「自分の代わりに言ってくれた」。そんな体験をすると、そのコンテンツが自分にとってものすごく大切なものに変わっていくんですよね。
自分に強くささる企画を考える。受け手が「自分ごと化」できるよう、自分の中にあるモヤモヤと向き合ってみる。コンテンツ作りは、いつも「自分」が起点になっているのかもしれない。
しかし、一つ忘れてはいけないことがある。自分が持っている感情や考えは、他人の目にはどう映るのか?という視点だ。佐渡島さんは、ご自身の失敗談を交えて教えてくれた。
「偏見のメガネをはずして俯瞰する」。何かを企画するとき、これは絶対にやってほしいと思っています。
「常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションだ」
アインシュタインのこんな言葉があって。
人って全員、何らかの偏見を持っています。育った家庭、付き合ってきた友人・恋人、属しているコミュニティの思考のクセを気づかないうちに身につけて、「これは面白い」「これはつまらない」「これは当たり前だ」と“常識”を作り上げてしまっているんですね。
たとえば、僕が以前編集を担当した漫画『宇宙兄弟』の例なんですけどね。主人公の日々人(ヒビト)がパニック障害になって、飛行士から安全管理のような仕事に移るシーンがあって。僕が「つまらない仕事についてしまった日々人」みたいな表現を、雑誌のアオリに入れたんです。そうしたら、作者の小山さんから連絡が来て。
「ヒビト自身が“つまらない”と思うのは分かります。でも、佐渡島さんの価値観でその仕事を見るのは違う気がしたんです。たとえば、お父さんがその仕事をしている読者が見たらどう思うか?誇りを持って、楽しいと思ってやっている人もいることを忘れないでほしいです」
まったくその通りだなと。本当は僕が気づかないといけない立場なのに、小山さんすみません…とそのときは情けなくなりましたね。
自分は常に偏見のメガネをかけている、勘違いしている、分かっていないということを、どんなときでも認識しておく。一見ただ自分の意見を述べているだけに見えて、そこに差別的な気持ちが含まれてしまっていることはすごく多い。特に企画をしようとなると、面白さに目が行って気づかないことも往々にしてあるんじゃないかなと。
では偏見のメガネはどうしたらはずせるのか?これはシンプルに、自分の「感想」を発信して他者との違いを知ることだと思います。
たとえば映画を観たら、Twitterなどで自分の中に湧き上がった感情を発信してみる。どこがどう面白いと思ったのか。つまらないと思ったのなら、なぜつまらないのか、どの部分で飽きたのかを言語化する。批判したり、立派な考えにまとめてから発信したりする必要はないです。
そして、他の人はどう感じたのか、なるべくさまざまなコミュニティの感想に触れる。それを繰り返していくことで、偏見のない「プロの素人目線」は養われていくのだと思います。
最後に佐渡島さんは、今日からできる「コンテンツを強めるためのトレーニング」を教えてくれた。
カッコいい企画をつくるためには、自分の中の「良い」をきちんと定義しておくことが大事。つまり、自分のモノサシを持っておくということです。
僕の友人で結構有名なコピーライターがいるんですけどね。彼に「お前、良いコピー何本言える?すぐ言ってみて」って少しふざけて聞いたら、サクッと10本くらい答えてくれて(笑)
すげぇなって気持ちと同時に、自分の中の「良い」が言語化されている人は強いなって思ったんです。
だからみなさんには、ぜひ世の中にある企画の中から自分がカッコいいなと思うものを10個上げて、それをすべて「暗記」してみてほしいなと思います。
重要なのは、どんな内容で、何がどう面白いと思ったのかを言語化し、記憶すること。たとえば映画の『マトリックス』が好きだとしたら、『ターミネーター』とどう違うのか?他との「差」まで説明できるようにしておく。
そうした記憶を蓄積していくことで、自分の中に企画を考えるときの「モノサシ」ができてくるんです。
たとえ世の中で話題になっている本を1000冊読んでも、それがどんな企画で、自分の心をどう動かしたのかを言語化する作業をしなければ、読まなかったのと同じです。
自分の中の「カッコいいとは何か」を語れる人って、意外と少ないんですよね。だからまずは、自分のモノサシをつくるところから始めてみるといいかもしれません。
文 = 長谷川純菜
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