2019.11.27
『THE NORTH FACE STANDARD』仕掛け人、小口大介流「いい顧客体験」のつくり方

『THE NORTH FACE STANDARD』仕掛け人、小口大介流「いい顧客体験」のつくり方

アウトドアアパレルブランド『THE NORTH FACE』を街中でも楽しむーーこうして生まれたコンセプトショップが『THE NORTH FACE STANDARD』だ、起案者で、今もアドバイザーである小口大介さんを取材した。彼が考える、ブランドと顧客が「感性」でつながるために大切なこととは。

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「濃くて苦い、昔ながらの深煎りコーヒーが好きなんです」

「わざわざ遠いところまで、ありがとうございます」

小口大介さんはニッコリと笑い、出迎えてくれた。取材に訪れたのは、彼の自宅だ。

木のぬくもりがある木造住宅。本とレコードが敷き詰められた棚。小口さんは一枚のレコードを手にとり、針を落とす。中南米をルーツに感じさせるロックが流れ始めた。

「あ、コーヒー飲めますか? いま入れちゃいますね」

ハンドドリップで一杯ずつコーヒーを入れてくれた小口さん。湯気が立ち上るコーヒーカップに口をつけると、深い味わいが口への広がった。

「もしかしたらすごく濃いかも。最近って酸味のあるサードウェーブコーヒーが流行っていますが、ぼくは昔ながらの濃くて苦いコーヒーが好きなんですよね。これも地元の北海道から取り寄せている深煎りの豆で」

やさしい笑顔でこう話をしてくれている彼が『THE NORTH FACE STANDARD』の起案者。機能的で、かつ街中でもクールに楽しめるアウトドアファッションをーーそんなスタイルを提案した火付け役だ。

特に「顧客」と「ブランド」を心地よい距離・空間・感性でつなげるということをしてきた小口さん。いかにセンスを磨き、良い顧客体験に結びつけてきたのか。深煎りコーヒーを片手に、じっくり伺った。

【プロフィール】小口大介 1973年北海道出身。株式会社ゴールドウインにて『THE NORTH FACE』札幌店スタッフ、店長、原宿店店長を経験。その後、THE NORTH FACE初のプレス担当となり、2013年4月より同社事業統轄本部プロモーショングループ・マネージャーへ。2014年10月より同販売一部リテールグループマネージャーを兼務。コンセプトショップ「THE NORTH FACE STANDARD」、北海道ニセコ、長野白馬村のゲレンデショップ「THE NORTH FACE GRAVITY」、星野リゾートトマムのゲレンデキオスク「MOUNTAIN GEAR STAND」のプロデュース、オペレーションを手がける。2016年4月にゴールドウインを退社し、フリーランスのプロデューサー、PRディレクターとして活躍する。

「スタンダード」は自分で決めていくもの

小口さんに最初に伺ったのは、いかに『THE NORTH FACE STANDARD』が誕生したのか。そこには彼が「スタンダード」という言葉に込めた思いがあった。

『THE NORTH FACE STANDARD』って、いわゆる「定番=スタンダード」を集めたお店ではないんですよね。当時、ぼくを含めたプロジェクトチームで話し合って「自分たちのスタンダードはこういうものだよね」を打ち出し、ひとつのお店に落とし込んでいったもの。だから、むしろ尖った人たちに向けているんです。

たとえば、『LEVIS』の「501」ってジーパンの定番=スタンダードだと思うんです。ただ、それは自分で決めたスタンダードではありません。

スタンダードって本来、自分たちの気持ちで変わっていくもの。その時々のスタンダードでいい。移り変わったっていい。世間がそう言っているから…メディアで取り上げられているから…インスタを見て有名人が着ていたから…ではなく「自分で自分のスタンダードを持とう」といった部分がコンセプトになっています。

「マーケティング」より「感性」

もともと品番数の多かった『THE NORTH FACE』。そのなかでも「自分たちにフィットするアイテムを選び、心地よい空間をつくる」といったアプローチで生まれた『THE NORTH FACE STANDARD』。小口さんは「感性」の大切さについて語る。

自分の感覚を、そのままストレートにぶつけて作っていったんですよね。消費行動や傾向を分析し…とか、マーケティング的には重要ですが、むしろやらないと決めた。

前例のないことをやるのに、データや数字を見ていてもはじまらない。『THE NORTH FACE STANDARD』に関しては、とことん「自分たち目線でいこう」と作っていきました。

もう情報なんていくらでもあって。そんなこと無視して本当に長く残るものとか、素晴らしいものを作る人って、「世の中のことなんてどうでもいい」という人ばかり(笑)音楽やアートもそう。マーケティングなんて関係ない、自分がやりたいことをシンプルに突き詰めたほうが「人間」に響くんじゃないかな。

そんなふうに、前例がないことの方がお客さんに楽しんでもらえる。刺激的だし。コピペのものなんてどうでもいいものと思われちゃうんですよね。

企業としても「消費者」という言葉はもう使うべきじゃない。「人」としてどう向き合うか。考え方を変革しないと難しい時代になっていて。「企業」と「顧客」と並列の時代ですよね。

思いをカタチにできるか、その差は「勇気」だけ。

とはいえ、企業のなかで「前例のないこと」を通すのは容易ではない。小口さんはどう経営会議のプレゼンを突破したのか。

もちろんぼくも経営会議でのプレゼンに向け、ちゃんと資料やコンセプトシートを作りました(笑)ただ、そもそも当時の事業部長、現副社長の渡辺貴生さんから理解を得られたのが大きかった。

