幼い頃からバイオリンを習っていた広野萌は、進学した高校で、ある指揮者に出会う。独特な個性を持った指揮者の教えは、広野の価値観を変えていく。やがてプロダクトマネージャーとなった広野は、PMの世界でも指揮者の能力を適用させていく。社内調整役にならず、チームの力を大きくする広野流の思考法とは。
※2019年11月13日に開催された【Product Manager Conference 2019】よりレポート記事をお届けします。
2014年、早稲田大学に通う大学生だった広野萌は、日本最大級のハッカソン「Open Hack Day」にて最優秀賞を受賞。翌年には、ヤフーに新卒入社し、新規事業開発、全社戦略企画、アプリUX推進に携わった。
ヤフーを退社後は「FOLIO」を共同創業。その他にも、法律・医療・保険など多岐にわたるスタートアップのデザイン支援を担っている。
そして昨年、自ら立ち上げたデザインカンファレンス『Designship』では、登壇者未定、実績なしという異例の状況にも関わらず、用意した1000席のチケットは当日SOLD OUTとなった。
若くしてプロダクトマネジメントの世界で活躍する広野だが、決して幼い頃からプロダクト開発の世界に身を置いていたわけではない。そのルーツを辿ると、ある指揮者との出会いがあった。
広野がPMとして振る舞う時、最も重要だと語る「解釈」と「愛」。その真意とは。
広野の原点は、幼少期から習い始めたバイオリンにある。
しかし、広野に圧倒的な音楽の才能があったわけではなかった。むしろ母親に「バイオリンを辞めたい」と声に出す事もあった。気づけば高校に入学するまでバイオリンを続けていた。
そんな時、広野は入学した高校である指揮者に出会う。青春時代を共に過ごす事となったある指揮者との出会いは、バイオリンとの向き合い方だけではなく、PMとしての価値観にまで大きな影響を及ぼす事になった。
そもそも、広野が音楽に没頭できなかった理由は単純だった。
多様な楽器で演奏する“合奏”を、心から楽しめていなかったからだ。譜面に配置された音符を忠実に再現する行為に、高揚感はあまり感じなかった。
この日も、いつものメンバーでモーツアルトの「アイネクライネナハトムジーク」を合奏していた。
そんな時、一人の指揮者が現れた。彼こそが、広野の価値観を変えた指揮者であり、教室にやってきた新たな講師だった。
曲は2番に差し掛かり、雰囲気が変わるリズミカルな部分。指揮者は急に演奏を中断させ、こんな言葉を投げかけた。
「この部分は、赤ずきんちゃんがおばあさん(オオカミ)に食べられないように弾いてください」
広野を含む周囲のメンバーは、ふざけているのか、本気なのか分からなかった。鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、指揮者を黙って見つめていた。
すると、指揮者からは思わぬ言葉が発せられた。
「童話、赤ずきんちゃんの物語を連想していきましょう。オオカミがおばあちゃんに変装して、赤ずきんちゃんを食べようとするシーンをイメージして。“オオカミが襲いかかって、それをいなす赤ずきんちゃん。その繰り返しを連想して、演奏しましょう〜!」
彼の目は真剣だった。
「さぁ、弾いてみましょう」
そして、合奏は再開された。
正直、広野には彼の説明がよく分からなかったが、そのイメージに従って演奏を行なうと不思議な感覚を体感した。
みんなの頭の中に「逃げる赤ずきんと追いかけるオオカミ」がイメージされた部分には、明らかな一体感が生まれていた。この時から、広野の音楽への価値観が大きく変わっていく。
広野はこれまで、指揮者の役割をリズムキーパーだと認識していた。しかし、これは大きな間違いだったと気付いた。
本来の指揮者の役割は、演奏者に共通の解釈を提示し、一体感を生み出す存在である。リズムキーパーとしての役割は、ほんの僅かでしかないと体感したのであった。
しかし、広野は大学入学と共に別の領域に力を込めた。音楽の魅力に気が付くのが、少し遅すぎたのかもしれない。
バイオリンの代わりに手にしたものは、パソコンだった。ただ、手にするモノが変わっても、解釈を提示する価値観は変わらなかった。
サービスの意義や背景を考え抜き、最適な設計を配置していく。そして、メンバーが同じ景色を共有出来るように解釈を提示していった。熱量を持って繰り返し解釈を伝えながら、プロダクトを作っていく。そうして広野は、指揮者から学んだ「解釈」をプロダクト開発の世界にも適用させていった。
「指揮者の役割がリズムキーパーではないように、プロジェクトマネージャーの役割は組織の調整役ではない」
各部署が一体感を持ってプロダクト開発を行なうために重要なのは、優秀な社内調整役になるのではなく、チームに解釈を提示する存在あるべきと語った。
そして現在、広野が手がけるカンファレンス「Designship」にもそれが垣間見える。広野は、Designshipを立ち上げた際、まず「デザイン」を解釈した。それを言語化し、美しくデザインされたインターフェイスに掲げた。
実績、登壇者、内容も未定、値段は1万円。しかし、そんな状況にも関わらず、1000席のチケットは即日でSOLD OUTした。
解釈の解像度と共感性が高ければ、チームの内外に問わずに波及していく。
プロダクトマネージャーが、何度も解釈を掲げチームに浸透させていくことで、プロダクトのファンまでも巻き込んでいく力があると語った。
また、広野は「解釈」に加えて大切にすべき要素は「愛」だと語る。
プロダクトマネージャーは、誰よりも愛を込めてプロダクトを作ることが必要である。だが、それ以上にチームメンバーのことを大切にすべきなのだと言う。
良い指揮者は、お互いに信頼し合える状況を生み出して最高の演奏を引き出していく。マネジメントはせずに、パフォーマンスをコントロールをする。プロダクトマネージャーも同様に、メンバーとの信頼関係を構築し、最高のプロダクトへ導いていくことが重要なのだという。
一緒にプロダクトを作るチームは、プログラムでもロボットでもなく、人だ。多くのスタッフに愛を持って信頼関係を作っていく。その上で、解釈を提示してプロダクトの成功へ導いていく。
プロダクト愛に盲目にならないことが大切にすべきポイントだと語った。
プロダクトマネージャーの本質は、指揮者から参考にできる側面が多いのかもしれない。チームメンバーにタスクを割り振り、その進捗を管理することはPMのごく一部の役割にすぎない。プロダクトを解釈してチームメンバーに提示し、各々の強みとパフォーマンスを最大限に引き出しながら、一体感を作り出す役割なのかもしれない。
自らのアイデンティティーからPMに活かせる要素を抽出し、独自のPM像を作り上げる。
定まったスキルに加え、自分らしさを加える事で、PMの世界は広がっていくのかもしれない。
取材 / 文 = うすいよしき
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