友だちや恋人同士で瞬時に写真がシェアできるアプリ《Seconds》。アプリを開発した『Cinnamon』でCEOを務めるのが女性エンジニアの平野未来さんだ。平野さんは「日本人が持つ責任感は武器になる」と語る。日本人エンジニアはどう世界で戦うべきか、海外事情を知る平野さん独自のキャリア論を伺った。
▼インタビュー第1回はこちらプライベート写真共有アプリ《Seconds》徹底解剖―女性起業家・平野未来が挑むスマホカメラの革新。
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― 今後、どんどん注目度が高まっていきそうなSecondsですが、開発部隊のほとんどが、ベトナム人のエンジニアだそうですね。そもそもCinnamonはベトナムに拠点を置いているわけですが、なぜまた日本ではなく、ベトナムだったのでしょうか?
一番は、コストメリットですね。私たちくらいのスタートアップは日本だと2~3人のエンジニアが雇えれば良いほうです。
でも、ベトナムなら人件費が日本の約1/10です。おかげで私たちも、エンジニアを10名も揃えた上で、会社をスタートさせることができました。
エンジニアの人数が揃うと、できることの幅もグッと広がりますよね。例えば私たちの場合、早い段階からAndroidとiOSの両方で開発を進められたのですが、これも日本でやっていたとしたら、まず難しかったと思います。
― 具体的にはいくらくらいでエンジニアが雇えるのでしょう?
新卒で英語ができる子だと月収200ドルくらい。シニアレベルでも月収1000ドルくらいですね。しかも、優秀なエンジニアが多いんですよ。特にアルゴリズムはベトナム人のほうが得意かもしれません。
ベトナムはもともと産業が少ない国ということもあり、政府がIT産業や教育にすごくチカラを入れています。日本でいうところの東大や東工大クラスの大学では、学生の約1/3のがコンピューターサイエンスを専攻しているほど。優秀なベトナム人が、みんなエンジニアを目指しているんです。
給与面も優遇されていて、例えば新卒のエンジニアでも、一般的なベトナム人男性の倍くらいはお給料がもらえます。
海外旅行にいけるのは、まだまだ一部の富裕層だけですし、スマートフォンを持っているのもお金持ちだけ。
そのような状況にあるベトナムでは「IT」や「WEB」が、若者たちが一番夢を見ることのできる仕事になっているんだと思います。
― 国内や海外、さまざまなエンジニアと仕事をされてきた平野さんですが、どのようなエンジニアを優秀だと感じますか?
日本とベトナムしか知らないので偉そうなことは言えませんが、きらりと光るユニークネスを持ったエンジニアは、どの国にいったとしても活躍するし、優秀だと思いますね。
あらゆる国で通常レベルのスキルを持つエンジニアはたくさんいます。その中で頭ひとつ抜け出そうと思ったら、どれだけミラクルが起こせるか、ここが勝負になってきます。問題にぶつかることが多いスタートアップではなおさら。
深い知識を持つとか、画面がキレイにつくれるとか。人並みではなく、ずば抜けて出来ることが大事だと思います。
― ただ、「ユニークネス」は容易に磨けない部分でもありますよね…。日本人ならではの強みになるのは、どういった部分でしょう?
ベトナムに行ってわかったことなんですけど、日本人の“責任感の強さ”は圧倒的です。これは、世界という舞台でも相当な強みになりますね。
― ベトナムのエンジニアは責任感が薄いと?
というか、そもそも「責任」という感覚が日本とは違うのかもしれません。
ベトナムで最初に驚いたのは、仕事がぜんぜん終わっていなくても報告せずに、みんなが定時に帰ってしまったこと(笑)
日本人だったらまず期限を守ろうとするし、できなくても事前に「無理そうです」と相談がありますよね。そうした日本の常識は、一切通用しないんですよ。
文化の違いなのかもしれませんが、エンジニアたちが布団と枕を持ってきて、昼過ぎまでミーティングルームで寝ていたこともありました(笑)
あとは頼まれた以上の仕事はしない、というのもありますね。ローディング画面に出す、くるくる回るアニメーションの実装を頼んだ時も、一つの画面に30個くらい入れてあげてきたんですよ(笑)日本人だったら「おかしいから直そう」「これでいいのか確認しよう」と、特に指示がなくても自主的に考えて対応しますよね。でも、ベトナム人はあくまで「指示された通りにやりましたよ」といった感じ。
でも、そんなことでいちいちマネージャーが怒っていたら、エンジニアたちからは信頼されないし、誰もついてきません。その点、日本人は感情を表に出さない国民性というのもあって、マネジメントにすごく向いていると思います。
もちろんIT産業の歴史も日本のほうが古いですし、マネジメント手法も確立されていますよね。日本のIT業界で働いているだけで、ある意味マネジメント体質になっているとも言えると思います。
― 文化も違いますし、外国人スタッフを大勢マネジメントするのは大変そうですね。そもそもベトナムの人たちは何にモチベーションを感じているのでしょう?
ベトナム人の場合、仕事に対する唯一のコミットメントが「金銭」にある気がします。
面接で志望動機や夢を聞いても、きょとんとされるんですね。「仕事はお金がもらえるからやるもの」という考えがベースになっているので、やり甲斐、ビジョン、意義などを求める傾向が薄い。
― なるほど。だから締め切りに間に合わない状況でも定時に帰ってしまうし、指示された以上のことを汲み取ることも少ない。それだと、マネジメント側の視点でみたら、すごく効率が悪いですよね。
その通りなんですよね。だから、私たちの場合、まずそれぞれのエンジニアにオーナーシップを持たせることに専念しました。
「標準のカメラアプリを代替するアプリを作る」という夢を共有したり、全社で行なうミーティングもたくさんやりましたね。とにかくプロダクトに対するコミットメントを高めていきたかったんです。
また、ベトナム人にとって海外旅行が憧れの一つになっているので、インセンティブとして海外出張の機会もつくりました。こういった取り組みを始めてからはチームでの開発スピードが向上し、アウトプットの質も向上しました。
― 仕事に対するコミットメントポイントを作っていくのが大事であると。では、個々のエンジニアを育成するポイントはあるのでしょうか?
センスがありそうなところを見つけてあげて、チャンスを与えていくことだと思います。
もう思いっきり丸投げするくらいの勢いで仕事を任せる。能力の不足分をマネージャーが補っていては、いつまでたってもメンバーは育たないんですよね。自分で能力開発しようとしないから。
もちろん、何でも任せてみればいいわけではなくて、センスなども含めて、伸びそうなところ、原石を発見してあげることが大事です。
一人ひとりのアウトプットに目を凝らして、細かく見ていく。そうすると何が向いているか自然と見えてくると思いますよ。
スタートアップにおいて「育つ」ということは、個人個人が精神的に強くなっていくことだと私は思います。
スタートアップは冒険のようなものだから、先がどうなるか不安ですし、常に個々人が内側にある問題と向き合っていかなければなりません。自分で壁を越えていかないと成長しない。だからチャンスを与えて見守る。それが私にできる一番のサポートだと思っています。
(つづく)
インタビュー第2回はこちら
▼日本人は“楽しむ”ことを忘れていないか―海外で起業した女性エンジニア、平野未来のキャリア論[2]
文 = 白石勝也
編集 = CAREER HACK
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