信じた人に任せてみる、というスタンス。「感性」の価値を信じてくれた。そういった意味でも、運営元であるゴールドウインはホントに素晴らしい会社ですよね。

ただ、もうね…経営陣を前にしたプレゼンはガタガタと歯が震えました(笑)「自分がやりたいことなんだから、きちんとプレゼンしなきゃ…」って。

そういう社内の壁は乗り越えなきゃいけない。もうあとは勇気だけですよね。ポジションをあげて、やりたいことをカタチにしてきた人は若い時からその壁を乗り越え、実績をあげてきた人たち。

たとえば、優秀なクリエイター、スポーツ選手、アーティスト…遠い世界にいるように見える人にも声をかけてみる。今ってSNSで直接DMできる時代。もし接点が持てて、話ができたら、すごく自分に刺激がもらえる。これを繰り返していくと気構えがきっと身につくはず。だから、ぼく自身もぼくに声をかけてくれた人は無碍(むげ)にしない。これは自分に課しているルールですね。

「生きたお金」の使い方

小口さんがとくに若い頃を振り返り、とくに今に活きていることのひとつに「遊び」がある。何に価値をおくか、お金を使うか。

若い頃ってファッションも好きだったし、アウトドアも好きだったし、サブカルチャーも好きだったから、買い物ばっかりしていましたね(笑)釣りの道具を買ったり、レコードを買い漁ったり。夜遊びもする。お金は本当に全部使いきっていました。ただ、振り返ってみるとそれが今、全て自分の経験になっていて。

あたり前ですが「心がどれだけ満たされているか」って見えないじゃないですか。でも、何をしているときが最高に心がハッピーか。全部「内側」の問題なんですよね。

あとは、クラブでお酒を飲んで、音楽を聴いて、ぐちゃぐちゃになったりして。若い頃はそういう遊びにもかなりお金を使いました(笑)。そこでの出会いが、いまの仕事仲間になっていることがほとんど。

よくいわれるけど「生きたお金の使い方をする」ということかもしれない。とにかくリアルに動くしかない。経験するしかない。デジタルでは得られない体験をする。それがすべての基礎になっていったと思います。

「信頼するチーム、仲間と組むのが一番うまくいく」と語ってくれた小口さん。とくに『THE NORTH FACE STANDARD』は盟友、野村訓市さんの存在なくして実現しなかったという。「彼との出会いは『THE NORTH FACE STANDARD』を始める以前。きっかけは店内に流す音楽の選曲依頼。店舗の空気を知るために一緒に全国の店舗を巡った。本当に素晴らしい体験でした」

実績を出さなきゃ、やりたいことはできない。

「心が満たされるかどうか」という自分軸こそが大切と語ってくれた小口さん。とくに人生の大半を注ぐ仕事。そこを充実させたものにするためには?

仕事で心を満たしたい、自分がやりたい仕事と結びつけることは理想ですよね。まずは自分は何が好きなのか、明確にした方がいい。心が満たされるのはどんな瞬間なんだろうって。

ただね…それだけじゃ「やりたいこと」は仕事にできません。実績を出さないとやりたいことなんて誰もやらせてくれない。もちろん会社もそう。

ぼくの場合、19歳で札幌のお店にアルバイトから入って。店長をやって、原宿の店長に異動してきたんです。今思うとね、やっぱり頑張ったんですよね。結果にはすごくこだわった。会社から課せられた目標を達成しない限り、何も言えないなって。

そこからどうすれば目標達成できるか、死に物狂いで考えて。プロダクトとしての満足はもちろん、接客や雰囲気を含め、どうすればお客さんを楽しませることができるか。すごくいい気持ちになって帰ってもらえるか。

たとえば、4万円分の買い物してくれたお客さんがいたとして。ぼくは「商品が売れた」ではなく、「お店を信頼し、お金を預けてくれた」と思うようにしていた。

そのお金はできるだけイベントなどに使い、イベントに無料で参加してもらえるようにして還元していく。ただ売上があがればいいということじゃなく、満足度をどれだけ上げられるか。

ここも「生きたお金の使い方」かもしれない。それができたから目標達成につながったし、会社が「やりたいことをやってみれば」と挑戦をさせてもらえたのだと思います。

ブランドは、人の心を満たすためにある

アパレルのブランド企画・PR・プロデューサーといえば花形ポジション。ただ、そのキャリアにショートカットはない。小口さんが語ってくれたのは、泥臭くても「現場」を知ることの大切さだ。

「販売からはやりたくない。すぐブランドがつくりたい」という若い人がたまにいたりするんですよね。でも…たぶんそれって自分のポジションを築きたいだけなんですよね。「おまえのためでしょ」と。そんな奴の服、誰も買いたくないよって思ってしまう。

買っていただくのはお客様。どれだけお客様のことを知ってるか、現場がどれだけの苦労をしてるか、ちゃんとわかっている人がブランドは作るべきです。

ぼくはブランドって人の心を満たすためにあると思っているんです。誰を喜ばせたいのか。そこを抜きにしては考えられない。人が喜んでくれて、はじめて自分が喜べるもの。その考え方が基本にないとなかなかうまくいかない。

そもそも『THE NORTH FACE』のものづくりの理念が「人のため」なんですよ。どんなに寒くても守ってくれる。雨でも風でも大丈夫。それに必要な機能が作り出す製品の美しさ。

ぼくが若い頃に悩んでいた頃、渡辺貴生さんから一言だけ言われた事があって。「いつでも利他主義であれ」と。今、その言葉の本質、意味がようやくわかってきたところですね。

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取材 = 黒川安莉
取材 / 文 = 白石勝也


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