『僕は妹に恋をする』『カノジョは嘘を愛しすぎてる』など、数々の大ブレイク少女マンガを支えてきた畑中雅美さん。ヒット作連発の裏側にある、畑中さんの仕事スタンスとは?コルク 佐渡島庸平さんとの対談形式でお届けします。
※本記事は、自分の企画で世の中を動かしたいプロの編集者を育成する『コルクラボ編集専科』(全6回)の講義内容をキャリアハックで再編集したものです。『コルクラボ編集専科』とは、コルク 佐渡島庸平さんが主宰する編集スクール。佐渡島さんだけでなく、出版業界・WEB業界の一流編集者たちが講師をつとめます。
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佐渡島:これまで担当した作品の売上累計が7000万部って、すごくないですか?正直、奇跡みたいな数字だと思う。なんでそんなに、全部当たるのかなって。
畑中:なんでって、なんでだろう……基本的に、「売れるもの」を作っているからかな(笑)。
佐渡島:「売れるもの」の作り方、知りたい(笑)。
畑中:いやでも、すごくシンプルな話で。売れるものって、「人が求めているもの」なんだろうなと。たとえば「ヒートテック」みたいな、なくても生きてはいけるけど、あるとすごく便利で、まさにみんな、そういうものが欲しかった!というもの。
物語だって、きっとなくても生きていける。たとえば心が元気なときって、必要ないとも思います。でも私自身、満たされないときやつらいときは、いつも物語に救われてきた。だから、物語がないと生きていけない時期は誰にでもあるんじゃないか、って。
そうやって考えると、ヒット部数って「癒した人の数」なんじゃないかな。だから、迷わず「売れるもの」を作っていけるんだと思います。
佐渡島:「人が求めている物語」って、なんでしょうね。
畑中:そうですね、私の中で、世の中の物語は「現実直視型」と「現実逃避型」の2つに分けられると思っていて。読者に現実を突きつけるような物語と、現実ではなかなか起こらないけれど、「こうだったらいいな」が描かれた物語。
ヒットするのは、「現実逃避型」の場合が多いのかなと。
佐渡島:それでいうと、僕は結構「現実直視型」が好きかもしれない。
畑中:それは、佐渡島くんが頭の良い人だからだよ(笑)。
頭が良い人とか、社会的に立場のある人とか。要は「上手くいっている人」って、わりと現実を直視したがる。でも、世の中のほとんどの人はそうじゃないんだよね。
勉強していないから成績が悪いわけでもないし、努力していないから恋愛が上手くいかないわけでもない。別に何一つ悪いことをしていないのに、なんとなく報われない。そういう人のほうが多分、圧倒的に多くて。
そもそも、物語をつくる出版社の人間は「少数派」なんだと思う。大卒で、東京に住んでいたり、地方にいたとしても、東京に行かせてもらえる経済力のある家庭で育っていたり。
そういった人たちの常識だけで語ってしまっては、やっぱり広くみんなが求めているものを作ることって難しいと思うから。自分がいない場所や、見えていない部分のことにちゃんと考えをめぐらせたいとは常に思っています。
佐渡島:僕が担当した『宇宙兄弟』も、畑中さんに「ハイブローだ」って言われたことありましたもんね。だからうちの新人マンガ家には、「俺が良いって言うものはハイブローになりがちだから自分で考えろよ、もしくは、畑中さんの講義動画を見るんだぞ」って言ってきた(笑)。
畑中:いやこれはね、単純に私がものすごく平凡だからだと思う。好きになるものも平凡で、みんなが見ているような、つまりヒットするものが好き。少しでもそこからズレると、難しいな、めんどくさいなって思っちゃうんです。
なんというか、「平凡力」が高い。そういった意味では、編集者として恵まれているのかもしれないけど(笑)。
佐渡島:「現実逃避型」の物語でも、ヒットしないものって多分たくさんありますよね。畑中さんの話を聞いていて、「現実」のとらえ方が重要なのかもなと。作り手がよりリアルな「現実」を把握していないと、逃避させられない。
畑中:うんうん、それはすごくあると思う。だから「みんなが困ってるものを探す」ということをやっているかな。「こんな常識いやだな」という、読者の心の中にある小さな引っかかりを見つけるというか。
たとえば、『ねぇ、先生知らないの(原作:浅野あや先生)』っていう作品があるんですけど。
主人公の女性は漫画家で、すごく仕事に一生懸命なんですね。彼からLINEが来ても、忙しいと既読無視しちゃう。2日とか、下手したら一週間くらい連絡を返さないこともあって。でも彼のほうは、仕事を頑張る彼女のことを優しく待っていてあげる。
これって多分、昔は男性が女性に望んでたこと。仕事も頑張りたい。そんな自分を応援してほしいって、じつはいま女性が求めているんじゃないかなと。
佐渡島:なるほど、時代ごとに変わる「現実」を捉える。『ねぇ、先生知らないの』は、「仕事を頑張りたい」「応援してほしい」っていう声にできない思いを、代弁してあげるような作品なのかもしれないですね。
あと最近、不倫ものってすごい増えている気がするんですけど、あれはどうしてだろう。
畑中:たしかに、不倫ものは支持されていますね。それは、年齢を重ね、「女性として見られなくってしまうこと」に悩む女性が多いからじゃないかなって。たとえば、「セックスレス」とかは分かりやすいかもしれない。
いくつになっても「女」として見られたいって気持ちがある女性は間違いなく一定数いて。どれだけ歳を重ねようが、周りからおばさんだ、おばあちゃんだって言われようが、みんな心の中ではそんな風に扱われたくないって思っている。
でも痛い人だと思われたくないから、受け入れて「私もうおばさんなんで」なんて言ったりして。そういう本能的に満たされない気持ち、さみしさを抱えている人は絶対にいるんです。
じゃあ実際に不倫するかというと、そうではないから。ちゃんと女性としてみてもらえる世界が広がっている物語に、ドキドキしたり、傷ついたり、恋したりする。そうやって“女性の気持ち”を取り戻せる瞬間が必要なんだろうなって思いますね。
佐渡島:畑中さんはやっぱり、「女性編集者」としての目線で社会を見ていますよね。どんな質問をしても女性に関する答えが返ってくるから、すごいなって。
畑中:ジェンダー論を語るわけではないけれど、「女性が抱えている何か」を、やっぱりずっと見つめてはいるのかもしれない。
たとえば今って、女性もバリバリ働く時代。どんどん自己実現させていく女性を尊敬する気持ちや、社会が女性活躍に向けて動いている実感も少なからずあって。
でも、だからって「最悪結婚しちゃえばいいや」って思っている女の子の頬を叩きたくない自分もいるんです。「専業主婦になりたい」って女の子がいたって全然いいじゃん、って。
多分いまって、そこの軋轢がすごく高まっている時代なのかなと。どっちに寄り添っても、誰か傷つく人がいる。だからこそちゃんとぜんぶに目を向けて、「そうだよね」って、自分なりに肯定したい。
佐渡島:時代が動いても、苦しみやもどかしさがなくなることはきっとなくて。畑中さんはそれを「なかったこと」にしないんだろうな。男性との格差みたいなものは、どう感じています?
畑中:やっぱり、格差は事実としていまだにあると思いますよ。たとえば、男女の双子が生まれました。でも片方にしか学校に通わせるお金がありません。じゃあどっちにお金を出すかって言ったら、おそらく男の子が選ばれることのほうがまだまだ多いんじゃないかなと。
男女じゃなく、貧困の格差だってある。たとえば専業主婦になりたい層って、じつは低所得のところで増えている気がしています。
低所得なんだったら働けばいいじゃんと思うかもしれないけど、そもそも就ける仕事がすごく限られていたり、就いたとしても痛めつけられるような場所だったり。大学を出てバリバリ働いている女性とは違う世界が、そこにはあるんじゃないかなって。
“救う”とか“変えたい”なんて大げさなことではないけれど。確かに存在している苦しさを無視したくないし、ずっと眼差していたい。そう思う自分がいるのかもしれないですね。
文 = 長谷川純菜
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